異世界に再召喚された勇者の隠密できないアサシン無双 第一章(1)

第一章 向いていない仕事に儚い努力を

 二回目に召喚された感想は「早く元の世界に帰りたい」だった。

 綺麗に広がった青い空を眺めながら、ゆっくりと身を起こして立ち上がった。

 「今回はどうして喚ばれたんだ?」

 そう呟いても答える者は誰もいない。

 前回も異世界に召喚された理由はわからなかった。

 わけもわからぬまま混乱して逃げ続けて、たくさん危険な目にあった。

 ふとその時のことを思い出す。

 いろいろあったが結局、偶然にも、のちに勇者のご一行と呼ばれる仲間たちに出会えて、俺も勇者として、世界を恐怖に陥れていた魔王を倒したことで、無事に元の世界に戻ることができたのだ。

 俺は再び周囲を見渡す。静かだ。以前のような、濁ってどんよりした空気を感じないし、悲鳴や怒声が混じった不穏な騒音も聞こえてこない。

 どうにも様子がおかしい。いや、おかしいのではなく、平穏そのものだ。

 二度目なのに不安は一度目より強い。だが、それでも、その不安を拭ったのはある思い出だった。

 「とりあえず、元の世界に戻る方法がわかるまで……」

 前回、やれなかった、本当にやりたいことを思いきりやろう。

 そう思った俺はもう一度、周囲を見渡す。

 この世界で俺は有名になりすぎている。本当にやりたいことのために、まずは正体を隠すものを探さなければならない。

 * * *

 「ここが集合場所か」

 二回目の召喚から数日後。俺は、はやる気持ちを抑えながら、思わず呟いてしまう。

 深淵の森と呼ばれる場所の中央に〝魔物の呼び水〟という名の真っ赤な湖がある。その名にふさわしく、昆虫や魚に似た不気味な草木があちこちに生えていた。

 湖の周囲には俺と同じ目的で集まった冒険者たちがたむろしていた。

 屈強な肉体の上に鉄の鎧を着た男や黒装束に身を包んだ老人、艶やかな薄衣をまとった女性、大人じみた表情をする子どもなど──様々な冒険者たちを前にして、いっそう心が昂ぶる。

 これから彼らと争うことになるのだ。

 「見慣れない奴だな」

 突然、声をかけられ驚き振り向くと、そこには長身美麗の青年がいた。赤毛と同じ色の瞳、どこか刺々しい雰囲気をまとった彼は、顔をしかめながら言葉を続けた。

 「顔を隠すような格好をして……それで弱者なのを誤魔化しているつもりなのか?」

 急に喧嘩を売られるような真似をされ、戸惑いつつも返答した。

 「これには、いろいろと複雑な理由があって……というか、突然何だ。お前、誰だ? 俺のこと知らないよな?」

 このように確認するのには理由がある。俺は一度目の召喚で魔王を倒したことで、勇者として有名になり過ぎてしまっていた。もし正体がばれると、今回の目標を達成することが難しくなってしまう。

 だから俺は正体がばれないように、こうしてハラハラしながら相手の出方を窺っているわけだ。

 そんな俺の事情を知らない青年は、ため息をつく。

 「……貴様など、私の知り合いではない。私の名はサイフォン。……本当は挨拶など無意味なのだがな。どうせ、この試験には私が選ばれるに決まっているし、貴様に話しかけたのは、あくまで時間潰しと助言にしか過ぎない」

 その言葉に心中で安堵する。どうやら俺のことはばれていないようだ。だが今度は新たな疑問が生まれてきた。

 「ああ、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ない。俺はサスケだ。……しかし、助言?」

 そう問いかけるとサイフォンは口を歪めて笑う。

 「ああ、助言だ。貴様のような弱者がここにいても無意味、早く帰ることをおすすめする。無駄に心身ともに傷つくだけに過ぎないからな。参加者は実績がある有名な者ばかりで、それだけではなく、とてつもない能力も隠し持っている。あの鉄の鎧の男も、あの破廉恥極まりない格好をした女もな……貴様に、そういった、とてつもない能力はあるのか? そう……」

 そこまで言って彼は息を深く吸い込んだ。強い感情のこもった双眸で俺は睨みつけられる。

 「かの有名な暗殺者の弟子になれるだけの実力が」

 そう問いかけられて言葉に詰まってしまった。

 そんなの、俺が一番わかっている。

 これから俺が挑戦することは容易ではない。魔王を倒した勇者という俺の経験と、今回目指している暗殺者の技能は真逆だ。この世界に召喚されて備わった俺の特殊能力との相性も最悪だろう。

