Walhalla《ワルハラ》第一章(2)

-e戦場の戦争芸術-《イーセンジョウノアートオブウォー》

 戦場は様々な音であふれている。

 渾身の力を込めて振り下ろした剣が敵の剣とぶつかり、刃の破片が火花となって削れ飛ぶ金属音。

 槍の柄同士が激突する木材の甲高い音。

 矢を放つ時の、弦の鳴る音。

 胸に剣を受けた戦士が激痛と絶望から断末魔の叫び声をあげ、兵士達が怯える心を奮い立たせるため喉を嗄らして喊声をあげる。

 楯を構えたレムス兵が、敵を力ずくで押しのけようと正面から突き進む。

 楯の下に見える敵の足目がけてグラディウスを突き出し、膝の裏、腿の内側を斬られた兵士が悲鳴をあげながらのけぞって倒れていく。

 あるいは楯の上縁から剣を滑らすように敵の頭部目がけて突き出し、敵もそれを予測して木製の楯で受け止める。

 払いのけ、身を躱す、そして剣を繰り出しての反撃。鮮血が剣先からしぶきとなって舞い散り、鎧が、楯が赤い点描で汚れていく。

 疲労して息も絶え絶えな喘鳴。激しく上下する肩。あごの先端からしたたる汗。

 敵の腹部に刃を突き刺すことに成功したレムス族の百人隊長が、号笛を鳴らした。

 すると疲労で立っていることもやっとだった兵士達が、素早く、一斉に後続の兵士と入れ替わった。まだ体力と勇気に満ちた兵士が突き進んでいく。

 軍装の金属が触れ合い、軍靴が大地を踏み鳴らす。

 順繰り順繰り前後の兵が入れ替わる。前後の中隊が入れ替わる。システマチックに敵を倒すために新鮮な闘志を、最前線で叩きつける仕組みが、軍律が、戦いに泥酔しているように見える彼らをしっかりと支配しているのだ。

 楯と楯をぶつけ、剣が走り、肉弾が激突し、鮮血が大地にこぼれ落ち、彼らの足下には討たれた兵士が呻き声をあげながら次々と倒れ伏していった。

 「突っ込め!」

 エルフの弓兵が放った矢が飛び交い、大空から風を切る音とともに雨のごとく降り注ぐ。

 この攻撃に怯んだ敵目がけ、褐色の肌が特徴のグリク族重装槍兵の隊列が前進していく。そして敵陣まであと数歩の距離まで詰め寄ってから一気に突撃。

 槍を繰り出しつつ一人倒す。

 しかし一人倒すと、その後ろからまた敵が一人姿を現す。

 戦いは一進一退の攻防となっていた。

 最前列に位置する彼我の兵が、横幅約三キロの横一線に広がり、互いに向き合い、一斉に戦って、これらの音を戦場に鳴り響かせているのだ。

 クラン全軍を統率・指揮する主将の居場所は『本営』と呼ばれる。

 本営には全軍を指揮統率するための軍楽隊や軍旗信号旗が立ち並び、伝令兵、偵察兵、総指揮官であるクランマスターを守るための護衛兵などが整然と控えている。

 そしてその中枢には指揮所たる『帷幄』が置かれていた。

 帷幄を持つのは、プレイヤーの中でもクランマスターの地位を持つ者だけの特権だ。

 一般ユーザーにはない様々な機能が付与されており、その一つが戦場の状況を模式図として展開するというものであった。

 『砂盤』と呼ばれるそれは、戦場をかたどった広さ六畳ほどのジオラマであり、敵を示す赤い駒と味方を示す青色の駒が並べられる。そしてそれらは各方面に放った斥候の報告に基づいて刻一刻と動かされるのだ。

 注意しなければならないのは、それが必ずしも現実を反映しているとは限らないということ。戦場では敵を騙そうとするのが当然なのだ。

 そうでなかったとしても、斥候が見間違えをしてしまう可能性だってある。

 経験の浅い兵士が手柄を焦って、過大な報告をすることもある。

 だから集まって来る報告が常に正しいとは限らない。指揮官はそういう可能性を常に頭に入れて状況の判断をしなくてはならないのである。

 長い金色の髪を持つ痩身の男性エルフ種のアバターを操るユーザーネームCleyera0000は、悠然と笑みを浮かべたまま、砂盤を見下ろす。そして傍らに立つ褐色の肌と蠱惑的な容姿の女ダークエルフから報告を受けた。

 「Cleyera、敵ヒルドル軍は、迂回に送り出した我がマセナ隊二千騎に対し、クベりん隊三千騎を邀撃(進んでくる敵を迎え撃つこと)に向かわせたぞ」

 その容姿に反してマニッシュな口調の副官NPCエーテナA49グラーツは、凜とした表情のまま長い竿を手繰って砂盤上に並べられた敵南翼部隊の赤い駒を、戦場の南外方へと差し向けた青い騎兵部隊を示す駒の後ろに追従させた。

