ガラクタ王子と覇竜の玉座(2)

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──気が付けば、クラウは城の謁見の間にいた。

 父王の座するガラティアの王城だとは思うが、はっきりしない。なにしろ王族として謁見の間で式典に参加したことがろくになく、たまに噂話で聞くだけなのである。

 どうやら自分は謁見の間の上座にいるようだ。

 目の前にはまっすぐに緋色の絨毯が延び、その左右に大勢の貴族が控えている。

 思わず苦笑した。これでは、まるで自分が王様のようではないか。

 ──そなたが王だ。

 謁見の間に凛とした声が響き、自分は傍らを振り向く。

 隣には少女が一人いた。

 見覚えのない少女だ。小さな作りの顔に大きな瞳が紅玉のようにきらきらと輝き、自分を見上げている。薔薇色に上気した頰と少し朱を差したらしい唇、顔のまわりを陽光よりも輝く金髪が彩っていた。

 自分と比してもずいぶん小柄であるが、胸の膨らみは水蜜桃のように瑞々しく、くびれた腰から続く太腿はむっちりと柔らかそうだ。なぜ身体つきがはっきり分かるのかと言えば、レースとドレープの下から白い肌が露わになっているからである。

 よく見れば金糸の縫い取りが施された晴れの日のドレスであることが分かるのだが、一般的なガラティア人の感覚からすれば下着とまでは言わないが、破廉恥きわまりない衣装だった。

 こちらを見上げるその少女は両手に何やら抱えている。

 それが王冠だと気付いて自分は目を丸くした。

 自分が跪くと少女はゆっくりとこちらに両腕を伸ばしてきた。王冠を飾る一対の紅玉が、少女の瞳と同じ色であることにふと気づく。頭上にいくらか重みがかかり──

***

 気が付けば、目の前に巨大な蛾が迫っていた。

 ぎりぎりでの回避は何度も繰り返した動作ではあるが、思わず悲鳴を上げてしまったのは仕方あるまい。まさか自分が炎の熱に浮かされて幻を見るとは思わなかったのだ。

 それにしても酷い幻だったが。

 母親の身分はごく幼い頃に認識させられたし、ガラクタ呼ばわりされてからは王位を望んだことなど一度もなかった。そのはずなのに今にも死にそうなこの場面であんな夢を見るということは、自分は意外に王位に未練があったのだろうか。

 「そんな気はなかったんだけどなあ……っあ、あの子は!?」

 クラウが破壊した繭はもうほとんど崩れて溶け去っている。

 その真ん中に横たわっていた少女が、やがてゆっくりと体を起こした。

 「……あ!」

 その姿を横目に見つめて、クラウは目を見張った。

 緩く波打つ豪奢な金髪、紅玉の瞳、小柄で肉付きの良い身体、少女はさきほど幻で見た人物とまったく同じだった。胸元が大きく開いているところまで一緒である。

 「ッ!!」

 「きゃぅ!?」

 クラウは少女の腕を掴んでとっさに床に伏せる。その一瞬後に蛾の片割れが二人の頭上すれすれを通り過ぎ、飛び散った火の粉が髪をちりちりと焦がした。

 悠長に話をしている暇はない。クラウは少女の腕を掴んで強引に立ち上がらせながら、

 「いいか、そこの扉から階段を上がればすぐに倉庫の出口だ。燃えてるけど突っ切れ」

 乱暴極まりない物言いだが、クラウが蛾どもにかかりきりになる以上は自力で逃げてもらうしかない。上の階では警備兵たちが消火にかかっているだろうから、うまくすれば彼らに助けてもらえるだろう。

 「王よ、そなたは?」

 「悪いが、陛下から救援なんて来ない! いいから早く、このままだと蒸し焼きになるぞ!」

 唐突な少女の言葉に眉をひそめながらもクラウは叫び、とんと少女の白い背を押す。

 そう言えば妹以外の女の子に触れるのはこれが初めてな気がした。

 まあ、死ぬ間際に可愛い女の子を一人助けられるなら、ただの〝ガラクタ〟の死に様よりは少しはマシになるだろうか。自分が無能であることはどうしようもない──が、そのくらいの自己満足はあってもいいだろう。