 「そうかもな。だが、俺は諦めるわけには……」

 そう言いかけるとガサリと音がした。

 音の方に目をやると、複数の足音が近づいて来る。

 また志願者の一人なのだろうか。やがて森の茂みが大きな音を立てる。そこから一人の老人が現れた。

 老人は白髪に深いしわをしており、一見職人に見える茶色の作務衣のような服を着ているが、眼光は鋭く、隠しきれない覇気と威圧感に圧倒される。

 「おおお、あれは……」

 会場から感嘆の声が漏れる。

 この老人こそ有名な暗殺者のマスルールだ。彼は隣国である暗殺教国ギズラで歴代最強と呼ばれるほどの技量を持つ暗殺者だった。だが、理由は謎だが、今ではここ大国アニュザッサに亡命して、移り住んでいるという。

 俺が魔王を倒すために冒険していたときも、彼の名は聞いていた。俺は、暗殺者として憧れていた彼に会えて感動で胸がいっぱいになってしまった。

 「ワシのような者の弟子の募集に、ここまで集まってくれて感謝する」

 よく通る声を聞き、いっそう感動してしまい、彼の謙遜する言葉に畏敬の念を抱く。

 ここには高名な暗殺者マスルールの弟子志願者たちが集っているが、おそらく先ほどサイフォンが説明したように、みな暗殺者としての実績を積んだ者たちなのだろう。

 もちろん俺に、そんなものはない。だから、選ばれるわけがないと告げたサイフォンの言葉は正しい。

 だが、そんな俺の懸念を拭うかのような声が響き渡った。

 「初めまして、先に説明しておきますね、皆様」

 マスルールの横から一人の少女が進み出る。銀髪金眼の小柄で可憐な美少女だ。まるで人形のようにも思えるほどの美貌で、この世の者とは思えない。

 そんな彼女がニコリと微笑んだために、場の空気が一瞬で和やかなものになる。

 「ご挨拶が遅れました。ボクはマスルール様の弟子が一人、ファナと申します。よろしくお願い致します。まず知らない方々もいるかもしれないので、きちんと説明をいたしますが、マスルール様の目指しているのは〝暗殺者〟ではありません。〝隠密者〟と呼ばれるものです」

 隠密者? 一体何だろう? 前に俺がこの世界にいたときには聞いたことがなかった。

 首を傾げているとファナと目が合ってしまう。ふわりと目元が和らぎ口元を緩め、彼女は微笑んだが、目は笑っていない。

 無知を咎めるような視線に対し、申し訳ない気持ちがして萎縮してしまう。

 周囲の者たちの何人かも隠密者についてわかってないようで、動揺する気配が伝わってきた。知らないのは自分だけではないことに安心しつつも、ファナの話の続きを待つ。

 「隠密者とは、暗殺者で培った隠密行動を生業の糧として、人々の救いになることをする者のことです。迷い猫探しをはじめ、事件の解決や魔物の討伐など……まあ、勇者ギルドと近いと言われたら困るのですが、暗殺者としての実績もあるので、グレーな仕事も請けるところが違うかもしれませんね」

 その言葉になるほどと頷く。

 たしかにこの国アニュザッサには、暗殺者ギルドはない。暗殺者自体はいるのだが、彼らは暗殺教国ギズラで教育を受け、洗脳をされて管理されていることが多い。マスルールのようにギズラからアニュザッサに亡命した者は稀だ。

 そこで俺は改めて、アニュザッサと暗殺教国ギズラについて思い返す。

 アニュザッサは、イズルゲリラ大陸の中央から東半分を領する大国だ。王都カズウィンは、国土の東端に位置する都市で、隣国ギズラとはズークッシュ山脈を挟む形で接している。

 アニュザッサの国土のほとんどが「バッタ草原」と呼ばれる肥沃な大地で、農産業も盛んであり、特にカズウィンは、果樹園や灌漑農業地帯でもある「メズエラの森」の中にあるために気候的にも過ごしやすく、年々人口が増えている。人口増加に伴って、さまざまな冒険者が集まり、多種多様のギルドが生まれ、中でも勇者ギルドの活動が活発だ。

 一方、暗殺教国ギズラは、アニュザッサの東方にそびえるズークッシュ山脈内に位置する宗教国家だ。国土が険しい山々の中にあるため、攻めるに難く守るに易い。山頂には城の代わりとなる〝オイルガータ〟と呼ばれる要塞が構えている。

