ガラクタ王子と覇竜の玉座(5)

第二章 広い世界へ

 ガラティア王国北西部、イルセラント領。

 腐れ神が跋扈する〝魔の森〟に隣接した貴族領である。

 クラウ一行はいくつかの領地を経由してこの大陸の端までやってきた。

 ところで、この国においては必ずしも大陸の土地すべてが王領、あるいは貴族領に分割されているというわけではない。

 人間が住める土地というのは、竜具で土地を浄化して腐れ神が発生しないよう処置した場所だけである。現状では到底大陸全土を浄化するには至らないため、国王と領地貴族がそれぞれ竜具で浄化した地域だけを〝領〟と定義している。

 すなわち領主とは土地の統治者にして浄化する責務を負った者となる。

 ただし竜具は腐れ神の発生を抑えるだけで魔の森のような領外からの侵入を防ぐことはできないため、領内のどこかで迎撃、討伐する必要がある。

 そのような情勢であるため領地を超える旅は文字どおり苦難の道のりだ。兵を大勢連れて汚染された地域を突破するか、〝橋〟の竜具で領地を跨いで移動するかだが、前者には大軍が、後者は王室か領主の許可証が要る。

 幸いにして今回はユーリウスが事前に手配してくれていたため、ひたすら腐れ神を殲滅しながら旅をする必要はなかった。

 「お、イルセラントが見えてきたな」

 馬を並足で歩かせながら、クラウは目に手をかざして遠方を見遣った。

 青空のもと、なだらかな丘陵と街道の向こうにかすかに灰色の城壁が見える。

 首都には大抵領地と同じ名が付くから、あの街はイルセラント領の公都イルセラント市ということになる。ややこしいと言えばややこしいが、ほとんどの人間は自領から外に出ることもなく一生を終えるのでそこまで混乱は生じない。

 「ほほう、次なる街か」

 クラウの胴に腕を回し、背に豊かな胸を押し付けながら、リアも城壁を見ようとぴょんぴょんと馬上で身体を跳ねさせた。

 「あまり暴れないでくれ、ただでさえ二人乗せて負担かけてるんだから」

 「……む」

 今、クラウとリアは馬に二人乗りしている状態だ。リアが馬に乗れないこと、さりとて少女の脚で長旅をさせるのは難しいこと、ついでに「我が王と妾を引き離すとは何事だ」とごねられてクラウが折れた結果だった。

 言われてリアはおとなしく顔だけ出して目を細める。

 「なるほど、石を積んだ壁と……周りに畑や集落が多いな」

 「公都だからな、砦の周りに村も増えるさ」

 領地に踏み込まれる前に腐れ神を殲滅できれば理想的なのだが、現実はそうはいかない。各領地にある竜具、ひいては竜騎兵──竜具持ちの貴種の騎士の数は限られている。

 そのため、市街地をぐるりと城壁で囲んで砦を配置するという方法が採られている。

 ただ人口が増えてくるとどうしても街からあぶれる人々が出てきてしまう。彼らはできるだけ城壁や砦の近くに村を作り、城壁で身を守れないまでもいざというときには助けを求められるようにしているのだった。

 「ふむ、なるほど」

 リアは素直にクラウの説明に頷いている。

 だが、これはガラティアの民にとっては常識に近いことだ。

 「……記憶がないっていうのは、やっぱり不安か?」

 「いや、新たに学ぶのは楽しい。それに我が王がいるのだ、不安に思うことなどないぞ」

 「そ、そうか……」

 けろりと言ってのけるリアにクラウが逆に赤面させられる羽目になった。

 旅をしながらリアにあれこれ話を聞いてみたが、やはり彼女はろくに記憶がないようだった。受け答えはしっかりしているしこうして言葉も操れるが、己の素性や人間社会についてはほとんど覚えていないらしい。

