左手で吸収したものを強化して右手で出す物語(1)

1 プロローグ

 「なっ! 人!」

 会社の帰り、いつもの道、いつもの時間。

 車を運転して家に向かっていたら、突如前方に現れた車のヘッドライトとは明らかに違う眩い光に目が眩む。

 そしてその強い光の中に微かに見える、人のような影。

 相手も車に気付いたのか、こっちに手を向けてきたのがシルエットで分かった。

 馬鹿野郎! 避けろよ!

 「間に合わない!」

 つい焦って叫ぶが意味はない。

 同時に、慌ててブレーキを全力で踏む。

 座席の斜め下からガチガチと鳴る音に、ABSが作動するのが分かる。

 とはいえ、ハンドルを切ることすらできない距離。

 衝突に備えて目を閉じる……

 やってしまった……

 瞼を閉じていても分かるほどの光を、前方から感じながら意識が落ちていく。

 「……あれ? ここは? 確か、車に乗ってたはずなんだけど」

 強い衝撃を感じ一瞬意識が暗転したかと思うと、部屋の半分が黒く塗りつぶされた白い部屋にいた。

 部屋の中には灯りが灯っているが、眩しいというほどのものでもない。

 いまだ自身の状況が把握できていない状態で、どうにか最後の記憶を取り戻そうと考え込む。

 確か仕事が終わって家に戻る途中で、いきなり道路の真ん中が光ったかと思うと人が現れて。

 「そうだ! 急に目の前に人のような影が飛び出してきて、慌ててブレーキを踏んで……」

 飛び出したというよりも、浮かび上がったといった印象だったが。

 駄目だ、そこからの記憶が無い。

 いや、そこまでの記憶があったところで、現在の状況と結びつかない。

 もしかして、その人を避けようとして壁か何かに衝突でもしたのか?

 それで、病院にでも運び込まれた?……にしては、身体が痛むということもないし。

 何よりもベッドでもなんでもなく、見たこともない部屋に立ち尽くしているというのは理解ができない。

 「誰か、誰かいませんか?」

 「目を覚ましたか?」

 まさか呼びかけに返事があると思わなかったため、思わずビクッとなってしまった。

 ちょっとだけ心臓が跳ねたような感覚に襲われ、軽く動悸が。

 落ち着こう。

 まずは声のした方向に目をやる。

 声は自分が立っている場所の正面、やや上の方から聞こえて来た。

 そのまま正面に視線を送ると、階段のようなものが見える。

 落ち着いてよく見てみると、実際には目の前にはひな壇がありその一番上にカーテンのようなものが掛かった場所があった。

 カーテンのある場所には大きな椅子が二つ、少し広めに間隔を開けて置いてあるのが透けて見える。

 ちなみに向かって右側には、黒いカーテン。左側には白いカーテンが下げられていた。

 そして白いカーテンだけではなく、右側の黒いカーテンの方も中が透けていた。

 黒いカーテンの方は頭に角の生えているような人が座っているようだ。

 ここ、マジでどこだ?

