異世界に再召喚された勇者の隠密できないアサシン無双 第二章(1)

第二章 会いたくもない昔の同僚に挨拶を

 弟子見習いとなった俺は、マスルールの隠密者ギルドの拠点に住むことになった。

 隠密者ギルドといってもマスルールが自称しているだけで、マスルールとファナ、そして俺とサイフォンしか存在しない。

 マスルールは有名な暗殺者だったが、出身国である暗殺教国ギズラの教えに疑いをもって亡命し、隠密者という職業を作り、弟子と称して仲間を集めているようだ。

 与えられたのは狭くて埃臭い部屋だったが、宿なしの俺にとっては家賃を気にせず一人で暮らせるので、とても天国だ。

 そう、こんなとんでもない状況にさえならなければ。

 「サスケ様、寝ているときも仮面を被っているんだね、どうしてかな?」

 「だぁぁ────! なぜ、一緒のベッドに入り込んでいるんだ!」

 飛び起きた俺は厚い毛布をはぎとった。そこには、作務衣のような薄い衣服を着て、腕や太ももをさらけ出している、ファナのあられもない姿があった。

 彼女は眠たそうに目をこすりながら、再度、俺に問いかけてくる。

 「……仮面をつけているの、どうしてかな?」

 「いやいやいや、その前に俺の質問に答えてくれ。なぜ、ここに。いつ入り込んだ?」

 「うんと、数時間前かな? 一応、サスケ様は隠密者弟子見習いなわけだから、さすがにボクの気配にすぐに気付くと思ったんだけど、さっぱり気付く様子もなくて、スヤスヤスヤスヤぐっすり寝ているんだもん。そうなってくるとボクも眠たくなっちゃって……」

 にこりと無邪気に微笑んでくる。

 「つい寝ちゃったのかも」

 「つい、じゃない。それと頼むから、ちょいちょい、俺をディスるのはやめてほしい。傷ついてしまう」

 「ディス?」

 「ああ、ええと、俺は隠密者の才能がないことを十分に自覚しているから、そこをチクチク刺激しないでくれ!」

 そう俺が懇願するとファナが不思議そうに首を傾げる。

 「そんなふうに思わなくても大丈夫なのに。だってサスケ様の評価された部分は別のことだよね? どちらかというと、隠密者の根底にある、誰かを全力で助けたい、そのためには諦めない、そうした姿勢だと思うけど? ……むぅ、もしかしたら我が師が単に面倒臭がっただけかもしれないけど?」

 「ええ、まあ、そうなんだけど、そうなのか? いや、そうじゃないというか。……ああ、もう、とにかく何で、お前がここにいるんだ?」

 俺は立ち上がり、彼女から離れる。

 寝台の上で、ファナは長い髪をかきあげながら言った。

 「なんでって。好きな人の傍にずっといたいと思う気持ちは、そんなにわかりにくいかな?」

 「い、いやいやいや。わかりにくいとか、それ以前の問題で……す、好きな……ああ、何でもない、いや、ある、す、好きな人って部分が気になるっていうか……」

 年頃の少女が健全な男の寝台に潜り込むと大変なことになる。

 俺がぐっすり眠りこけていたから結果的に安全だったものの、危険な思考の持ち主だったら、どうするつもりだったのだ。

 「ああ、大丈夫。そっちの好きじゃないから」

 だが、俺の言葉を察したファナは、わりと傷つくようなことを告げてくる。

 「そういう肉欲と直結しているように思われるのは、ボクも嫌だし、サスケ様も迷惑だよね?」

 そう言った彼女の双眸は生き生きと輝いている。胸の前で手を組んだ彼女は、うっとりとした声で言葉を続けた。

 「これはもっと透明で澄みきった、キラキラと輝く尊敬の念……触れたら壊れてしまいそうで、それでいて永遠の愛にも似た、そうまるでふわーっと広がる大空のような……そう、尊い、しんどい、ありがたい、尊い……」