 もっとも後者に関しては、ユーリウスの話では長いこと倉庫にしまわれていたようなので、その間の社会の変化は知らなくとも仕方ないのだが。

 「いやはや、やっとですな」

 そこでヤーヒムが馬を寄せて話しかけてきた。

 馬は便利だが高価で維持の手間もかかるので、平民にはなかなか手が出るものではない。クラウが連れてきた面々でも騎乗しているのはクラウとリア、ヤーヒム、そしてティラナの貴種三名だけである。

 その他の部下は徒歩で頑張ってもらうしかないが、旅の荷物を分担して馬に括り付けているので、まったく馬が使えないより多少は楽になっているはずだ。

 「あああ、やっと着いた、長かった……」

 「それにしても、他の領地を見られるとはねえ。殿下の隊で良かったと初めて思いました」

 「本当ですよ!」

 近くを歩いていた若い部下たちが口々に声をあげた。

 このやり取りは小隊ではお馴染みのもので、いつもならクラウが「悪かったな」とでも返すところだ。しかし今日はリアも話を聞いているのだった。

 「うむうむ。我が王は配下に慕われているのだな、妾も誇らしい」

 「……ごめんリア、それはちょっと違うんだ」

 クラウは複雑そうな顔で笑い、部下たちはいっせいに目を逸らして口笛を吹いた。

 〝ガラクタ王子〟の部下が出世できる見込みはほとんどなく、クラウほどではないにせよ部下たちの砦での立場は悪い。もっとも彼らも訳ありで左遷されてきたか特大の貧乏クジを引いたかのどちらかなので、どっちもどっちという感はある。

 「わはは、殿下の隊に来てからは毎日はらはらさせていただいていますからなあ」

 なお、腹を抱えて笑っているヤーヒムは左遷組だ。

 「それはさておき、殿下、長旅でお疲れでしょうがこれからが本番ですぜ。ここの領主に喧嘩売るんでしょ?」

 「……ああ」

 クラウは頷く。

 馬の鞍が揺れて、背中にしがみついているリアからちりんと小さな金属の音がした。

 彼女には小さなネックレスを預けてある。砂粒ほどの竜の骨が嵌め込まれたものだ。

 これも竜具で、一体の竜の骨を細かく割ったうちのひとつだそうだ。自身の欠片、つまり分割された他の竜具と触れ合わせると感応して点滅するという性質を持つので、勘合式の鍵として使用されている。