 「目を覚ましたかと問うておる」

 いまだ混乱した状態であれこれ考えていると、少し苛立った様子で再度問いかけられた。

 どうやら、左側の白いカーテンの奥の人物が話しかけているようだ。

 その人物の声は、お爺さんのようにも、少年のようにも、お婆さんのようにも、少女のようにも聞こえる不思議な声。

 何かの悪戯にしては、手が込んでいる。

 そしてこれが悪戯だとすれば、運転中に人が飛び出したところから始まっていたのだろう。

 おっと、白いカーテンの人から何やらプレッシャーのようなものを感じる。

 問いかけられたことを無視しているこの状況に、苛ついているのかもしれない。

 というか、間違いなくそうだろう。

 勘弁してほしい。さっきまで普通に車を運転していたと思ったら、いきなりこんな不可解な場所で意識が飛んだ状態で目覚めることになったんだ。

 本当に、それ以外に何も思い出せないし。

 「ええ、一応」

 取りあえず、返事だけでもしておいた方がよいと、本能が警告してくるので返事を返す。

 俺が反応したことで、ようやく白いカーテンの奥の人が落ち着いたのが分かった。

 やはり問いかけに対する答えが無かったことで、気を揉ませてしまったらしい。

 『今回は悪かったな……と言っても分からないだろうが』

 そして今度は右側の、黒いカーテンの奥にいる人も話しかけてくる。

 こっちはボイスチェンジャーを通したような声。

 無機質な機械のような音声に抑揚と感情を込めたような、こう若干スッキリしない感じの声だ。

 「良く確認したつもりだったのだが、まさかお主の車が突っ込んでくるとは思わなんだでな」

 『ふっふっふ、善のそのような説明では分かるまい。あれだ、交通事故だ』

 いや、車が何かにぶつかったならそれを普通は交通事故と言うんじゃ。

 偉そうに言い直されたところで、それだけじゃなんの説明にもなってないし分からない。

 二人にしか分からないようなやり取りに、ますます頭が混乱してくる。

 というか、この人が飛び出してきたのか。もしかして、轢いちゃったりとか……

 うわぁ、こんな偉そうな人を車で轢くとか、人生詰んだかも。

 いやいや、そこは保険屋さんに是非頑張ってもらって、どうにか示談の方向にもっていってもらうしか。

 取りあえず、まずは詳しい状況を確認してからの判断になるけど。

 「あの、すいません。おっしゃっている意味が、よく分からないのですが」

 「たまたまじゃ……たまたま、わしが転移した先にお主の車が突っ込んできたのじゃ」

 えっ?

 俺、やっぱりこの人はねたの? そのわりには、のんびりとしてるというか。

 なんだろう。車ではねられたのに、この余裕。

 というか、もしかして俺拉致られた?

 そんなヤバい人、はねちゃった?

 これ、場所が分からないから保険屋さんも警察も助けに来てくれないパターン?

 直接報復されちゃうルートまったなしか?

 取りあえず相手からは何も要求が無いし、探りを入れるようなやり取りに聞こえなくもない。

 あり得ない状況を受け入れつつも、現実的なことを考えながら意味不明な思考に陥っていく。

 そして微かに期待する楽観的観測のような結論に。

 彼等にももしかして、いきなりこっちに強く出られないような何かがあるのか?

 ええい、ままよ!

 取りあえずは、こっちも様子見でいくしかない。

 「いや、こっちこそすいません。大丈夫ですか?」

 『フフフ……車の前に転移するなど、ただの飛び出しより悪質な不注意だからな。気にするな。 あと、善は気にしろ』

 「反省しておる」

 転移?

 いま、転移って言ったこの人?

 やばい、これは冗談じゃなく本当にヤバい人に当たった。

 車も俺も。

 そしてこの人達も、いろいろな意味でヤバい。もしかして、何か薬とか……

 思い込みの激しい、宗教関係の偉い人とか。

 権力だけじゃなくて、頭の中身までヤバい人だ。

 転移云々っていうのが凄く嘘くさくて猛烈に逃げ出したくなっているはずなのに、二人から感じるオーラが信じざるを得ない雰囲気を醸し出している。

 それはこの人達が本気でそう思っているか、それともよほどの役者か。

 もしくは、この部屋に寝かされている間に薬を盛られたか。

 いや、この人達自身が何かそういった心理的なものに詳しくて、催眠状態に誘導されている?

 確かに、意識が覚醒したばかりというところではあるし。

 そう、この人達は転移して俺の車の前に飛び出したというようなことを本気で話していて、俺もそれを受け入れそうになっている。

 まだ辛うじて俺は理性を保っていると信じて、ここは乗っかった方が良いのか?

 いや、このままこの人達にペースを握らせるのは危険か?

 分からない。

 本当に、考えるのすら面倒くさい状況だ。

 取りあえず、

 「はは、そうですよ! いきなり車の前に転移とかされたら、こっちも避けきれませんよ!」

 とかって返した方が、良かったのだろうか?

 分からない。

 正解が分からない。

 「それで、その両手をじゃな……車のフロントというのか? 前半分をわしの神力で消して衝撃をやり過ごそうと思ったのじゃが、ハンドルごとお主の手まで消してしまったあげく車から飛び出してしもうて頭から……」

 思わずしばらく返答ができずにいたら、勝手に白いカーテンの人が語り始めた。

 取りあえず白い人と呼んでおこう。

 その白い人が気になる言葉を残して、言いにくそうに口を噤む。

 いやいや、頭からなんでしょう? あまり聞きたくありません。聞きたくないですが、ここは付き合って少しでも情報を集めないと。

 なんとなく、頭が落ち着いてきた。

 状況は落ち着かないけど。

 「まあ、わしが殺してしまったようなもんじゃが……魂と意識、残った体はどうにか拾い上げることはできた」

 『たまたま、お主の神気に取り込まれただけだろ』

 しんきって? 新規? 辛気? なんだ?