 だがクラウの言葉に少女は目をぱちくりとさせている。

 「いいから早……」

 「ふむ? あの汚らわしい羽虫を斬り捨ればよいのではないか?」

 少女は心底不思議そうな顔である。

 確かにこの状況からすれば、そう思っても仕方ないのだが、

 「俺は竜具を持ってないし使えない! あいつを倒す術がないんだ!」

 「ふふん。──そんなもの、ここにあるではないか」

 場違いに優雅な……しかし確信に満ちた声で言う。

 次の瞬間、少女の姿がかき消えた──ように見えた。

 白い肌が宙に溶けて白銀となり、やがて刃が生じて鋭い輝きを添える。そこに金糸の髪がふわりと巻きついて精緻な装飾が施された柄になり、鍔には少女の紅い瞳と同じ一対の紅玉が嵌め込まれる。

 ふわりと宙に浮かぶ大剣にクラウは一瞬、状況も忘れて見惚れたが、

 『きゃぅっ!?』

 クラウが手を伸ばさなかったため、美しい大剣はがちゃんと石床に落ちた。

 『痛たた……そなたが妾を早う受け取らぬから!?』

 「竜具……なのか? なら俺が壊すわけにはいかないだろう!?」

 『王よ、何を言って……』

 「俺は竜具に触れないんだ! 昔から、ちょっと触るだけで全部ガラクタになった!」

 二匹に増えた蛾を必死に目で追いながらも、クラウと少女は互いに喚き続ける。

 『そんなわけがあるか! 妾が力になると言っておるのだ、その神どもをぶった斬れ!』

 「いや、でも……」

 『いいから手に取れ! 我が名は〈玉座〉、王を予言する竜だ!』

 もはや迷っている暇はなかった。

 クラウは素早く大剣を拾い上げて両手で構える。

 「本当だ……」

 少女──リアの言うとおり、大剣がいきなり砕けることはなかった。

 華麗な、ともすれば儀礼用のナマクラにも見えてしまいそうな大剣である。だが白銀の刀身と黄金の柄には無駄な……戦いに不要なものなどひとつもない。強大な敵を一刀両断にし、大軍を指揮する王が誇らしげに掲げる、戦場の華──王者の剣だ。

 「……綺麗だな」

 『ふふん、妾は見目だけの女ではないぞ。さあ、奴らを見事斬り伏せて見せよ!』

 言われるままにクラウは手にした大剣を振り上げる。

 同時に刃が輝きを増し、熱気に満ちた部屋に涼しげな白銀の弧を描いた。

 「軽いな」

 実際は白銀の刀身にはそれなりの重量があるのだろうが、うまく重心が取られているのだろう、まるでクラウのために一から誂えたかのように自在に振り回すことができる。

 突如として出現した竜具に二体の蛾はしばし警戒したそぶりを見せていたが、最大速度でそれぞれ左右から突っ込んでくる。目視で避け切れる速度ではなく、このままでは二人まとめて潰されて終わりだったろう。

 力まず、震えず、ごく自然に振り抜く。

 手応えすらなく、白銀の刃は腐れ神を二体まとめて横薙ぎに斬り裂いた。

 蛾が砕けると同時に部屋を照らしていた火の粉もなくなり、地下室がふっと暗くなる。

 「……すごい」

 ヤーヒムや他の竜具持ちが腐れ神にトドメを刺すのは何度も見ているが、あの化け物を倒すのは並大抵のことではない。クラウを囮にした集団戦術も活用して、やっとのことで勝利を拾うものなのだ。

 呆然と呟いたクラウだったが、すぐにはっと我に返った。

 腐れ神は倒したものの、この倉庫はいまだ火事の真っ最中なのである。やっとのことで腐れ神を倒したのだ、剣だけ握って丸焼けは勘弁願いたい。

 慌てて階段へと駆け出すも、同時に剣からリアの得意げな声が聞こえてきた。

 『ふふ、妾の力はこんなものではないぞ』

 クラウは手元の大剣に目を落とす余裕などない。だが白銀の刀身は今度は黄金色の光を帯び、やがて雷のようにばちばちと爆ぜ始めた。異変に気付いたクラウがようやく剣を持ち上げて愕然と目を見開く。

 「……え?」

 次の瞬間、黄金の光が四方の壁に突き刺さった。