魔王の後継者2(5)

 魔王の涼は、レイカとニーナの説明を是として、「おまえ達に非はない。むしろ、よくやった」と褒めてくれさえしたが。

 遅れて駆けつけてきたザーグの家──つまり、スタイン家の当主であるバラン・スタインやその側近達は、大いに抗議した。

 即座にザーグを解放し、女共を処刑せよ! それが彼らの要求である。

 この件で、深夜にもかかわらず、涼はわざわざ謁見の間に主だった者達を集め、スタイン家当主の抗議を玉座から黙って聞いていた。

 レイカとニーナも涼の命令で、最前列に控えていたが、それはもう、当主のバランという男の言い草は身勝手なものだった。

 まず、散々、歴代の魔王に仕えたスタイン家の功績を自ら誇示し、息子のザーグへの魔王の処置が不当だったか、恐れることなく言い立てた。

 最後に、息子が未だに気絶したままなのを申し立て、魔王に謝罪の言葉すら要求したのだ。完全に、家柄をバックにした過剰な要求である。

 黙って聞いていたレイカは、「この人、これを機に魔王陛下を玉座から引きずり下ろす気じゃないの?」と内心で憤慨していたほどだ。

 多少、涼を見直していたので、なおさらのこと。

 今の玉座は、グレイオスの時代よりかなり低い位置にあり、これは「こんな高見から見下ろしていては、ロクに話もできないっ」と顔をしかめた涼の命令でそうなったと聞くが──。

 なにを勘違いしたのか、バランは「玉座を低い位置に下ろしたのは、臣下としての目で見ても、妥当ですな」などと、揶揄しさえした。

 完全に涼をナメているらしい。

 そこで、大きく息を吸い込んだユリアが動こうとしたが、涼自身が止めた。

 「いい、ユリア。裁定は俺の役目だ」

 「……失礼しました」

 ユリアが恭しく頭を下げ、初めてバランの顔が不審そうに曇った。

 名家の当主である彼は、日頃は評定などには出ず、ロクに出仕もしない。だからこそ、ここ最近の城内の微妙な変化に、疎くなっていたのだろう。

 メイドのレイカですら感じていた変化に、彼は気付いていなかった。

 「なるほど、おまえの主張はわかった」

 全部聞いた後、涼は静かに言った……ただし、表情は厳しい。

 「で、他に言いたいことは?」

 「ありますとも!」

 自分の要望が通りそうだと勘違いしたのか、バランは胸を張って述べた。

 「もしもっ、もしもですぞっ。女共も処断せよという我が要望が通らない場合、このバラン以下、全員が後継者のザーグと運命を共にする所存っ。陛下におかれましては、そこまでの覚悟がお有りかっ」

 「──よくぞ言った!」

 いきなり涼が玉座を立った。

 爛々と光る黒い瞳が、恰幅のよいスタイン家当主を睨めつける。

 「今ここにいる全員が聞いたと思うが、悪戯に舌を動かしたのは誤りだったな、バラン。貴様の望み通りにしてやろう。地位を利用して女性に狼藉を働いた者は、死刑だと新たな法で俺は決めた。……貴様が運命を共にしたいというのなら、その願い、叶えてやろうっ」

 「な、なにを──」

 「衛兵、この痴れ者を引っ立てろ」

 涼は鋭く命じると、そのまま評定の終了を宣言してしまった。

 人知れず、涼の逆鱗に触れた当主は、喚き声を上げながら、その場から本当に引っ立てられて消えた。

* * *

 この評定における魔王の裁定は、一種の決定的な転機となった。

 魔王の権力は絶対ではあるが、少なくともそれまでの歴代魔王は、貴族の地位と特権には、一定の配慮を払っていた。

 反逆行為の疑いなどの、極めて特殊な事情でもない限り。

 つまり、魔王の定める法は、主に臣民や他の一般人達のためのもので、特権階級においてはその限りではないという、暗黙の了解があったわけだ。

 メイド頭のリッカーの態度は、そのことを重々承知していたからに過ぎない。

 しかし、新たな魔王である涼は、暗黙の了解などは一顧だにせず、罪を犯した当人はもちろん、当主のバランまで処刑すると宣言したのである。

 しかも、刑は早速、翌日に行われた。

 涼は「新たな法を布告したのにもかかわらず、率先してこれを破った」と説明し、当主のバランの評定での発言も立て札に付け加え、即座に首を刎ねてしまった。

 この刑罰はゴルゴダス城の敷地内で行われたが、なにしろコトがコトだけに、たちまち帝都グラナガン中に広まった。

 昨晩の事件なのに、もう翌日の昼には帝都中の臣民達に伝わったほどだ。

 地位の低い臣民達は新たな魔王の裁定を大いに是とし、涼はにわかに爆発的な支持と人気を得たが、もちろん、よいことばかりではない。

 主に特権を享受する側だった貴族達の多くは、早速涼に激しく抗議した──が。

 魔王に継ぐ地位であるとされるセブンウォール達は、意外なことに全員が新魔王の決定を支持した。

 彼らはこれまでの涼の戦いぶりを知っているし、それにあえて涼の熱烈な支持者であるユリアに逆らおうなどとは、夢にも思わなかったのだ。

 事実、ユリアは処刑の直後、特に涼に請われたわけでもないのに、この時、たまたま城内にいたセブンウォール達数名を自室に集め、誤解しようのない宣言をぶち上げた。

 「我が君の命令を否定し、反逆の意を示す者は、このユリアが全力で叩き潰すわ」

 壮麗なゴシックドレスに身を包んだ彼女は、側近のイリスとエルンストを背後に従え、凍てつくような厳しい声音で申し渡した。

 いつもの幼女姿ではなく、あえて十六歳程度に年齢を加速させた姿になった上での、宣言である。能力で彼女が年齢を変化させられるのは、軍内部では周知の事実だが、お陰で、いつも以上に迫力があった。

 「念のために、いま尋ねておきましょう。我が君に反逆する予定の者は、名乗り出るがよい」

 じろっとセブンウォール達を睥睨した後、あえて尋ねる。

 すると、セブンウォールの席次では、二番目とされるベルクラムが、一歩前へ進み出た。

 密かに「貴公子」などというあだ名がある彼は、漆黒のマントをうるさそうに捌き、こう言い放った。

 「僕は魔王陛下の決定を全面的に支持していますし、異論はありません。ただ、これだけは言っておきたい。僕があのお方を支持するのは、なにもユリア様を恐れるからではありません。当然、万一陛下が『ユリアを撃て』とお命じになったら、敵わぬまでも、率先して貴女に立ち向かう所存です」

 他の朋輩から思わずため息が洩れたほどで、ベルクラムの発言は実に堂々としていた。

 長く目を合わせられる者は少ないとされるユリアと、真っ向から見つめ合った上で、堂々と切り返して見せたのだ。

 ユリア本人でさえ、怒りよりも称賛の気持ちを抱いたほどだ。

 「その心構え、見事よ! そう、そういう気持ちで我が君にお仕えしなさい」

 彼女は笑顔でそう答え、ベルクラムもまた笑顔で低頭した。

 この瞬間、城内最大の力を持つ二人の意見が一致したわけだ。

 当然、他のセブンウォール達が異論を唱えることはなかった……少なくとも、この時は。