このダンジョンの設計者は元勇者です(4)

 翌日。ディオン最初の仕事は、ケルベロスの餌やりだった。

 「ほら、メシだぞ。ケル」

 モンスター用ペットフード『カリカリ君』をやろうとすると、餌ではなく手首を噛まれた。

 「うぎゃ───っ!」

 右手を押さえて絶叫する。

 「……あれ? 痛くない」

 「何やってんの?」

 悲鳴を聞きつけたサンディが、あきれ顔でやってくる。

 「こいつに噛まれたんだけど!」

 腕を押さえて抗議する。ケルベロスの鋭牙に手首を食いちぎられたかと思って冷や汗が出た。

 「甘噛みよ。あ・ま・が・み。ウチの子は賢いから、餌とそうでないモノの区別はつくの」

 サンディが、ケルベロスの前にしゃがみこむ。

 「そもそも、君が名前を間違えたのが悪いんじゃない? 賢そうなのがケル。スマートなのがベル、目がくりくりしてるのがロス。ウチの子たちはナイーブだから、名前を間違えると拗ねちゃうの。ねー、そうだよねー」

 サンディが頭を撫でながら手際よく餌をやると、ケルベロスは嬉しそうに飛びついた。三つの首で『カリカリ君』を貪る姿を見て、ディオンは頭を抱える。

 「どれもおんなじ顔に見えるんだが」

 「愛情不足ね」

 「モンスターに愛情なんて必要なのか?」

 ディオンにとってモンスターとは、ダンジョンに巣くう退治するべき敵だった。

 「なんですって?」

 サンディの声が低くなったと思ったら、鞭がしなってディオンの足元に叩きつけられる。

 「ひえっ!」

 のけぞるディオンを睨み、サンディは助けを求めるように事務所の奥に声をかける。

 「ちょっとシローネ、彼になんとか言ってやってちょうだい」

 「わたくしは忙しいのですわ。新人の面倒はサンディ、あなたが見る取り決めでしてよ」

 朝から書類と格闘しているシローネは、声をかけられても振り向きもしない。目にもとまらぬ速さでそろばんを弾き続けている。

 サンディは、引き戻した鞭の先端を舌で舐めてからディオンに諭す。

 「モンスターには愛情と敬意をもって接すること。いいわね?」

 「はいっ!」

 ディオンは命がけで返事をした。あの鞭はモンスターの調教用だ。当たったら本気でやばい。

 「わかればいいのよ。素直な男の子って、ス・キ」

 サンディはすぐに機嫌を直してくれたが、彼女の前で絶対にモンスターの悪口は言うまいとディオンは固く心に誓った。

 「そういえばメイアの姿が見えないな。まだ寝てるのか?」

 気を取り直してディオンは柱時計を確認する。まだ朝のうちとはいえ、普段ならとっくに起きているはずだ。

 「そんなわけないでしょう? メイアはとっくに営業に出かけているわ」

 「営業って?」

 「君って、ほんっとになんにも知らないのね」

 「……すまん」

 サンディの指摘は的を得ていた。勢いでダンジョン屋に転がり込んだはいいものの、指示をされなければ何をしたらいいのかわからない。これからの生活に、早くも不安を感じつつあるのは事実だった。

