魔王の後継者2(3)

 レイカと別れて階段を上がる途中、ユリアが微笑しつつ涼に尋ねた。

 「我が君、あの子になにかを感じましたか?」

 「まぁな。才能があるような気がして、確かめたくなった」

 「やはり」

 大きく頷き、ユリアはさらに言い募る。

 「あの子の母親は、なかなか優秀な軍人でしたわ」

 そう前置きし、かつての魔王グレイオスとレイカの関係を教えてくれた。

 「グレイオスめは、もう途中から忘れていたようですが、最初の面談で夜伽の話など持ち出されたせいで、あの子も良い迷惑だったことでしょう」

 「今からでも報いる道はあるが……もう少し他の候補者もみないとな」

 涼はもったいをつけるように述べ、途中の階で歩みを止めた。

 「ところで、その夜伽だ。相手が望むなら別にめんどくさいことを言うつもりはないが、本人が嫌がっているのに、地位の高さを利用して、無理に女性を呼ぶべきじゃない。奴隷制度を廃止しつつある今、今度はそっちをなんとかしないとな」

 ちなみに、奴隷制度廃止は涼が即位するなり布告したと言っても過言ではないが、長く続いた制度を阻止しようとすれば、当然ながら弊害も多く生じる。

 主に奴隷の売買で美味い汁を吸っていた奴隷商人などは、その最たるものだ。

 しかし涼は、公然と、あるいは影でしきりに反対を口にする者達を一顧だにせず、禁止令を破る者に対しては、厳格に処断した。

 「別に人を使うなとは言わない」

 涼は有力者の一人が代表して反対意見を口にした時、言ったものである。

 「ただ、賃金も払わずにこき使うのをよせと言ってるんだ。これまで奴隷だった者達が、今後も同じ仕事を続けたいというのなら、それも止めない。その場合、引き続き使う気なら、かつての奴隷所有者は、以後はちゃんと賃金を払え。……禁止令の内容は、ただそれだけだ」

 「おそれながら……それでは、もはや奴隷とは申しません」

 恐る恐る答えた相手に、涼は即答した。

 「そう。だから、奴隷禁止令という名称で布告している。おまえも、これで布告の内容が理解できたな」

 相手はついに、すごすごと引き下がるしかなかったという……。

 ちなみに涼は、禁止令のお陰で生活の糧が得られなくなった元奴隷達には、「軍への編入」という名目で、宿舎と食事を与えた。それも、男女の別なく。

 彼らが路頭に迷わないように、配慮したわけだ。

 当然、財源が必要となるが、涼はかつての魔王グレイオスの財産を全て没収し、あっさりそれで賄ってしまった。

 元々が臣民達や奴隷から絞り上げた財なので、「分け前はないのかっ」と陰口を叩く名家の貴族以外は、どこからも文句はでなかったのである。

 それに、この処置はかなりの効果を上げ、予想されたような元奴隷の不満や反抗は、ほとんど出なかった。

 もちろん、この奴隷禁止令が曲がりなりにも成功しつつあるのは、涼だけの力ではない。全面的に涼に臣下の礼をとった、ユリアの存在も大きい。

 奴隷商人の中には、「あのお方ならっ」と勘違いして、セブンウォールトップのユリアに相談に行ったものもいたが、例外なく厳しい叱責を浴びて、追い返された。

 彼女曰く、「我が君の命令は絶対よ。忘れているようだから教えてあげるけど、魔界では、魔王陛下のお言葉が全てを決めるわ。不満がある者は、このユリアが裏切り者として斬る!」とのことで……崩御したかつての魔王、グレイオスに対して終始反抗していた彼女の言葉とは思えないと、もっぱらの噂である。

