左手で吸収したものを強化して右手で出す物語(4)

3 ベルモントの街

 俺がマルコとして生を受けて、六年の歳月が過ぎた。

 最近では、管理者の空間から地上を眺めることが増えている。

 マルコの行動を見るのが、何気に楽しかったりする。

 元々は俺なのだが、完全に子供の頃の俺の行動にそっくりだ。意識してというか、そういった精神構造になっているというか。

 マルコの身体が子供なので、子供らしさがマッチしていて違和感はないが、俺が戻るとそれも鳴りを潜めるけど……

 マルコの経験や感じたことが新たな記憶として、入り込んでくるような感じだろうか。

 素直にその時の感情が理解できるし、少しマルコとしての精神に引っ張られるというか、子供の心を理解した子供らしい大人というか、説明が難しい。

 統合したからといって、マルコの俺が消えるわけではないということが言いたかった。

 一部というか、全部というか。

 生きて来た年齢分、精神に占める自我の割合にはかなりの差が出るが。

 そんな六歳の俺こと、マルコが現在進行形で夢中なことがある。

 虫集め? まあ、それもだけど。

 空間内の住人に、カマキリや蝶にダンゴムシも増えた。

 正直、別に常に周りにいるわけでもないので、完全に管理者の空間のセットみたいな扱いでもある。

 呼べば来るし、指示にも従ってくれるけど。

 でもそろそろ、ちゃんとした魔物を……いや、六歳児に魔物狩りは無理か。

 というか、吸収できるのが自分より弱いもの限定って時点でまだ早い。

 脱線。

 今のマルコが夢中なのは、虫ではなく彼が向かっている先のお店にある。

 「お坊ちゃま! 走ったら転びますよ!」

 「トーマス、遅い! 早く早く」

 トーマスと呼んだ護衛らしき男性を振り返って急かしながら、真っすぐ駆けて目的地に向かうマルコ。

 通りの人達が挨拶をしてくるので、元気よくそれに返事をしながらお目当てのお店にようやく到着。少し遅れてトーマスも追いつく。

 「お坊ちゃまは、足が速いですね」

 「トーマスが遅いんだよ! 鎧なんか身に着けてるからじゃない?」

 「もし万が一の時は、身を挺してお坊ちゃまをお守りしないといけないんですから、鎧を着けないわけにはいきませんよ」

 まあ、そんなことは起きるとは思いませんけどね。と小さな声で付け足して、トーマスは笑みを浮かべる。

 年齢は二二歳で、屋敷に仕えて今年で六年目となるベテランに足を踏み込んだくらいの警護の者だ。

 普段は屋敷の警備をしているが、マルコが外出するときには護衛として指名されることが多い。現在独身で、絶賛彼女募集中らしい。

 どうでも良い。

 ただ彼は兵士の中ではのんびりとした性格なので、一緒にいても自由に動けるので彼を指名することが多い。

 深く息を吸い込んで、ゆっくり吐くのを数回繰り返して呼吸を整えたマルコが、乱れた服をササっと直してからお店の扉を開ける。

 マルコが夢中になっているお目当ての相手は、カランカランという客の来店を告げる鐘の音を聞いてこちらを向いた熊みたいなオッサン。

 ではなく、その横に立って皿を拭いている可愛らしい少女だ。

 マルコが嬉しそうにやってきたのは、ベルモントの街の商業区にある喫茶店。

 ただの喫茶店ではなく、武器を展示販売している武器屋喫茶という一風変わったお店だ。

 なぜまた、そんなお店を開こうと思ったのかは詳しくは知らない。

 マスターが武器屋も開きたいし、喫茶店もやりたいと思ったことがそもそもの発端とはチラリと聞いたけど。

 店に入ったマルコが、誰かを探すようにキョロキョロと店内を見渡す。

 「いらっしゃいませ! あら、マルコまた来たの?」

 「おう、マルコ坊っちゃん! ようこそいらっしゃい! 本当に、坊っちゃんは武器が好きみたいだな」

 「うん! 取りあえずマスター、オレンジジュースちょうだい」

 前掛けをした小さな女の子と、短髪髭面のマスターも笑顔でマルコを出迎えてくれる。

 マルコが満面の笑みで、カウンターの椅子によじ登る。

 マルコが最初にこの店を訪れたきっかけは、屋敷の警備を担当する警備隊の隊長に連れてきてもらったのが始まりだ。

 その時は武器に夢中になって、壁に掛けられた武器や、陳列棚の武器を指さしては警備隊長やマスターに質問していた。

 しばらくそうやってはしゃぎ疲れたマルコが、喉を潤すためにカウンターでオレンジジュースを頼んだ時に、それを運んできたのがアシュリーだった。

 何事かと思ったよ。

 管理者の空間でボーっと、カブトとカマキリの訓練ならぬ虫相撲を楽しんでいたら急に心臓が跳ね上がるような感覚だったからね。それから、早鐘のように鳴る心臓。