 片頬を手で押さえながら陶酔しきった表情を向けてくる。

 「うん、つまりボクはキミに、そういう好きを持っているの!」

 「ど、どうして、そんなことに」

 「どうしても、こうしても、キミは我が師の弟子になることを、どんな状況でも、誰に何を言われても諦めなかったよね。その姿勢、誠意にボクは尊さを感じたんだよ」

 「は、はあ」

 普通は、可愛い女の子にそんなふうに言われたら悪い気はしないはずなのに、どうしてドン引きしてしまうのだろうか。

 「とりあえず、そういう好きならベッドに潜り込むのは、やめような。ファナさんの気持ちは十分にわかったから」

 「うん!」

 なぜ、そこで顔を輝かせるのだろうか。意味がわからない。俺の言葉は、どちらかと言うと彼女の想いを拒絶するようなものなのだが。だから、つい尋ねてしまった。

 「ええと……なんで、そんな嬉しそうなんだ?」

 「だってサスケ様を好きっていう気持ちは受け入れてもらえたわけだから。それで十分なんだよ!」

 弾んだ声で、そう告げられてしまうと、もうそれ以上は何も言えない。可愛い子なのに残念すぎる。

 「じゃあ、今日も頑張ろうね、サスケ様。一緒に立派な隠密者を目指そう?」

 「ああ、うん」

 とりあえず早く俺の寝台から出て行ってほしい。そう困って俺は「まだ、何か?」と尋ねてしまう。

 「──うん、ボクの方の質問にも答えてほしいなって? どうして寝ているときも仮面を被ったままなの? 変じゃない?」

 まだ気にしていたのか。誤魔化すことができたと思っていたのだが。

 「いやいやいや、それはいろいろ複雑な事情があってだな。まさか俺が寝ている間に勝手に仮面外したとか?」

 「ううん、外してないよ。実は外そうかとも思ったんだけど」

 「そうか、よかった! 安心した。……ええと、実は俺の顔には醜い傷があって、ちょっとトラウマなんだよ。だから寝ている間も仮面を被っているわけで。気にしないでくれ」

 そういうことにした方が、この先、動きやすい。嘘なので心苦しいが、ここは勘弁してもらいたい。

 ファナは「ふぅん」と小さく頷いたが、別に疑ってはいないようだ。

 そこへ扉を叩く音がした。見るとサイフォンが扉を開けて不審げな眼差しをこちらに向けている。

 「おわっ、サイフォン!」

 「我が師が呼んでいる」

 淡々としながら無表情でそう言うサイフォンが怖い。

 「あ、ああ、すぐいく!」

 ファナのことが気になり彼女に視線を向けると、サイフォンは「ファナさんも一緒に我が師が呼んでおります」と告げてきた。

 ファナは表情を引き締めると、すっくと立ち上がって「わかりました」と頷き、部屋から出て行った。

 「……」

 サイフォンは、俺とファナを交互に眺めている。

 かなり目が恐ろしい。当たり前だ。弟子見習いの俺が、美少女に特別扱いされているのだ。隠密者を甘く見ていると思われても不思議ではない。

 だからといって下手な言い訳をすると、余計状況が複雑化してしまうかもしれない。心苦しいが、ここは何も言わない方がいいだろう。

 そう考え、無言で部屋を出て行こうとする俺をサイフォンが呼び止めた。

 「少し聞きたいことがある」

 「……えっ、あ、ファナさんのことか?」

 そう俺が彼に首を向けると彼は少しだけ不思議そうな顔をして告げた。

 「いいや、貴様の力についてだ」

 「え、えっと、俺は話したくないな」

 そう答えると彼の表情が険しくなる。

 「なにゆえ? ……私に嘘をついているからか?」

 「嘘だって?」

 「試験のときに湖水を蒸発させたのは、やはり貴様の仕業だろう。違うか?」

 「いやいやいや、それは……」

 「まあ、たしかに今となってはどうでもいい。今、こうして貴様の傍で、じっくり真偽を確認することができるのだからな。それで、貴様の力は一体なんなのだと問いかけたい」

 「俺の力? ってなんのことかな? そんなことを急に言われても俺にはわからないし、自分の弱みをさらすようで、ちょっと……」

 「別に貴様の弱みを暴きたいわけではない、勘違いするな。私が聞きたいのは、あれだけの力を持ちながら、なぜ、我が師の弟子になりたいかということだ。あまりに不自然で、矛盾に満ちた行為だからな」

