Walhalla《ワルハラ》第一章(4)

-e戦場の戦争芸術-《イーセンジョウノアートオブウォー》

 ブリュンヒルト軍の帷幄に置かれた砂盤では、敵ヒルドル軍の赤い駒はことごとく青い駒によって包囲されていた。

 こうなってはもう赤い駒に逃げ道はない。時間を経るごとに包囲下にあるヒルドル軍戦力を示すカウンターの数値は減っていき、いずれはゼロになるだろう。

 「おめでとうCleyera。これで『包囲殲滅作戦完遂殊勲』を獲得することになるな」

 副官NPCのエーテナから賞賛されると、Cleyeraは頷いた。

 「ありがとうエーテナ。だが、これは決して褒めるほどのことではないよ。私にとって、これはやれて当然なのだから」

 「当然か?」

 「もちろんだとも。このくらいのことは世界最初の人工知能ハイペリオンや日本の扶桑とて、こなしてきたじゃないか。彼らは勝って勝って勝ち続けて、最後には、彼らに勝つことはもう誰にも不可能だと人間達に言わしめた」

 「ああ、その通りだ」

 「私もこの【Walhalla】で私にかなう者はもう存在しないと人々に言わしめて見せる。我々こそが全てにおいて人類を超越した存在であることを示すんだ」

 その時、エーテナが瞼を瞬かせた。

 「ん、待て」

 「どうした?」

 「今、報告が入った。敵がこの本営に迫っている」

 説明しつつエーテナは砂盤の上で青い駒に包囲されていた赤い駒を一つ拾い上げ、移動させた。そして包囲の輪の外で、その赤駒がブリュンヒルト軍本陣に向けて突き進んでくる様子を示した。

 「なんだと!? あり得ない! こんな敵がいるはずがない!」

 それはわずか一千程度の騎兵だがCleyeraはその存在を信じられないようで何度もかぶりを振った。

 「おかしなことを言うな。我が軍でないのだから、ヒルドル軍しかいないだろう?」

 「だが、敵は我が軍にすっぽりと包まれているはずだ!」

 「そうは言っても、これが事実なのだから仕方がない。疑うなら自らの目で確かめてみれば良い。すぐそこまで来てるから」

 「くっ、直ちに帷幄を閉鎖。本営部隊を戦闘態勢に……」

 Cleyeraは即座に迎撃を指図した。

 しかし本営を守る兵士達が隊列を組み武器を構えるほどの時間はなかった。

 不意を突いた敵襲によってブリュンヒルト軍本営の兵士達はたちまち馬に突き飛ばされ槍で突かれ、あるいは戦斧で頭部を叩き割られていった。

 エーテナが告げる。

 「敵部隊、本営に突入したぞ。これより帷幄は機能停止する。繰り返す。全ての指揮命令系統は機能停止する」

 こうしてブリュンヒルト軍の指揮機能もまた、麻痺状態へと陥ったのである。

 少し、時間を巻き戻す。

 ブリュンヒルト・クラン軍の歩兵部隊が大きく後退を始め、同時に左右両翼の騎兵部隊は相対峙するヒルドル軍騎兵部隊に向けて前進を開始した。

 「八咫烏様、『宝箱の台』に残っていた敵騎兵三千が我が方に向かってきます」

 コレットの言葉に頷いた契斗は、背後に並ぶ八咫烏傭兵団の兵士達を振り返った。

 「いよいよ、敵の攻撃が始まる。みんな準備するんだ!」

 契斗が率いる八咫烏傭兵団は三つの種族兵で構成されている。

 まず、重装騎兵のカタクラフィー族が三百。

 彼らは全身に骨でできた鱗鎧をまとい、騎乗する馬までも装甲で覆っていた。

 彼らは敵からの多少の攻撃はものともせずに突き進み、長槍を構えて突進力をそのまま攻撃力として敵に叩きつけて破砕してしまう。彼らの乗馬は契斗と同じく突進力、機動力ともに最高の性能を誇る八本足のスレイプニル種だ。

 そしてゲルマー族騎兵が三百。

 騎馬民族として知られるゲルマー種族からなる軽装騎兵で、戦斧を主たる武装として素早い進退で敵を翻弄する。ちなみに契斗は自らを護衛する親衛兵百騎も、ゲルマー族兵で構成させている。

 最後がエフトゥール弓騎兵三百。

 草原の遊牧種族からなる彼らは馬上弓の技量に優れ、全力疾走させながら敵を射ることもできる。支援攻撃はもちろん、馬上で振り返り後ろ向きに矢を放つこともできるため敵の追跡を追い払う殿としても頼りになる部隊である。

