ガラクタ王子と覇竜の玉座(6)

***

 そしてクラウ一行は城壁を通過してイルセラント市に入り、そのまま公城にやって来た。

 城の客間に通されて一息ついたところで、ティラナが借り物の貴族の礼装に着替えさせてくれる。彼女は王城で女官として勤めているので、服飾やマナーについても頼りになる。これだけでも彼女に同行してもらって正解だった。

 ティラナはドレスのスカートの下から携帯用の裁縫道具を取り出して、クラウに着せた上衣を身体に合わせて整えていく。

 「きちんと誂えた服ではありませんから動きづらいと思いますが、我慢してください」

 「ありがとう、助かった。……ま、城で剣を振り回す羽目にはならないだろうから」

 もっとも、それもこれからのクラウの立ち回り次第だ。

 「それにしても、そんなところに針と糸を入れてたのか」

 「お城の女官は皆こうしていますから……」

 なんでも王城では高位の貴族や姫君から突然に仕事を押し付けられることが日常茶飯事なので、こうやって必要な道具を持ち歩く裏技が生まれてしまうらしい。とはいえ行儀が悪いことは自覚しているようで、ティラナはこそこそと裁縫箱をしまっていた。

 「さて、じゃあロード・イルセラントに会ってくる。気は進まないけど……」

 「はい」

 「我が王よ、妾をここに置いていく気か!?」

 丁寧に一礼したのがティラナで、ばっと立ち上がって叫んだのがリアである。

 勝手が分からないどころではない城に置いていかれるのが不安なのは分かるが、

 「そう言われても、さすがに部下をぞろぞろ引き連れて領主の前には出られないし……」

 クラウはどうにか説得しようとするも、リアはなおも食い下がってきた。

 「妾はそなたの妃であろう。王が妃を伴うことに何の問題があるものか」

 「俺が王じゃないってあたりから問題かな……」

 二人の横ではティラナが唇の端を引きつらせている。

 クラウはちらりと彼女に目をやった。どのみちしばらく二人にはこの客間で待機していてもらうことになるので、うまいこと引き止めてくれないかと思ったのだが、

 「静かになさい。不躾に騒げばクラウ様の足を引っ張ることになるのですよ」

 「……むう」

 「そもそも国王陛下と貴族会議のお許しもなく、勝手に妃と称するとは何事ですか」

 「そっちか!?」

 ティラナの言葉にクラウはがくりと崩れ落ちた。

 「何だと、妾が妃に相応しくないとでも言うのか!?」

 「ならばもう少し慎みと礼法を身につけなさい! 竜なのはともかく!」

 竜なのはいいんだ……と、遠い目で天井の装飾を眺めながらクラウは思った。

 なお貴種は竜と人間の混血とされているので、有職故実に則るならばむしろリアは結婚相手になり得る。王城の貴族たちがガラクタ王子の婚姻を承認するかはまた別の話だが。

 ややあって。

 『では、我が王と出陣してくるぞ!』

 「……クラウ様、お気をつけて」

 喧々諤々の末、リアは大剣の姿でクラウの腰におさまることでようやく納得した。革の鞘を死ぬほど嫌っていた彼女だが留守番はもっと嫌だったようだ。

 そして、クラウは家令の先導で城の最奥部の塔に向かう。

 先触れもなく王都から王族がやって来たとあって、城内が浮き足立っているのが当のクラウにまで伝わって来た。

 「大変だなあ……」

 さきほどの指揮官は例外として、王族が他領を訪れたとなると相応の歓待が必要となる。クラウは王都では〝ガラクタ〟扱いで顧みられない身だが身分はあくまで王子であるから、イルセラント側としても下手な応対はできないだろう。

 まあ、ユーリウスはこうして領内を慌てさせるためにクラウを放り込んだのだろうが。

 そして日中用の応接間において、クラウはとうとうイルセラントの領主と対面した。

 「王子殿下におかれましてはご機嫌麗しく……」

 領主マクシム・インヴォルクはクラウの前で朗々と挨拶を述べる。

 マクシムは四十過ぎと見える壮年の男だった。赤毛と髭を整えて香油でぎとぎとに撫で付け、精緻な縫い取りが施された上衣、少しばかり出た腹には金細工と宝石のベルトを巻いている。領地貴族に相応しい堂々たる居住まいだった。

