ガラクタ王子と覇竜の玉座(4)

***

 このガラティア王国には王子が三人いる。

 第一王子ユーリウス、第二王子ベルナルド、そして第三王子クラウである。

 クラウは〝ガラクタ〟扱いだから除外するとして、ユーリウスは貴族出身の側妃の子、ベルナルドは傍系王族の正妃の子、どちらも血筋と後ろ盾は十分だ。

 いずれ国王がどちらかを後継者に指名すると思われていたが、その国王は近年めっきり病で伏せることが多くなってしまった。そうなると国王の穴を埋めるべく、即位前から王子の手腕も問われてくることになる。

 二人の王子にはそこで大きく差がついた。

 ユーリウスはもともと武芸者として名高かったのだが、行政官としても非凡な才を発揮した。ベルナルドが成長して政務に関われるようになるまでの数年の間にすっかり王城での地位を固めてしまったのである。

 次期国王は現王が定めることとされているからユーリウスの王位が確実になったわけではないが、王とて貴族の意向を無視はできない。王国の各領地を治め、あるいは実務を取り仕切る貴族なくして政は立ち行かないのだ。

 とまあ王城のそのくらいの噂はクラウも知っているが、逆に言えばこれだけである。

 「まあ、呼び出されたら行くしかないんだけど」

 多忙を極めるユーリウスがわざわざ指名してきたのだから、相応の理由があるはずなのだ。

 王城の上層階など足を踏み入れたのも数年ぶりで、緋色の絨毯が目にちかちかする。

 昔に少しだけ学んだ礼法を必死に思い出しながら、クラウはユーリウスの前に立った。

 「こうして顔を合わせるのも久しぶりだね、クラウ」

 執務室の椅子に腰掛けて、ユーリウスはゆったりと微笑んだ。

 切れ長の薄青の目はクラウと同じで、これはガラティア王族によく見られる形質である。だがざんばらの黒髪のクラウに対してこちらは淡い金髪を丁寧に整え、質の良い執務服を着こなしていた。

 まったく似ていない兄弟だと昔はよく噂されたし、今も改めてそう思う。髪の色や顔立ちはもとより、血筋や権力に至るまで。武芸にしたところで、ユーリウスは王家の宝物を授かるほどの使い手だ。

 「ご無沙汰しております、ユーリウス殿下」

 「そんなにかしこまらずに楽にしなさい。腹違いとはいえお前は私の弟なんだから」

 異母兄とはいえ今のクラウにユーリウスを兄と呼ぶ度胸はなく、殿下と敬称で呼びかける。

 「最後に会ったのは母君の墓前だったか。……とはいえあれから数年経つのか、早いものだ」

 「はい」

 ユーリウスは苦笑いして、すぐにクラウの緊張を解くのは諦めたようだ。さっと立ち上がってクラウに椅子のひとつを勧め、自分もその向かいに腰掛けた。

 「お前をわざわざ呼んだのは、頼みたいことがあってね」

 「頼みたいこと、ですか?」

 変な言い回しだと思った。クラウに何か命令したいならば、砦の上官なり別の貴族を通じて伝達すればすむことである。何と言ってもユーリウスはこの王国でもっとも権力を持つ一人なのだ。

 「そうだ。──まず、イルセラント領についてどのくらい知っている?」

 唐突に問われてクラウは目を瞬かせた。

 このガラティア王国は大陸すべてを支配する大国だ。

 そしてその大陸の陸地には、王領といくつもの地方領が存在する。

 イルセラントは後者であり、インヴォルク家という領地貴族が代々治めていたはずである。大陸の北西に位置する領地で、〝魔の森〟と呼ばれる、腐れ神が跋扈して立ち入れない土地に接してもいたはずだ。

 「よろしい。字引程度には知っているようで何よりだ」

 ユーリウスは笑うが、褒められているのか貶されているのかさっぱり分からない。

 「先日、そのイルセラント領で竜の骨が新たに発見されたらしいという情報が入ってね」

 「竜の骨……ですか?」

 強大な力を持つ竜具は腐れ神の討伐をはじめ、この世界になくてはならないものである。

 そして竜具とは基本的に竜の骨を加工して作られるものだ。

 ゆえに竜の骨はガラティアの民にとって非常に貴重な素材である。だが竜はすでに絶滅してしまっている上、そもそも頭数もさほど多くなかったようで、再利用法が確立する前に死んだ竜の骨もすべて発掘して使い切ってしまったというのが定説だ。