 「いいわ。一から説明してあげるから、そこに座って」

 応接間のソファに座らされ、テーブルを挟んでサンディも腰を下ろす。

 「もうすぐ秋だっていうのに、今日は朝から蒸すわね」

 サンディは服の襟元に手をやると、ボタンを外して胸元を大きく露出させる。

 それから手のひらで谷間に風を送り込んだ。

 ディオンの視線が釘付けになる。サンディの乳はミルクのように白く、海溝のように深い。見ていると吸い込まれていきそうだ。

 む、無防備な……

 「夏って嫌い。すぐ汗かいちゃうし、座ってるとお尻が蒸れるし。ねぇ、そう思わない?」

 「そ、そうかもな」

 上の空で返事をする。こっちは今それどころではない。もう少し視線の角度を調整できないものか。そうすれば……

 「顔が赤いけど、やっぱりこの部屋暑い? 窓開けてもいいけど」

 サンディに声をかけられて、我に返った。

 無意識のうちに中腰になっていたのに気づいて、慌ててソファに深く腰掛け直す。

 「で、なんの話だっけ?」

 視線を天井へとそらしながら、わざとらしく咳払いする。

 「君は、迷宮設計士についてどれだけ知ってるの?」

 真顔で問われたので、真面目に答える。

 「ほとんど何も。メイアに言われるまで聞いたこともなかった」

 「冒険者免許は持っていたんでしょ? 教習学校で習わなかったかな?」

 「学科はずっと寝てたしな」

 「よくそれで筆記試験合格できたわね」

 サンディは、むしろ感心したように琥珀色の瞳を輝かせる。

 それから、ゆっくりとディオンを指差した。白い指先がディオンの鼻の頭に触れる。

 「君みたいな冒険者はダンジョンに入ってモンスターを倒し、トラップを解除して宝物を手に入れる。それが仕事よね」

 「ああ」

 「ではここで問題。そのダンジョンは、いったい誰が作ってるのでしょう?」

 思いもかけない質問だった。

 「自然にできたもの……じゃないのか?」

 「そういうのもあるけど、地下へ降りていく階段や、洞窟の壁面を飾っている彫刻が自然の造形だっていうの? ぶー、残念。ハ・ズ・レ」

 「じゃあ、なんかすごい魔法使いが、なんかすごい魔力を使って作った……とか?」

 「誤解されがちなんだけど、この世界の魔法は万能じゃない。それに、ちっちゃな初心者向けダンジョンも、わざわざ魔法使いが作ったっていうの? 魔法は己の魂を削って発動させるもの。そんな奇特な魔法使いなんていやしないわ」

 この国はダンジョン産業が発達しているため、各地に無数の迷宮が存在している。最大規模のものはディオンが壊した、王国が直接管理しているこの街の超巨大ダンジョンだが、世界には冒険者のレベルに合わせて二千近くのダンジョンがあると言われていた。

 「そうしたダンジョンを作っているのが、ダンジョン屋のような迷宮設計士ってわけ」

 「なるほど。そうだったのか!」

 言われてみれば納得する。同じダンジョンに再び潜る時、前回倒したモンスターの死体がいつの間にか片付けられてたり、蹴破ったはずの扉が修復されていたり、どうしてだろうと前から不思議に思っていたのだ。

 「ダンジョンの設計、建設、補修工事、ダンジョンに関係ある作業はなんでもするわ」

 「全然知らなかった」

 「君だけじゃないわ。基本、冒険者ってそういうことには興味のない人種だしね」

 「もしかして、俺が壊したあの王立ダンジョンもそうなのか?」

 「一部はダンジョン屋が設計したの。先代、つまりメイアのお父さんがね。あそこの補修はウチが請け負っていて、メイアは定期点検に行った時にあの騒ぎに巻き込まれたってわけ」

