ガラクタ王子と覇竜の玉座(3)

***

 「ふん。それで、瓦礫の下から部下に掘り出してもらっておめおめ戻ってきたと」

 「……はい」

 城壁の砦の最上階で、クラウは説明を終えて頭を下げた。

 昨夜、あの〈リア・ファール〉が放った光は爆風とともに倉庫の壁や床の一部を吹っ飛ばした。その余波で倉庫に回っていた火の一部も吹き消えたようで、消火にあたっていたヤーヒムたちが飛び込んできて気を失ったクラウを救出してくれたというのが顛末である。

 「ふん」

 砦の守備隊長、上官にあたる男は胡乱な目でクラウを見下ろしてきた。

 確か爵位持ちの家柄であり、〝貴族の奉仕〟のために軍人となった人物である。家宝の竜具も持っているはずだが、王城ではなく市街地の端の砦勤めとなったのがいたく不満らしく執務室に籠もってばかりだ。

 何にせよ、本来であれば直系王族のクラウを見下ろす立場の人物ではない。

 だが上官はぺらぺらと数枚の紙……おそらく昨夜の報告書に目を落として、

 「昨夜、壁外に出現した腐れ神は十体……貴様の隊は、ふん、小さなアリを一体潰しただけか。小隊長の貴様はカマキリに追いかけられて情けなく逃げ回っていたと言うからな、この砦の面汚しどもが」

 クラウは悟られぬよう小さくため息をついた。

 実際は戦果は六体であり、最大個体のカマキリを倒したのもクラウ小隊だが、どこかで戦績が書き換えられている。その犯人を探すことに意味はない。どうせ誰がどう報告を上げたとてこの上官が改竄して終わりだ。

 「その一体もヤーヒム・グランジが撃破……優秀な部下がいて良かったではないか、え?」

 「はい」

 そこだけは素直にクラウは頷いた。

 「それに比べて小隊長である貴様は、火の回った倉庫に勝手に飛び込んで内壁を壊して、挙句に埋まって死にかけた?」

 あの蛾の扱いが気になったが、おそらく別の隊が撃破したことになっているのだろう。腐れ神の死骸はすぐ消えてしまうので、姿が見えなくなればそれで「倒せた」と見做すしかない。ヤーヒムたちはしきりに不思議がっていたが。

 「それはそれは、任務中に遊びほうけて結構なことだな。そもそもが……」

 なおも続く上官の罵倒を聞き流しつつ、クラウはふと考え込んだ。

 どうも上官はあのリアという少女、あるいは大剣のことは把握していないらしい。ヤーヒムたちはクラウがまさか竜具の剣を持っているとは思わないから、瓦礫からクラウだけ掘り出して終わりにしたはずだ。その後まだ焼け跡の調査はしていないということか。

 この上官らしい仕事ぶりではあるが、あのリアの行方は気になる。

 ──いや、そもそもあれは本当の出来事だったのだろうか。

 リアの痕跡が何も残っていないものだから、そんな気にすらなってくる。自分は熱気にやられて早々に気を失ってしまい、そこであんな夢を見ていただけではないか。未練がましく王だの玉座だのが出てくる夢を。

 「聞いているのか、おい!」

 ひゅっ、と鋭い音がした。

 同時にクラウの頰に一直線に赤い筋が走る。

 上官が乗馬用の鞭でクラウを打ったのだ。この男が剣や弓ではなく鞭を側に置いているのはいつものことである。こうして、それが自分に向かって振り下ろされることも。

 「…………」

 「この穀潰しの〝ガラクタ〟が!」

 痛みにわずかに顔をしかめただけで、クラウは直立のまま次の言葉を待つ。

 沈黙が気に食わなかったか、上官はクラウの蔑称をはっきり口にして口元を歪めた。

 クラウの身分はあくまで第三王子であるが、相応の敬意を払われているわけではない。

 平民の娘に手をつけて産ませた子供、しかも貴種としての働きも期待できないとなれば、貴族にしてみれば格好の憂さ晴らしの素材なのだろう。王族でありながら罵倒しても誰にも文句を言われないのだから。

 「どうせならそのまま埋もれておれば、穀潰しが一人減って国庫が潤ったものを……」

 さすがにクラウ一人の食費で国家財政がどうなるとも思えないが。

 「貴様のようなガラティアの面汚しにもご慈悲をくださる正妃殿下に……」

 こっそりため息をつく。解放されるのはもうしばらく先になりそうだ。

***

 ふっ、と鋭く呼気を吐きながら木剣を振り下ろす。

 定時ごとの城壁からの哨戒任務、ついでに上官から面罵と打擲される仕事(?)を終えた夜遅くのことである。

 砦には訓練用の中庭があるのだが、夜は人気もなくひっそりとしている。

 そこでクラウは独り素振りを始めた。

 警備隊でも調練は行われているが、クラウの場合は練習台と称して滅多やたらに打ち込まれるだけなのでこんな時間でなければまともに訓練ができない。日々実戦を繰り返しているとはいっても基礎練習を怠ればすぐに剣筋がおかしくなる。