 思わず、マルコに何かあったのかと思って意識を向けると、頬を真っ赤にそめて小さな少女を眺めていた。

 ははーん、これは恋だなってピーンときたけど、その時は流石に俺は幼児愛者じゃないからちょっと待て! とかなり焦ったが、マルコの姿を見て熟考。

 将来の選択肢としては、「ありか」という判断になった。

 マルコが成人するころには、彼女も成人してるし。あっちの俺が、どうするのかちょっと温かく見守ることにした。

 自分の恋愛を見るというシュールな光景だが、あっちの俺の外見があまりにも元の俺と掛け離れているせいで面白く見ることができる。

 オレンジジュースで喉を潤しながらも、その視線はチラチラとアシュリーの後を追っている。

 マスターも、完全にマルコの恋心には気付いていると思う。

 時折、微笑ましいものでも見るように、マルコにも視線を送っているからな。

 今でこそマスターもアシュリーも気安く話しかけているが、初来店の時は大変だった。

 まさか領主様の息子で、子爵家の嫡男がこんな普通の喫茶店にくるなんて。二人とも想像つかなかったらしい。

 慣れない敬語で四苦八苦と対応を試みるが、なかなかに面白い言葉遣いになっていた。

 まあ不快に思えば、牢屋送りにすることもできる立場の人間だからな。

 アシュリーもそんな父親の様子を見て、マルコがただの子供じゃないと思い至ったのか警戒した目で睨み付けていた。父親の影に隠れて。

 少しマルコがショックを受けていたのが、面白い。

 取りあえずお忍びであること。

 あまりへりくだって対応されると、他の客が来たときにバレる可能性があるということを伝えてなるべく普段通りの対応をお願いしている。それでも最初は探りながらのやり取りだったのだが。

 回数を重ねることに、警戒も薄れてきてようやくここまでの関係性に持ってきたのだ。

 意外とマメなマルコに、ちょっと感心した。

 ところで、なんでマルコが親も連れずに自由に出歩けるのかなのだが……それは、親の事情によるところが大きい。

 なんと! 俺の現地母であるマリアさんがご懐妊しました。

 二人目です。

 この世界だと、高齢出産にあたる三一歳で妊娠発覚。

 俺を産んだ時が二五歳だったらしい。

 屋敷はてんやわんや。なので、下手に屋敷にいるよりは外にいる方がいいかなと。

 で、いてもいなくても変わらなそうな、若手の兵士を勝手に拉致して出歩くようになった。

 一応、警備隊の者が護衛についているので、親もそこまで心配はしていない。

 今は、親父も母さんに構ってばかりで俺の相手が若干おざなりになっている。

 仕方がない。

 寂しそうであるが、マルコも精神的には割と成熟してるし、理解してあえて屋敷の外に出ている。

 ただ一つだけ納得できないのが、せっかくマルコが気を使って出かけているのに、マリアが寂しがっている。

 私のためにそんな気遣いをさせてしまって、マルコが不憫。

 というよりも、もっとお腹の赤ちゃんとママに興味を持って! って、なってるらしい。

 マルコが全然かまってくれないことが、寂しいらしい。

 つわりがひどかったり、何かと体調を崩しがちな今の母親に甘えるつもりはないらしく、マルコは聞いていないふりをしているが。

 思った以上に、親離れが早かった。良いんだか、悪いんだか。

 だからマリアは、親父で我慢してくれ。お陰でマルコが自由に動き回れるんだから。

 ちなみに、武器喫茶に関してはトーマスも武器を見るのが好きらしいし、おやっさんと武器談義をするのも好きらしく喜んで連れていってくれている。

 もちろんマルコの淡い初恋を見守るという、隠された任務も受けている。

 そして、これらの話は全てマリアには筒抜けであったりする。マリアはマルコの外出時の護衛が戻ってきたら、すぐに呼びつけて根ほり葉ほり聞き出すせいで。

 彼女も、マルコの恋の行方が気になるらしく目を輝かせて聞いているとか。

 ただ、嫉妬も少々。あまり放っておくと、狭い寝室の中で追いかけまわされる。

 可愛いけど、面倒くさい母親である。

 マルコが大事なのは分かるけど、今は自愛してもらいたい。頑張って大きなお腹で、マルコを追いかけなくて良いから。

 それよりも、マルコとアシュリーの方はと。

 「マルコは、今日もオシャレなおべべね」

 おべべとか……まあ、六歳児なら仕方がないか。

 実際には服と言ってるのだと思うが、こうやって管理者の空間で訳を聞いていると割と状況や年齢に合わせた言葉に翻訳されていることが多い。

 こういった部分まで忠実に翻訳する管理者の空間は、優秀といった方が良いのだろうか?

