左手で吸収したものを強化して右手で出す物語(3)

 夜になって、暇になってきたので本体に戻る。

 といっても、特に何が変わるってわけでもないが。

 こうして、時には自分の目で直接世界を見るのも大事だしな。

 管理者の空間に籠って、モニターから見るのとは違って直接星空を見るだけでも面白い。

 あっちでモニター越しに見るのと、実際に自分の目で見るのとでは受ける印象が全然違う。

 ちなみにこの世界の夜空はこれが満天の星空かといった景色だ。

 日本で住んでいた場所では夜もそれなりに明るいので、ここほど星を見ることはできなかったし。

 空をきらめく星を眺めているが、見慣れた星座が無い。

 天文学に詳しいかと問われたら、さっぱりな俺だが流石にオリオン座やカシオペア座、北斗七星くらいはすぐに分かる。あとは話題になった流星群を見に行った時に、たまたま居合わせた天文学サークルだかの引率で来ていた地元の大学教授が教えてくれた昴も分かる。

 しかしどれも、この世界の夜空には存在していなかった。

 この世界で昴がいくつ見られるか、ちょっと気になったけど。

 その時は山に行っていたので、七個集まっているのが見えた。

 夜空の環境で見られる数が違うらしく、これほどに澄み切った夜空ならもっと見られただろう。

 恐らくこの世界は、地球とは違う星なのだろうから、見える角度が違ってるんだろう。

 そもそも、宇宙からして違うのかもしれないが。と思いを馳せてみたところでよくよく前世を振り返ってみたら、そんなに星座に見慣れるほど空を見上げた記憶も無いので大して気にならなかった。

 ただただ、星が綺麗だとしか思わない。

 そして月は一つしかない。

 いや、普通に月は一つだろう。

 でも異世界って二個あったりすることも多いから。と思ってみたが、あれが月かどうかも怪しい。

 というか、違うな。月っぽいでかい星だろう。

 他には、地球では見られない大きさの星がある。

 月の半分くらいのサイズの星が三つ。

 赤っぽいのが一つで、あとは普通に白っぽいというか黄色っぽいというか、光っぽい感じかな?

 異世界の空は地球とはだいぶ違って、見ていて飽きない。

 言葉通り飽きることもなく外を見ていると、黒い何かが飛んでくるのが見える。

 そして、そのまま窓にぶつかる。

 コンっという音がして、窓枠にギリギリ足を引っかけて落ちるのを耐えたそれ。

 どうやら、飛ぶのはあまり得意じゃないらしい。

 昆虫の類だろうか。星や月の明かりを受けて黒光りしている甲殻を持つ、力強い印象の虫。

 見た目的には、カブトムシに似てる。

 角がカッコいい。縦に二本の尖った角が並んでいる。上の方がシャープで、下の方が太く力強い印象だ。

 そして、目の上あたりからも二本弧を描くような尖った角がある。

 計四本の角を持つカブトムシ。サイズは八センチくらいかな? 地球のより、かなり大きく感じる。

 無意識に左手を窓に伸ばして、手元に寄せるように欲する。

 吸い込むようなイメージで、その虫を手繰り寄せると掻き消えるように姿を消してしまった。

 即座に管理者の空間に、新たな住人が辿り着くのを感じる。

 半ば反射的に吸収してしまったようだ。

 少し距離があったようだが、それでも吸収できてしまったことに少し驚きを感じる。

 どの程度までならこの能力が有効なのか、一度調べてみる必要はありそうだが。

 カブトムシを追いかけて、俺も管理者の空間に再度意識を飛ばす。

 移動先は神殿。そして、やっぱりそこにいた。

 異世界のカブトムシ。こっちを認識したのかゆっくりと、力強く歩み寄って来る。

 そして、目の前で角を下げる。

 まるでその姿が頭を下げたように見えて、思わず吹き出してしまった。

 そんな俺の様子に、少し首を傾けて見上げるカブトムシ。

 もしかして、この空間に呼ばれたことで俺の配下になったってことだろうか?