 今では竜具はそれぞれ貴族の家系に伝えられるものとなっており、売買も滅多に行われない。

 そこに新たに竜の骨が発見されたと言うならば、それは喜ぶべきことだ。武器はあるに越したことはないとクラウは身に染みて知っている。

 「それは……」

 良かったですね、と言いかけたところでクラウは続く言葉をのみ込んだ。

 ただ朗報だというだけでユーリウスがクラウを呼び出すはずがない。続きがあるのだ。

 「見つかったのは竜の骨か、──あるいは竜具の剣という話でね」

 竜の骨をうまいこと削り出して加工すれば竜具の剣になる。しかし、

 「骨ならともかく剣が見つかったというのは変な話ですね。登録はされていないんですか」

 クラウは眉をひそめた。

 前述のとおり竜具はきわめて貴重なものだ。

 強力な竜具をいくつ所有しているかで貴族としての格も決まるので、どの家にどのような竜具があるのか王家はおおむね把握している。数代前の国王は、国内の貴族に所有する竜具を届け出るよう命じたくらいだ。

 未登録の竜具が出てくることはきわめて稀だ。可能性があるとすれば、

 「失くなっていたものが見つかったとか……?」

 そこでクラウはあることを思い出して顔を引きつらせた。

 「イルセラントの現在の領主はマクシム・インヴォルクという御仁だ。──インヴォルク家は代々中立だったのだけれど、当代は積極的にこの城に首を突っ込もうとしていてね」

 「ははあ……」

 「なぜかと言えば、インヴォルク家はマルガレーテ妃殿下の縁戚だからだね。昔から親しかったようだし、最近も手紙のやり取りを頻繁にしている」

 マルガレーテとはユーリウスとクラウの義母、現国王の正妃の名である。

 ユーリウスが次期国王の座を目指して着々と地位を固めるのを、第二王子ベルナルドの母である正妃が良く思うわけがない。彼女がユーリウスを陥れるべく色々と画策しているらしいという噂はクラウも聞き及んでいる。

 王位継承争い、画策する正妃、〝発見〟されたらしい竜具の剣。

 クラウにはひとつだけ連想されるものがあった。

 「もしかして、王位継承の剣ですか?」

 ガラティア王家に代々伝わる竜具はどれも貴重なものだ。たとえばユーリウスは〝九曜〟という王国でも特に名高い竜具のうち、〝月の石〟という銘の宝弓を授かっている。

 しかしその中でももっとも重要な、王位継承の式典に用いる剣は失われて久しい。

 以降は他の宝剣で儀式を執り行っているが、正統な継承の剣を見つけ出したいというのはガラティア王家の悲願であった。

 「どうだろうね。本当に見つかったのか、マルガレーテ妃殿下が偽物を作らせただけか」

 「まあ偽物だとしても、もう誰も本物と区別はつきませんしね……」

 王位継承の剣は王城の書庫にもろくに記録が残っていないとされている。

 「そんな真贋の判定の難しいものがあったとして、妃殿下はどうするつもりなんでしょう」

 「たとえば剣に関する古文書でも手に入れた……などは考えられるかな」

 クラウはげんなりしてきた。聞くからに胡散臭い話である。だが眉唾だと思いながらもこの件を無視できないユーリウスはもっとうんざりしているだろう。

 「ひとつよろしいですか、殿下」

 そこでクラウは小さく手をあげた。

 「お話はわかりました……が、なぜ私にまでその話をお聞かせいただけるのでしょうか」

 いかにも怪しい話ではあるが、王位継承にまつわる以上は機密事項のはずである。クラウはいちおう王子ではあるが、生まれてこのかた王位にもっとも遠い存在である。

 「ああ。だからお前にそれを調べてきてほしいんだ、クラウ」

 ユーリウスはあっさりと言い切った。

 あまりに唐突な展開にクラウは目を何度も瞬かせるしかない。

 「私の部下をイルセラント領に派遣して調査するにしても、警戒されて何も情報が出てこない。さきほど説明したとおり、ロード・イルセラントはベルナルド派だからね」

 第三王子クラウは権力をこれっぽっちも持たず、王位継承争いにおいてユーリウス派とベルナルド派のどちらにも与していない。引き入れたところで戦力どころかお荷物にしかならない、わかりやすい〝中立派〟ではある。