 別に意味を知るだけだから、普通の標準語でも良いけど。

 ただ人によってなまりがあったりするのは面白い。どういった仕組みなのだろうか?

 もしかしたら、善神様による超絶リアルタイム通訳だったりして。

 「変じゃないかな? 慌てて出たから適当に選んだけど」

 「すっごく似合ってる! わたしも新しい服ほしいな!」

 マルコにとって、今日の衣装選びは適当だったらしい。

 なるほど、なるほど。一時間も乳母のマリーを捕まえて、ファッションショーをしてまで選ぶことをマルコは適当だと。そして一時間も悠長に服を選んでいて、本人は慌てていたと。

 可愛らしい見栄であるけど、そこでそんな意味も効果もない見栄を張っても。

 こういうところが、本当に子供らしくあると思える瞬間だ。

 そんなマルコとアシュリーの様子を武器を見ながら聞いていたトーマスも、ちょっと離れたところで笑ってるじゃないか。

 そして、新しい服と言われてマスターがちょっと渋い顔をしてるけど、やっぱり新品の服は恐ろしく高いらしい。

 でも、新しいってそういう意味じゃないと思うから、マスターも安心してほしい。

 そういえば蚕蛾の幼虫を捕まえてたから、今度アシュリーに似合いそうな服でも織らせてみるかな? というか蚕が意外と大きなことに、驚いた。

 物凄くでかくて太い、芋虫だった。管理者の空間につれてくるまで、なんの幼虫か分からないくらいに。

 管理者の空間で配下となった瞬間に、情報が頭に流れてきたけどこれが蚕か……

 ちなみに地球でも大きいなと感じていた蚕は、この世界のものだともっと大きかった。

 あまりの大きさにテンションの上がったマルコが、数匹送り込んできたからびっくり。しかも指定なしで神殿の広間に。

 玉座に座ってタブレットを見ていたら、いきなり太くて長いシルエットがいくつも現れたのでそちらに目をやると、巨大な芋虫が七匹も。

 思わず頬が引き攣るの感じたが、綺麗に横一列に整列した蚕達に溜息。

 なんとなく俺の言葉を待っているような感じだった。

 「絹の糸とか出せる?」

 出せた。

 これだけでも、こいつらを吸収した価値はありそうだ。

 それとこの世界に召喚された虫達というのは、俺とある程度のコミュニケーションを取れるように知性が大幅に伸びるようだ。

 なんでこんな話に?

 ああ、管理者の空間にいる蚕に服を作らせるのも悪くないかなって話か。

 閑話休題。

 マルコ達の様子に意識を戻す。

 「今度、一緒に買い物行こうよ!」

 「えっ? でもお小遣いあんまりないし」

 おお、勇気出したな俺。

 丁度マルコがアシュリーをデートに誘ってるところだった。

 マルコのお誘いを聞いてないふりをしつつ聞いていたマスターの目が、キラリと光ったのを見逃さない。その目が、まだちょっとデートには早いんじゃないかと言っているのが分かる。

 その通り。マルコは、まだ六歳児なんだ。

 そんな子供に対して向けるような視線じゃないぞ。

 それにそもそもだ、アシュリーを連れて買い物に出かけるにしても、トーマスあたりが付いてくるだろうし。二人きりということはありえないだろう。

 「アシュリー今度誕生日だよね? 僕にプレゼントさせてよ」

 「でも……服って高いから……」

 グイグイいくな俺。前世の俺は、そこまで女性に強気じゃなかったぞ?

 やはり金もあって、ビジュアルもまあまあだと自信が違うのかな?

