左手で吸収したものを強化して右手で出す物語(2)

2 新たな人生の幕開け

 こうして俺はこの世界に、新しく赤子として生まれ変わったわけだが。その赤子である身体から離れた俺は管理者の空間で、自分の様子を眺めている。

 並列意識体が存在できるのは管理者の空間と身体の中のみらしいが、身体に戻ると統合される。

 けど、体内でも分離可能。その場合身体の主導権は身体の主人格であるあっちか、思考の主人格である俺のどちらになるのか。

 試した結果、精神力がより勝った方になる。

 基本的には俺だが便意が限界に達した時や空腹の時など、例えば我に反してお漏らしでもすれば、癇癪を起こして泣き叫ぶ。

 正直お漏らしした時は、あまりの気持ち悪さに一瞬で管理者の空間に退避したが。

 なるほど……

 意識を統合した時は、そうだな……

 いまは前世の俺の記憶で埋め尽くされているし、完全に体のコントロールを得ることもできる。

 けど、自分が自分ではない違和感もある。

 便意を我慢することも、空腹で泣き叫ぶのを我慢することもできる。

 だが我慢できるだけで自分でトイレに行くことも、食事を用意することもできない。

 無駄に辛くなるだけなので、素直に控えめに泣いて注意を引く。

 食事は基本的に母乳なのだが今更母親の乳に吸い付くのもどこか恥ずかしいので、意識を深く落とすか管理者の空間に避難している。

 ちなみにその母親が前世の俺より若いということで、わずかながら背徳感や罪悪感なんてのも。

 ただ、自分の中で女性を母親と認識する割合が増えていくにつれて、統合中は気にならなくなった。おそらく本体の意識が強くなってきているのかもしれない。

 加えて家族というものに対する認識も、強くなってきているのだろう。

 ちなみに、管理者の空間に思考を飛ばすと、成人の自分の身体になんかこっぱずかしい白いローブを着させられていた。

 たぶん、邪神様からのプレゼントだろう。

 しかし、日本人顔にこのローブは似合うのか?

 残念ながら鏡が無い。

 今いるのはパルテノン神殿を彷彿させるような、白い柱がメインの建物。

 建物の外は真っ白な空間がただ広がっていて、頭がおかしくなりそうだったのでさっさと神殿に戻ってきた。

 奥に玉座のようなものがあり、そこに座るとタブレットのような映像が中空に現れる。

 なんていうか、空中に直接映し出す透過度も選べる近未来的なあれだ。

 操作も、タブレットとほとんど一緒。

 これは、神様からのサービスだろう……たぶん、気が利く邪神様の方じゃないかと。

 そのホログラムインターフェースが映し出しているのは、小さな部屋。

 取りあえず触ってみるとインターフェースから地上の自分の視点と、俯瞰で自分を見る視点を切り替えて映すことができた。

 一応、マニュアルみたいなものも、このインターフェースの中に入っている。

 それを読めばよいのだが、最初は触って覚えるタイプだ俺は。

 下の世界でできることのあまりの少なさに辟易したので、最近はこの空間に引きこもっていることが多い。

 こちらに前世の意識の大半を持ってきているので、本体の方は本能に抗えないらしくママンのおっぱいを吸ったり、お漏らししたり、泣き喚いたり、寝まくったりしてる。

 一人の時でも手を開いたり閉じたりしたり、天井を見て笑ったり……まあ、まんま赤ちゃんらしい行動だが。

 実際にはわずかながらに前世の意識も残しているので、手を開いたり閉じたりしてるのも、身体の感覚を掴むためや地味な筋トレだったり。

 天井を見てニヤニヤ笑ってるのは、今後を想像してのことだ。

 赤ちゃんの取りそうな行動だが、その内心を知る身としては我ながら微妙な気持ちになる。

 管理者の空間で玉座に座って、転生した俺の境遇を振り返る。

 まず最初に、俺を取り巻く状況なのだが。

 一応親の話や、周囲の会話から子爵の家であることが分かった。

 俺はそこの長男で、名前はマルコと名付けられたらしい。

 らしいというのは、親がそう呼んでたから。

 幸い言葉や、文字は理解できた。

 向こうの俺は理解できてないみたいだから、管理者の部屋の特権かもしれないが。

 情報や知識は共有することも可能なので一応こっちが理解した直後に、理解したことを共有しているのだが。

 しかし肝心の話の内容も理解しているかどうかでいえば、ほとんど理解していないのだ。

 精神を分離した場合、あちらの俺に残された精神の年齢は見た目に比例しているっぽい。

 ちなみに現地で使われている言葉は英語? というよりもフランス語のような響きだ。

 フランス人と生で会話をしたことがないので、完全にイメージだが。

 意識を統合した状態で聞いても、全く理解できないし。

 完全に外人に早口で語り掛けられているような、苦笑いしかできない状況だが、管理者の空間で聞く分には言葉がそのまま意味として脳内にスッと入ってくる。

 耳で聞いた音と、理解した内容でどうにか単語の意味を予測できるが。それがあっているかは、何度か同じ単語が違う会話で出てこないと確信が持てない。

 そんな形で答え合わせをしながら情報を共有することで、着々と周囲の言葉を把握して記憶していってるようではある。

 ご飯やおしめのような単純な単語には即座に反応を示すところをみると物覚えは良さそうだ。

 もしかしたら、身体のスペック自体も悪くないのかもしれない。

 まあ、魔王様と戦おうって存在だ。身体がポンコツだったら困るしな。

 まだ見た目は完全に赤ん坊。

 まさかこんな赤子が、周囲の話を徐々にだが完全に理解しつつあるなんて大人達は考えていないだろう。確かに意味が分かっても話せなければ意味がないから、俺にとっても現地語を覚えるのは必須だ。

 任せたぞ、赤ちゃん側の俺。

 マルコ側の俺に現地の言葉を習得する役割を振っておく。

 言語習得と簡単な身体操作は、マルコの領分ということにしておこう。

 大人の精神で外国の赤子の身体なんて不便で仕方ない。

 俺はひたすら得た情報の整理と、現地の情勢の把握に努める。タブレットを使って。

 まず初めに両親の領地だが、そこそこの広さがありそうだった。

 一応空間の地図で境界線を引いてもらったが、街が二つと村が五つくらいか?