 八咫烏傭兵団一千の兵士達が、契斗の命令を合図に一斉に馬に跨がった。鎧や武器の金具がぶつかり合う音がそこかしこから鳴り響き、そして一斉に音が止む。

 騎兵達が、興奮して今にも駆け出してしまいそうな馬の首をなでてなだめている。練度、経験値ともに最高に達している彼らは、三倍する敵が近づいてくるのを見ても、落ち着き払った態度で契斗の命令を待っているのだ。

 コレットは、契斗に問いかけた。

 「て、敵は三千です。対する我が方は一千。三倍の相手に正面から向かっていって勝てるとは、到底思えません!」

 「確かにその通りだね。まともに正面からぶつかったら一気に押しつぶされてしまうだろう。けどね、俺の見るところこの戦いはそういう結末にはならない。振る舞いようによっては俺達は勝敗を決するような重要な役割を果たすことになるよ」

 「どうしてわかるんですか?」

 「う~ん、勘かな?」

 「勘……ですか。わたくしには理解しがたい概念です」

 コレットはそれで納得して良いのかいけないのかと戸惑う表情を見せた。

 「それで、そのことはクランマスターには伝えないのですか?」

 「言ったって奴にはわかってもらえないよ。俺も、どう説明したら納得してもらえるかわからないし」

 契斗が不満そうに唇を尖らせる。するとその時、本営のラッパが鳴った。

 「八咫烏様、クランマスターからの前進指示です。『二号作戦を開始。各員勇戦し、己が責務を果たせ』です」

 「二号作戦──ガンツェルの狙いは中央突破ってわけか。それを敵に気づかせないための全軍の果敢な攻勢。随分と気安く無茶言ってくれるよなあ、全く……」

 契斗は一言ぼやくと配下の騎馬隊に右腕を挙げて合図した。システム上、指揮を執るにはコレットに告げるだけで良いのだが、そこは気分という物である。

 「前進! くさび型隊形!」

 八咫烏隊が前進を始めた。

 最初は常歩、ヒトが歩くよりやや速い速度で、契斗のすぐ後ろでカタクラフィー族を先鋒にするくさび型の隊形を形成していく。その後ろをエフトゥール弓騎兵、両翼はゲルマー騎兵が支えるという隊形だ。

 大地を叩く馬蹄の音が、あたかも行進する軍隊の足並みのごとく完全に揃っていた。

 コレットが前方を見れば、敵は予備槍兵隊五千を後詰めにした騎兵部隊三千がこちらに向けて加速しつつある。そして契斗は一千を引き連れてこれに真っ向からぶつかろうとしていた。しかも指揮官自ら先頭に立っている。

 「八咫烏様。BGMは何になさいますか?」

 コレットは、先頭を進む契斗を見ると慌てて馬の腹を蹴り離れないように距離を詰めた。プレイヤーにつかず離れず常に傍らに。それが彼女達副官NPCの定位置なのだ。

 「映画『突撃』のサントラ。大峰哲治作曲の『炎響』を」

 「かしこまりました」

 するとどこからともなく音楽が流れ始めた。

 『炎響』は秋山好古の伝記的映画『突撃』のクライマックスに流れる壮大な戦闘曲である。黒溝台の雪原を群れとなって突き進んでくるコサック騎兵の勇壮さをイメージさせる曲であり、この【Walhalla】プレイヤーにも愛好者は多い。

