左手で吸収したものを強化して右手で出す物語(5)

 経済状況が良くなったこの街では、冒険者向けの依頼が多く出せるようになっており、ギルドもリバーシ販売による経済効果のおこぼれに預かることができたわけである。

 まあ、領民だけでは手が回らない公共事業の受け皿として、ギルド所属の冒険者に依頼が出せるようになったということだ。

 例えば街道整備のための事前調査とか、整備作業員の護衛とか。

 あとは、リバーシの輸出用の輸送護衛とか。

 他には害獣駆除なんかも、今までよりは高頻度で行えるようになった。

 もちろん、領内にあるダンジョンの探索を目当てに来ている冒険者もいるが、ダンジョン探索なんてのは魔物の素材やお宝のドロップが無ければなんの稼ぎにもならない。

 特に低階層の素材などは、大抵どこの領地でも溢れていて捨て値にしかならない。

 なので、彼等も時折こういった依頼に手を出さないと食っていけないのだ。

 ダンジョンもあって、その探索の後押しとなる領主からの常時依頼もそこそこあるこのギルドには、周辺の領地からも多くの冒険者が集まっている。

 となれば当然、お行儀の良い連中ばかりでもない。

 「なんだ、ガキがこんなところになんの用だ?」

 いかつい冒険者が、マルコを見てニヤニヤと笑いながら声を掛けてくる。

 このギルドでも、結構長いこと滞在しているB級冒険者のキアリーだ。

 髭面のおっさんで、右のこめかみから唇の横まで伸びた傷跡が強面のおっさんをさらに怖く演出する。そこそこの素材と思われる特殊な皮鎧と、肉厚の斧を持った戦士だ。

 護衛についてたトーマスがわざとらしく咳払いをする。

 周囲の冒険者も何人かがニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべ、こっちを見ている。

 それとは別に、微笑ましいものを見るような笑顔を浮かべる者も数人いる。

 あとはこっちを一瞥しただけで自分の目的に戻る冒険者が大半だ。

 「はんっ、立派な保護者付きでガキがなんのようだ? ここにゃミルクは置いてねーぞ」

 キアリーが小ばかにしたことで、他の冒険者の中からも調子に乗ったアホが一緒になってヤジを飛ばしてくる。

 それを無視すると真っすぐキアリーのところに向かって、対面の椅子に座る。

 「キアリーさん、こんにちわ!」

 「チッ! これでも、世間じゃ泣く子も黙る黒い斧のリーダーなんだけどな。よく来たな、今日は何の依頼だ?」

 マルコが元気よく挨拶すると、キアリーが表情を崩してマルコの頭をグシグシと撫でる。

 周りでニヤついてた連中の表情が固まるのが分かる。

 「今日は訓練の日だよ!」

 「そうか! もうじき弟か妹が生まれるから少しでも早く強くなりたいんだっけ?」

 「ゴホン!」

 仮にもこの領地の領主の息子であるマルコに対して、軽口を叩くキアリーにトーマスが再度わざとらしく咳払いをして注意を示す。

 「おー、怖い怖い。で、マルコ様は、今日は誰に訓練を付けてもらう予定で?」

 「ふふ……トーマスも、そう怖い顔しないの! キアリーさんは僕の師匠の一人なんだけど?」

 「ですが、今日はまだ訓練は始まってませんので……」

 トーマスは若くて少しいい加減なところもあるが、領主一族に対する忠誠は本物だ。

 だから、不遜な態度を取るこの目の前の男が面白くないらしい。

 というか、嫌っている。

 かといって、直接何かするわけでもないが。

 「大体、こんなところに来なくても訓練なら、私達だってつけられますし」

 「えー……だって、トーマス達って僕が何しても褒めてくれるから、なんだか不安なんだもん」

 父親であるマイケルの影響か、うちの衛兵達もみんなノホホンとしている。

 マルコが剣を抜いたら、

 「おお! まさしく未来の英雄が見える、見事な抜きっぷり」

 マルコが剣を振れば、

 「なっ! 速すぎていつ振ったのか見えなかった!」

 マルコが走れば、

 「は……速すぎてついていけません!」

 なんて、いちいち褒めてくれる。

 馬鹿か! アホか!