 分からない。

 分からないけど、早々にこの人達の設定に付き合うのが辛くなってきた。

 そもそも、殺されたと言われても、現在進行形で貴方達の目の前に俺はいるわけで。

 じゃあ、貴方達が話しかけている相手って誰なのかって話になってくるんだけど。

 「肉体も欠損が酷くてのう……元の世界ではすでにお主はおらんことになっておるし」

 『それは、お前がこいつの残滓に気付いたのが、あっちの世界で二年も経った後だからだろうが』

 やっぱりだ! この人達は酷いビョーキだ! 頭がおかしい。

 どうにかして、この場所から逃げださないと。

 とは考えてみたものの俺が今いるこの場所が、そもそもどこなのかが分からない。

 「すいません、少し頭の中を整理させてもらって良いですか?」

 「あー、そうじゃのう。お主にはあまり記憶が無いかもしれんな。なんせ、一瞬のことだったからのう。そうじゃ、その時の光景を──『よさぬか。そんなものを見せられたら、確実にトラウマになるだろう』」

 白い人の方がカーテンの奥で立ち上がるのが透けて見えた。

 が、すぐに黒い人がそれを押しとどめたので、また椅子に座ったらしい。

 本気で、ちょっと頭がこんがらがってきた。

 二人で何やら言い争いを始めたので、この隙に再度話の流れを整理する。

 取りあえず、俺はこの謎の白い人物を車で跳ね飛ばしたと。

 あの時はいきなり道路に現れたから、完全にブレーキも間に合ってないはずだ。

 それなのに、目の前の白い人はことのほか元気そうだ。

 そんなことはありえるだろうか?

 この人達の言い分を信じるならば、咄嗟に衝突の衝撃を消そうとしたこの人に、うっかり殺されてこの人のオーラ的なものに取り込まれたことになる。

 ちょっと待て、オーラ的なものってなんだ? しかもそれが、二年前ってこと?

 さっき気が付いたくらいの勢いだけど、二年も?

 何度も頭の中で状況を整理しているのに、次から次へと出てくる言葉にさっぱり理解が追い付かない。

 「悠久を生きるわしらからしたら、ついさっきのこと程度のもんじゃ」

 『いや、二年は長いと思うぞ』

 俺も二年は長いと思う。

 どうやら、黒い人の方が常識人っぽいな。

 白い人は良くも悪くも大雑把なイメージだ。

 「でじゃ、わしらが管理する世界で人生をやり直す機会を与えようと思う。これをもって謝罪としたい」

 『恩着せがましいな。二年も経過して元の世界に戻すと面倒だから、別の世界で赤ちゃんからやり直してくれってことだろ』

 「身も蓋もない言い方をするでない。邪の」

 このビョーキの人達が管理する世界って……それってあっちの世界ですよね?

 こう信仰的な何か、あれな感じの世間と隔離された場所的な。

 嫌です!

 それはやり直しとは言わない!

 いやちょっと待て、邪のさんが何やら不穏な言葉を……

 赤ちゃんからやり直し?

 記憶を全て抹消されて、赤ちゃんプレイ?

 それとも、そちらの信仰に無知な俺が赤子のようってこと?

 一から、教育をし直すってことか?

 それは、全然謝罪でも何でもない。むしろ、要らない。

 「あー、自己紹介をせずとも分かるかと思うたが、そちの世界はすでに神に頼ることは余りないのじゃったのう。わしは善神と呼ばれている。数多ある世界の正を司る存在じゃ」

 『そして、わしは邪神……まあ、負を司る存在だな。陰陽揃って世界は上手く回るから、わしらは常に一緒におる』

 おおう、この人達教祖様じゃなくて神様を名乗り出した。

 そして、世紀の大発見だ。善神と邪神って仲良しだったんですね。

 いやいや、俺が知ってる神様ってのはイザナキさんや、イザナミさんや、アマテラスさんだったり、ゼウスさんや、オーディンさんだったり……

 いちおうお釈迦様や、シヴァさんなどなど、何かしらの名前が付いてる人達なんだけど?