 真顔で尋ねられて俺は思わず動揺してしまい、慌てふためきながら答えてしまう。

 「俺が弟子になりたかった理由? ちょっと恥ずかしいので具体的には言えないが。う、うん、たとえば、すごく太陽のように憧れるものがあったら追いかけたくなるだろう。どう足掻いても届かないものだと、わかっていても、眩しいものに手を伸ばしたい気持ちにならないか?」

 本当に隠すような話じゃないし、知れば、頑なに隠さなくても、恥ずかしがらなくてもいいのではと思うだろう。だが、俺にとっては大切で、たとえると真綿で包んで大事にしまっておきたい気持ちなのだ。

 「貴様にとって、マスルール様が憧れる存在だと?」

 「マスルール様でなくて、暗殺者になんだけど……ま、まあ。あんまり深く突っ込まないでくれないかな。今はまだ言いたくないんだ」

 そこで俺は誤魔化すように彼に言った。

 「そうか、あえて今は言いたくないと、なるほど。……時間をおけば教えてくれるということか?」

 「いや、別にそういうわけじゃなくてだな……」

 「……ふん、まぁいい。時間なら、たっぷりある。この続きは、またの機会としようか」

 そうして彼は低い声で言葉を付け足してくる。

 「──いつか、貴様と時間を作って、じっくり伺おう」

 「は、はあ」

 部屋を出て行く俺の背中を彼の視線がずっと絡みつくように向けられていた。

 * * *

 「村で魔物退治してこい、お主たち」

 「──は?」

 拠点の一室に集められた俺たちは、マスルールからそう告げられた。

 ここは応接室のような場所なのだろう。俺とサイフォン、ファナの三人は、高価そうなソファに座るマスルールから話を聞いている。

 「いきなり、どういうことですか?」

 そう俺が問いかけるとサイフォンもあとに続く。

 「我々は隠密者ですよ。魔物を退治するなら勇者ギルドの方が適任では?」

 不思議そうにする俺たちにファナが口を挟んだ。

 「隠密者だからこそ、こういう仕事をする必要があるんです」

 マスルールの前だからか、彼女は丁寧な言葉で俺たちに話しかけている。

 「改めて説明しますが、皆様。我が師は隠密者の存在感を増やしたいわけなんです」

 そこで彼女はしまったと口に手を当てて、ブンブンと首を横に振って言葉を続けた。

 「あ、でも勘違いしないでくださいね。別に隠密者自体を有名にしたいわけじゃないんです! 隠密者が人を助ける存在だから誰でも頼っていいんですよ。私たちも皆さんの力になりたいですよという気持ちを多くの人に知ってもらいたいんです」

 彼女は両手を広げて俺たちを説得を続ける。

 「我が師には悪いですが、隠密者の存在自体がまだ全然知られていないわけでして……」

 ため息をつきながらファナはマスルールを一瞥した。

 「というか、隠密者って我が師の考えた新しい職業だし、そもそも、ここにいるボクたちしかいませんから、存在感が空気なのも当たり前なんですけどね」

 ファナは苦笑しながらも、拳を胸の前でぎゅっと握りしめて言葉を続ける。

 「でも、その当たり前を当たり前じゃない、誰からも気軽に頼られるような存在になりたいというのが我が師の願いであり、ボクの願いでもあるわけです。ですから、まずは、その一歩を頑張りましょう?」