 ともあれ、最大の実力者であるユリアの協力を得た涼は、間を置かずに評定を開き、「合意していないのに、女性を呼んで性交渉を強要するのは禁止」と厳かに言い渡した。

 他に評議せねばならないことも多々あるが、まず真っ先にその件を持ち出したのだ。

 謁見の間に集まった文官や武官、それに貴族達の中で、少しでも反対意見を表明しようとしたものは、例外なくそばに控えたユリアに睨まれた。

 「……なにか言いたいことでもあるの?」

 不吉な声音でそう問われると、なかなか「おうっ、文句なら山盛りあるわいっ」などと表だって反対できる者はいない。

 皆、彼女の怖さを嫌というほど知っているからだ。

 昔から囁かれる言葉だが、「親をぶん殴っても、ユリア様にだけは反抗するな!」というのが、魔界における常識である。

 彼女の上に立つはずの魔王ですら、これまでは誰もユリアに頭が上がらなかったのだ。

 お陰で、涼の新たな布告はあっさりと正式な布告として広まったが、あいにく、全てが上手くいったわけではなかった。

 ユリアには手が出せなくても、新たな魔王ならどうにかなる……涼のことをよく知らない者達は、例外なくそう考えたからである。

 「……あの若造、少し調子に乗りすぎではないか?」

 「おう、そのことよっ。グレイオス陛下のかつてのやり方を尊重せず、好き勝手ばかりやりおる。何様だ、人間のくせに!」

 「左様、左様。では、いっそのこと、どうだ? あやつめに思い知らせるというのは──」

 人目につかぬ場所で、そんな物騒な会話をする実力者達が増え、結果的に涼は、命を狙われることになったのである。

 それに……不満分子の中には、誰とも知れぬ賛同者……つまり、後ろ盾を得た者達もいるとの、もっぱらの噂だった。

 その「後ろ盾」とやらが何者かは、噂にすら聞こえてこなかったが、そのような不埒者達が大勢いるという噂は、なぜか涼の熱烈な支持者である、アリサやダフネにまで聞こえていた。

 アリサは元は守護女神とまで呼ばれた、ヴァレンシア王国の王女だし、ダフネは元奴隷である。両名ともに数奇な運命を経て、今は涼のそばにいるが、彼女達は二人して涼に直談判に来た。

 「せめて、外出の際には護衛をお連れになるべきですっ」

 アリサが熱心に主張すると、ダフネも横でコクコク頷いた。

 二人そろって、涼が部屋に戻るなり、たちまち駆け寄ってきたのである。

 「大丈夫だよ」

 涼は愛想よく……しかし頑固に首を振った。

 「こそこそ影で相談するような輩達に、後れをとることはないさ」

 「その人達はもちろん、涼さまの敵ではないかもしれません」

 人の醜い部分をたくさん見たであろうダフネが、懸命に意見した。

 「でも、その人達を利用して、涼さまを狙う集団が出てくる恐れもあります。そこはやはり、警戒すべきかと思いますっ。ダフネは、涼さまが心配ですっ」

 「アリサも、気が気じゃありませんっ。どうしてもと仰るなら、アリサとダフネのために、手を打ってくださいましっ」

 涙まで浮かべた女の子達に迫られ、さすがの涼も心が動いた。

 「わかった」

 涼は居住まいを正し、厳かに述べた。

 「なら、こうしよう。俺の護衛については、側近のユリアに一度、しかと相談する。それでどうだ?」

 涼が内心で驚いたことに、なぜかこの一言で、アリサもダフネも安心したらしい。

 「ああ、それならっ」

 「あのお方なら、きっと」

 アリサとほぼ同時にダフネが声に出し、笑顔まで浮かべたのである。

 涼としては大いに意外だったが──。

 それは彼自身が、巷間で噂される「新魔王に異常なほど好意的な、ユリアの噂」を知らなかったからだろう。

 それまでは冷徹をもって知られていたユリアだけに、彼女の涼への好意は、もはや帝都グラナガンの臣民達すら知るほどになっていたのだ。

 密かな二つ名だった「魔王が最も畏れる戦士」は、今や完全に過去のものと化しているのだ。

 ちなみに二人に懇願された涼は、翌日、約束通り、渋々ユリアにこのことを相談した。

 その時は憂い顔で「もちろん、このユリアも心を痛めておりましたし、ご相談するつもりでしたわ。すぐに、しかるべき対処をしましょう」とのみ答えた彼女だが。

 涼と別れた後は、なぜか一日中、とても幸せそうな笑みを浮かべていたという。

 その後、涼には終始、超強力な護衛がつくことになった。

 ……余人には任せず、ユリア自らが護衛の任に着いたと、もっぱらの噂である。