 そしてインヴォルク家の竜具なのだろう、背後に古めかしい槍が飾られている。

 城内で帯剣することはまず許されないが竜具だけは例外とされる。だからこそクラウも〈リア・ファール〉を腰に佩いたまま応接間に入れたのだ。

 「公こそ、壮健そうで何よりだ」

 「もったいないお言葉です」

 クラウがどうにか王族の真似事をできているのはティラナの速習儀礼講座の賜物である。

 対してマクシムはさすが長年領主を務めているだけあって所作は完璧だったが、何度か、わずかに眉をひそめてクラウの腰を見やるような仕草が見受けられた。よほど剣が……ガラクタ王子が竜具を携えているのが不思議なようだ。

 ユーリウスの狙いどおりに混乱してくれるかは分からないが、クラウとしてはそんな顔を見られただけでちょっと痛快だった。

 「殿下、どうぞこちらに」

 「ああ」

 この城の主はマクシムだが、宮廷儀礼においては王族のクラウが上席に配される。とは言えマクシムは王都に何度も来ているはずだし、クラウの蔑称と由来くらいは百も承知だろう。

 それでも〝ガラクタ〟相手に平然と頭を垂れてみせるあたりはさすが貴族と言うべきか。

 この会談は正式な晩餐会などではなく、事務的な打ち合わせと位置付けられている。ゆえに仰々しい貴族の挨拶さえ終えれば、あとは普通に(礼儀を失さず)話せば問題ない。

 応接間のソファに身を沈めたところでクラウは早くもぐったりしたが、これからが本番だ。

 「それにしても、まさか殿下がいらっしゃるとは思いませんでしたぞ」

 「先日、拝命したばかりだからな。イルセラントまでは情報が伝わっていなかったんだろう」

 クラウは警備隊の小隊長から巡検使……各地を回って貴族を監督する役に栄転したということになっている。

 「手始めに各領地を回ってみることにした。それでイルセラントに来たというわけだ」

 下手に事実関係を突っ込まれるとボロが出るので、淡々と告げていく。

 「それはそれは、勉強熱心なことですな」

 「このイルセラント領はマクシム殿の統治のもと、民はみな心安らかに暮らしていると聞いている。私もぜひ街に出て、彼らの暮らしぶりも見てみたいものだ」

 しらじらしいやり取りが続く。

 第三王子から出した要望は単純だった。しばらくイルセラント市内を勝手に歩き回るから邪魔はするな、である。

 相当な無茶を言っている自覚はあるが、そんなことはおくびにも出さない。

 「先にも言ったが、これはあくまで私の個人的な、非公式な訪問だ。よって歓待の宴などは不要、数日ほど砦の部屋でも貸してもらえればそれで構わない」

 「砦……でございますか?」

 完璧な笑みを繕っていたマクシムの顔が、少しだけ怪訝そうに変化したようだ。

 理由は、勝手の分からない公城よりも面識のできた兵たちがいる砦の方が気楽だというのがひとつ。連れて来た部下の大半は平民だから下手に公城に泊まると分断されるというのがもうひとつ。さすがに護衛がヤーヒムとティラナだけでは心細い。

 「ああ。できれば東のフェイトン砦がいい。先刻、あそこの城門を通って来たからな」

 「……かしこまりました」

 止められるかと思ったが、意外に要望はあっさり通った。

 マクシムは少しばかり黙考してから、応接間の隅に控えていた家令に視線をやる。

 家令はさらに使用人に命じて誰かを呼びに行かせたようだ。ほどなくして家令の案内のもと、新たな人物が応接間に入って来た。

 クラウが視線で説明を求めると、マクシムがどこか芝居めいた仕草で紹介する。

 「この者はダニシュ・ハウガン、私の甥で、今はフェイトン砦の護りを任せておりましてな」

 「ほう? それは奇遇だ」

 フェイトン砦の長ということは、あの指揮官の上官ということでもある。

 紹介されたダニシュなる人物は、まだ二十歳過ぎと見える青年だった。

 砦の守備隊長という身分は貴族社会では通りがいいので、領主の親族をその役職に押し込むことはよくある。竜具を持っていれば実際に戦力になるし、竜騎兵として腐れ神を倒すのは貴種の名誉でもあるからだ。