 「一生懸命お手伝いしてもらったお小遣いも貯まってるし、古着になるけど選べるくらいには持ってるよ!」

 「そういえば、マルコは子爵様のところのお坊ちゃんだもんね」

 確かに親は金持ちだけどね。

 マルコはこの日のために一生懸命に家のお手伝いをして、お小遣いをもらっていた。

 そういった発想は、やっぱり根底にあるのが日本人の俺の精神だからだろうか。

 貴族のましてや領主の息子がお手伝いをするということに、使用人達は恐縮していた。

 というか誰がマルコに対して、お手伝いをお願いできるというのか……

 「ではお坊ちゃま、ばあやは階段の昇り降りが辛くなってまいりましたので、こちらをお願いしますね」

 「うん!」

 いた。

 彼女の名前はマリー。マルコどころか、父親のマイケルの乳母も務めてきたベテランだ。

 その前は祖父のスレイズ・フォン・ベルモントに仕えていたと。

 ばあやと自分では言っているが、実際にはまだ五〇にも届いていないのではないかと思えるほどに若々しい。

 自分のイメージでばあやというと、本当におばあさんを想像してしまう。

 多少は皺が刻まれているがその肌はまだハリを保っているし、背筋をピンと伸ばして真っすぐ歩く姿は堂々としたものだ。

 マリーに籠を渡されたマルコは急いで階段を駆け上がるとそこに籠を置いて、飛び降りるように戻ってくる。

 「はい!」

 そして満面の笑みでマリーに手を差し出している。別に小遣いをねだっているわけではない。

 「あらあら、マルコお坊ちゃまは本当にお優しい」

 マリーの手を引いて、エスコートするためだ。

 籠の中身は領主一家の寝室で使われるリネン関係。正直マリーにとってもそんなに重たいものではないが、マルコにこうやってわざわざ仕事を用意しているのだ。

 「王都でね、第一王子様のお披露目があったんだって! 僕と同じ年みたい」

 「それはようござりました。将来、マルコ様は王都の学校に通うことになるかもしれませんし、同じ学び舎で過ごすことになるかもしれませんよ」

 「ベルモントの学校じゃないの?」

 「次期跡取りでございますから、質の高い教育が必要です」

 マルコの祖父のスレイズは妻のエリーゼと共に王都に住んでいるのだが、そのスレイズの家の使用人から送られてきた報告書をマリーの代わりに読んであげるのもマルコの仕事だ。

 最近ちょっと目が見えづらくなってきてというマリーに頼まれて、やってあげているのだが。

 分からない文字に関してはマリーがスラスラと教えているところをみると、そんなに大変そうには見えない。マルコの教育も兼ねているのだろう。

 流石は長年領主に仕えてきた大ベテランだけのことはある。

 マルコの方も小さいころから面倒を見てもらっているマリーの役に立てることで、張り切っているし。使用人に対しても気遣いのできる子供に育っていることに、一安心だ。

 これで高飛車で傲慢な子供に育っていたら、俺はマルコの身体に戻って精神を分かつことをやめただろう。

 そんなマリー以外にもう一人、マルコに対してお手伝いをお願いしている人が。

 「それでは、お坊ちゃん今日はこちらを運ぶのを手伝ってください」

 そう言って金属の甲冑を身に着けた男性が、マルコと一緒に木の束を運んでいる。

 男の名前はヒューイ。この屋敷の警備を担当している兵士の隊長だ。

 「これは?」

 「薪ですね。お風呂を沸かしたり、お料理をするのに使うのですよ」

 「いや、それは分かってるけど火の魔石があるのに、なんでわざわざ?」

 この世界には魔石でどうにかなることが多い。実際に火起こしなんかも、金と魔力さえあれば火の魔石を砕いた粉で簡単に着火できたりする。

 「魔石は非常に高価ですから、節約できるところで節約することも大事ですよ」

 まあ、そうなのだが。一般家庭なんかでは、よほどの時の緊急時用に魔石を用意していても使うことはほとんどない。そもそも、魔力を巧みに使える人材自体がそこまで多くないらしい。

 お約束の貴族特有というわけではなく、魔力量自体が人によって違うと。

 遺伝によるものが大きいのか、貴族でも騎士の家系にはあまり魔力を持つ人はいないらしい。

 あくまで先天的なソースの話で、後天的に伸ばす方法もあるらしいが。普通に魔法なんて使えなくても不便じゃないので、一般家庭ではそんなことに教育費を掛けることはないらしいが。

 ヒューイに言われて一緒に薪を運んでいるが、マルコにとっては軽くない量だ。結局は先ほどのことは建前で、マルコを鍛えるための課題らしい。マイケルからの指示だ。

 「ううん、これは僕が稼いだお金で買いたいから月のお小遣いは使わないよ! それに、お手伝いってマリーや、ヒューイさんのお手伝いで稼いだお金だもん! 親は関係ないよ」

 六歳児のセリフではないぞ俺。自分でお金を稼いで、好きな子にプレゼントを贈るなんて。

 その心意気やよしだが……その二人に給料を払ってるのはお前の親なんだがな?