 漠然と邪神と善神って……

 雑! 雑だけど、なんか凄そう。

 いや、そうじゃなくて……

 ていうかもし、もしもだ。もし、彼等が本当に神様なら俺を転生させてやるから水に流せってことか?

 いや、まっぴらごめんだけど。

 「何やら、疑惑の視線を感じるのじゃが……神であるわしに対して、胡散臭いものを見るような視線を送るでない」

 『簡単には信用はできないか……頭が固いなと言いたいところだが、お主のおった日本という国の国民性か?』

 まあ、あまり神様に熱心に祈るような国ではないのは事実だけど。

 そもそも初対面でわしは神だなんて言う人間なんて、信用できるはずがない。

 まあ、当人曰く人ではなく神らしいが。

 ただあまり刺激して、天罰だとか言われてパージされても困る。

 なんとなく、穏便に帰してもらいたい。

 「えっと、元いた世界の日本でやり直しってことですか?」

 「あー、それも良いのじゃが、折角だから神の加護を受けられる世界とかどうじゃ?」

 『お主のいた世界では、神の加護なんて不便なだけだからなあ。精々金持ちの家の子に転生させるとかならできるが……記憶を消さねばいろいろと面倒なことになるし。そうなると転生しても面白くないだろう』

 まあ、それはそうなんですけど。

 そうなんですけどじゃない。

 思わず、普通に信じてしまいそうになったが。

 とはいえ、神の加護が通用する世界か……となると奇跡や魔法があるような、ファンタジーな世界か?

 ばかばかしい。

 それよりは日本で大金を貰った方が。

 でも記憶は消されると。

 せめて、この二人に関わった記憶を消すだけに留めてもらえると最高に嬉しい。

 『というか、実は行ってもらいたい世界はもう決まっている』

 「ベベルという世界じゃ。そこの世界が遠くない未来に魔王によって滅ぼされる可能性が非常に高いのだ」

 『おもに魔族と人族との戦争に世界が巻き込まれて疲弊した末に破滅に向かってゆく感じだな。仮にわしらが直接関与しようにも、その後の管理ができる者が現れなければ第二の魔王が現れ、また人と魔族が争う日が来るのは目に見えてるからな』

 どうやって日本でお金を貰おうかと考えていたら、話が勝手に進んでいた。

 えっと、これって慰謝料的なもんですよね?

 なんか、体よく手伝えって聞こえるのですが。しかも戦争を……

 この場合防ぐのか、人を勝利に導くのか。

 そもそも、その世界の人達のことが良く分からないわけで。

 て、何を信じてるんだ俺は……あまりにもおかしな声で、おかしなことを延々とさも当たり前のように言われて、ついつい信じ込んでしまった。

 「もちろんそのために必要な力は授けるし、人の人生一回分くらいは普通に楽しみながら仕事すればいい」

 『ある意味、チート好きなお前らからしたら、仕事が趣味みたいな感じになると思うが』

 チートの好きなお前らからしたらって。

 いつ俺が、チート好きなんて話を……

 「ほら、現代日本の若者はチートというものを持って、異世界に行くことに憧れを抱いているのじゃろう?」

 いや、まあそれはそうなんですけどね。

 そういったものが、物凄い勢いで流行っているというのは知っているし。読んだことのある話もあるけど。皆が皆そうではないというか。

 現状にそこまで不満が無いので、できれば日本でこのまま平穏無事に暮らしていきたいと思う人もいるわけで。

 俺みたいに。

 いや、そんなことよりも一つ気になる言葉がある。

 人の人生一回分ってどういうこと?

 その後も働けってこと?

 人生なんて短くもないんだから、一周で十分なんだけど?

 人生二周目なんていらないし。

 「あー、全て終わって満足したら、そこの管理者になってもらいたい」

 『そのために必要な知識や、能力は一回目の人生で獲得してもらおうということだ』

 そのお仕事に終わりはあるのでしょうか?

 これはもしかして、幹部候補生としてスカウトされてる?