 気が進まないとはいえこの件を無視するわけにはいかないユーリウスとしては、妥当な人選と言えるだろう。

 「私がいきなり押しかけたら、ロード・イルセラントもさぞや困るでしょうけど」

 「そこが狙いどころさ」

 ユーリウスは笑った。

 その華やかな笑みは、王位継承をさておいても貴族の子女に人気というのがよく分かる。

 「竜の骨を出せと押しかけるわけにもいかないからね、名目上は巡検使の査察ということにでもしておこう。ちょうど城から各領地に調査官を送る時期だしね」

 それをロード・イルセラントが素直に信じてくれるかはまた別問題だが。

 ともあれユーリウスの用件はわかった。警戒されがちなユーリウス派の面々に代わってイルセラント領に赴き、竜の骨あるいは剣の真相を調べてこいというのだ。

 あくまで頼み事という態ではあるが、クラウに断れようはずもなかった。

 実際、ユーリウスはクラウが引き受ける前提で話を進めている。

 「了解いたしました、ユーリウス殿下」

 「ありがとう、クラウ。助かるよ」

 それでもこうして礼を言ってくれるだけユーリウスは話しやすい相手ではあった。

 それにしても、とクラウは思う。

 〝そなたが王だ〟──というあのリアの言葉はまったく現実的ではないが、遭遇からたった二日で、ただのガラクタ王子だったはずの自分が王位継承争いに巻き込まれてしまった。あれは熱に浮かされて見た夢ではなかったということか。

 「そうだ、お前に渡しておくものがあるんだ」

 そこでユーリウスは卓上の鈴を鳴らして廊下に控えていた側近を呼び、「あの剣を持ってきなさい」と命じた。心当たりがまったくないクラウはそれを横目に内心で首を捻る。

 側近はすぐに細長い布包みを手にして戻ってきた。

 「剣ですか?……ですが、これは」

 クラウは包みを見るなり顔を引きつらせた。

 貴種は竜の血をも受け継いでいるためか、竜具とそれ以外を感覚的に判別できる。ユーリウスの持ち物を壊してしまっては目も当てられない。

 「そう怯えなくていい、お前のために用意したんだから」

 ユーリウスが肩をすくめて、代わりに布を取り払う。

 布の下から現れた剣の拵えを見てクラウは思わず声を上げそうになった。

 「それは……!」

 「一昨日の襲撃で、お前は腐れ神を追いかけて炎上する倉庫に突っ込んだそうじゃないか。火が消えた後、部下に事後調査させたんだ」

 ユーリウスはすらすらと説明する。砦の上官はろくに調べもしなかったと思っていたが、ユーリウス派に先に立ち入られて手出しできなかったのかもしれない。

 「この剣はお前が救出された側に落ちていたという話だけど、見覚えはあるか?」

 「……はい」

 鞘はなく、白い刀身と黄金の柄、手元にはめ込まれた一対の紅玉。

 刀身こそあの夜の白銀ではなく竜具によくある剥き出しの白骨だが、柄や装飾は倉庫で見たものとまったく同じだ。

 〈リア・ファール〉──繭から目覚めた少女が変身した剣。

 「これがどういう剣か、ご存知なのですか?」

 「あの倉庫は最近はほとんど使われていなかったという話だけどね。日誌を遡って確認させたら、あそこに竜具の宝剣を保管したという記録があった。欠損が激しくて、正確な日時がはっきりしないのが難だけど」