 そんなこと真に受ける奴が……いや、案外普通の六歳児なら、おだてられて調子に乗ってもっと頑張るかもしれないが。

 そんなわけで、たぶんまともに剣が扱える年齢になるまでは、うちの護衛じゃ訓練に対してなんの役にも立たないだろうってことは分かった。

 だからこその、冒険者ギルドだ。

 もちろん、訓練をつけてもらうための依頼料は小遣いから出してるが。

 「今日は剣を習いに来たんだ」

 「そうか……えっと、おいローラ! 領主様んとこの坊っちゃんが剣の先生をお探しだ!」

 「はいはい! もう、いちいち引き留めないで、そのままカウンターまで来てもらえば良いのに!」

 キアリーに呼ばれた受付嬢の一人が、肩をすくめながらカウンターから出てきてマルコの前で綺麗な一礼をする。

 一応ここの職員達は、このギルドのお得意様の息子でもあり、領主の息子でもあるマルコに対する礼儀は持ち合わせている。

 そして、キアリーの紹介に対してニヤニヤしていた連中が慌てて顔を背ける。

 まあ新人か、他の街から来たばかりの冒険者達だろう。

 なかには、子供が普通に入ってきたことで本気でからかいにくるボンクラもいるから、こうやってランクの高い常連の冒険者が先手を打って挨拶をしてくる。

 とはいえ、キアリーみたいなのはあまりいないけど。

 大体が、最低限の礼儀をもって接してくれてる。キアリーのことは嫌いじゃないけどね。

 お陰で、何も知らない新参者が領主の息子に対して、本気で狼藉を働くという事件は起こっていない。

 まあ、絡んできたところでトーマスが出る前に、他の先輩冒険者に裏に連れていかれて泣きながら謝りにくる羽目になる程度だが。

 冒険者にとって先輩方に目を付けられるのは、領主様を相手にするのと同程度に死活問題らしい。

 マルコが笑顔で許しているから助かっているだけで、マルコが黙って首を横に振れば、ベルモント領を歩くことができなくなる程度には影響力があるとのこと。

 それ以前に身なりの良い子供が冒険者ギルドに来るなんて、お使いか依頼以外ありえないだろう。少しは顧客獲得に気を使ってもらいたいものだ。

 頑張ってね、キアリーさん達。

 人材の流出は領地にとっても街にとっても大きな損失だから、矯正できる人達は矯正してもらった方が助かるからね。

 マリアが妊娠して、ある程度自由が利くようになったマルコはこうやってギルドに素材の買い付けか、武器の訓練に来るようになった。俺の意志によるところが大きいが。

 本当は、もっと小さいときからやりたかったが、両親が過保護すぎてなかなか一人で自由行動が取れなかったのと、屋敷の人達にお願いしてもあんまり役に立たなかったため駄目だった。

 まあ、スキル込みでいけば結構な戦闘力を持っているとは思うけど、今のところ両手の秘密は誰にも言ってない。

 それにスキルといっても、俺のスキルじゃない。

 合成強化によって虫達が得たスキルを借りることができるからという意味だ。

 子供のくせに、おおよそ人が身につけられるスキルとは明らかにかけ離れたスキルを持っていることを周囲に言えば、絶対に面倒なことになりそうだったので、ある程度の自衛手段を得てから表に出していくことにしている。

 一人でも生きていくことはできるが、マルコにとっては家族と別れるのは寂しいだろうし。

***

  