 キラキラと輝くような瞳で俺たちに話しかけてくる。

 「誰もが頼りにしたいと思えるような存在になるように! 魔物退治は、その一歩ですよ!」

 たしかに彼女の言う通り、隠密者なんて職業は聞いたことがない。だけど、誰かのために役に立ちたいって信念は理解できるし、協力するべきだと思った。

 「ちなみに勇者ギルドはどうしているのですか? こういった依頼は彼らの仕事でしょうに。先日の魔物が凶暴化した件についても、彼らに報告したはずですが」

 「もちろん彼らにも依頼がいっちょる。じゃが、それでもワシらに依頼が来たんじゃ。この依頼が昔からのツテからのもんじゃけえ、ワシも無碍にはできん」

 「そうですか。勇者ギルドたちに何が起きているのでしょうか。依頼がこちらに来たことを考えると嫌な予感がしますね」

 サイフォンの言葉にマスルールも嘆息混じりに重く頷いた。

 たしかに。勇者ギルドに依頼している話がこちらにも来たこともそうだし、そもそもこの依頼自体が、暗殺教国ギズラにいた頃のマスルールのツテからなら、きな臭いことこの上ない。

 「まあ、いろいろあるかもしれないけど頑張ろうね、サスケ様!」

 ファナは俺の懸念とは裏腹に無邪気に喜んでいる。そうやって弾んだ声を出すファナの隣でマスルールが釘を刺してくる。

 「こら、やる気を出すのは構わんが、間違えるなよ、お主は弟子未満の見習いじゃ……ワシは、お主を認めたわけじゃないからな」

 苦々しい顔で腕を組んだ彼は言葉を続けた。

 「そもそも、お主は隠密者として未熟どころじゃない。もはや才能の片鱗すら感じられないくらい駄目駄目じゃ。だが……」

 呆れたように言いながらもマスルールはソファから立ち上がった。

 「それでも人のことを思い、向こう水に突っ走るところは悪くはない。今回の依頼でも、自分の良いところを引き出しつつ励め。……それから今回はワシもついて行くつもりじゃ」