 「竜具を保管……ですか」

 王城の記録に残っていたからには王家が所有する剣には違いないのだろう。

 ただ、あの繭は一般的な保管の仕方とはかけ離れていた気がするが。しかしあの夜に見たものはあまりに現実離れしていてうまく説明できる自信がない。

 「ですが、なぜ竜具……それも武器を、あんな倉庫の奥にしまいこんでいたんでしょう?」

 あれだけ強力な大剣であるなら、それこそ歴代の王が携えて然るべきである。

 クラウが問うとユーリウスはいたずらっぽく笑ってから、大剣を手に取るなり刃に指を押し当てて見せた。

 流血沙汰かとクラウはぎょっとしたが、ユーリウスの指には傷ひとつ付いていない。

 「え!?」

 「竜具なのは間違いないし美しい剣なんだが、魔力を通してみてもまったく反応がないし、このとおりナマクラもいいところなんだ。剣としても重心が悪すぎる。これで腐れ神を斬るのは無理だね」

 苦笑するユーリウスの前で、クラウは今度こそ唖然として言葉も出なかった。

 言っていることがまったく逆だ。では、自分があの夜に見たものは何だったのか。

 「壊れているとか……? いえ、ヒビが入っている風でもありませんけど」

 「そこは学者に見せなければ判断できないね。昔、儀礼用に作ったのかもしれないけど」

 そこまで聞いたところでクラウはおずおずと尋ねた。

 「もしかして、これが王位継承の剣だということは……」

 あの少女は確か〝玉座〟と名乗った。

 いかにも関連性がありそうに思えたのだが、

 「私も確認したが、それは有り得ないそうだ。この剣が倉庫にしまいこまれたのは、少なくとも継承の剣が失われた後だそうだから」

 「そうですか……」

 結局あのリアの素性、それに繭に包まれて眠っていた理由はわからないままのようだ。

 「ですが、そのような剣をどうして私に?」

 「お前が倉庫で救出されたとき、この剣に触れていたと聞いたものでね。壊れているのか元からナマクラなのか、何にせよ使えないけど竜具の気配だけは残っているわけだ。ならば、それはそれで使い道がある」

 そこでユーリウスは意地悪く笑った。

 「ロード・イルセラントもきっとお前を〝ガラクタ王子〟だと侮っているだろう。そこにお前が竜具の剣を佩いて現れたらさぞや驚くだろうからね。マルガレーテ妃殿下に与した罰だ、せいぜい脅かしてやってきてくれ」

 「なるほど」

 クラウも苦笑いでそれに同調したのは、正妃が嫌いなのはクラウも同じだからである。問題ありとはいえ直系王族のクラウを砦に放り込んだのはこの正妃だったからだ。

 そういえば事あるごとにクラウを鞭打つあの上官も、正妃に連なる家柄だった気がする。

 「だから、そう怯えず受け取りなさい」

 「承知しました。……そういうことでしたら」

 クラウは頷いて、卓上に広げた布の上から剣を持ち上げる。

 あの夜の記憶を辿るように、金銀で彩られた剣はクラウの手にすんなりと収まった。

 ユーリウスはそれを眺めて「やはり壊れた気配はないな」と呟いている。

 疑問点は山ほどあるが考えるのは後だ。クラウは剣を卓に戻してユーリウスに向き直る。

 「必要な書類や許可証は後で届けさせるよ。他に何か必要なものがあったら言いなさい」

 「では……」

 クラウは少し考えてから、

 「護衛の兵をお貸しいただけますか。査察なのに、王族が単身では格好がつかないでしょう」

 「もちろん。近衛の兵を何人か預けるつもりでいたんだけど……」

 「はい。警備小隊の私の部下を連れて行く許可をください」

 王族ならば護衛や私兵を雇い入れているものだが、クラウにいるはずもない。昔から剣術の鍛錬は積んでいるものの、勝手の分からない他領に赴くにあたって気心の知れた相手がいてくれると助かる。

 「砦の警備から外すよう手配しておこう。……それと、イーグレット家の令嬢はどうする?」

 「良いのですか」

 「その方が彼女も喜ぶだろう?」

 ユーリウスは笑った。

 ティラナのことまで知っているということは、砦に放置されていてもクラウの言動は常に把握されているということか。確かにティラナはクラウの部下でも何でもないのに喜んで付いてきそうな気がするが。