 もっとも現在これの使用は王家や領地貴族に限定されているので、貴種あるいはその名代という身分証明としての意味合いが強い。

 本来はクラウが持つべきだが、触って壊すわけにはいかないのでリアに預けてあるのだ。

 そのリアはと言えば男たちの実務的な会話はあまり面白くなかったらしく、今はクラウの背に胸を押し付けながらなおもきょろきょろと丘陵を見渡している。

 その様子を見てか、ティラナも近づいてリアに声をかけてきた。

 「イルセラント市の城壁を通過したら、そのまま公城に向かいます。それまでにあなたは服を替えてくださいね」

 「なんだと!?」

 とたんリアは声を張り上げ、暴れる彼女のあおりを食らったクラウは馬上で慌てた。

 クラウをはじめ警備小隊はいつもの野戦服から革鎧だけ外した格好、ティラナは貴族の子女らしい落ち着いたドレスである。そしてリアはいまだ薄物しか着ていない。

 本人によれば別に寒くはないらしいが、そんな格好の娘と同乗する羽目になったクラウは、出発当初はなかなか大変だった。主に精神的に。

 「そのような破廉恥な格好で人前に出ては、クラウ様に恥をかかせることになるからです!」

 「妾のどこが恥だと言うのだ!」

 「ですからその薄物だと言っているでしょう!」

 「我が王はそんなことは言っていなかったぞ!?」

 「…………」

 恥ではないがもう一枚くらい羽織ってくれると嬉しいなと思っていたクラウだが、言うのが怖すぎたので、黙ってそっと言い合いから目を逸らした。

 「だいたい、我が王の名を勝手に使いまくりおって、そなたは我が王の何なのだ!」

 「な、何なのかと言われましても」

 途端にティラナは顔を真っ赤にして慌てた。

 「わ、私はクラウ様とエリーシュカ様のお側に……ええ、ずっと昔からお仕えしています!」

 「……むむ」

 徒歩の部下たちが「また始まった」とばかりにそそくさと離れていく。ヤーヒムも馬首を翻して逃げようとしたが、クラウが引きつった顔でぶんぶん首を振って引き止めた。

 王都を出発するとき、クラウはリアを一同に引き合わせて倉庫での遭遇も簡単に説明した。

 ヤーヒムを筆頭に小隊の部下は「何を寝言言ってるんですか」という反応だったが、リアが実際に大剣の姿を取ってみせたことから信じざるを得なくなったようだ。それでも「竜の生き残りである」というあたりには懐疑的なようだった。

 対してティラナは〝ガラクタ〟と蔑まれたクラウが竜具を手にできたことを心の底から喜んでいたのだが、それは出発当日だけだった。

 翌日からはだいたいこれである。

 「重苦しい鞘は好かぬ。そなたのような棒切れに見えてしまうではないか」

 瞬間、その場の空気が凍りついた。

 リアは小柄ながらめりはりのついた体型で、薄布がそれを強調している。対してティラナは、穏便な表現をするならばほっそりして背が高く、小隊の面々が過去に酔っ払って形容したところでは「石壁」「大理石の廊下」「いや洗濯板で十分だろ」である。

 むろん男どもがティラナ本人の前でそれを言うことはなかったのだが、リアはそんな気遣いは御構いなしであった。

 「……ッ!?」

 ティラナは顔を真っ赤にしたが、さりとてこの挑発に乗ってはますます不利になるだけだと悟ったらしく、

 「あなたが好きか嫌いかと言う問題ではありません! ならば剣のままでいてください!」

 「あの不恰好な鞘はもっと嫌だ!」

 服を〝鞘〟と呼ぶのは大剣に変身できる彼女らしい物言いではあった。なお不恰好な鞘とはユーリウスが手配した革の鞘のことだが、リアはこれがよほど気に食わなかったらしい。

 「だいたい、剣のままでは我が王とろくに話せんではないか。つまらん」

 「あなたの口を野放しにしておくほうが、クラウ様の品位を問われてしまいます!」

 剣のままでも騒がしかった気がするが、巻き添えを食いたくないのでやっぱり黙っておく。

 遠い目をしてぽくぽく馬を歩かせるクラウに、隣でヤーヒムが肩を震わせて笑っていた。

 「いや、美女二人に争われるとはさすが国王陛下のお子でいらっしゃいますな、羨ましい」

 「まったくそう思ってないだろ?」

 「ええまあ」

 幸いにして、男二人の会話は口喧嘩に夢中の少女たちには聞かれていないようだ。

 「けど、このままっていうのもその、大変なんだけど……」

 年長者のヤーヒムは唯一の妻帯者でもある。経験者の知恵があれば良かったのだが、

 「恐れ多くも王子殿下に申し上げますがね。ありゃあ無理です」

 「…………そうか」

 「ま、色男の宿命と思って諦めてくだせえや」

 縋るような目のクラウを無情に切って捨てて、ヤーヒムはげらげらと笑ったのだった。

 と、そこで不意にリアがクラウの背を何度か軽く叩いた。話を聞かれたかと焦るクラウに、

 「我が王よ。あのあたり、何やら騒がしいことになっておるぞ」

 白い指先でひょいと城壁の左方あたりを示してくる。言われてクラウも目を凝らしたが距離があるせいで見通せなかった。

 「お嬢様、痴話喧嘩はそのくらいにしてちょっと見てきてくれねえか。あんたの馬が一番速い」

 「誰が痴話喧嘩など……言われなくとも!」

 ティラナが馬の腹を蹴って飛び出していく。のんびりと散歩気分で街道を歩いていた小隊の面々もいっせいに顔が強張る。

 ティラナはほどなく駆け戻ってきて、一同に声を張り上げて叫んだ。

 「城壁近くの村が、腐れ神に襲われているようです!」

 その報告は、城壁の砦の警備兵にはあまりに聞き慣れたものだった。

 「こっちでも出やがったか……」

 「っていうかガラティアより多くて当然だろう、ここらへんは魔の森に近いんだから」

 部下たちが険しい顔を見合わせる。周囲にいくつも砦が配されているガラティア市ですら、あれだけ頻繁に腐れ神の討伐に駆り出されていたのである。イルセラント市周辺ではもはや腐れ神の襲来、討伐などはごくありふれた出来事だろう。