 最初の配下が虫とか……

 なんともいえない気分になったが、まあ、良いかとすぐに思い直す。

 取りあえずこのカブトムシ。俺に懐いてくれてはいるが、喋ることもできないしあんまり意味がなかったかも。

 こっちの言うことは分かるらしく「飛べ!」と言ったら飛んでくれる。

 というか、言ったとおりの行動をとってくれるので、愛着は湧くが。

 でも向こうがこちらに対して何かアクションを取るわけでもないので、一方通行のコミュニケーションみたいで物足りない。

 それでも最初のうちは、言うことを聞いてくれる虫に対する物珍しさからいろいろと指示を出して遊んでいたけど、それもすぐに飽きた。

 マルコの部屋に蜘蛛がいたので、それも捕まえた。

 こっちも、言うことは分かるらしく指示通りに動いてくれる。

 一応糸を使って何かできないかと思ったが、特に役に立つようなものはできなかった。

 糸で作ったものに触るとベタベタするものとそうじゃないものがある。

 蜘蛛の糸には、粘着性のあるものとそうじゃないものがあるらしい。新発見だ。

 ちなみに神様が言っていた通り、管理者の空間には「合成の間」なるものがある。

 魔法陣が敷いてあって、そこに合成のメインとなるものを置き、魔法陣の手前にある台座に素材を載せると合成できる。

 虫達を強化したい衝動に駆られるが、残念ながら素材が揃えられないので諦めた。

***

  

 それからさらに三年、マルコな俺は今日も元気に歩き回っている。

 やはりあっちの中にいる俺は精神を身体に引っ張られるらしく、思考も子供っぽいことが多い。見てて可愛いけど、中身が俺だと思ったら複雑な気持ちになる。

 「父上、あれはなんですか?」

 「ああ、あれはリンゴだ」

 俺との共同作業で着実に言葉を理解していっているので、今はこうやって答え合わせをしつつボキャブラリーを増やしているところだ。現地語はほぼほぼマスターしてるし……三歳で。