 「お心遣い痛み入ります」

 とは言え、ありがたい話には違いない。クラウは深々と頭を下げた。

 「それと──私が不在の間、エリーシュカを……妹へもご配慮をお願いいたします」

 「わかった、特に気を付けておこう。あの子は私の妹でもあるのだからね」

 ユーリウスは微笑む。その言葉にきっと嘘はないだろう。

 それからいくつか細かな事項を確認して、数年ぶりの異母兄との対面は終わった。

***

 王城を辞すなり全速力で砦まで馬を走らせ、滅多に人の来ない中庭に駆け込む。

 そしてクラウはそろりそろりと鞘から〈リア・ファール〉を抜いた。

 なおこの大剣には倉庫から発見された時点で鞘がなかったため、今はユーリウスが見繕った革製の鞘に収められている。いずれはクラウが佩用しやすいように刀身にぴったり合う鞘を誂えなければいけないだろう。

 「あれ……?」

 ふたたび姿を現した大剣は、あの夜に見たとおりの白銀の刀身だった。

 さきほどユーリウスの部屋で見たときは鈍い白色だったはずだ。いったいどちらが本当なのかと、だんだん自分の記憶が信じられなくなってくる。

 これはもう、全部まとめて本人に問いただすしかあるまい。

 「まあ、それも答えてくれたらだけど……リア・ファール、俺が分かるか?」

 一瞬、自分は何をやっているのかという気分になる。何も起こらなかったらどうしよう。

 だが幸いそれは杞憂に終わったようだ。

 掲げた腕から不意に鋼の重みが消える。宙に溶け出した白はやがて柔らかそうな白い肌となる。黄金の柄はけぶるように広がって豊かな髪となり、顔は人形のように愛らしく、そこに嵌まった紅玉の瞳が強く輝く。

 「本当に、君が変身してたんだな……」

 あの夜の出来事は現実だったのだと、クラウは現れたリアを見つめてようやく納得する。

 対してリアはと言えばいきなり怒った顔で、クラウの腕に小柄な身体を押し付けてきた。

 「うわ!? ちょっと待て女の子がいきなり男に抱きつくのはどうかと……」

 「あやつ、よりにもよってこの妾をナマクラナマクラと言いおって! 何という無礼な!」

 どうやら先刻のユーリウスとの会談をリアも聞いていたようである。

 そこでクラウははっとして、強引にリアを引き剥がして全身をまじまじと見つめた。

 「女をじろじろと見るものではないぞ」

 「壊れては……いない、よな」

 クラウが呻くのにリアはふんと鼻で笑って、

 「当然だ。あれしきの魔力で妾を娶ろうとは片腹痛い」

 「いや、ユーリウス殿下じゃなくて俺が壊してないかって話だったんだけど……」

 何にせよリアはこのとおりぴんぴんしており、クラウが触っても〝ガラクタ〟と化すことはなかったようだ。

 「あれしきの魔力って、まさかユーリウス殿下の魔力が足りない……とか?」

 「そこらの有象無象に比べればマシな方だが、我が王に比べればまるで足らんな。あれでは刃を研ぐこともろくにできぬわ。妾を棍棒のように振り回すなど万死に値するぞ!?」

 「棍棒って、おいおい……」

 さきほどのまるで斬れない状態では、確かにぶん殴るしか使い道はないだろうが。

 しかしユーリウスの魔力は王族でも上位のはずだし、彼が竜具の扱いをしくじるとも思えない。だがリアはユーリウスでは足らないと言う。言い換えれば、クラウならば白銀の刃を生み出すに足りるということか。

 「…………」

 だが、その考えは今まで自分が受けた評価とは正反対で、クラウは思わず黙り込む。

 「それと、妾はそなたにも言いたいことがあるのだ。我が王よ」

 ふたたびリアがずい、と身を乗り出してきた。

 妙な呼称をクラウが聞き返すより先にリアに抱っこをせがむように肩に掴まられてしまう。

 「石くれの中に妾を置いていくとは何事か! 重いし暗いし、やっと出たと思ったら……」

 「いや……それは、君が倉庫を吹っ飛ばしかけたからじゃないか」

 このガラティアに竜具はいくつもあるが、ああもやすやすと建物を吹き飛ばす威力を持つものは滅多になく、それこそ名高い〝九曜〟に列せられた武器くらいだ。それをナマクラ呼ばわりされたら腹も立とうというものではある。