 ちなみにギズラの国主はハシーシュと呼ばれ、この世の理を支配していると言われているらしい。

 「──つまり我が師は新しい暗殺者像を目指して〝隠密者〟を世に広めたく日々頑張っています。皆様には、そのお手伝いをしていただければと思うのです。だから……」

 ファナの双眸の奥に、どこか敵意のような感情が閃いた。

 「ただ我が師の技術を盗みたいがために来た方々は、今すぐお帰りになられますよう、よろしくお願い致します」

 その声は、鈴の鳴るように可憐であるにもかかわらず、どこか背筋が寒くなるような響きだ。

 だが誰一人として立ち去る者はいない。

 「あら、今回は勇敢で気持ちの強い方が多いようです。我が師よ」

 驚いたように目を丸くするファナに、マスルールが満足そうに頷く。

 「うむ、よいことじゃな」

 そうしてマスルールは一歩前へと踏み出した。

 「さて、お主たちの中から弟子を選ぶために試練を与えることにしよう。まず一つは〝魔物の呼び水〟と言われている湖の底から鍵を拾ってくること。簡単な話じゃろ?」

 マスルールの言葉に、俺を含む周囲の冒険者たちが戸惑っている。

 「……ん? なんじゃ、その顔は? それのどこに隠密行動が必要とされるのかと言いたいようじゃの」

 ため息をついたマスルールは近くにあった切り株に腰をかけ、楽しげに笑った。

 「一つだけ条件がある。──ワシはここから離れるつもりはない。目の前にいるワシに見つからぬように湖の底から鍵を拾い上げるがよい。そうそう、鍵の数には制限があるから早く拾い上げるべきじゃの」

 「ちなみに今回の試練だけで合格というわけではありません。試練は他にもございます。全ての試練に合格したからといって必ず弟子になれるわけではありません。その逆もしかりです」

 そんなファナの言葉に、落ち込みつつあった俺の気持ちが奮い立つ。

 はっと顔を持ち上げて、つい大声を出してしまう。

 「じゃあ、試練が未達でも、そのあとの頑張りようで挽回もありえるということか?」

 「え、ええ、まあ」

 そんな俺の言葉に困惑しながらファナは返答してくれた。

 嬉しくて口元が自然と緩んでくる。ならば経験のない俺でも可能性があるかもしれない。だとすると俺のやることは、ただ一つ。やる気に任せてどんどん前に進むしかない。

 「だったら……」

 そう言いながら俺は前に躍り出る。

 異世界に召喚されると能力を得ることがある。俺は一度目の召喚のときに、ある程度広い範囲で熱を制御するという能力を授かった。この〝熱制御〟は俺しか扱えなくて、勇者のときはこの力で派手に戦っていたため、俺の代名詞になっていた。

 目立っては成立しない隠密者を目指す俺にとって、熱制御は正体がばれてしまうし、隠密者とは真逆の能力だが、みんなにわからないように、こっそり湖の水だけ蒸発させるだけなら大丈夫だろう。