 しかも、事情を知ってるマイケルとマリアが給金とは別にお金を渡して、お手伝いを斡旋してるぞ?

 俯瞰の視点で、全部見てきたから。

 ヒューイの指示するお手伝いは、実際にはマイケルが考えたマルコの訓練を兼ねたものが多い。

 お使いだったとしても、ちょっと遠いところで時間制限があったり。もちろんヒューイが一緒に付いて行ってるから、それをお使いと呼んでいいのかとも思うし、そもそもヒューイが一人で行ってこられるだろうという話だ。

 マリーの場合は純粋な女性のお手伝いから新聞を読んであげるなど多岐にわたっているが、教育の一環に近いようなお手伝いが多い。

 こっちは別にマリアに頼まれたわけではなく、マリー自身がマルコのために考えていることが多いが。

 二人ともマイケル達に貰ったマルコのお小遣い用のお金を、きちんと管理していて着服なんかもしていない。本当に信頼できる人達だ。

 そうやって実際には大人達の掌で転がされてたわけだが、本人にとっては一生懸命お手伝いをして貯めたお小遣いということで、誇らしげに自慢していた。

 「嬉しい!」

 マルコの言葉に対してアシュリーが花が開いたような笑みを向けたあと、顔を俯けて表情を曇らせる。

 「でも、せっかくだけど……貰えないかな? 私マルコの誕生日に何もしてない」

 どうやら自分がマルコの誕生日に、贈り物をしてあげられなかったことを申し訳なく思っているらしい。悪い子じゃないらしく、マルコの見る目も確かだと感心する。

 「おめでとうって言ってくれたじゃん! それだけで、何よりも幸せだよ!」

 そんなアシュリーを慰めるように笑顔で語り掛けるマルコ。

 おいおい、マイケルが聞いたら泣くぞ?

 マイケルは今年は奮発して立派な鉄製の騎士の模型を、マルコに買ってあげてたからね。

 精巧な作りの置物で本来なら子供のおもちゃではなく、オブジェとして飾るような立派な一品。鎧に刻まれた細工を見ただけで、安くないものだというのは俺でも分かる。

 その贈り物にはマイケルのマルコに騎士になってほしいという親の願望が込められている。

 マイケルの思いはよく分かるけど、貰った側の本人は満面の笑みを浮かべつつ、内心は微妙に思っていたのだけれど。

 マイケルに対して上手に隠していたというか、マイケルが単純だったというか。

 笑顔で騎士の模型を胸に抱いて感謝する息子に、満足そうに頷いていたのが不憫だったな。

 その点、マリアは流石母親だ。

 五歳からこっそりと剣の練習を始めたのを知ってて、刃の無い鉄の子供用の剣を用意してたからね。

 マルコが今欲しい物を、的確に把握している。マイケルのプレゼントの方が遥かに高価だったけど、マリアのプレゼントの方が重宝されている。まあ置物をおもちゃ代わりに与えられてもね。

 流石にそれなりの教育も受けているわけだし、騎士の置物でお人形ごっこをするような子には育っていない。

 実際に使うことができる特訓用の剣の方が、よっぽど有意義で騎士を目指すには建設的だ。

 ちなみに、マリーがわざわざ勤務の前に焼いたケーキを、マルコが一心不乱に食べる姿を見てマリアが悔しがっていたのは内緒だ。

 マリアの中でなくなってしまう物は贈りたくないという思いがあったようだが、美味しそうにケーキをほおばる息子の笑顔は何物にもかえ難いことだったらしい。

 嫉妬とともに、記憶にマルコの可愛らしい姿を刻み込んでいるようで、息子を見つめる眼差しに若干の狂気を感じたのはナイショだ。

 なんだかんだで、使用人を含めて本当に仲の良い、平和な家庭に生まれて良かったんだか悪かったんだか。

 前世の記憶がまるまる残っている俺にとっては、本当の家族にはなりえない存在だが、マルコにとっては本当の家族なので大切に思う気持ちはある。まるで家族に向けるような愛情も、心の中にある。