 ただ、それでもダニシュはおよそ武人には見えなかった。

 背は高いがひょろひょろとしてろくに筋肉が付いていないようである。腰のベルトに竜具らしき剣を吊っているが、その重さで身体が傾いて見えるくらいだ。

 「ご用がありましたら、何なりとこのダニシュにお申し付けくださいませ」

 「それは助かる。……ダニシュ卿、今、突然の訪問をマクシム殿に詫びたところだ。あなたにも手間をかけるがよろしく頼む」

 「は……」

 鷹揚な態度で挨拶するクラウに、ダニシュは弱り切った顔で目だけしきりに動かしている。彼の視線の先でマクシムは苦り切った顔でダニシュを睨みつけていたが、彼ははたして気づいているだろうか。

 クラウも内心で嘆息した。これが上官では砦の兵も苦労しているだろう。

 だいたい砦ではなく公城にいたことからして、ダニシュが防衛任務よりも政治、つまりは伯父への取り入りに熱心な男なのだと分かる。

 「マクシム殿もお忙しい身であろう。私はそろそろ失礼しよう」

 ややあって、一方的に話を終えてクラウは席を立った。

 来訪の名目はあくまで「新任の巡検使が各地を漫遊している」なのだから、まず領主のマクシムに領地の状況などを尋ねるのが筋である。だがクラウとしてはいきなり長話をしてボロが出るのは避けたかった。

 どうせマクシムもこれが茶番だと分かっているだろうし、いきなり竜具がどうという話をして素直に答えてもらえるわけでもないだろう。

 「それは残念です。後ほどフェイトン砦の者を参らせますので、しばしお寛ぎください」

 まったく残念ではなさそうに、だが笑顔でマクシムも儀礼に則って一礼してくる。

 クラウがそれに応えて応接間から辞去すれば、ひとまず一段落──のはずだった。

 残念ながらそうはならなかったが。

 「こいつが、確か〝ガラクタ王子〟とかいう奴か……?」

 応接間の扉が閉まるよりも前に、ぼそりと呟いてしまったのはダニシュだ。

 マクシムは最後まで貴族らしく心にもない世辞を貫いていたが、まだ若い彼はその境地には達していなかったようだ。あと少しなんだから頑張れよ、と自分が馬鹿にされたのにクラウは思わず心の中で叱咤してしまったくらいだ。

 クラウにとってその一語はひどく聞き慣れたもので、いまさら怒ろうとも思わない。

 だが、彼女はそうではなかった。

 『──何だと?』

 可愛らしい少女の声だった。

 しかしそれに怒りの響きが加わっただけで、応接間にいた男たちはみな一瞬、動きを凍りつかせてしまう。それが大剣のものだと知っているクラウですら同様だ。

 「まさか、ゆ、幽霊……?」

 平静を装いながらも動揺を隠し切れていないマクシム、ダニシュなどはがたがた震えて早くも壁に手をついて身体を支えている。

 クラウも面倒なことになったと内心舌打ちした。

 ここは厳重に警備されている公城の上階なのだ。そこに簡単に侵入を許したとあってはイルセラント領の沽券に関わる問題になりかねない。クラウからすれば警備を厳重にされるとそれだけ本題の調査をしづらくなる。

 『そなたらのその態度、その物言いはいったい何様のつもりだ』

 しかしもうどうしようもない。ついでにクラウが虚空に向かって話しかけている様を見られたら、〝ガラクタ〟の蔑称に余計なおまけがついてしまう。別に惜しむ名誉などないが、ここで庇ってやるほどマクシムたちに好印象も抱いていない。