 しばらく無心で素振りと型を繰り返した後、後ろに気配を感じてクラウは振り返った。

 「クラウ様」

 「……こんな遅くに悪いな、ティラナ」

 声をかけると、樹の陰から見知った顔がひょこっと覗いた。

 歳はクラウと同じく十代半ば、城の女官の衣装を隙なく着込んだ娘である。

 すらりと背が高く、背筋はぴしりと伸び、歩いても姿勢がまったくブレず隙がない。燃えるような鮮やかな赤毛にヘッドドレスを挿している。

 暗がりで今ははっきり顔が見えないが、なかなかの美人だと付き合いの長いクラウは知っている。もっとも本人にそれを言うと照れて逃げられてしまうし、なかなか笑顔を見せてくれることがないのが残念だ。

 「お疲れさまです。……その、これを」

 おずおずとティラナは手にした籠を差し出してくる。

 掛け布をめくってみるとパンとチーズ、そして鳥の肉を焼いたものが数切れ入っていた。

 「このくらいしかご用意できず、申し訳ありません」

 市街地の中央にある王城と城壁の砦との行き来は、徒歩では辛いが馬を使えばそう苦ではない。王城の厨房から食材の余りをくすねてきてくれたのだろう。

 「肉まで入ってご馳走じゃないか。ありがとう、助かる」

 せっかくだからと少し休憩を入れることにして、クラウは近くの岩に腰掛けて食べ始める。

 やがてティラナもちょこんとその隣に腰を下ろした。

 「クラウ様、その頰の傷は……」

 「ああ、今日の昼間に大隊長殿にな」

 「また、あの男はクラウ様に……!」

 ティラナが呻いてきっと眦をつり上げた。

 「まあ、ここ以外にはやられてないから」

 「そういう問題ではありません! 王子殿下に、いいえ咎もない者に手を上げるなどと!」

 ティラナの怒りは正論であるが、クラウは力なく笑うことしかできない。

 彼女はなおもしばらく怒りを露わにしていたが、やがてクラウにじっと顔を近づけてきた。

 「クラウ様だってまぎれもない王家の血筋ではありませんか!」

 「実が伴わなければ虚しいだけだよ。何もない方がマシなんてこともある」

 クラウとティラナはあまり背丈が違わないので、真正面に少女の顔が来る。金色の目はどこか泣いているように見えた。

 「クラウ様は今のままで良いと思っているのですか、あんな奴らに馬鹿にされたままで」

 言われて少しだけクラウは黙り込んだ。だが、

 「そうじゃないけど……ただ、エリーシュカのことがあるからなあ」

 クラウの呟きにティラナも天を仰いで呻いた。

 エリーシュカはクラウの同母妹である。母親の身分ゆえに地位が低いのはクラウと同じ、加えて昔から病弱なのだった。まがりなりにも王女だから治療は受けさせてもらえるが、それもいつ切り捨てられるか分かったものではない。

 「俺を殴って満足するなら……エリーシュカに手を出さなければ、そうさせておくさ」

 クラウは寂しげに肩をすくめる。

 「それに全部が酷いってわけじゃない。隊の部下はいい奴らだし、お前もいつも差し入れしてくれるし。それで十分だよ」

 言うと、ティラナは諦めたように長い長いため息をついた。

 「では……クラウ様、他に何か入り用なものはありますか?」

 「そうだな。じゃあ、少し練習に付き合ってもらえるか」

 食べ終えたクラウが木剣を手に言うと、ティラナは呆れたようにふたたび息を吐いた。

 クラウがティラナとの付き合いが長いのは、彼女がかつてクラウが剣術を教わった師範の孫娘だからだ。貴族の令嬢の慣例として王城で行儀見習いの女官として働いているが、実のところ剣の腕はクラウに勝るとも劣らない。

 それに得意分野が少々異なるので、クラウとしては稽古をして楽しい相手でもあった。

 「仰せのままに。クラウ様」

 ティラナも小さく笑って立ち上がり、十歩の間合いを測ってクラウと向かい合う。

 女官のワンピースの向こうから迫り来る刃を、クラウはぎりぎりのところで受けた。

 そして明け方、クラウが一眠りした後に兵舎の外に出ると例の上官が待ち構えていた。

 「今度は何だ?」

 呟くが、まあ理由を考えても無駄だろう。自分は難癖を付けるネタには事欠かない。

 それでも無視するわけにはいかずに一礼すると、上官は大股で近づいてきた。

 その顔は仏頂面で、どうも彼にとってもひどく不本意なようである。

 「ユーリウス殿下がお呼びだ。殿下の朝食がお済み次第、執務室に参るようにと」

 「……ユーリウス殿下が?」

 クラウは目を瞬かせた。