 「イルセラントにはこっちの兵がいると思いますがね」

 「お、石の壁から人間が……そなたらと似た連中が出てきたようだな」

 イルセラント市の城壁にも当然ながら砦が設けてあり、警備兵がいるはずである。基本的にはイルセラント領の出来事は彼らの領分であり、他領の人間が勝手に手出しをするべきではない。〝ガラクタ〟の越権行為は後で問題視される可能性も高い。

 「して、どうする? 我が王よ」

 「領地の話は後回しだ。急行して加勢する!」

 戦力は多いに越したことはないと、クラウは身に沁みて知っている。

 クラウが宣言するとリアは満足げに頷いた。

 「俺とヤーヒム、ティラナは先行。出た後、そっちの指揮はセヴァンに任せる。到着次第……遅れて連携は難しいな、村の住民の避難と護衛を優先のこと!」

 馬の手綱を握り直しながら早口で指示を出す。

 「承知いたしました。クラウ様」

 「了解です、殿下」

 「俺たちの出る幕じゃあねえと思うんですがね……」

 部下がいっせいに頷く。ヤーヒムはぶちぶち言っているが表情はむしろ楽しげだ。

 馬に拍車をかけて三騎は一気に駆け出す。斥候兼前衛がティラナ、その後ろに二騎が続く。

 視界の中でみるみる城壁が大きくなっていく。

 市街地を囲う数メルトルの城壁という構造はガラティア市と変わらない。城壁の一部を拡張する形で作られた砦は小さく見えたが、それは王都と一貴族領の差というものだろう。

 壁外には作物が育ちかけた畑、木柵で囲われた中に木造の家や畜舎が点在している。

 木柵は数カ所が破れており、内外を警備兵が走り回っている。ほとんどの村人はすでに避難したようだがまだ数名残っていたようで、兵が「退け、砦に入れ」と怒鳴っていた。

 その横では別の隊が剣や弓を抜いて応戦している。その流れは同業のクラウたちには手に取るようにわかった。

 そして、畑を踏み荒らす異形の化け物。

 後方には腐れ神が移動した跡がぐずぐずと緑青色に変色していた。奴らに踏み荒らされた土地は汚染されてしまい、そのままでは作物が育たない不毛の場所となってしまう。だからこそ領主は浄化能力のある竜具を預かっているわけだ。

 「大きさは……せいぜい中型だな、それに動きも速くはない」

 「ですが、数が多いですな」

 「イルセラント兵が、こんなに増えるまで放っておいたっていうのも変な話だな……」

 危険と隣接するこの領地の警備兵は、ガラティア市のクラウたちよりよほど実戦経験豊富のはずだ。腐れ神を放っておくことの危険さを彼らはよく知っているはずだった。

 その理由はもう少し近づいてみて、腐れ神が食ったものを見て把握できた。

 「何じゃ、あの愛らしさの欠片もない鼠の群れは」

 「モグラだ」

 クラウは舌打ちするように呻いた。

 おそらく領内に侵入してしばらくは地下を掘り進んでいたのだ。だから発見が遅れた。

 可愛らしい動物という印象のあるモグラであるが、地中を掘り進むために発達した前脚には鋭い爪が何本も生えている。それが大型犬、酷いものは馬ほどの巨体と化して突っ込んでくるのだから、もし当たれば人間などひとたまりもない。

 さらに厄介なことに、腐れ神はモグラの形質と特技を同時に獲得している。

 向こうの城壁の足元に奴らが掘ったらしい穴が見える。城壁の基礎は地中深くまで埋め込まれているから、すぐさま突破されることはないはずだが、最優先で排除しなければ危ない。