 とはいえ威力を自覚しているならもう少し考えて使ってほしかったと思うクラウである。

 「むう……」

 反論されてリアはぷうっと頬を膨らませている。

 その仕草はまるきり人間の少女と同じに見えた。愛らしく表情豊かな、クラウも街で見かけたのであればきっと好意を抱いただろう。目のやり場に困る服はともかくとして。

 ただまあ、気になるところがないわけではない。

 「あのさ、我が王〟って言うのはできれば止めてほしいんだけど……恥ずかしいし、聞かれたら問題になりそうだし」

 「なぜだ。王を王と呼ぶことの何が恥なものか」

 「俺は王でも何でもないからかな……」

 リアに自分の〝ガラクタ〟な身の上を一から説明することは気が重いが、早めに言っておいた方がいいかもしれない。既にユーリウスから〈リア・ファール〉の持ち出し許可は出ているので、イルセラント領でも彼女を佩いて行動することになる。

 「だいたい、なんで俺が王なんだ?」

 あの倉庫でも確か彼女は自分にそう呼びかけていたが。

 「妾が〝予言〟したからだ。──そなたが王だ、クラウ・タラニス」

 あの幻の戴冠式の光景だろうか。同じものを彼女も見ていたのだろうか、しかし、

 「むう。信じておらぬな」

 「当たり前だ! だいたい予言なんて、神話で竜がやったっていう話しか……」

 「なんだ、知っておるではないか。それでなぜ妾の言葉にだけ耳を貸さぬのか」

 けろりとリアが言うのにクラウは絶句した。

 それもまた神話の一節だ。

 創造主にして絶対神を人間が殺し得たのは、竜から予言──神にもなし得ぬ未来視の能力を借りたからだとされている。人間は先回りして神の隙をつき、竜から借りた剣で神を刺し貫いたのだった。

 「竜だって……?」

 少女が剣に変身するだけでも信じられないのに、ますます謎が増えた気分だ。

 「王よ。まだ信じておらぬな」

 「信じていないというか……うん、まあ」

 竜は既に滅びたというのが定説であり、だからこそさきほどユーリウスと竜の骨が見つかっただの陰謀がどうだのと話をしていたのだ。そこにうっかり本物の竜が現れたなどと、ユーリウスが聞いたら泣くのではないだろうか。

 「けど……」

 クラウの貴種としての知覚は、このリア・ファールが竜具だと感じている。

 竜具とはそもそも竜の骨を加工して作られるものだから根本的には同じだ。ゆえにリアの竜だという名乗りは驚きはしたが腑に落ちる。そして竜の予言は神話にも語られており、これを否定する材料をクラウは持たなかった。

 だからクラウがリアの言葉をいまいち信じきれないのは、

 「俺が王だと言われてもなあ……」

 ここに尽きる。

 さんざんガラクタだの何だのと言われてきたのだ。そこにいきなり、出会ったばかりの少女に「お前は王になる」と言われても、疑ってしまうのは仕方ないと思うのだ。

 「王よ。そなたは妾が妃では不満か?」

 「き、妃って今度は何だ!?」

 リアはずいっと身を乗り出してくる。

 「よく分からないけど胸、胸が当たってるからとりあえず離れ……」

 「ふふん、当てているに決まっているであろう」

 薄布越しに豊かな胸が腕にぐいぐいと押し付けられて、クラウは思わず言葉に詰まった。

 幻の中では確かにこのリアがクラウの傍らに佇んでいた。あれは正妃の席だから、予言がもしも本当に成就するとすれば自分の将来の妻はこのリアということになる。

 正直、妻や恋人がどうと言われてもまったく実感が湧かない。

 なにしろ妹を守って腐れ神と戦うので精一杯の日々だったのだ。世の中には恋物語というものがあるらしいと知ってはいたが、王位と同様に自分には無縁だと思っていた。わざわざ〝ガラクタ王子〟に嫁ぎたい女の子などいるわけもないし。