 彼は傍に置いてあった鞄から、地図や依頼者からの手紙などの資料を机の上に置きはじめる。

 「とにかく働くのじゃ」

 「わかりました。頑張ります」

 そう答えながら頭を下げると、マスルールは不思議そうな目でこちらを見てくる。どうにも奇妙な表情をしてくるものだと思っていると、視線は俺の隣に向けられたものだった。

 「……」

 サイフォンだ。険しい顔つきで俺を睨みつけてきている。

 なんだ、あいつはもの凄い目で俺を見てくるんだが。やはり俺自身が気にくわないのか。当たり前か。なにせ今朝はファナがベッドに入り込んでいるのを見られてしまった。

 何も間違いは起こらなかったし、俺が連れ込んだわけではないが、そんな事情、サイフォンは知ったことではない。それに随分と俺の力にもこだわっている様子だった。

 才能がないし、未熟すぎることこの上ない。俺は弟子見習いとしてここにいるが、本来なら選ばれるはずのない人間だ。

 だからこそマスルールから助言されているのが気にくわないだろう。この重たい空気をどうにかしたいが、俺にはどうすることもできなかった。

 * * *

 数日後、依頼の村に辿り着いた俺は、早速、魔物の手厚い歓迎を受けていた。

 巨大な猪やトカゲに似た魔物たちは、群れをなして俺たちに襲いかかってくる。

 口から涎を垂れ流して、むっとするような獣臭をまき散らしていた。血と泥で汚れた身体からはおぞましさを感じさせる。

 俺は熱風を起こしながら相手を木々や地面に叩きつけて気絶させていく。

 派手な爆発を起こすと正体がバレてしまいかねないため、なるべく地味に、それでいて自分がやっているのだとわかるように調整しながら、次々と魔物を倒す。

 「ああ、サスケ様、素敵! あっという間! すごい! 一瞬! かっこいい!」

 隣でうっとりとした眼差しでファナが感嘆の声を上げていた。

 「はあ、尊い、ああ、感情の想いを全て言葉に尽くしても足りないくらい……尊い」

 そんなファナが、毒針を投げ、向かってくる魔物たちを麻痺させて動きを止め、そこを俺やサイフォンがとどめを刺していく。

 サイフォンも魔物をあらかた片付けたらしい。サーベルには魔物特有の緑色の血が付着している。それを布で拭いながら俺たちに顔を向けた。

 「ここら一帯の魔物はこれで全部でしょう。村人に報告しに行きましょうか」

 「そうだけど……さすがに凶暴化した魔物たちが多くないか? 異常だと思うが」

 「どうやらアニュザッサの町や村のあちこちに魔物たちが出没しているようじゃ」

 俺の呟きめいた言葉に、切り株に座って俺たちの戦いを眺めていたマスルールが返事する。

 「人手不足になっとるんじゃろ。ワシらは補充要員のようなもんじゃろうて」

 冷静に言いつつ彼も表情を曇らせている。何か思うところがあるのだろうか。

 立ち上がったマスルールは周囲を気にしている。魔物の気配がないかを確認し、やがて身体から力を抜いた。

 マスルールの様子を見て周囲に敵がいないことを悟ったのだろう。ファナが短刀や毒針を小袋にしまい込みながら言う。

 「人手不足だからボクたちが代わりに村の護衛をする、ここまでは構いませんけど、いつまでもボクたちだけじゃ続きません。……勇者ギルドならきちんとした組織で補給体制も整っているから問題はないですが、ボクたちは補給物資だってありませんし。ある程度、退治したら勇者ギルドの方々に仕事を引き渡した方がいいかもしれません。今のところ死者は出ていないとしても、いつ被害が大きくなるかわかりませんし。いかがしますか、我が師」

 「そうは言ってもな。依頼主によると、勇者ギルドも呼んだが、一向に来ないというのじゃよ……」

 「あら、私たちのお話をしているのかしら?」

 急に俺たちの話に割り込んできた人物がいた。

 森の茂みから音を立ててやってきたのは、数人の女性たちだった。

 「そんなふうに話すということは、あなたたちが例の隠密者たちで合っているのよね?」

 一歩、前に踏み出したのは、セミロングくらいの髪の長さの金髪少女だ。頭の少し上の辺りを結い上げている。白銀の鎧に身を包み、意志の強そうな碧い双眸を向けていた。なにより印象的なのは彼女の細い体格に似つかわしくないほどの大剣だ。

 平然とした顔で大剣を背負っている少女は、髪を優雅にかきあげながら言葉を続けてきた。

 「こんにちは、初めまして、勇者ギルド〝栄光の翼〟の代表です。……ごめんなさい、遅れてしまって。ご迷惑をおかけしてしまったかしら?」

 やばい。彼女には見覚えがある。

 「あの女、見覚えがある」

 俺の言葉を代弁するかのようにサイフォンが呟いた。

 「彼女は勇者ギルドの中でも歴史が古く有名な〝栄光の翼〟の新しいギルド長だ。なぜ、こんな場所に……? たしか、名前は……」

 ヨスガ・サーリー・ベルダダ。

 そんな彼の言葉を拾い上げたヨスガは、どこか刺々しい笑みを浮かべて言う。

 「ええ、私はギルド長のヨスガよ。よくご存じなのね。なら、詳しくお話しなくても大丈夫かしら? つまり私たちがいるから。あなた方は帰っても大丈夫と言いたいの。あなたたちの腕は確かなようだけど……」

 そう言いながら彼女は周囲に倒れ伏した魔物たちに目をやった。

 「こういうのは私たちのような勇者ギルドに任せるべきだわ。少し手違いがあって二重に依頼したみたいだけど、村人には私から、きちんと説明をしておきます」

 自信満々な表情で胸に手を置きながら、すらすらと彼女は述べた。

 俺たちはどう対応していいかわからず、マスルールに目を向ける。彼は無言のままヨスガをじっと眺めていた。

 「あなたは、あの有名なマスルール様かしら、はじめまして。暗殺者としての実力は伺っていますけど、それとこれとは話が別です。……つまり、私の言いたいことは、ご理解いただけますよね?」