 「…………」

 クラウはちらりと城壁の上の塔を見遣った。

 腐れ神の数に対して明らかに人手が足りていないが、砦から増援が来る様子はない。

 「ここもか……くそ、苦労するのは下っ端だっていうのに!」

 腹立たしげに呟いてから、クラウはすうっと息を吸った。

 「行くぞ!」

 「うきゃぁ!? きゅ、急に止まるなっ」

 中型、小型の腐れ神が相手では馬はさほど役に立たない。クラウたちは数百メルトルまで近づいたところで馬から飛び降り、ついでにリアを降ろしてやった。

 イルセラント兵にも急行してきたクラウたちに気付いた者はいるようだが、目の前の化け物に手一杯でこちらを咎める余裕はないようだ。

 「さて、ちゃんと俺に食いついてくれよ……!」

 戦術はガラティア市のときと変わらない。

 鞍に引っ掛けておいた弓と矢筒を取り外し、城壁近くのモグラに矢継ぎ早に数発射かける。小型のモグラなので二本は外れ、一体には命中したもののすぐに形状回復されてしまった。

 「……っ」

 だが、連中がいっせいにこちらをぎろりと見た気配がある。

 それは慣れっこの感覚ではあったけれども、いつまで経っても平気にはなれない。

 ヤーヒムは短剣を抜いてじりじりと距離を測っている。竜具を持つ彼はトドメを刺す役なので、下手に飛び出して身動きが取れなくなったら目も当てられないからだ。

 いつもはクラウが先陣を切って腐れ神を誘導するのだが、

 「リア」

 「うむ、任せよ!」

 満面の笑顔だった。

 その姿が宙に溶けて、クラウの手に白銀の大剣となって収まる。移動中にも何度か実演して見せたのだが、ティラナとヤーヒムはまたもや信じられないという顔をしていた。

 「私が補佐します!」

 ティラナが鋼の細剣を抜いてクラウの前に出、跳ねるように飛びかかってくるモグラの一体を切り裂いた。踝まであるドレスの裾を捌きながら立ち回る姿は、戦場でも見惚れてしまうほどだ。

 傷は浅くすぐに形状回復されてしまうが、飛びかかってくる軌道をずらすことはできる。

 考えるより先に、クラウは大剣を振り上げて入れ違いに踏み込む。

 〈リア・ファール〉は丸々とした個体を一刀両断し、なかば地面にまで食い込んで止まった。

 「……うへえ」

 「すごい……」

 『こ、こら、玉体をもう少し丁重に扱わぬか!』

 その斬れ味にヤーヒムは顔を引きつらせ、ティラナなどはもう目を潤ませている。当のリアだけが柄の紅玉を点滅させて不満げに喚き立てていた。

 「……きついな」

 そしてクラウも思わず呻いた。

 前回は混乱でそれどころではなかったが、身体から一気に力を持っていかれたのが自覚できる。今まで竜具を壊すばかりだったので魔力の制御に慣れていないのだ。リアはユーリウスをさんざん腐していたが、これはむしろ彼女が大の〝魔力喰い〟なのではなかろうか。

 『……何やら失礼なことを考えてはおらぬか、我が王よ』

 「クラウ様!」

 ティラナが叫んだ。リアに答えるより先に向かってくる二体目に向けて剣を構え直す。

 モグラ型の腐れ神は豚ほども大きいくせに動きが俊敏で、通常であれば捉えるのに苦労しただろう。だが今はクラウに向かって突っ込んでくるのを待ち構えればいい。

 小回りの利かない大剣のはずが、あっさり二体目を屠れてしまった。

 「ふう……」

 『ふふん、見たか妾の力を!』

 それにしても、敵を迎撃できるというのは何と気が楽なことか。

 よくよく考えれば囮役から撃破まで全部一人でやる羽目になっているわけで、むしろ仕事は増えているのだが、これまでの危険と苦労を思うとそんなことを考えてしまう。

 「まあ犠牲は出ないに越したことはないし、これですむなら……っと!」

 小型の個体が後ろに回り込んでいるのを見逃した。クラウは慌てて振り返りながら剣を振るうが、足元まで潜り込まれては〈リア・ファール〉の長い刀身では対応できない。

 「……ちっ!」

 そこで飛来した短剣が突き刺さった。

 灼熱色に輝く刀身はトドメを刺すには至らなかったが、モグラをかすめて胴から足にかけて切れ込みを入れた。そこにクラウが白銀の切っ先を真上から落として今度こそ土塊へと還す。