 「妃、っていうのは分からないけど」

 リアがごくりと息をのんだのが、抱きついた身体の小さな動きで分かる。

 上目遣いに自分を見上げる表情と胸元の谷間に、クラウは心臓が跳ね上がった気がした。

 「君のことは……たぶん、嫌いじゃないと思う」

 我ながらひどい言い草だと思ったが、リアは花がほころんだように笑う。

 「うむ。そうかそうか」

 「……良いのか?」

 「予言だからな。成就までの間に妾にめろめろにさせるまでのことよ」

 腰に手を当てて堂々と豊かな胸を張り、リアは勝利を確信した笑みを浮かべたのだった。

 その笑顔にしばしクラウは見惚れていたが、やがてはっとして話題を変える。

 「そうだ、……君はなんであの倉庫にしまわれてたんだ?」

 「うむ。分からん」

 即答であった。

 リアはまたもや胸を張ってふんぞり返り、その前でクラウは頭を抱える。

 「じゃ、じゃあ、倉庫に入る前にどこで何をしていたとか……」

 「それも分からん」

 ふたたび即答したところで、リアはいきなり何度も目を瞬かせた。

 「そう言われれば、妾はなぜあんなカビ臭いところにいたのだろうな?」

 「いや、今まさにそれを聞いてたんだけど……」

 リアが目覚めたのは一昨日のはずだが、今の今までさっぱり考えていなかったらしい。それはそれでどうだろうと思うクラウであるが、

 「もしかして、覚えてない……とか?」

 おそるおそる尋ねてみると、リアは「おお!」とぽんと手を叩いた。

 「そうだ、それだ。まったく思い出せん! さすが我が王、妾のことは何でもお見通しだな!」

 「いや、ここで褒められても……」

 リアはなぜか胸を張って大笑いし、その前でクラウは頭が痛いとばかりに額を押さえる。

 さらにいくつか質問してみたが、リアの答えはいずれも「分からない」だった。

 「……そうなるか」

 繭に包まれて倉庫で眠っていた経緯、本当に王位継承の剣ではないのか、気になることは山ほどあるのだが、それよりもまず。

 竜にはいくつか種族があり、神話には火竜や水竜、権竜など華々しく何種類も登場する。だが剣に変身する竜が登場する話をクラウは聞いたことがない。

 「君がどんな竜だかわかれば、それだけでも助かるんだがな……」

 イルセラント領ではまた〈リア・ファール〉の力を借りることがあるかもしれない。武器の特性を把握しているのとしていないのでは戦い方もまったく変わってくる。だが、

 「妾は〝玉座〟にして妃、そなたが王だ。他に何が要る?」

 リアはけろっと言ってのける。

 ろくに記憶もなく、そもそもクラウ一人にしか使えない武器というのはある意味では欠陥品だ。特定の人間に依存する武器は、こと戦場では著しく運用が制限されてしまう。リア自身がこのことに気づいているかはともかくとして。

 しかしリアはまったく不安など感じている様子はない。

 その晴れやかな顔が、悩みの多いクラウには無性に眩しく見えた。

 「そうだな。……それでいいか」

 苦笑気味に笑った瞬間、ふっと肩から力が抜けた気がした。

 「君がいれば、俺は少しは〝ガラクタ〟から脱却できるみたいだし……」

 「うむうむ。妾だって、我が王にしか使わせる気はないからな!」

 力いっぱいリアは宣言してくれた。

 自分が王になるとかいう〝予言〟はさっぱりだが、しかしガラクタ同然だった自分が数年ぶりにユーリウスに呼ばれて他領に向かうことになった。リアの言葉にすべてが引き寄せられていくような、そんな不思議な感覚はあるのだ。

 「うむ。無礼な男だったが王との旅を準備したことだけは褒めてやろう。ふふ、婚前旅行だ」

 イルセラント領に向かうのは陰謀絡みの調査のためだし、警備小隊の部下も一緒、そもそも結婚する予定はないのだが、そこに突っ込んでいると話が永遠に終わらない気がしたのでクラウは黙っておくことにした。

 ふっと遠い目をして空を眺める。

 「……大丈夫かなあ」