 いや、厄介事を押し付けられているとも言えるけど。

 ちょっとまて、どこまでが真実でどこまでが妄想なんだ。

 もしかして、これ自体が夢とかじゃないよな。

 「大体三〇億年くらいでその星の寿命が尽きると思う。いま十二億年くらい経ってるからあと二〇億年弱かのう」

 ははは……長すぎだろ。

 二〇億年もその世界に接して、その後どんな気持ちで星が滅びるのを見ろと。

 それ以前に、二〇億年も生きるってどんな感覚だ。

 「大丈夫じゃ。滅びる二億年前くらいには生命も活動できなくなるはずじゃから、気に入ったものは自分の管理する場所に引き込めばよかろう」

 『お主らの世界でいう、ノアの箱舟的な場所だな』

 「流石に、二〇億年も神紛いの立場にいたなら、星と世界を一つ作り出すくらいの特典は与えてやるから」

 二〇億年も働いたあげくに、新会社立ち上げてまた億年単位で運営とかどこのブラックだよ。

 駄目だ……この人達の言葉に反応できないでいるはずなのに、的確にこちらの懸念を斜め上の方向から潰してくる。

 それも全然魅力的でも、俺にとって建設的でもない解決案ばかり。

 文化が違う。

 そして、確実に頭の中が読まれてる。

 マジで神か!

 もしくは、俺はいま催眠状態で無意識に思考を口走っているか……

 後者であると思いたいが、前者の方が幸せだ。

 後者は新興宗教入信まったなしルートだな。

 それなら非現実的でも、他の世界で生まれ直した方が……

 「まあ、二〇億年云々は抜きにしても、チートを貰ってやり直しというのは惹かれますね」

 思わずついて出た言葉に、我ながら呆れてしまったが。ここはもう流れに身を任すしかない。

 覚悟を決めて全力でこの人達に合わせて、隙を見て逃げる。

 そっと後ろに目をやる……

 右……

 左……

 この部屋、扉が無いんですけど……

 「そうじゃろう、そうじゃろう。ちなみに、お主の両手はすでに再生が不可能じゃからわしらが新たに創り出したものを与える」

 『ブラックホール的な左手と』

 「まあ、厳密に言うと全く違うが、イメージで分かりやすく言うとホワイトホール的な力を持った右手じゃな」

 なんだか、不穏な両手過ぎてあまり欲しくないかも。

 ブラックホール的な左手って……

 自分自身がそこに吸い込まれて、消滅する未来しか見えない。

 右手を使うことなく、人生一周目終了パターンかな?

 『制限はあるが左手で吸い込んだものは、お主が使うであろう管理者の空間に送られる』

 「右手からはその管理者の空間から、任意のものを出現させられる」

 ああ、早い話がマジックバッグですか。

 定番の便利グッズですね。

 現実でもあったら便利だなと思わなかったことはない。

 『ちなみに、管理者の空間内部では肉体の時間は止まってるからな。成長したり劣化することもないが……普通に行動はできる。歳を取らない空間みたいなものだ』

 「管理者の空間内では普通に生活できる空間があるから、彼等はそこで過ごすことになるがのう。まあ何も無いのも寂しいじゃろうから、一応疑似的に普通の生活が送れるようにはなっておる。ようは、食事もとれるし、睡眠もとれる空間じゃな」

 『他には……素材や吸い込んだものを合成する場所もあるが、生物同士はオススメせぬな……精々が知能の低い生物と素材の掛け合わせとかか』

 ほうほう……やっぱりちょっとチートなマジックバッグだった。

 いや、かなりチートなマジックバッグか?

 ただその世界に、俺は行けるのだろうか?

 『左手の力でお主も自由に行き来できるし並列思考……無意識に行動するサブタスクに意識を持たせて、並行存在を作り出して両方に存在できるようにもなる。まあ分身を作り出せるということだが、どちらも本物だな』

 「それに管理者の空間にある地図と右手の力で、世界の好きな場所に身体を戻すこともできるぞ」

 わお……分身スキルに転移魔法のオマケ付き。

 ただそこに移動するには、自分の左手で自分を吸収するのかな?

 で、何もない空間から右手が現れて俺が出てくるの?