 「悪い、助かった」

 「いえいえ。さすがの殿下も攻撃手はまだまだですな」

 「……俺は囮ばっかりだったからな」

 「はは、囮役なら一流なんですがねえ!」

 ヤーヒムの軽口に苦笑するしかない。

 前言撤回だ。自分独りでどうにかなるわけがないのだと、クラウは肝に銘じた。

 その後もクラウはモグラを数体斬り伏せ、捌き切れない個体はティラナが足止めしてヤーヒムがトドメを刺した。いつもクラウとやっていた連携をティラナが代行した形だ。

 「よっ……と! やるじゃねえか、お嬢様」

 「当然です。クラウ様の御前で無様な戦いはできません」

 「……だ、そうですぜ、殿下」

 モグラどもは畑から城壁の足元にかけて散らばっていたが、そのいずれもが王族の存在、あるいは仲間の危機を察してかこちらに寄ってくる。そうなれば戦闘に追われていたイルセラントの兵たちもクラウたちを無視していられなくなったようだ。

 「そなたら、どこの市の者だ!? この場は危険であるゆえ、早急に離れていただきたい!」

 指揮官らしき男がこちらに怒鳴ってきた。

 全身と頭部まで覆う金属鎧を着けている上、手にした剣には竜具の気配があるから、領内の貴種だろう。攻撃手を務める竜騎兵はこんな重装備のことが多い。

 「ガラティア市のドーリス砦から派遣されてきた! 助太刀する!」

 クラウはごく短く返答した。

 ここで王子だ査察だと言い出したら話がややこしくなるに決まっているし、クラウたちはガラティア市の紋入りの野戦服をそのまま着ているから同業には通じるはずだ。

 「ガラティアだって!?……わかった、ご助力感謝する!」

 案の定、指揮官は頷いてすぐに自分の部下の元に走っていく。

 「話が通じて何よりです。物分かりの良い男ですね」

 「現場ってのはそんなもんだよ」

 不安げに会話に耳をそばだてていたティラナに、ヤーヒムが肩をすくめて返していた。

 指揮官が兵にクラウを囲んで隊列を組むよう指示を出している。どうやらクラウが囮として役立つとすぐに気づいたようだ。優秀な指揮官で結構だが、いつもと結局やることが変わらないのはどうだろう。

 『我が王よ、あれは何という生き物なのだ?』

 「ウサギだな。モグラばっかりだと思ったけど、他にもいたのか」

 弓兵が隊列を組んで矢を射かける。足止めするだけかと思ったが、

 「ほお!」

 矢の大半が腐れ神に命中した。

 大きく跳ねてクラウに飛びかかったウサギも、何本も矢を受けてたちまち墜落してしまう。いかに形状回復できる腐れ神といえど、身体を貫通した何本もの矢を排除して再構築するのは時間がかかるらしく、目の前にはもはやウサギともつかない泥の塊がいくつも出現した。

 あとは指揮官の号令で竜騎兵たちが飛び出してトドメを刺せば事足りる。

 都合上クラウは身動きが取れないが、ヤーヒムは短剣を構えてそちらの組に加わる。数度、その手順を繰り返したところで、畑から城壁にかけて腐れ神はすべて姿を消した。

 「……速いな」

 「さすが、ここの連中は精鋭ですな。まあ殿下という超一流の囮がいたからでしょうけど」

 助太刀すると言いながら、以降あまり出番がなかった気がするクラウである。

 指揮官はなおも討ち漏らした個体がいないか確認させている。手練れの兵もだが指揮官の手際は重要なのだと、クラウはしみじみ痛感した。

 畑の向こうに目をやると、徒歩の部下たちがちょうど追いついて来たところだった。彼らには走り損かもしれないが、本来、危険な戦闘など遭遇しないに越したことはあるまい。ヤーヒムが彼らに状況を説明するべく小走りに向かった。