 「出てきたのは『紅の鬼姫』の異名を持つクベりんか。烈火のごとき勢いで、あたり一面を焼き尽くすほどの激しい戦いぶりを見せると言われている。……その報告は、確かかな?」

 「練度Aの斥候二組が別地点から解明した敵情だ。間違うはずがない」

 「よろしい。カール・フォン・クラウゼヴィッツはその著書、戦争論で『状況の四分の三は不確実という戦場の霧に包まれている』と語っているが、今回は例外的にもあらゆるものが明確に見えるようだね」

 「クラムツェル平原は、見通しの良い土地だからだな。彼我ともに姿を隠す地形地物は何もない。現在は天候も良好で全てが一望できる」

 「だが見え過ぎることは決して良いことではないぞ、エーテナ。特に慎重……いや、自信に欠ける臆病な気性の持ち主にとってはね」

 「自信に欠ける臆病者とは……敵ヒルドル・クランのマスターのことか?」

 「そうだ。ユーザーネームはXxガンツェルxXと言ったかな? 彼のこれまでの戦い方を検証してそう判断した。臆病者は不安に対処しないでいられない。見えない物に対してならばそれが堅実な勝利に繋がったのだろうが、今回は見え過ぎることによって裏目に出る。これからその証拠を見せてあげよう。エーテナ、ミュラ55に合図を送って欲しい」

 「わかった。すぐにそうしよう」

 すると本陣に並ぶ軍楽隊がラッパを鳴り響かせた。

 その音を合図にブリュンヒルト軍の左(南)翼に位置していたユーザーネーム、ミュラ55の騎兵部隊二千騎が先行したマセナ隊を追うように戦場の外、視界外へと向かっていったのである。

 その出来事は砂盤の上では南翼方向に置かれた青い駒、それを追うヒルドル・クランの赤い駒、さらにその後ろを追従するミュラ55の青い駒として再現された。

 「これで敵の側背へ迂回しようとする我が方の部隊は、マセナ隊とミュラ隊の合わせて四千だ」

 「敵のクベりん隊三千よりは多いな」

 「そうだとも……だから不安に駆られた敵クランマスターは、邀撃部隊をさらに追加しなくてはならなくなる」

 その時エーテナは瞼を瞬かせた。

 「Cleyera、報告だ。敵が三千騎を追加したぞ。アラーキ隊だ」

 ヒルドル・クランは南翼部隊からさらに騎兵三千のアラーキ隊を割いてミュラを追跡させた。

 ガンツェルは何としても、ブリュンヒルト・クランのマセナとミュラ二個部隊を叩きたいらしい。

 「これで敵の邀撃部隊は六千。それに対して我が迂回部隊は四千ぽっち。どうしようかエーテナ?」

 「諦めろCleyera。常識的に考えて数の多い方が強いから、迂回が成功する公算は限りなく低い」

 「そうだね。けれどご覧よエーテナ、敵の右(南)脇腹を固める騎兵部隊は残り一千。それに対して我が左(南)翼騎兵部隊は三千も残っている。もしこの三千で敵の一千に突撃したらどうなると思う?」

 するとエーテナは砂盤に身を乗り出しほくそ笑んだ。

 「なるほど、常識的に考えれば数の多い方が強いから、敵の右(南)翼部隊を正面から打ちのめすことができるわけだな?」

 「そう。そしてその後、我々の騎兵部隊は敵の弱点となる側背を好き放題に蹂躙できるわけだ。掻き回して、めちゃくちゃに混乱させてやることだってできる」

 「つまり勝ったということか?」

 「いやいやいや、そう結論づけるのはまだ早いよ。勝敗分岐点はずっと先だからね。とは言えこの状況は敵クランマスターにもしっかり見えているはず。だから彼は対処せずにはいられなくなる。それが臆病者の宿命なのさ」

 「どうやら君が推測した通りのようだぞCleyera。敵が、動き始めた」

 エーテナは赤い駒を手繰り寄せ、ヒルドル軍が後方に拘置していた五千の予備槍兵部隊を右(南)翼後方で縦に並べる様を再現した。敵に背後に回られることを防ぐ鉤型陣形である。

 「これでまた、勝ち負けはわからなくなってしまったな」

 エーテナは残念そうに言った。しかしCleyeraは、この事態すらも予想していたかのように平然としている。

 「けど、これで敵には自由に使える予備戦力はなくなった。この事実は大きい」

 「どうするんだ?」

 「作戦の第二段階へと進む。エーテナ、合図を!」

 Cleyeraはそう言って、不敵にほくそ笑んだのであった。