 ビジュアル的なものが、凄く気になるが。

 管理者の空間がどういったところか分からないけど、適当に気に入った奴を集めてその世界でゴロゴロしとくのも悪くないかもと思ったり。

 折角だから、普通に知らない異世界を楽しむのも悪くないけど。

 それよりも、いきなり転移魔法が使えるとかかなりのチートかも。

 転移魔法っていろいろと便利っぽいし。お金の心配なんかもなくなったわけだ。

 最悪、どこかの金庫……この場合、宝物庫か? にだってバレずに入ることができるわけだし。

 いや、送り込まれる世界の文明度やらが分からないから何とも言えないか。

 近未来的な異世界で、転移魔法対策は万全ですとかだったら……

 ん? 魔法? そもそも、やっぱり魔法があるってことか。

 ちょっとだけ、楽しみもできたかも。

 ただ、うっかり転移した先に車が突っ込んでこないように気をつけないと。

 『クックック……そうだな。一応、地図に触れれば周囲の状況は見られる。大事なことだな』

 「お主……意外と性格悪いのう。わし、一応最高神なのじゃが? まあ……日本人とはこういうものか」

 もはや、この人達が俺の思考を読んで反応しているのはスルーしよう。

 ここまで来たら、俺も八割がた信用しているし。

 「これでも、まだ疑っているのか?」

 『まあ、このくらい慎重な方が良いだろう。いざ送り込んで、俺は最強だなんて言いながら無謀な行動に走って死にまくることもないだろうし』

 別にいいじゃん。

 この方達の言い分を信用するなら、俺はうっかりで殺されちゃったらしいのだから毒の一つも吐きたくなるってもんだろう。

 殺されたのに罵詈雑言を浴びせられないだけ、逆に感謝してもらいたいくらいだ。

 あー……そういえば、俺の家族は……

 二年も経ってるのか。葬儀とかも終わってるんだろうな。

 あれ? 死体って、この善神って人に吸収されたんじゃ。

 じゃあ、行方不明状態ってことか?

 「この条件を受けてくれるなら、一応家族には連絡しておくが」

 『いわゆる、神託というやつだ』

 「それって、うちの親相手だと夢で片付けられないかな? あと、姉ちゃんとかめっちゃはしゃぎそう」

 「お主は行方不明ってことになっておるからのう……」

 やっぱりか、というかちょっ! 先に説明だけしといて。

 というか、どうなのそれ?