 ヨスガが低い声でマスルールに話しかけるが、彼は無反応だ。

 やがて苛々した様子でヨスガが、腰に手を当てて彼に一歩近づいた。

 「ちゃんと口にしないと、わからないかしら?」

 顎に指を添え、どこか挑発するかのような表情を浮かべる。

 「あなた方のような組織の形にもなっていない、同好会、趣味でやっているような方々に残られても大迷惑なのよ。……つまり大変危険な仕事なので、あなた方がいると私たちの仕事が増えるだけだわ」

 かなりきつい言葉だ。

 俺は彼女のことを、よく知っている。彼女はハッキリした性格だが、ここまで厳しいことを言うには、ちゃんとした理由があるはずだ。その理由が何かはわからないけれど。

 ここまで言われて、マスルールが俺たちに「行くか」と告げて彼女たちから離れていく。

 ヨスガの後ろには青色のふわふわしたボブで、薄碧の大きなローブに身を包んだ少女がいた。彼女は甘くとろけるお菓子みたいな雰囲気で、少しだけ申し訳なさそうに目を伏せながら、こちらに挨拶した。

 それを目ざとく気付いたヨスガが「ラタ、行くわよ」と告げる。どうやら、青色の髪の彼女はラタという名前のようだ。

 だいぶ歩いたところでファナが、居心地悪げに髪の先端を指で巻きながら不満を口に出す。

 「あんなに言わなくてもいいのに」

 「まあ、有名な勇者ギルドからしてみたら、そう見えてしまうのだろう。……だが、おかしな話だ。こんな村に、なぜそんな有名な勇者ギルドがやってくるんだ」

 サイフォンは不思議そうに返答した。

 たしかに、その通りだ。この辺りは農家を中心とした小さな村ばかりだ。特産品があるわけでも、観光地でもない。勇者ギルドに依頼しても人手不足で見捨てられるほどだ。だからこそ隠密者である俺たちも呼ばれたと考えていたのに。

 「まあ、向こうにも事情があるのじゃろ。いちいち気にしていては身がもたんわい」

 マスルールが首を回しながら言う。ファナが目を丸くして返答した。

 「うっわ、我が師よ。雑な配慮ですね。なんで黙っていたのかなって思っていたんですけど単に反応するのが面倒なだけだったんですね」

 「雑って言うな。面倒事はなるべく避けるのが当然じゃろうが」

 「じゃ、じゃあ、依頼はどうなされますか?」

 俺が唇を震わせながら聞くと、マスルールたち三人が俺をじっと見つめてきた。

 「な、なんだ……?」

 俺が戸惑っていると、ファナが大声で驚きの声を上げた。

 「わ、わあ、なんでサスケ様、ガタガタガタガタ震えちゃっているのかな! そんなにヨスガギルド長が怖かったのかな? たしかに何だかきつそうな雰囲気だったけど。別に震えるほどじゃないと思うけど!」

