Walhalla《ワルハラ》第一章(5)

-e戦場の戦争芸術-《イーセンジョウノアートオブウォー》

 完全勝利の美酒に口をつけようとしたその瞬間に、杯を持つ手を叩かれたCleyeraは、味方の包囲環が八咫烏隊に断ち切られるのを黙って見ていることしかできないこともあって、湧き上がる激しい怒りに身を震わせていた。

 「くそっ忌々しい! あと少し、あとほんの少しで完勝できたと言うのに! あの男はいったいどこのどいつだ!?」

 「ユーザーネームは八咫烏一二三とある」

 すると傍らのダークエルフ、エーテナが揶揄するような口調で告げた。まるで主が激高しているのを楽しんでいるようにも見える口ぶりだ。

 「八咫烏。確か日本神話に登場する導きの神、太陽の化身とされる三本足のカラスのことだな……これまでの戦歴は!? パーソナルデータは?」

 「日本人、ヒルドル・クラン所属。性別は男性。【Walhalla】のユーザー登録は十一ヶ月と十九日十四時間前からだ。戦歴データを含んだパーソナルデータは参照不能。十八歳未満のため閲覧ブロックがかけられている」

 「十八歳未満……おそらくは学生だな。しかしクラン戦の戦績は公開されているはずだろう?」

 「その通りだ。彼がヒルドル・クランに加入してからの戦績は、八戦して四勝二敗二分けとなっている」

 「それほど目立つ戦績ではないな?」

 「そもそもクラン戦はマスターの指揮に従って戦うものだからな、個人の力量はなかなか戦績に反映されない」

 「くそっ……こんな奴が隠れていたとは。わかった。あとで調べるからデータをメモリしておいてくれ。たとえパーソナルデータに閲覧ブロックがかけられていたとしても、対戦相手の戦績は公開されているから、そこから奴のデータを検索していけばいい。クラン戦も戦闘経過を閲覧するから請求しておけ。いいな」

 「わかった。しかしCleyera、随分と八咫烏という人間にこだわるのだな?」

 「当たり前だろう、奴はこの私の予想を超えて見せたのだぞ? あの状況では普通のプレイヤーならば高確率で防戦に始終して味方と一緒に我が軍の包囲陣に閉じ込められていたはず。にもかかわらず奴が逃れることを選択したのは何故か? ただの偶然か? それとも何かの理由があってのことか? 私はそれを解明しなければならない」

 「何故だね?」

 「もしかすると奴こそがクードゥイユの持ち主かもしれない」

 「クードゥイユ?」

 「クードゥイユ。不確実で混沌とした状況の中で、正しく情勢判断し、正しく決断を下すことのできる能力のことだ。戦局眼とも言われる。ディープラーニングによって最適解を見つけ出す我々に、欠けている要素だ。クードゥイユを持つ一部の人間こそが、我々の前に立ちはだかる唯一の障害となり得るのだ」

 「なるほど……君の決意表明は聞き入れた。だがCleyera、今は演算容量を戦闘に集中すべき時だ。あと二十五秒で混乱状態から自然回復する。指揮を執る準備はできているか?」

 本営が急襲されて指揮不能に陥っても、統率のとれた味方の救援を受けると混乱が収拾される。あるいは敵が去って何もないままにしばらくするとステータス異常は回復する。

 ブリュンヒルト軍本営の場合は八咫烏隊が本営を蹂躙したあとすぐさま立ち去ってしまったため時間経過による自然回復が期待できるのだ。

 「もちろんだ。準備なんかとっくの昔にできている。混乱から立ち直ったら、直ちに八咫烏一二三を最重要殲滅対象に指名する。そして作戦も包囲殲滅から囲帥必闕戦術へと変更する!」

 「孫子の兵法、完全に包囲せず一カ所逃げ道を開けておくという戦術だね」

 「そうだ。そうなったら八咫烏一二三の奴はどうでてくるかな?」

 Cleyeraは意地悪そうに微笑むと目をぎらりと輝かせた。

 それを見たダークエルフは嘆くように言う。

 「可愛そうな八咫烏一二三。しつこい奴に目の敵にされてしまって」

 「私の完勝を邪魔したんだぞ! それぐらいの罰は受けて当然だ!」

 ブリュンヒルト軍の本営が機能を立て直したのはそれから間もなくのことであった。

 Cleyeraは指揮統率が回復するとヒルドル軍を包囲する全部隊に向けて、さらに締め付けを強化させるよう命じたのである。