 「はいっ! 次は上段に構えての素振り二〇〇回」

 女性剣士の指示に対して、大きな声で返事をして素振りを続ける。滝のような汗を流しながら、鉛のように重くなっていく腕に鞭を打って。

 いくら子供用の木剣とはいえ、辛いものがある。

 剣だけじゃなく、自分の腕まで重く感じる。正直、傍から見たら虐待だろう。

 だが、そこは冒険者達。自分の命を守る技術を培うのに、容赦はない。

 「……一九八……一九九……二〇〇!」

 素振りを終えて、思わず座り込みそうになるのをグッと堪える。

 ダランと下がった手の先で、木剣の切っ先を地面に突き刺すことでようやく少しだけ楽になる。

 「マルコ様は、本当に才能がおありですね」

 本日の剣の先生であるローズが、手ぬぐいを渡してくれながら頭を撫でてくれる。

 小さいときは腕力よりも、技術に長けた女性剣士の方が良いだろうということでキアリーが推薦してくれたC級冒険者だ。

 本名はメリーさん。

 ありきたりな、田舎にいそうな女の子の名前ということでローズと名乗っているらしい。

 田舎にいそうというか、ベルモント領の森の入口の村の出身で正真正銘の田舎者だ。

 まあ、今は大分あか抜けているけど。

 軽い癖のある赤毛の髪を、前衛職らしく短く切って少しワイルドにセットしている。

 ちょっと垂れ目で、優しい顔つきだ。そばかすがチャームポイントだけど、普段は化粧で隠している。

 たまに依頼帰りに、化粧が取れてたりしてそばかすが見えていたり。確かに、その時ばかりはちょっと田舎の子っぽくなるけどね。

 その辺りも合わせて可愛らしい子で、精神年齢が大人な俺の方からすればアシュリーよりよっぽど魅力的だったりもする。その、大きすぎず小さくもない胸部装甲込みで。

 装備はビキニアーマー……なんてことはない。

 赤い革のライトアーマーに身を包んでいる。

 赤なんて目立ってしょうがないと思うんだけど? 魔物も、赤いものを狙ってくることが多いらしいし。

 本人曰く獲物を探して歩き回るより、こっちに向かってくる獲物を狩る方が楽で良いと言っているけど。やはり少しばかり興奮作用があるらしく、魔物も割と大胆に襲って来るらしい。

 静かに忍び寄って不意打ちを受ける可能性が、気持ち下がる気がすると。

 これは本人談。

 勝手な持論。科学的根拠は全くない。

 それどころか、この世界に科学はないが。物の例えだ。

 「少し休憩を挟んで、次は乱取りです」

 「はいっ!」

 そして、水平斬り、袈裟斬り、縦斬りの素振りの後はローズさんとの乱取り。

 基本的に、

 「次は打ち下ろし!」

 「はいっ!」

 ローズさんが振り下ろした剣を、水平にした剣の腹を左手で支えながら受ける。

 「しっかりと指を反らして掌で剣を支えないと、自分の剣で手を斬りますよ?」

 「はいっ!」

 「次は逆袈裟!」

 「はい!」

 そして、振り下ろした剣で斜めに斬り上げてくるのを、手首を返して両手でしっかり柄を掴んで受ける。

 「脇を思い切り締めて、手首で交差して両肘をしっかりと内側に入れて手を固定しないと、速度の乗った剣は受けられませんよ? 基本的には上から受ける方が有利なのですから体重を乗せて!」

 「はいっ!」

 ローズさんが宣言して、少し遅れてくる斬撃を受けるだけという乱取りだ。

 徐々にスピードが上がっていくのだが、ゆっくりとした乱取りというのも結構疲れる。

 「お……恐ろしく素直で理解力も吸収力も、六歳児とは思えませんね……」

 「有難うございます」

 ちなみに、ギルドの人達が褒めてくれる分に関しては、素直に受け止める。

 ちゃんと指導してからの結果だから。

 二時間で銀貨五枚の収入だが命の心配もなく、ある意味武の才能を秘めた子供の訓練ということでかなりの人気がある依頼だったりもする。

 お金の価値だが、マルコがいる国ではシビリア硬貨というものが使われている。

 感覚的に銅貨が一〇円、銅貨一〇〇枚で銀貨になる。

 銀貨が一〇〇〇円ってところかな?