 「なんじゃお主、意外と臆病な奴じゃのう」

 マスルールにも言われて俺は顔を大きく背けた。

 「え、ええ、まあ、すみません」

 まだ身体の震えが止まらない。

 ファナがヨスガの前で、俺の名前を呼ばなくて助かった。俺だとバレてしまわないかと不安で、怖くなって震えていたのだ。

 ──彼女は、かつて魔王を倒した勇者の一人。

 そう、彼女は俺の昔の仲間だった。仲間の中でも一位二位を争うほどの腕前を持った剣士で、彼女の家に代々伝わる聖なる大剣を愛用している。

 変わらない彼女の姿を見て懐かしく思うと同時に、強い違和感を覚える。

 サイフォンの言う通りだ。彼女は俺たちの中でも強力な冒険者だった。そんな彼女が、どうして、わざわざ、こんな小さな村にやってきたのだろうか。

 * * *

 俺たちは依頼された村の近郊の別の村に来ていた。

 あんなに大量に魔物たちが現れているのだ。他の村にも被害が及んでいると考える方が正しく、その考えは当たっていた。

 「この村も昼も夜も外にろくに出られない状況のようじゃの。村の周囲に柵を作っているようじゃが心許なく、さらに依頼した勇者ギルドの者も来ていないそうじゃ」

 マスルールが村長と話をしたらしく、情報を仕入れてきたようだ。

 「こんな状態で、よく、まだ死者が出ていませんね」

 そう言うサイフォンにマスルールはため息をつきながら言った。

 「他の村でもそうらしい。まさに奇跡と言いたいが、どうにも魔物たちの動きも統制が取れていないようだから、集団で対応すれば、まだ何とかなるようじゃ」

 「知能のない魔物が、いたずらに暴れているような状態ということでしょうか。それでしたら力尽くで抑えつければすみますしね」

 サイフォンの分析にマスルールが頷く。

 彼の後ろにいたファナが顔を曇らせて口を開く。

 「ただ代わりに、さっきの勇者ギルドの人たちがやって来たみたい。ここら一帯の村に挨拶して回っているみたいだよ」

 「依頼した勇者ギルドと、さっきの勇者ギルドは別だってことか?」

 そう俺が問いかけるとファナが苦々しい顔で頷いた。

 「そうみたいだよ。依頼したギルドは前払いで、かなり割高だったくせに、一向に来る気配がなくて……」

 口ごもるようにファナが言葉を続ける。

 「もしかしたら悪質な勇者ギルドに騙されちゃったんじゃないかって。そんなふうに考えちゃっているみたいなんだ。どうも最近、前金払いなのに、ちゃんと依頼を実行してくれないギルドが増えているらしくて……」

 「こんな田舎の場合、事前にギルドについて調べるにしても限度があるでしょう。そうなると、どうしても、ある程度、名の知れたギルドか、もしくは村にやってきたギルドの提案を、そのまま受け入れるしかない」

 サイフォンの言葉にファナが周囲の村人たちを気にしながら小さな声で言った。

 「ここの村の場合、後者だったみたいなんだ。それで、多分お金だけ取られちゃったんじゃないかな」

 「もし前者でも似たようなことは起きていただろう。ある程度、名の知れているところは仕事も多い。言い方は悪いが、大口の仕事を優先気味なので、きっと後回しにされていただろう。おそらく他の村でも同じことが起きているかもしれないな」

 そう言いながらサイフォンがフムフムと何度も頷いた。

 「さっきの勇者ギルドは、それがわかっていてフォローして回っているのかもしれんの」

 そうポツリとマスルールが呟いた。その反応に俺は嬉しくなり思わず答えてしまう。

 「そんなふうに悪質な勇者ギルドがいるのだとしたら、じゃあ、さっきの彼女が刺々しかったのも俺たちが隠密者という、何だかわからない組織だったからか。いくらマスルール様を知っていたとしても警戒していたってことなのかもな!」

 やはり彼女の行動には意味があったのだ。無意味に敵意を振りまいていたわけじゃなかった。

 「……いや、我々は問題なく魔物を倒していたのだから、そんな悪質な勇者ギルドと一緒に考えられても困る」

 「そ、それは……」

 サイフォンの突っ込みに俺は俯いてしまう。

 そんな俺にマスルールが背中を叩きながら言葉を付け足してくれる。

 「おそらく身内の恥もあって苛々しとったんじゃろうな。噂では最近、ギルド長を継いだばかりで苦労が多いとも聞く。まあ、小娘の八つ当たりごとき、ワシは気にせんよ」

 「さすが我が師は心が広い。それに元を正せば人を襲う魔物が悪いわけだし」

 そこまで言ってファナが俺の顔を覗き込んできた。

 「でもどうして、この辺りに魔物がたくさんいるのかな? 我が師はここだけじゃないって言ってたけど、ボクたちの拠点の周りにあまり魔物はいない。変だよ。統率している魔物がどこかにいるか、もしくは魔物の呼び水みたいに魔物たちを集めている何かがあるのでは?」