 これには困った。

 「うう……もうちょっと赤ちゃん言葉で喋ってほしかった」

 「母上が、望まれるならそうしましょうか? ママ! これでいい?」

 「なんか違う……」

 可愛い時期をいっきに通り越して、良いとこの坊っちゃんみたいな喋り方を始めたため、母親としては微妙らしい。

 父親は、物覚えの良い我が子が自慢らしくあっちこっちに俺を連れまわす。

 でもって、知らないことをどんどん教えてくれる。それが、マリアにとっては余計に不満らしい。

 「もう少し、ゆっくりで良いじゃないですか!」

 「勉強は興味を持った時が、旬なんだぞ!」

 「分かりますけど! 私はもっとマルコを可愛がりたいの!」

 二人はいつも、俺のことで喧嘩してる。まあ、微笑ましい喧嘩だけど。

 ということで、取りあえずあっちの俺のことは放っておこう。

 放っておいても、勝手に成長していくし。

 定期的に会話もしているし。

 最近ではもう一人の俺の成長を見るのも楽しみで、統合することもめっきりと少なくなってきた。

 上手く誘導しつつ、別人格を育てているような。

 ただ、根本が同一人物なのでどうしても似通ってきてしまう部分もあるが。

 自我を持った最初の頃は、歳に対して不相応なくらいに合理的かつ計算高い性格をしていたと思うのだが。

 統合する回数が減ったからか、徐々に合理的な思考が鳴りを潜めて年相応なものへと落ち着いていった。

 完全に現地の俺の身体に適応していっているのか、親に甘やかされて精神が退化していってるのか。精神が成長しつつ幼児退行していっているというか……

 とはいえ身体に精神を戻すと、俺だということが実感できる。

 説明するのが難しいが、子供の記憶をリアルタイムで持っている大人というか。

 その子供時代は別人のものともいえるが、俺のものとしてスムーズに心の中心にストンと落ち着く。

 マルコが得た経験や知識、その時感じたことなどが俺の記憶として入って来る。まるで俺が、そう感じていたかのような。

 いや、実際に感じていたのは俺なのだから間違いではない。

 ところが統合してみて気付いたがどうも子供であるマルコな俺と、こっちの元の精神年齢の俺とは考え方に若干の乖離が出てきたみたいだ。

 まるで同じ人物の中に、新しい個性が独立して生まれているかのような。

 違和感を感じない異物のような、そんな感覚だ。

 だから、時たまこうやって意志の統一をしないといけない。

 身体に対する主人格はあっちだが、実際は同等の存在でもある。そして精神のベースは前世の俺のものなので、俺が主人格で間違いないという安心感を得たいのだ。

 その俺は今、管理者の空間でカブトと戯れている。

 ツインランスビートルという種類のカブト虫だった。四本ある角のうちの長いメインの二本の角を槍に見立てたらしい。

 ちなみに、名前はカブトにした。

 そのまんまだけど、別に良いよね? 分かりやすいし。

 そのカブト。

 出会った時は、普通に黒かったが今は銀色に輝いている。そして身体が一回り大きくなってる。

 あっちの俺に吸収させた石と合成させた結果、装甲が大幅に強化されたとか。

 魔法陣にカブトを移動させて待機させた上で、祭壇の盃に石をセット。

 祭壇に備えられた石に手を触れて起動を念じると、盃の上に置かれた石が一瞬強い光を放ちドロリと溶ける。

 そして祭壇から魔法陣に向けられて引かれたラインに沿って、融解して光る液体となった素材が流れていく。

 次の瞬間魔法陣が光ったかと思うと、カブトの身体が光り輝き……見た目に変化が分からない。ただ、こちらに戻ってくるカブトの足音がコツコツと床を叩いたような音に変化。

 そして実際に触ってみて、わずかばかりに弾力のあった体が硬くなっているのを実感してようやく効果を理解できた。

 まあ、石と合成したら硬くなるのは想像に容易いが。

 それで合成が便利だと理解して、少しずつだがカブトと蜘蛛を改造していった。

 でもって、こないだ鉄が手に入ったから、鉄も合成してみた。

 鉄なみに装甲が硬くなったらしい。

 見た目も銀色に変わった。

 カッコいい。

 ちなみに管理者の空間に関してはそれだけではない。

 他にも空間内がいろいろと変わった。

 まず、空間内の神殿の外をいろいろと弄った。

 神殿の外は一面全て真っ白だった空間が、今は地面があり空は青々としている。

 遠くの方を見れば、青々と茂った草原や森まである。

 ようやく、人らしく過ごせる世界が広がったのだ。

 どうやったかというと……すべて、神殿にあるタブレットの力だった。

 このタブレット、マジで優秀。というか……そんな言葉で片付けていいものか。

 でも、これのお陰で俺は毎日楽しく暮らすことができているのは事実だ。

 タブレット内にある管理者の空間というアイコンを叩いて、この空間を管理する画面を立ち上げる。

 そこにはこの空間内の全体像が映し出されていて、そこから任意の場所を好きな範囲で映し出すこともできる。

 その際に、全体像は右上に少し小さめの画面で映し出され、現在選んでいる場所がそこに四角く線が引かれて表示されるようになる。まるで、箱庭ゲームの画面だ。

 ちなみにその画面内のインターフェースに触れると、一日一回だけ管理者ポイントが一〇〇ポイントもらえる。一週間連続で触れると、通常のポイントとは別にボーナスが五〇〇ポイントつく。

 それは一ヶ月連続とか十回連続とかでも別にポイントが多めに加算されたりする。

 でもって、このポイントはいろいろなものと交換ができるのだ。

 真っ白だった空に色を持たせるのに必要なポイントは、僅か一〇〇〇ポイントだった。

 一週間何もせずとも溜まるポイントだ。

 そんな安くて良いのだろうかと思ったが試しに、ポイントを使って交換してみる。

 辺りを見ると相変わらずゲンナリとする白い風景だが、空を見上げると雲一つない青空が広がっている。それだけだ。

 昼も夜も関係無くずっと青空というのはちょっと。

 それを解消しようと空間内の空に機能を増やすごとに、五〇〇ポイント必要だったり一〇〇〇ポイント必要だったり。

 貯まったポイントをガンガン突っ込んで、なお残ポイントに余裕はある。

 時間連動、天候連動などなど指定の土地と連動させた空模様が反映されるようになった。

 相変わらず外が白いのが気になるが、空を作り出したことで地平線の向こうまで白いということはなくなった。

 でも殺風景な白い地面がひたすら広がっていたので、取りあえず見える範囲に地面を作り出す。

 通常の土の地面以外にもぽんと芝生や木を植えたり、現代の地球のようにアスファルトで道の舗装なんかもできた。

 ただしそういった地球の環境に近いものには、嘘みたいに高いポイントを要求してきた。

 「俺が元いた環境を欲するだろうと、ポイントを割高にした」と邪神様相手に善神様が自慢気に語っていたらしいが。

 あの人は俺に対して、本当に悪いと思っているのだろうか?