 魔物の呼び水と言われている湖だ。赤くて不気味なことこの上ないし、きっと周りの人も迷惑しているはずだから、水を蒸発させたところで問題はない。

 俺はゆっくりと指先に集中し、湖へと意識を移す。

 するとブワッと音がして水が吹っ飛び、白い蒸気のようなものが辺り一面に広がったと思うと、熱風とともにあっという間に湖が蒸発した。

 成功した。俺は心の中でガッツポーズを取った。勇者時代よりは派手ではない。むしろ思ったよりも地味に湖水の蒸発ができたので隠密行動としては十分だ。

 湖に近づいて底を見ると、日光に照らされてキラキラと輝く物が見えた。おそらく、あれがマスルールの言っていた鍵なのだろう。

 「どうだ」と俺がマスルールを見ると、彼はどん引きしたような顔をしていた。

 思っていたのとは違う反応に不思議がっていると、彼の口が開いた。

 「……まずお主、人の話はきちんと聞いておったのか? ワシにばれないように湖の底から鍵を拾い上げろと言ったのじゃが」

 「え、今の俺がやったってバレたんですか」

 目を丸くしながら問いかけるとマスルールは呆れたように答えた。

 「たしかに具体的な証拠を挙げろと言われると困るが、お主が合図をして湖が枯れたんじゃ。お主の仕業だと思うのが自然じゃろ」

 「いや、いや、俺では……」

 「お主じゃろう」

 「はい、俺がやりました」

 問い詰められた俺は、素早く頭を下げて自分の仕業だと認めた。

 「そんな……正直者すぎないかな」

 ファナがそんな俺を見て絶句している。

 「これ、少しは誤魔化すくらいはせんか」

 「いや、いや、その、嘘をつきたくはなく……」

 「嘘をつくことを嫌がるとは……。嘘は決して悪いことではない。それもわからず、闇雲に嘘を嫌悪するなら、お主、隠密者には向いていないぞ」

 はっきり言われてしまった。

 渋い顔をして告げるマスルールに対して、申し訳ない気持ちがいっぱいになり、頭が上がらない。

 「も、申し訳ありません」

 憧れの人物を前にみっともないことしかできていない。恥ずかしさで顔が熱い。

 「すぐに認めた上に、さくっと謝るなんて。なんなのかな、この人。意味がわからない」

 ファナが突っ込んでくる。そして俺に詰め寄ってきた。

 「ね、ねえ、なんで、そんな意味のわからないことをするのかな? なんで?」

 「なんでって……」

 「だって、今のキミの行為は自分で隠密者に向いていないって主張しているようなものだよ。それなのに、なんで? 我が師の弟子になりたいんじゃないのかな?」

 「向いていないのはわかっているよ、自分でも」

 「自覚しているのに、どうして諦めないのかな? しかも、自分が向いてないって今、告白しているわけだし……最初から失敗しまくりでどうしたいの。ボクにはキミの思考回路がまったく理解できないよ!」

 ファナは叫んで、慌てて口元を手で押さえ、申し訳なさそうに顔を伏せる。

 「あ、ごめんね。キミみたいな弟子の希望者なんて初めて見たから、つい……びっくりしちゃったんだよ。でも、どうしても気になったから……ねえ、なんで?」

 かなり言われたい放題だ。

 「いや、いや、だって向いてなくても、やってみないと、わからないだろ。やる前から諦めてどうするんだ」

 俺の返答に「でも!」と彼女は食いついてくる。

 「諦めるもなにも向いてなかったら、終わりだよ。何をやっても無駄なんだよ。だって素質がないんだから。なのにどうして諦めないのかな?」

 この子はなぜ、こんなにも食いつくのだろうか。疑問に思いつつ俺は答えた。

 「本当になりたいのに諦めるわけないだろ。もし素質が今なくても、まずは始めてみないと未来のことはわからないだろ」

 「始まらない? 向いていないのに? だからこそ?」

 「そうだよ。素質とかではなくて、まずは始めることが大事なんだ。だから、向いている向いてないは、今はどうでもいいんだ」

 「……どうでもいい? 向いていないとわかっているのに?」

 ファナの顔が青ざめている。「そんな、ボクのときは……」など意味不明な言葉を虚ろな口調で呟き始めた。様子がおかしい。どうしてしまったのだろうか。

 やがて彼女は表情を険しくして顔を上げた。

 「やっぱり納得できないかな。素質がないなら、普通は諦めるはずだよ! もうちょっと、ちゃんとお話を聞かせてほしいかな!」

 「こら! 何わけのわからんことをワシを放置して言い合っておるんじゃ!」

 そこをマスルールが割り込んだ。

 「ファナも……お主の気持ちもわからんでもないが……今、話すことではあるまい」

 「は、はい、申し訳ありません。我が師よ」

 彼の言葉に、しゅんとした表情でファナが答える。

 「ファナのことはさておき、隠密者に向いていないことをワシの前で主張して、お主はなにがしたいんじゃ」

 そう質問されたので俺はキリリと顔を引き締めて、はっきりと答える。

 「あなたの弟子になりたいんです」

 「こら! そういうことを聞いておるのではない! ワシは、なぜわけのわからないことを言っておるのか聞いておるんじゃ! どうしてくれよう!」

 マスルールが俺を説教している横で他の志願者たちが、こっそりと湖の底から鍵を拾い上げようとしていた。しかしマスルールが、ふぅとため息をついたかと思うと、その足下には湖の底にあったはずの鍵が積み上げられている。

 そこで俺は、彼が〝疾風の暗殺者〟だと呼ばれていたことを思い出す。

 「す、すごい……」

 伝説の暗殺者の技量を見て、俺は思わず唸った。

 自分も彼のようになりたい。彼のように、こっそりひっそり、そして迅速に行動できるようになりたい。

 鍵を取ろうとして失敗した冒険者たちは、マスルールの目の前に積み上げられた鍵の山を目にして困っている。そんな中、さっき会ったサイフォンだけが鍵を指でクルクルと回している。

 どうやら彼は混乱に乗じてマスルールの試練をクリアしたようだ。

 サイフォンはどのような方法で鍵を手に入れたのだろう。マスルールはそれに気付いているようだが何も言わなかった。