 それがかえって、物凄くうすら寒い虚しいもののように感じてしまうのだ。

 「坊っちゃん、そろそろ」

 「もう、そんな時間?」

 おっと、マルコが移動するみたいだ。

 外で一時間おきに時を知らせる鐘の音に反応したトーマスが、アシュリーと盛り上がっているマルコに申し訳なさそうに声を掛ける。

 次の目的地は、冒険者ギルドだったな。ついでに、そっちの方での様子も見ておくかな。

 別にいちいち見る必要もないし、経験や記憶を共有すれば済むのだが。こうやって、第三者視点で見るのもまた楽しかったり。

 いろいろと地球とは違って、街並みを見ているだけでも時間が過ぎていくくらいに。

 あくまで客観的に見てるからだろうとは思うが。

 実際にこの世界で第二の人生を満喫したかったら、身体に戻れば良いだけなんだけど。

 俺が戻ると、子供っぽくない行動や発言をうっかりしちゃうこともあるし。何より一度大人になるまで人生を過ごした以上、また子供をやり直すのもなと思わなくもない。

 これが現世日本で、過去に戻ってのやり直しなら本気でいろいろと取り組んだだろうけど。

 流石に勝手が違いすぎて、あっちで培った経験が全くといっていいほど役に立たない。何よりも……前世で過ごした日本に比べて暮らしにくい。

 いろいろと不便というか、まだ管理者の空間の方が、元いた世界に寄せられる分ストレスなく暮らすことができる。

 なので基本は、あっちの俺に任せっきりだ。

 「ごめんアシュリー! また、今度ゆっくり予定を決めよう!」

 「うん! 楽しみにしてるね!」

 アシュリーが嬉しそうにマルコに手を振っている。

 うん、普通に可愛い。子供として。

 外国人の子供って本当に天使みたいだよね。

 そういった意味だと、マルコもめちゃくちゃ可愛い。

 でも自分だと思うと、複雑だけど。

 うわっ! マ……マスター……

 スキンヘッドの髭面のおっさんがエプロンを噛むな! 悔しいかもしれないけど。

 仲睦まじい様子とはいえ、まだまだ小さな二人に対して、いい歳したおっさんが本気で嫉妬とか。見苦しいことこの上ない。

 もう少ししたら、男の子同士、女の子同士の方が楽しいって時期が来るから。

 その後の思春期までは、しばらく安心して過ごせるからさ?

 今は、もう少し大人になってもらいたい。

 涙を滲ませて、エプロンを噛むマスターにドン引きしつつマルコの後を追う。

 マルコが向かったのは、冒険者ギルド。

 別に、六歳にしてすでに冒険者ってわけじゃない。今日が週に二回の、冒険者ギルドにとある依頼をする日だからだ。

 扉を開くとカランカランという小気味よいベルの音が鳴る。

 小さな来客に、室内の武装したガラの悪い連中が視線を向ける。

 中は少し広めの役所といった感じだろうか。外は石作りだったが、内装は板張りになっている。

 入口から入ってすぐ右手にパーティで打ち合わせをしたり、仕事前や仕事終わりに軽食を食べられるようなスペースもある。酒類は取り扱っていないようだが、簡単な食事とドリンクの提供をしているらしい。

 ホテル内のロビーと併設された喫茶店みたいな感じかな?

 正面突き当りにはカウンターがあって受付が四列と、相談窓口のようなものが。

 四つある受付のうちの一つは依頼の受注窓口らしく、綺麗めな女性が凛とした佇まいで書類仕事をしている。依頼を発注する側が、冒険者ギルドにとってはお客様だから当然か。

 発注用のカウンターは……可愛らしい女性もいるが、いかにも事務職ですといったおじさんやおば……お姉さんもいる。

 本当に受付って感じだな。

 まあ、冒険者に対して綺麗どころをぶつけても、揉め事にしかなりそうにないし。

 左手には掲示板があって、そこに依頼書が貼ってあるらしい。

 が、ここに貼ってあるのは新人向けから中級者向けの依頼が多い。

 流石に訪れたのが昼過ぎだったからか、掲示板の前には人がほとんどいない。

 もちろん、夜から依頼に向かう冒険者もいるわけだから、どの時間帯でも大体数組は冒険者がいるのだが。

 そして上級者向けの依頼は、別途書類にまとめて綴じてあるらしい。所謂B級以上の冒険者ともなると特別扱いとなり、カウンターに座ってゆっくりと依頼を選ぶことができる。

 飲食スペースまでなら持ち出しも許可されていて、そこにある椅子に足を組んで座ってコーヒーを片手に依頼を選ぶのが新人達の目標だ。

 ちなみに受付カウンターの横の通路を抜けて裏口を出ると、素材の買取所がある。

 解体が必要な物から、大型の物まで対処できるように建物の裏手にあるらしい。

 裏から大型の素材をそこに直接持ち込むこともできるらしく、なかなかよく考えられている施設だと思う。

 この施設がここまで充実してるのは、ここがベルモント領の冒険者ギルドの本部でもあるからだ。

 ベルモントの街というだけあって、ここは父であるマイケル・フォン・ベルモントの統治する領地の主要な街だ。県庁所在地みたいなもんかな?