 「ふむ、よし、ここらでお主らに試練を課すとするか」

 マスルールは民家の外に置いてあったボロボロの椅子に座ると、俺たちに向き直る。

 「三人で頑張って協力して、村の人たちの懸念を取り除くのじゃ。魔物が集まる要因があるなら、根本的に取り除くべきじゃな」

 「その間に、あの勇者ギルドの者たちに出会ったらどうします? 彼らには関わるなと警告を受けていますが」

 サイフォンの問いにマスルールが楽しそうな顔をした。

 「適当に誤魔化せばよかろう……それより……」

 マスルールがゆっくりと近くにある民家の方に首を向けた。

 「誰じゃ。さっきからワシらについてきておるじゃろ。出てこい」

 マスルールがそう言うと民家の影から一人の青年が出てきた。金髪碧眼の美青年で、どこぞの貴族といっても信じてしまうくらいに華美な衣服を身につけている。

 「ふむ、見たことのない顔じゃな。なぜ、ワシらをつけてきた?」

 そう言ってマスルールは青年を睨みつけている。

 「……どうも、どうも。あなたが、あのマスルール殿?」

 隠れてこっそりとついてきたくせに、悪びれもなく俺たちの前に歩み寄ってきた。

 「いやあ、お会いできて光栄です。僕はアーサーと申します」

 「なんの用じゃ」

 警戒心を露わにするマスルールに彼はニコリと微笑む。

 「──ええと、個人的なお話を、あなたと二人きりで。いかがでしょうか?」

 「よかろうよ」

 即答だった。

 俺は思わず突っ込んでしまう。

 「い、いやいやいや、初対面な相手? なんですよね? 大丈夫なんですか? それとも知り合い?」

 「なんじゃ、お主。そこで首を突っ込んでくるとは思わんかった。別にどうでも、ええじゃろうが。お主には関係ない話じゃろうが」

 飄々とした顔でマスルールは告げてくる。

 その横で心配そうにファナがマスルールに話しかけた。

 「我が師、大丈夫ですか? ボクも一緒についていった方がいいのでは?」

 「大丈夫じゃ。ワシらは、昨日泊まった村の宿におるから、もし何かあったら連絡するんじゃ。お主らは試練を進めるように」

 「……かしこまりました」

 納得していない様子だったがファナは頷いた。

 当たり前だ。俺も急な展開で理解できない。

 アーサーと立ち去っていくマスルールの背中を、不安そうにファナが眺めている。その姿が見えなくなるまで、ファナはずっと立ったまま見つめていて、俺は何も言えなかった。

 そのとき、サイフォンが躊躇いながらも彼女に声をかけた。

 「……ファナさん。我が師はああ言っていましたが、どうにも気にかかる。こっそり様子を見に行ってくれませんか? 私たちはこの村にいますので」

 さりげないタイミングで女性を気遣い、声をかけるあたり、彼はものすごくイケメンだ。

 「……うん、わかったかも。ボクも嫌な予感がするから。あの金髪碧眼の男の人、ただならぬ雰囲気を醸し出していたから」

 「その雰囲気は私も感じました。お願いします」

 そんな雰囲気を俺は感じなかったが、二人が言うなら、そうなのだろう。

 ファナはサイフォンに対して「ありがとう、ごめんね」と申し訳なさそうに言いながらもマスルールの後を追った。

 俺はそんな二人を眺めながら妙な嬉しさに浸る。

 最初は初対面だった相手が、こんなにもお互いを配慮しあう仲になったのだ。

 自分も二人のように自然に協力し合える仲になりたいと思ってしまう。

 「……さて、これで二人きりになれた。少し話を聞かせてもらうぞ」

 「──え?」

 なんだ、それ。呆然とした俺にサイフォンは言葉を続ける。

 「先日、言っただろう。貴様と、じっくり話をしたいと。私は貴様に用事がある。ずっと、この機会を窺っていた」

 思わず口をあんぐりと開けてしまう。

 ファナに配慮してマスルールのところに行かせたわけではなく、目的は俺と二人きりになることだったのか。さっき、お前に感動した気持ちを返してほしい。

 驚いている俺に構わずマスルールは話を続ける。

 「……村の外に行こう。ここでは迷惑がかかる」

 迷惑がかかるとは。一体何をする気なのだろうか。

 正直な話、一緒についていきたくはないが、有無を言わさない圧迫感に俺は頷くしかなかった。

 * * *