 「絶対に見つからないのじゃから、その事実だけでも伝えておこう」

 『まあ神の眷族になるわけだから、お主から連絡ができるようにいずれしようとは思うが』

 「お主の働き次第じゃな」

 俺の働き次第って。

 殺しておいて労働を押し付ける奴のセリフじゃない。

 流石、神様。尊大過ぎて、何も言えません。

 一方で、至れり尽くせりとも言えるか。いずれ、連絡できるかもしれないと。

 まあ、声を聞くくらいはと思うが……あまり連絡を入れるのはよくない気がしないでもない。

 それでも神様とはいえ、俺や家族に対して多少は悪いと思ってくれてたのかもしれない。

 結果として、かなりの好条件でブラック企業への就職が決まった感じだな。

 「っと、大事なことじゃがその両手のスキルじゃが……」

 「吸い込む左手と、吐き出す右手ってだけじゃないんですか?」

 まだまだ、特典があるらしい。

 貰えるものは全部貰っとこう。

 「あー、チートスキルとやらが好きなんじゃろ? 神ほどのチートではないが、左手で吸収したものは所有権がお主のものとなる」

 「はあ……それって、たとえ人の物でも吸収したら俺の物になるってことですか? それなんてジャイ○ン?」

 『平たく言うとそうなのだが、生物であればお主の従者になるってことだ』

 最近流行りの隷属のなんちゃらとか、奴隷のなんたらとかより悪質だった。

 下手したら、王様吸収したら国乗っ取れるってことじゃん。

 「吸い込めるのはお主より、弱っている者……もしくは弱い者という条件じゃが」

 『総合的にな? 国王とかだとその国の有する軍事力とかもそのままその者の力になるからな? ただし純粋に忠誠を捧げた者の力のみに限るが』

 なるほど、騎士団や軍隊なんかは国王の力の一部として考えられると。

 ただ、とんでもないクズみたいな王様だったら軍事力はあっても、国王の戦闘力には加算されない可能性が高いか。

 じゃあ、逆に国を継いでない王子様の子供あたりを吸収すれば将来的には……

 ほぼ臣下もいないはずだし。

 転移でこっそりと寝室に忍び込んで、一瞬で吸収と放出を行えば。

 思わず笑みが零れる。

 確かにこれは、チート過ぎる。

 最悪国を一つ乗っ取って、そこで重要なポジションかつ働かなくて良いような役職を貰って好き勝手に生きることも……

 いや、そんなことしなくても……

 いやいや、街の中で何不自由なく生きたいと思えば強力な後ろ盾は必要だ。

 いろいろと考えていたら、上の方から冷たい視線を感じる。

 カーテンのせいで、御尊顔を拝見できないんですけどね。

 「従属関係の解除もできるようにしとこう。これはわしらでもできるように設定しようか」

 『そうだな……口ではそうは言っても、まさかやらんとは思うが保険は必要だろう』

 あっ、やっぱり監視されるんですね。

 ちょっと考えただけなのに、まあ考えがまるっと読まれてるんじゃバレバレか。

 あまりにもな理由で従属したり、それを使って目に余る行動をとったら二人の判断でリリースしちゃうよと。

 流石に独裁政権があっという間に築けそうともなるとそうなるわな。

 あとでじっくりと考えれば良かった。

 「なんだか、ちと不安になってきたが……吸収したもののスキルは、管理者の空間で情報分析されるからどういった能力か分かるはずじゃ」

 『普通に呼び出すこともできるが、右手でその分身を作り出してスキルだけをぶつけることもできる』

 おお!

 なんとなく核心的な部分に触れずに話が進んできたけど、やっぱりスキルなるものは存在するようだ。

 確実に言葉で聞いたことで、楽しみな要素が一つは確定した。

 魔法に関しては、彼等の口から魔法という言葉が出てきてないが、スキルがあるなら高確率であるだろう。

 そして右手の解放能力だけど、なんと吸収した配下の持つスキルだけを召喚することもできると。

 なんて便利過ぎる。まるでゲームの、召喚魔法みたいだ。

 あっ、最近はちゃんと召喚獣も戦ってくれるんだった。一昔前のゲームの召喚魔法だな。

 それはそれで便利だし。

 あと直接本人も呼び出せるから、最新の召喚魔法も。

 俄然やる気が出てきた。

 「あとはまあ、普通に暮らしていけるだけの家庭に転生させてやろう」

 『オススメは冒険者稼業だぞ? 騎士団なんかに入団して自身の能力の底上げも良いが、どちらかというとあちこちで魔物と戦ったり、素材を集めることを生業とした方がチートを育てるのに良いし、強化合成も捗るしな。その上、お金も稼げるし。冒険者なら完全実力主義で立場も収入も上は青天井だからな』

 「まあ、どこかで王になって国を運営して色に溺れるのも悪くないじゃろうが……そういうタイプでもなさそうか」

 はいはい。

 取りあえず、冒険者がオススメっていうのは分かった。

 うんうん、で肝心のその俺がやるお仕事の方は?

 「忘れとった。魔王とその側近を倒すことじゃ」

 『側近は四天王と呼ばれ四方に塔型のダンジョンを作っている。魔王は北の大陸のさらに北にいる』

 「中心じゃないんですね……」

 『流石に中心は人が多すぎて断念したらしい。昔は人も魔族も交流があったのじゃがな……数世代前の魔王の頃に四方からジワジワと攻め込む準備を始めたようだ。ただ肝心の四方の塔にもひっきりなしに冒険者や兵士が来るらしくて捗ってないとか』

 「魔王のいる場所は極寒の場所じゃから、かろうじて侵攻は受けてないが」

 『まあ、お主らのようなこの世界の転生好きのために用意されたようなシナリオだな』

 シナリオとか言い出したし。

 それにしても、あんまり危機的状況じゃないと聞いて安心。

 数世代前の魔王が準備を始めて、いまだに侵攻が始まっていないとか。

 それよりも先に親交を深めてる人がいたりしないかな?

 『ゆっくりで良いぞ? 無理なら老衰で死んだふりして、二周目か三周目で魔王を御しても良いし』

 「時間はあるが、決して楽観的に考えてよいものでもない。必ず異変は起こるのじゃ……そして、わしらでもその時期と規模が読めん」

 割と長いスパンで予測しているが、正確な時期は分からないと……

 だから、常駐して見張ってろと。

 うん、取りあえず神様達の言い分は分かった。

 「だが断る!」

 ……

 ……

 ……

 気まずい空気になってしまった。

 「なんじゃと!」

 『何っ!』

 「嘘です。言ってみたかっただけです。謹んでお受けいたします」

 一瞬ポカンとなってたけど、ちょっと遅れて我を取り戻した神様達に一瞬で体が木っ端みじんになりそうなオーラを当てられた。

 無理……初期RPGゲーム並みに、選択肢「いいえ」が存在しなかったわ。