 リアはしきりに剣の姿を嫌がっていたが、なるほどこれは考えものだ。

 人前で彼女に注意できないというのはやりづらい。

 『──それが王に対する態度か!』

 「はははははは!」

 とうとうマクシムが腹を抱えて笑いだした。

 「王、王と来たか! 言うに事欠いて、その売女の倅の〝ガラクタ〟が!」

 ユーリウスの話では、マクシムは正妃とつるんで第二王子ベルナルドを王にするべく画策しているという。政治工作の真っ最中にリアのこんな台詞を聞かされて、さすがに態度を取り繕う気力がなくなったか。

 『何だと!?』

 「どこから城に入り込んだ鼠か知らぬが、言うに事欠いて、その〝ガラクタ〟が王と来たか。帰って飼い主に伝えるがいい。現実を見ろとな!」

 マクシムは傲然と笑った。おそらくこちらが彼の本性なのだろう。

 確かに何かしらの政治的陰謀で忍び込んだなら、もう少し現実的なことを言うだろうと当のクラウですら思うが。

 『きさ……』

 リアがさらに何か言おうとするのを、クラウは鞘を軽く叩いて黙らせる。

 しばし気まずいどころではない時間が流れた後、クラウは改めて席を立った。

 家令に先導させて今度こそ応接間を後にしようとする。

 「主人思いの手駒がいて羨ましいことですな、王子殿下」

 「幽霊はなかなか使い勝手が良いぞ。ロード・イルセラントにもぜひお勧めするよ」

 こちらも、このくらいの冗談は言ってもいいだろう。

 分厚い扉が閉まる寸前、さすがに顔を引きつらせるマクシムの姿が見えた。

 そしてティラナの待つ客間に戻ったところで、リアは堰を切ったように喚き出した。

 「いったいなぜ黙っていたのだ、我が王よ! 侮辱されたのはそなたなのだぞ!」

 「なぜって言われても……」

 ティラナはリアを注意しかけたものの台詞でおよその流れを察したようである。だが今回はため息をひとつだけついただけで騒ぐリアを止めることなく、クラウに近づいて堅苦しい礼装の留め金を外し始めた。

 「よくあることだからなあ。ロード・イルセラントにだけ文句を言っても仕方がない」

 「己の名誉を己で守らずして、何が王か!」

 「だから、俺は王でも何でもないんだって!」

 クラウも負けじと叫び返す。

 王都で出会ったときから彼女は自分をこう呼んでいた。記憶を失った状態で最初に見たのがあの〝予言〟の場面だったなら、それも仕方のないことと思ったのだが、さすがに仲間はまだしも他の貴族を相手にやられるのは困る。

 「いずれそうなるのであるから、少し前倒ししたところで問題あるまい!」

 「こっちには大ありなんだ!」

 頭を抱えるクラウがさっぱり理解できないらしく、リアは首を捻っている。

 「そなたは、ああも馬鹿にされて平気なのか?」

 自分を見上げるリアの、大きな紅玉の瞳は潤んでいた。

 侮辱されたのはリアではなく自分なのに、とクラウは一瞬面食らったが、やがて黙り込んでしまう。生まれて……物心ついて竜具を数個壊してからはずっとこうだった。それ以外を考えたことなどなかったのだ。

 でも。

 「平気……でもない、んだけど」

 戦果は正当に評価してほしいし、意味もなく鞭打たれたくもないし、ガラクタと呼ばれ続けて傷つかないわけではない。いくら慣れたところで痛みがなくなるわけではないのだ。

 「だろう? ならば、そなたは怒ってよいのだ」

 リアはきっぱりと言ってのける。

 その声の力強さに、クラウはなんだか無性に救われた気になったのだった。

 「その、……ありがとう」

 声はやけに小さくなってしまう。

 だが、小さな礼にリアはほわっと嬉しそうに笑ったのだった。

 やがて会話を聞いていたティラナが、小さな笑みを浮かべながら上衣を脱がせてくれる。

 クラウのシャツを整えながら、彼女はクラウにしか聞こえない声で囁いた。

 「少し、すっきりしました」

 「……と、いうと」

 「クラウ様は侮辱されても気にしないかもしれませんが、私は……私どもはずっと腹立たしく思っていたのです。あの娘は妃の座につけるにはやかましすぎますが、たまには良いことを言うものだと思いました」