 「そうだったのか。ダンジョン最深部にどうやって入ってきたのか、ずっと疑問だったんだ」

 「迷宮設計士しか知らない、メンテナンス用の秘密の通路があるの」

 「そんなのがあったのか!」

 冒険者のディオンにとっては初耳だった。

 メイアはどう見ても冒険者らしくなかったので、妙だとは思っていた。冒険者免許を持たない人間の立ち入りは厳重に禁止されているはずだからだ。

 「おかげで、ウチがどれだけ迷惑したかわかってますの?」

 シローネが振り返る。仕事の手を休めて、ディオンに冷ややかな目を向けていた。

 「メイアのお人好しにもほどがありますわ。貴方は、自分が何をしたかわかってないのですわね。この疫病神」

 「シローネ。その話はもう終わったはずでしょう?」

 「ふん!」

 サンディに止められても、シローネはまだ何か言い足りなそうだった。ディオンも、どうしてそこまでシローネが敵意を向けてくるのか気になる。

 詳しい事情を聞こうとした時、餌を食べて満足そうにしていたケルベロスが急に耳を立てて首をもたげた。三頭揃って、玄関の扉に向かってうなり声を立てる。

 「どうしたんだ?」

 「しっ!」

 ディオンを制止して、サンディが扉へと走る。獲物を狙う狼のような俊敏さで、しかも足音を一切立てない。

 「メイアが帰ってきたんじゃないのか?」

 サンディはディオンを無視して、息を殺して扉の陰に身を隠す。その手には、いつの間にかモンスター調教用の鞭が握られていた。

 まさか泥棒? こんな真っ昼間に? と、疑念を抱きつつ、ディオンも剣の鞘に手をやった。

 息詰まる沈黙の中、扉が無造作に開かれる。

 「やあ、お邪魔するよ」

 現れたのはハンサムな青年だった。時間と金をたっぷり掛けたカールのかかった銀髪にコバルトブルーの瞳。歳は二十代前半だろう。

 爽やかに微笑んでいるが、笑顔はどこか作り物のような印象を与える。以前、酒場で有り金を巻き上げられた詐欺師と同じ笑い方なので、ディオンは一目で馬が合わないと悟った。