 勇壮なイントロが終わり、戦いを盛り上げるティンパニーの音が高らかに鳴り響くと契斗は令した。

 「速歩!」

 速度が上がるとさすがに馬の足並みも乱れて、蹄が地を蹴る音は大粒の荒雨が大地を叩くような不規則な音となる。

 「駆け足!」

 そしてさらに一段階加速。馬蹄の音は重みを深め怒濤にも似た轟音となった。

 「抜刀!」

 契斗の号令を受けて護衛兵が剣を抜く。

 革鎧に身を包んだゲルマー族兵が斧を抜き、エフトゥールの弓騎兵が矢を番える。

 分厚い装甲に身を包み、長槍を抱えたカタクラフィー族はその鋭い切っ先を下ろして敵に向けた。

 「襲歩!」

 契斗の命令で騎兵達は速度を最大に上げた。

 身体が風を切り、馬のたてがみがなびく。

 契斗の馬には鐙がない。だがそこはゲーム、馬術の心得はなくともプレイヤーは馬から振り落とされることなく軽快に進むことができた。

 速度を最大にまで上げた両騎馬集団の距離は急速に縮まっていく。そして正面から激突するかと思われた。

 だがブリュンヒルト軍の騎馬隊が突然進路を変える。

 八咫烏隊との衝突寸前に進路を右(北)へ、契斗から見ると左方向へと変えるとヒルドル軍本営へと向かったのである。

 契斗は、直ちにこれに応じた。

 「やっぱりか! よし続け!」

 契斗は左に曲がっていった敵を追わないと決めた。そもそも追いたくとも追うことはできない。契斗の左には味方の予備槍兵部隊が壁のごとくずらりと立ち並んでいるのだ。そのため、契斗は反対方向の右へと進路を変えた。

 「敵と戦わないのですか? クランマスターからの指示に反することになりますよ」

 コレットは驚きつつも契斗の指示に応える。

 「わかってる。けど、左に行くには味方が邪魔だし、遠回りしてたら間に合わないだろ!? だからここは勝手させてもらう!」

 敵騎馬隊の後ろには敵の予備槍兵部隊の隊列が続いていた。既に戦闘展開を済ませ、槍を水平に並べて契斗達を串刺しにしようと迫ってくる。

 契斗はその鼻先を掠めるように戦場の外側に一旦逃れた。そして敵の後背へと大きく回り込んで敵本営を急襲することを選んだ。

 敵は、ヒルドル・クラン軍を包囲することに全戦力を投入している。そのため本営を守る戦力は少なかった。敵が予想すらしていない角度から攻め込むことができれば、たとえ一千程度の寡兵でも掻き回して混乱に追い込むことは可能なのだ。

 「よしっ、突っ込め!」

 八咫烏隊は無人の野を行くがごとく易々とこれに到達。敵の本営を襲撃した。

 軍楽隊を蹴散らし、斥候や伝令のために控えていた兵士を追い散らす。契斗は勢いに任せて進んだ。

 敵本営の中央には帷幄がある。そしてそこにクランマスターとおぼしき金髪のアバターが突っ立っていた。

 「あれがブリュンヒルト軍のクランマスター、Cleyeraかな?」

 副官NPCらしきダークエルフが傍らにいるから間違いないだろう。

 八咫烏隊の先頭を駆ける契斗は、その男の視線をまっすぐ浴びた。契斗はその視線に含まれた怒りの波動をひしひしと感じた。

 「な、なんか怒ってるよ。むちゃくちゃ睨まれてるよ」

 すると契斗の傍らで馬を駆けるコレットが叫んだ。

 「おめでとうございます八咫烏様。これで『斬り込み隊長』の称号と、『逆襲者殊勲』の獲得ですよ!」

 「あ、そっか。そりゃ恨まれもするか」

 敵に殊勲を上げさせるのは指揮官にとっては大いなる恥辱だ。

 その上、名将の称号を取り損なったのならなおさらだろう。契斗は謝罪するような気持ちでCleyeraに向けて片手を挙げた。そしてそのまま敵本営を駆け抜けると進路を変えたのである。

 今ならば敵は有効な反撃ができない。その間、契斗が無抵抗に等しい敵を好き放題に蹂躙できるのだからこの好機を利用しない手はない。

 「よし! 次は包囲されている味方を救うよ、コレット!」

 「はい!」

 契斗は配下の将兵を手招きすると、再度カタクラフィー族からなる重装騎兵三百にくさび型の隊形をとらせた。カタクラフィー兵士に長い槍を水平に構えさせると、味方を包囲する敵軍の背後から渾身の勢いを込めて叩きつけた。

 「いけっ! 突撃だ!」

 「おうっ!」

 カタクラフィー達が契斗の命令に応える。

 馬蹄の響きが大地を轟かせて、風を切りながらぐんぐん加速していった。

 鋭い槍を構えた騎馬集団が敵の背後に向けて一気に突貫。蓄えに蓄えた運動エネルギーをそのまま敵にぶつけたのである。

 八咫烏隊のくさび型の隊形が巨木の幹に叩きつけられた斧のごとく、ブリュンヒルト軍の剣兵部隊の隊列に深々と食い込んだ。

 全速力に達したスレイプニルの体当たりを背後から浴びたブリュンヒルト軍の歩兵は、激しく前方へと突き飛ばされる。中にはボーリングのピンがごとく隊列から弾き飛ばされ、中空に高々と跳ね上げられる者まででた。