 二つある街のうちの、一つはかなり大きい。

 そこに、俺の実家はあるらしい。

 管理者の空間から、屋敷の様子を窺い見る。

 今はまだ両親と同じ寝室で過ごすらしく、ベビーベッドに寝かされた赤子を男性が弛み切った表情で覗いている。

 どうやらこれが、こっちの世界での俺の父親らしい。

 彼の名前はマイケル・フォン・ベルモント。

 俺のイメージする貴族っぽく、少し太っている。

 歳は三〇歳くらいだろうか?

 金髪でオールバック。顔はふっくらとしていて、満面の笑みを浮かべていることもあり柔和な印象を受ける。何よりも、目が優しそうだ。

 ただ、せっかく異世界で貴族の家に生まれるなら父親のイメージとしてはもっとこう顔はキリッとした感じで、筋肉もあって剣も使えるダンディなお父さんを想像していたのだが。単純にこの人は、とにかく優しそうなイメージが強い。

 髪の毛と同じ金色の双眸を崩して、ニコニコと俺の顔を覗き込んでいるし。

 「父はな騎士をしておったこともあるのだぞ! お前も、騎士になりたいか?」

 「ダァ! ダァ!」

 マルコにあれこれと話しかける中で、なんと彼は騎士をしていたこともあることが判明。

 ちょっとだらしないお腹をしているけど、そんなので騎士が務まったのだろうか?

 そんなことはおかまいなしに、今の彼を見ていると眉唾としか思えないような自慢話が飛び出している。

 息子に自慢をしたいのは分かるが、いくらなんでも産まれたばかりの子供に聞かせたところで、理解もできないということが分からないのだろうか?

 幸か不幸か俺は理解しているし、現地の俺もふわっとしたイメージは掴んでいるっぽい。

 そんな嘘くさいながらも人の良さそうなマイケルはおいといて、ベビーベッドと並べられた両親のベッドからこっちをニコニコと見つめている優しそうな女性。

 彼女がどうやら、俺のこの世界での母親らしい。

 名前はマリア。

 常に笑みを浮かべている、とても可愛らしい女性だ。

 年齢は二〇代なかばということだが、実年齢よりも若く見える。

 ちなみに二〇代なかばでの初産は、この世界の感覚してはかなり遅いらしい。

 待ちに待った子供が俺というわけか。

 初めての子供が前世の記憶を持つ、訳アリの子供ということで少しだけ申し訳なく思う。

 元々この家に子供が生まれる予定はまだ当分なかったらしい。そこに俺が強引に割り込んだ形だ。

 これは二人の神様方から聞いた。

 できれば次男とか三男あたりの、あまり家に対する責任の無い立場で産まれたかったのだが。

 その辺りの希望は聞き入れてもらえなかったというか……そもそも、希望を聞いてもらえなかったというか。

 彼等の独断と偏見で、前世の記憶込みで割と幸せな人生が送れそうな家庭を選んだと。

 迂闊な善神様の独断と偏見という部分に、不安しかないのだが。

 ちなみに待望の子供が男児だったからか、出産直後の屋敷は大慌てだったな。

 マリアが心底ホッとした表情を浮かべていたのが印象的だ。

 いや、女性に転生させられても困る。絶対に生涯独身を貫くことになるだろうし。前世では結婚したことがないので、せめて現世では結婚くらいしたい。

 マリアは特別美人ってわけでもないが、普通に日本で見かけたら可愛らしい外人さんだなって感じ。

 いや美人なんだけど、絶世の美女とかってわけじゃない。

 こっちも金髪で、青いお人形さんみたいなクリッとした目が印象的だ。

 そんな二人の間に産まれたマルコは、天使もかくやというほどに可愛らしい。

 父親譲りの金髪と、母親譲りの深い青色の瞳をしたいかにもな外国人の子供。

 赤子らしくぷっくらとしたほっぺも手足も可愛い。

 自画自賛というわけではない。日本人の感覚で客観的に見て、可愛いのだ。

 少ししてマルコがぐずりはじめたので、マリアがマイケルを部屋から追い出す。

 どうやら、マルコが腹を空かせたみたいだ。

 「ングング」

 「しっかり飲んで、しっかり育つのよ」

 難しい顔をして、一生懸命おっぱいに吸い付く赤子。

 そして、鈴が転がるような綺麗な声で、赤子の髪を優しく撫でながら声を掛けるマリア。

 流石に完全に意識が分離した状態で授乳のシーンは気恥ずかしいので、なるべく見ないようにしてるがあっちの俺は一生懸命おっぱいを吸っている。

 やはり赤子としての自分に、思考も引っ張られている様子だ。というか、吸わないと死ぬし。

 こうして改めて見ると向こうの俺は、完全に赤子のように思える。

 精神を二つに割るということで、もしかしたら身体にも相応しい精神が宿っているのかもしれない。

 その精神がマルコという人間に対して果たして正当なものなのか、俺に対する都合で神様達が作り出したものかは分からないが。

 ただ、現地の両親にとって純粋に年相応の精神の子供ということは、幸せなことだと思う。