 そして、うちの邸宅がある街でもある。

 人口は四〇〇〇人ほどで、国内でもまあまあ大きな街ともいえる。

 街自体に目立った産業は特にはないが割と広めの街で、周辺の村々の特産品が集まる交易都市といえば分かりやすいだろうか?

 内陸に位置しているので海は無いが、ラーハットと呼ばれる海辺の領地の領主とマイケルが懇意にしているお陰で、年に数回程度だが海の幸が届けられ食することができる。

 魚は……異世界ぽいものから、普通に地球でも見られそうなものまで幅広くいる。

 海老や蟹なんかになると、巨大なものは本当に大きかったりする。

 巨大なそれは食べないが、小型のものならば……あくまでこの世界で小型というだけで、実際には地球でいうロブスターやタラバくらいのサイズはある。

 一方でこちらは海に面していない分、山の幸や畑で取れるものは多いが、逆にいえば周辺の領地でも取れる物は似たり寄ったりだ。

 領地として見ても売りとなる商品が無いだけで、生産力は決して低くない。

 ベルモントの領内の村では林業や織物のほかに、広大な麦畑を擁している村もありそこそこ物資は安定しているのだ。

 しかし、それもほんの少し前までの話。

 三年位前から……厳密には多少言語が達者になって意志の疎通に不便がなくなったころに、マルコの身体を使って、多少のテコ入れをさせてもらったおかげでようやく特産品と呼べるものができつつある。

 それぞれの村が特色を生かした工芸品を作っており、ベルモントの街がそれを販売する拠点にもなっている。

 始めは前世の記憶を手繰り寄せて、簡単にできそうなもので経済効果が見込めるものを、と考えた。となれば、まずは農業関連から。

 二毛作や、農具の開発などがあげられる。

 連作障害なんてのは、まだこの世界の概念にはなさそうだったのだが。そもそも、連作障害自体が無かった。

 同じ作物をずっと育てると生育が悪くなるという研究は既にあり、それに対する対策として土の魔石を用いた土の活性化が行われていた。

 流石異世界。肥料の代わりに、魔石と魔力で補うとは。

 確かに魔石は安くはないが、土地を肥やす程度の効果なら中くらいの魔石で十分だった。

 農業にも手を出したかったが、色々と考えてあとまわしにした。

 アイデア自体は無いわけではない。

 実のサイズや、量の優れたもの同士を掛け合わせていくことによる、品種改良くらいならすぐに実行できる。結果がすぐに出ないだけで。

 だったら、工芸関係で何かできないかと。

 チェスのようなものはあるが、貴族様のお遊びでしかない。

 何よりルールが複雑で、覚えるのが大変。

 だったら、定番もので攻めるべきだろう。ずばりリバーシ!

 先人達のアイデアに乗っかって、単純かつ暇つぶしになるような遊びといえばやはりここに行きつく。いや、そういったライトノベルに触れていなかったら、こんなことすら考えつかなかっただろう。

 幸い、無料で読める小説サイトでいろいろな異世界物を読んできた。

 故に、使えそうなものはいくつか候補がある。子供が実行するには、身の丈に合わないだけで。

 その点、遊びに関するものなら多少は誤魔化せるだろう。

 そう思ってお試しでやってみたのだが、思いの外、評判が良かった。

 なのでベルモントの街の最寄りの村で、年寄りや手の空いている女性達の内職として作らせることにした。

 そうやって作られた石と盤はベルモントの街に納入されたあと、うちの家の紋章を焼き鏝で入れたボードが正規品という扱いになる。

 まあ、リバーシを浸透させるのにほんのちょっとだけ、手間が掛かったくらいか?