 領主の子息とはいえ、子供の小遣いからすれば破格であることは間違いではない。

 これが終わったら家に帰るだけだ。

 帰ったら、湯浴みをしてご飯を食べて爆睡。

 これが、最近のマルコの一日だ。

 湯浴みといったが、流石子爵家。家にお風呂がちゃんとある。

 これは、本当に嬉しかった。

 中世相当っぽい世界でいろいろと不安だったが、衛生管理はしっかりとできていた。

 窓から道に汚物をポイ捨てするような者はいなかった。

 神様に一番感謝したのは、水洗便所の存在。

 さすがに温水洗浄便座まではなかったが、貴族の家では水の魔石を使った水洗便所が常備されている。街の地下に水路が流れていて、それが下水の役割をしている。

 下水にはお馴染みの水棲スライムがいるらしく、汚物の分解をしてくれる。そうしていきついた先では、浄化の魔道具による水の浄化が行われていて綺麗になった水が川に戻されるらしい。こればっかりは、本当に良かったと思う。

***

  

 「それにしても、僕も飽きないものだね」

 夜になってベッドに入ったマルコが、独りごちる。

 というわけではない。俺に話しかけているのだ。

 マリアが弟か妹を妊娠して少ししてから子供部屋を与えられたマルコは、ずっと一人で寝ている。

 まあ寂しかったらいつでも来ていいのよと言われているが、マルコから行ったことはない。

 あまりに行かなさすぎて、マリアがマルコの布団に忍び込んでくることがしばしば。

 愛されているというか、なんというか。

 ただ、一人は寂しいのか暇なのか、自我が定着したこともあって、マルコが俺に話しかけてくることが増えてきた。

 「やっぱり、男として武器を手に戦うのって憧れるだろ?」

 自分で自分と会話するのも変な感覚だが。それはマルコも同じことなのだろうか。

 結局いろいろなことを共有しているので、お互い相手を自分だと認識している。

 同調すれば考えていることも分かるから、会話の必要すらないのだけど。

 別々の思考を持つことで、何かメリットがあるかもしれないと思いあえて同調していない部分もある。

 何より前世の知識や考え方が、この世界の人間関係にどのようなデメリットを生むか分からないのでマルコにこの世界の周囲との調整を任せている部分はある。

 最近では完全に意識を統合して行動するだけではなく、俺がマルコとして行動することも増えてきた。

 その間、マルコは管理者の空間でくつろぐことになっているが、マルコにとってもそれはあまり嫌なことではないらしい。

 「腕が物凄くだるい」

 「知ってる、そのお陰で強くなれるんだ」

 「いや、そうなんだけどさ」

 今日も訓練を頑張り過ぎたので、腕がパンパンになっている。

 マルコに訓練を受けさせると、精神が未熟なので疲れたら集中力が乱れるのだ。

 動きにキレがなくなって、惰性で剣を振り始めて効率も落ちるので俺が訓練をやっている。

 いや、建前だけど。

 管理者の空間だと疲労を感じることもないので、たまには身体を動かしたことによる心地よい疲れを感じたくなるのは仕方ないだろう。

 「カブト達が物凄く大きくなっててびっくりした」

 「俺も、マルコの身体がきちんと鍛えられて驚いた。ちゃんと基礎訓練はやってるの知ってたけど、効果が出てるな。たまにしか身体を動かさないから、良く分かる」

 「えへへ」

 物凄く変わった自画自賛なのだが、マルコは俺が褒めたことで素直に喜んでくれる。

 自分だと分かっているのだろうが、マルコは俺のことを少し歳の離れた兄のように思っているのだ。