 青年は豪奢な服に身を包み、金モールつきのマントを羽織っている。柑橘系のきつすぎる香水の匂いが漂ってきて、ディオンは鼻がむずむずしてくしゃみをした。

 「なんだ。エルゼンか」

 サンディが、扉の陰から姿を現す。鞭はすでに腰のベルトに戻していたが、男への警戒は解いていない。

 「なんだとは残念だなぁ、サンディ君」

 エルゼンと呼ばれた男は、サンディに向かってウインクをする。眉をひそめられたことに気づいてないのか、なれなれしい態度でサンディの顔の横に手をついた。

 「今日も一段と美しい。キミの野性味溢れる魅力は、ボクを夢中にさせずにはいられないよ」

 甘いボイスに反応して、ケルベロスが猛然と吠え始める。

 ディオンはケルベロスに共感した。コイツとは馬が合わないどころじゃない。見ているだけで腹が立ってくるレベルだ。

 「何しにきたんですの?」

 シローネの口調も、ディオンに対するそれよりも十倍は冷たい。ふたりとも、エルゼンとは顔見知りの間柄のようだ。

 エルゼンは、シローネに向かって手を振った。

 「やあシローネちゃん。おはよう」

 「ちゃん付けは止めてって、いつも言っていますでしょう! いつまでも子供扱いしないでいただけますこと?」

 「おみやげにアメ玉を買ってきてあげたよ。さあ、遠慮なく受け取りたまえ」

 「結構ですわ」

 差し出されたアメの袋を受け取ることなく、シローネは腰に手をやって胸を反らせる。

 「それで、ご用件はなんですの?」

 「商談だよ。決まってるだろう?」

 ディオンは、反射的にメイアの席に視線を走らせた。

 「あいにく社長は外出中ですので、申し訳ありませんが日を改めておいでください」

 「心配には及ばない。ちょうどそこでばったり会ってね」

 ずかずかと入り込むエルゼン。そのうしろにメイアが立っていた。

 複雑な表情でメイアが事情を説明する。

 「お店に帰ろうと商店街を歩いてところを呼び止められたの」

 「ボクとメイア君とは、やっぱり運命の糸で結ばれているんだなぁ」

 「後をつけていただけとか?」

 サンディの辛辣な意見にも、エルゼンは悪びれる様子もなく白い歯を見せる。そしてディオンを指差した。

 「そこの使用人君。ハーブティーを頼む」

 「俺っ!?」

 使用人呼ばわりされたのは初めてだ。

 「暑くて喉がカラカラだよ。ボクとメイア君のふたり分。大至急ね」

 エルゼンはメイアの肩を抱くようにして、さっさと応接室へと入っていく。

 メイアはディオンの方を振り返りながら、何か訴えかけるような目をしていたが、結局何も言わなかった。

 シローネは、その背中に向かって舌打ちをする。

 「ちっ。塩を撒いてやりたいですわ」

 「あいつ、誰なんだ?」

 ディオンが尋ねると、サンディが顔を寄せてきた。ディオンの耳に手をかざして囁く。

 「ティンクル・ラビリンスの御曹司」

 「ティンクル・ラビリンス?」

 「ウチのライバルで、一応この業界では一、二を争う大会社の二代目社長。そして、メイアにつきまとういけ好かない男」

 「そんなやつが、何しに来たんだ?」

 「最近ちょくちょく顔を見せるのよ」

 「メイア、元気がないというか、なんか表情が暗いぞ。ひょっとして、あいつが関係してるのか?」

 「込み入った事情があるのよ。あいつとメイアは」

 気になったディオンは、首を伸ばして応接室をかいま見る。

 しかし、ついたての向こう側で何が話されているのかわからない。もどかしく思っていると、シローネに背中をつつかれた。

 「あなた、偵察にいきなさい」

 「俺?」

 「お茶を出しにいくふりをして、ふたりの会話に耳を澄ますのですわ。急いで!」

 シローネにせかされるまま給湯室に向かう。

 適当にブレンドしたお茶のカップを盆に載せ、応接室に顔を出す。ティーカップを置いてから、立ち去るふりをしてさりげなくエルゼンの死角に移動。モンスター相手に気配を殺す技を磨いたのが、そんなところで生かされた。

 心を無にして耳をそばだてる。

 「そろそろ決心してくれてもいいんじゃないかな?」

 エルゼンは背後に立つディオンに気づいていない。そもそも眼中にないのかもしれないが、いずれにしてもありがたい。

 一方、メイアはうつむいており、やはりディオンが視界に入ってないようだ。

 「悪い話じゃないだろう? ボクたちが手を取り合えば、みんなハッピーになれるんだ」

 エルゼンは熱弁をふるいながら身を乗り出し、さりげなくメイアの手を握りしめる。

 (なんだあいつはっ!?)

 メイアが迷惑そうにしているのに、エルゼンは意にも介していない。図々しくメイアの手を撫でるのを見て、後頭部を殴りつけてやろうかと思ったが、手近なところに花瓶がなかったのがエルゼンにとっては幸運だった。

 ぐぬぬぬ。

 ディオンは歯ぎしりをしながら、なんとか踏みとどまる。

 「ダンジョン屋の技術力と我が社の資産。これが合体すれば業界トップの座は揺るぎないものとなる。もちろんキミは共同経営者として会社に残ってもらうから安心してくれ。なんなら公私ともにパートナーになってくれても大歓迎だよ」

 パートナーだって? それってつまりメイアと結婚するってことか? 突然の情報に、ディオンは、ぐらりとよろめいた。

 まさかそんな。こんなキザったらしいやつがメイアと結婚なんてありえない。てか嘘だろ。でもさっきあいつは運命の糸がどうとかって言っていた。じゃあやっぱりそうなのか? いやいや、そもそも、メイアはいったいこいつのことをどう思っているんだ?

 ディオンは頭がぐるぐるなりながら、なんとか心を落ち着けてメイアの様子をうかがった。

 「せっかくのお話ですが、もう少し考えさせてくれませんか? シローネたちとも話し合わないといけないですから」

 そうだ。あんなどう見てもうさんくさい男にだまされちゃちゃいけない。がんばれメイア。

 心の中で声援を送る。

 「彼女たちなら、これまで通りの賃金で働いてもらうから心配いらないさ。多少の部署の異動はあるかもしれないけど、結果的にはキャリアアップにつながるはずだよ」

 「それって、みんなと働けないってことですか?」

 「我が社は従業員が大勢いるし、部署も多岐にわたっているからね。適材適所の原則に従うならそれもしかたのないことじゃないのかな。ダンジョン屋のようなアットホームを売りにするだけの会社とは経営方針が違うのさ……おっと、失敬」