 予告なしに突然、大地から引きはがされて中空を飛んでいる気分はいったいどんなものだろうか。

 そして突如として仲間の身体が、背後から飛んでくるのを見た兵士達の気分は。

 背後からの悲鳴、絶叫に乗せられた恐怖感がたちまち周囲のブリュンヒルト軍将兵に伝播していく。

 契斗は内部のクラン仲間と呼応して包囲網に穿いた突破口の拡大を図った。

 「止まるな! 何度も何度も突撃を叩きつけろ!」

 契斗は勢いの止まったカタクラフィー騎兵をすぐに引き揚げさせた。そして間髪入れずにゲルマー騎兵の突撃を敢行させる。これを何度も何度も繰り返すのだ。

 度重なる突撃の衝撃と、混乱と戦意の喪失によって秩序が失われ包囲陣の一角に亀裂が入った。そしてそこから内包され圧殺されるばかりだったヒルドル軍の一部が溢れて出てきた。

 「よし、穴があいた! えぐって、抉って、傷口を広げていけ! 立ち止まるな!」

 騎兵達が突き刺した短刀を抉るがごとく、契斗は部隊を旋回させた。

 エフトゥール兵が立て続けに弓箭を雨のごとく浴びせかけ、ゲルマー騎兵が混乱する敵兵の頭に馬上から戦斧を振り下ろす。

 契斗も、白刃を煌めかせて突進した。

 この【Walhalla】プレイヤーは自ら剣をとって戦うことができる。

 システム上戦死することはないとは言え、矢を受けるとか、急所にダメージを負ったと判断されるとステータスが指揮不能に陥る。それによって部隊そのものの士気が失われて、軍が崩壊することも少なくない。だがそれでも先頭に立って戦うことを好むプレイヤーは多かった。

 敵と白刃をぶつけ合い、斬り伏せて突き進んでいくこの興奮こそが【Walhalla】というゲームの醍醐味なのだと彼らは言う。クベりんなどはその代表格で、彼女は「区々たる戦術も駆け引きも無用。ただ一剣携え斬り込むのみ」と突き進む。そして勝ってしまうのだ。

 一方、契斗が剣を振るうことは滅多にない。

 自ら剣を振るうような戦いは苦手なのだ。なのに今回、剣を手にして自ら戦うことを選んだのは兵士の数が圧倒的に足りないからであった。味方の脱出口を開くためには今ここで少しでも多くの敵を倒すことが必要で、そのためには自分の護衛であるゲルマー騎兵百も戦場に投入するしかない。それには契斗が自ら乱戦の中に飛び込む必要がある。

 右に左に剣刃を閃かせ突き進む契斗を恐れたからではないだろうが、ブリュンヒルト軍のレムス族重装歩兵もついに隊列を乱して後退を始めた。一点に集中する暴風のような圧力を浴びせかけられて、包囲網がついに決壊したのだ。

 すると怒濤の勢いでヒルドル軍が、包囲網からあふれ出てくる。

 まず現れたのが岩のような肌のヴァリ氏族兵達だ。率いるのは同じクランに所属しているのに話すことが滅多になかったリーマン四三。もちろんそんなものが本名であるはずがなく、ユーザーネームだ。

 「た、助かったぜ八咫ちゃん!」

 リーマンは自身のアバターにもヴァリ氏族の物を用いており、いかにも蛮族っぽい獣の毛皮を鎧として装着していた。

 戦い方も野蛮な突撃一辺倒を好んでいる。要するに突撃馬鹿だ。

 しかし彼の率いる傭兵団はそれに特化した種族と装備を備えており、比類なき破壊力を示す。使い方を誤らなければ戦況すら一転させる斬り込み隊長なのだ。そんな粗暴な男が今回に限っては契斗に礼を言うのだから、よほど困り切っていたに違いない。

 契斗はその言葉をありがたく受け止めながらも、リーマンにまだ戦いが終わっていないことを思い出させた。

 「まだまだ終わってないよリーマン。このまま反撃しないと!」

 「せやな! これまでやられてきた分を取り返さなあかん!」

 このゲームでは与損害、被損害、いずれも冷厳に数値化されて戦闘終了後に獲得するゴールドや経験値に反映される。このまま終わってしまうと多くのクランメンバーが部隊の損害、失った兵員、装備等の再獲得費で大赤字となってしまうだろう。こうなったからにはクランが負けてしまうのは致し方ないとしても、少しでも戦果を上げて損害を取り返しておく必要があるのだ。