 以前父親のマイケルについて隣の村に視察に行ったときに、村の子供相手に拾ってきた黒い石と白い石を使って地面に書いたマスで相手をしてやった。

 領主様の息子相手ということで、親からいろいろと言い含められたのだろう子供達は最初から俺の子分のような態度だった。

 まあここで俺に顔を覚えてもらったら、将来領主の館に使用人として引き立てられることもあると考えているのだろう。

 いや、ないから。よほど、勉強を頑張らないと。

 せめて自分で面接にこぎつけるくらいは努力してもらわないと、仲良くなったくらいで仕えられるほど貴族の世界は甘くない。面接まで来られて、よほど印象に残っていたなら多少の便宜を図ることはあるかもしれないが。

 そんな領主様の子供が始めた新しい遊びに、子供達が夢中になるのに時間は掛からなかった。

 最初は強制的に付き合うしかなかったわけだが、やってみたらルールは単純で子供達でもすぐに覚えることができる。できるようになると、勝ち負けを気にし始める。

 俺に対しては本気で挑んでも勝てないわけだが、接待させると折角の楽しいゲームも台無しなので、俺に勝ったら褒美をやろうと提案。

 皆本気になって、練習を始めた。

 三回くらい訪問すると、村のあちらこちらで地面に線を引いてリバーシをやっている人を見かけるようになった。子供だけじゃなく大人まで。

 ちなみに俺に勝って褒美をもらえるのは子供だけだよと伝えると、大人達はあからさまにガッカリしていたけど。

 こらこら、お貴族様にそんな表情を見せるんじゃないよと思ったが。

 マイケルが気付いてなかったので、俺も見て見ぬふりを。

 使用人が目ざとく見つけて、注意していたが。

 その場での指導に留めてもらうよう、一応口添えはしておいた。

 不満そうだったが、マルコ様の寛大な処置に感謝をと締めくくっていた。

 皆、あからさまにホッとしていた。

 だから……まあ良い。

 悪い人達じゃないことだけは、分かった。

 それからルールが浸透してゲーム自体が村で流行り始めたころに、子供達の親の中に手先が器用で木彫りを得意とする者がいたので、直接話をして木製のボードも作らせた。

 駒は流石に白い木の板を片側だけ火で炙らせて黒くしたものだったが、すぐに親父であるマイケルもはまった。一戦終わるころには、指先が真っ黒に。

 失敗。

 で、試行錯誤して黒い石を丸く削って中をくりぬいた白い木にはめ込むタイプの駒を作るに至った。

 流石に二枚の石を合わせる技術などはなく、現世で慣れ親しんだ綺麗な黒白半々の駒を作るのは当分先になりそうだった。

 ルールはちょっと弄って黒い駒を後攻とした。なんとなく、この世界では白の方が黒よりも優先されるようなイメージを抱いたからだ。

 そんな思いとは裏腹に黒の方が素材が石ということで、木よりも高級感があって人気だったりする。

 主に権力が上、もしくは実力の上のものが黒を取るようになったため期せずして、良いバランスにもなったが。

 父方の祖父は実家でもあるので、簡単にやり取りできたのだが。

 嫁いできた母方の祖父に対して、意味もなく贈り物をするのも。

 いろいろと考えた結果、マリアに対して……

 「ぼく……こんどエドガーじーじと、リバーチしたいです……」

 と吹き込んでみた。

 孫である俺とリバーシをするには、ルールを覚える必要があり、ルールを覚えるには物が無いと話にならない。

 これで、リバーシセットを送ってくれるかなと打算的に行動。

 万全を期して、子供らしさを求める母親の理想に応えつつのおねだりだ。

 「貴方が普通に喋れることは知っているから、もう良いのよ……ごめんなさいね、母のわがままをおしつけて」

 と真顔で言われた時は、顔が真っ赤になるくらい恥ずかしかった。

 でも、その表情を見て母親が悶えて抱き付いてきたので、状況が好転。

 結果頑張ったおねだりよりも、思惑を見破られて赤面した俺に落ちたのだ。

 お陰でその日のうちに、我が家にあったリバーシは母の実家に向けて送られた。

 うちに一組しかなかったものをそのまま送ったため、マイケルが一生懸命探していたのは滑稽だったけど。

 この世界の俺の母親にあたるマリアの父親である、エドガー・フォン・マーキュリー伯爵にも送ったことで王都の貴族の間でも徐々にリバーシは広まっていった。

 その過程で王族も興味を持ったことと、その際に王都に最初に持ち込んだエドガーによって発祥がベルモント領であることが伝わった。

 さらに孫可愛さにエドガーが権利の保全に全力を尽くしてくれ、王国御用達はベルモント印のリバーシになった。このため今この街はリバーシ特需で湧いている。

 一応父方の祖父であるスレイズ・フォン・ベルモントにも送ったのだが。

 あまり、そっちの反応は芳しくなかった。

 まあ、チェスに似たゲームを嗜んでいるらしく、単純なリバーシにはそこまで惹かれなかったらしい。