 クラウもほっと息をついてから〈リア・ファール〉を鞘に収めようとして、

 「その鞘にまた妾を押し込もうとするのはあんまりではないか、我が王よ!」

 「わ、悪い。癖で……」

 大剣から少女の姿に戻ったリアに慌てて謝る。

 「それにしても、君はよく斬れるな。……ありがとう、助かった」

 「うむ。我が未来の王のためだからな!」

 だが褒められてすぐに満足したらしく、太陽のように晴れやかな笑みを浮かべたのだった。

 そこに指示を終えたらしい指揮官が大股で近寄って来た。

 すでに兜を脱いで小脇に抱えているのでその顔を見ることができる。茶色い髪を短く刈り込んだいかにも実直そうな男だった。

 その優秀な指揮官はと言えばリアを見て思わず目を剥いていた。彼女がいきなり現れたからか、露出度の高すぎる服を着ているからか……まあ後者だろう。

 「ご助力、心より感謝いたします。改めて礼を言わせてください」

 指揮官はクラウに深々と頭を下げてきた。

 慇懃な態度はクラウが腐れ神を斬り払うのを見ていたせいだろう。この国で竜具を持つ者はほぼ確実に貴種、王侯貴族である。もっともこの指揮官も砦で兵を率いるからにはそれなりの家柄ではあるはずだ。

 「いいえ、戦力も武器も多いに越したことはありませんから」

 クラウは狼狽えてぶんぶんと首を振った。

 何というのか、こうして礼を言われた経験があまりないのでどう返せば無礼と取られないのか分からない。リアは当然と言わんばかりに自慢げだし、横に控えているティラナも取り澄ましてはいるが目尻が少し下がっている。

 「それにしても、ガラティア市から……ですか」

 「ええ。実は俺たちも領の外に出るのは初めてで、こちらの流儀は知らずじまいで」

 「この時期の移動など、そうあるものではありませんからな」

 定期的に領地と王都を移動する貴族や商人はいるが、その移動時期は大抵決まりきっている。ガラティア市では各領地からの火急の使者や飛び込みの商人を見かけるが、それは王都だからであって、辺境の一公都ではそんなものだろう。

 「ガラティア市からということは、市内にご用事でしょう。よろしければご案内しましょう」

 「助かります」

 勝手の分からない市を案内してもらえるだけでも助勢した甲斐があったというものだ。

 「ロード・イルセラントの城に向かうよう命を受けておりまして……」

 「ああ、公城ならば道案内を付けましょう。馬車道が入り組んでおりますからな。フェイトン砦のシモンに聞いたと言えば門でもさほど絡まれずに通れると思います」

 その気配りにクラウは再度頭を下げた。

 「ときに……」

 指揮官が何を尋ねようとしたのかは分かる。あえて今まで名乗らなかったのだが、

 「ロード・イルセラントにお伝えください。王都から第三王子クラウ・タラニスが来た、と」

 その一言に指揮官は目を剥いてひっくり返りかけたのだった。

 クラウが貴種だとは予測していても、まさか直系王族とは思わなかっただろう。

 「も、申し訳ありま……」

 「このナリですからね。名乗らなかったのはこちらですから、お気になさらず」

 本音を言えば、自分の身分や蔑称を知らない相手との会話は楽しかった。

 もう少しこのまま話していたかったがそういうわけにもいかないだろう。地面に跪こうとする指揮官をクラウは慌てて押し留める。さすがに「あなたがたの主君が怪しいので調査に来ました」とまでは言えない。

 クラウは小さくため息をつく。

 できることなら、彼が王都の〝ガラクタ王子〟の噂を知らないことを祈りたい。