 それは、リアの言葉はティラナにとっても本心だったということか。

 そう言えば彼女はたびたびそんなことを言っていたが、クラウは受け流してばかりだった。

 「わ、……悪かった」

 「いいえ。──クラウ様を王とお呼びしたいのは、私も同じですから」

 クラウがそれに何か言おうとしたところで、リアの大声が割り込んでくる。

 「そもそも我が王への侮辱は、王妃たる妾への侮辱でもあるのだからな! あの油ぎとぎと男め、いったいどうしてくれよう。髪をてっぺんから一本ずつ抜いてやろうか」

 「どうせなのでヤーヒムから短剣を借りてきましょう。熱した刃で剃ってやれば良いのです」

 「それも良いな!」

 「……それは勘弁してやってくれ」

 二人がきゃっきゃと語る光景を鮮明に想像してしまい、クラウはぶるりと身を震わせた。

 しばらく他愛のない話をするうち、ふたたび客間の扉の向こうから声がかかる。

 フェイトン砦から使者が来たようで、クラウたちは慌てて荷物をまとめて立ち上がった。

***

 「まさか、来るのがあのガラクタだったとはな」

 クラウ・タラニスが応接間から退室した後、マクシムは舌打ちした。

 王都にああいう情報を流せば、第一王子ユーリウスは確認のために使者を派遣して来ざるを得ない。そこまではマクシムら正妃派の読みは正しかったのだが、使いっ走りの人選はさすがに想定外だった。

 「ですが、あの王子は結局ユーリウスの命で来たのでしょう? それならば……」

 「その証拠がないと言っておるのだ、馬鹿者!」

 どんと机を叩いて、傍らに立つ甥を怒鳴りつける。

 そこでびくっと背を丸めて、目に涙まで浮かべているから余計に情けない。

 さきほどのガラクタ王子への失言くらいは大目に見るにしても、領主一族としてこの体たらくはいったいどうしたものだろう。

 ダニシュの言うとおり、クラウ王子がユーリウスの意で訪れたことは間違いない。

 だいたいクラウ王子だけでは他領に出るための手続きや、身分証となる竜具のネックレスを手に入れられないはずだ。とは言え、それはあくまで状況証拠に過ぎない。

 さきほどクラウはただの一度もユーリウスの名を出さなかった。

 「あれは、ユーリウスめが手に取らねばならんからな……」

 ユーリウスを引っかけるための罠なのに、ガラクタ王子がかかったところで意味がない。

 ぶつぶつ呟くマクシムを、ダニシュは一歩下がりながら見つめていた。

 「お前のフェイトン砦に泊まらせろと言い出したのは僥倖ではあったな。理由は知らんが」

 「はい」

 さすがに先刻の壁外の戦闘について、領主まで即座に報告は上がってこない。

 「まあいい、奴の言うとおりに部屋を貸してやれ」

 「承知致しました。……あの、……他には」

 ダニシュが上目遣いをするかのようにマクシムを覗き込んできた。

 何か言いたげな甥にマクシムはふんと鼻で笑って、

 「放っておけ。そう長くはいられないはずだ、少し遊ばせてやれば王都に戻るだろう」

 余裕ぶった台詞であるが、その顔は見るからに不機嫌そうである。

 「砦ではお前が見張るのだぞ。美女……は無理かもしれんが、せいぜい酒でも飲ませておけ」

 「は、はい、伯父上!!」

 ダニシュは背を丸めた姿勢から一転、直立不動で何度も頷く。

 甥のその姿を見ながら、マクシムはまたもやため息をついた。