 お茶目という言葉で片付けるには、立場というか神としてどうなのだろうか。

 ここを整備していく過程で、いろいろと邪神様からアドバイスを受けたり、善神様がドヤ顔で説明をするのを聞いてなんとなく邪神様を頼りにするべきだということだけは分かった。

 取りあえず、善神様はおだてつつ本気で取り合っては駄目だということは、ポイントに代えがたい情報だった。

 善神様の面倒臭がりな性格が、要所要所に表れているこの箱庭シミュレーションシステム。

 俺が勝手にそう呼んでいるだけだが。

 たとえば木を一本植えるのに一〇ポイント必要なのに、あきらかに木が一〇〇〇本以上ある林を作るのが一〇〇〇ポイントだったりとおかしなところが多い。

 取りあえず林を作って、木を一本吸収して植え替えればかなり節約できそうだ。

 裏技かな?

 最近ではこういった善神様の裏をかいた裏技を探すのも、ここでの生活の醍醐味の一つだと思うようになってきた。

 それとこの機能で手に入れられる管理者のポイントは、物とも交換できる。

 タブレットに管理者レベルというものが表示されていて、このレベルが上がると交換できる物品が増えるとか。

 それを聞いてちょっとウキウキしてしまった自分が情けない。

 完全に善神様の思惑にはまっている。

 そのことが癪なので、何をするにもあえて面倒くさいという雰囲気だけは出しておく。

 管理者三年目の今の俺のレベルは10だ。

 物と交換できるのはレベル15から。

 もう少し先だけど、すぐに到達できそうな気がする。

 この管理者レベルはここに物を吸収して送ったり、空間内を改造すると上がっていくらしい。

 そう……空間内を改造すると、レベルが上がるのだ。

 レベルが上がるとボーナスポイントがもらえるし、特定条件を達成してもポイントがもらえる。

 初めて空を作るとか、初めて地面を作るなんてものから、空のレベルを2にするなどなど細かすぎて何をやってもボーナスが貰えるレベルだ。林を作った時も大量にポイントが入ってきた。

 何事かと思ったが、木を〇〇本植えたらという条件があったらしい。

 初植樹ボーナスから始まり、一〇本達成ボーナス、五〇本達成ボーナス、一〇〇本達成ボーナス……といった具合に、小刻みにボーナスが設定されていたので林を作ったらポイントが大量に貰えてしまったのには苦笑いした。

 そして善神様が唖然としていたのが、とても印象的だった。

 ただ、ポイントが入った直後にメンテナンスに入ってしまったが……

 メンテナンスするのは当然、善神様だったり。

 やはり今回のことは、善神様の想定外だったのだろう。

 想定外のポイントが入ってしまったにもかかわらず、メンテナンス保障のポイントが配られたり。

 変なところで、地球のゲームに詳しいというか……

 日本にお忍びでくるくらいだから、いろいろと地球の文化を楽しんでいたのかもしれない。

 俺を楽しませようとしてくれる心意気は買うのだが、どうにも空回りしているのが見て取れる。

 そういったこともあって、俺は地形改造をメインに進めている。

 どういった住人が来るかわからないので、景観を第一に考えて居住区となるところには取りあえず区画整理と、石畳の道に空き地に芝生を植えたりして。建物はまだ、用意していない。

 俺が何かするたびに雰囲気がころころと変わる善神様と、それを微笑ましいものを見るような、また時に呆れたような様子で眺める邪神様。

 基本的に二人とも顔を隠しているので、その表情まではよく分からないが。

 邪神様は邪神っぽいマスク、善神様はヴェールを纏っている。

 顔を見たらどうなるのか尋ねたら、特に何もないらしい。

 威厳の問題だといって、邪神様が仮面を外してくれた。

 ……イケメンだった。納得しつつも、軽く嫉妬するレベルで。

 なんだかんだと、いろいろとできることもあって取りあえず、管理者の空間に籠っていても特に退屈はしてない。

 一つ不満があるとすれば、あっちの俺が虫ばっかり捕まえて送ってくることだろうか?

 精神がお子ちゃまよりだから、仕方ないか。まあ、良いけど。

 合成といえば、蜘蛛に鉄を合成したら鉄のような糸を飛ばすようになった。

 うん、割と便利。

 物凄く目の細かなチェーンメイル? 鎖帷子とか編んでいたし。

 可動部の細工が素晴らしく、身体の動きを一切阻害しない。

 でも、重い……流石に三歳児には無理だな。