 「とにかく、今日はお引き取りください」

 メイアの声がこわばった。頬が紅潮しているのは、暑さのせいではないだろう。

 「次に来る時までに結論を出しておいてくれ。色よい返事を期待しているよ」

 態度を硬化させたメイアに対して、エルゼンは気にした風でもなく優雅に微笑みかける。

 よほど鈍いか、面の皮が厚いのだろう。

 そして、それまで手を触れていなかったティーカップに口をつける。

 お茶を一口飲んだ瞬間、

 「ぶっ!」

 エルゼンは、顔色を変えて噴き出した。

 「ごほっこぼっ、なんだこれはっ!?」

 喉を押さえて咳き込むエルゼンを見て、ディオンはざまあみろと言ってやりたくなった。

 台所にあった茶葉に適当な香辛料を振りかけ、お湯で混ぜただけの飲み物の味は想像以上だったらしい。メイアが口をつけなくてよかった。

 「まずい。まずすぎる! ボクの舌への重大な冒涜だ!」

 のたうちまわっているうちに、さすがにディオンに気づいたらしい。こめかみに血管を浮かび上がらせてエルゼンは叫ぶ。

 「キミィ! こんな毒物に等しいものを飲ませるなんて、ボクに何か恨みでもあるのか?」

 「お茶を持ってこいって言ったのはあんただろ」

 どうせなら、もっといろいろとお茶に混ぜておくんだった。

 「それにメイアと結婚したいだなんて、よくも言えたもんだな。これで少しは目が覚めただろ」

 「はぁ? いきなり何を言い出すんだキミは?」

 「ディオン、いったいなんのこと?」

 エルゼンとメイアが同時に叫ぶ。

 「エルゼンさんとわたしは仕事の話をしていただけです。結婚なんて、いったいどこから出てきたんですか!」

 「なんだ。そうなのか」

 どうやら早とちりだったようだ。ふたりの会話で理解できた部分が『パートナー』という単語だったのだから勘違いしたのかもしれない。

 ほっとしたのもつかの間、エルゼンはさらりと言ってのける。

 「誤解ではないさ。ボクとメイア君は、昔からの固い絆で結ばれているんだからね」

 「なんだって」

 ディオンの心にさっと冷たい風が通り抜けた。

 「それはどういうことだ!」

 「キミに答える義務はない。とにかく、キミのような無礼な使用人は初めてだ。メイア君、悪いことは言わない。ダンジョン屋の評判が落ちる前に彼を解雇したまえ」

 するとメイアは、ディオンをかばうように両手を広げて立ちはだかった。

 「使用人なんかじゃありません。ディオンはダンジョン屋の社員です」

 「なんだって!?」

 エルゼンは、口をぽかんと開けて硬直する。

 「彼が社員? 何もできなそうな、せいぜい荷物運びくらいしか能のなさそうな彼が?」

 エルゼンの悪口は、いっそ清々しいほどだった。ディオンとしても、遠慮することなく悪人認定できる。傍若無人なふるまい。自分に対する暴言。どれも腹立たしいが、もっとも許せないのはメイアへの仕打ちだ。勝手に手を握ったり嫌味を言ったり、いったい何様のつもりだ。

 しかし、ディオンが文句を言うより早く、抗議をしたのはメイアだった。

 「いくらエルゼンさんでもそんな言い方はないと思います。ディオンに謝ってください!」

 ディオンは胸がドキっとした。メイアが自分のために怒ってくれている。それってもしかして俺のことを……

 「ダンジョン屋の社員は、わたしにとってひとりひとりが家族みたいなものです。だから、ディオンのことを悪く言わないでください」

 (家族。そっか。そういう意味で怒ってるのか)

 けれども、大手ライバル会社の社長相手に自分をかばってくれるメイアはやっぱりいいやつだ。人としての器が、自分ともエルゼンなんかとも比べものにならない。

 気を取り直したディオンは、ますますメイアに好意を抱いた。

 そんなメイアとエルゼンが対峙する間、シローネとサンディは互いの手を取り合い、固唾を呑んでじっと成り行きを見守っていた。

 ふとエルゼンは、メイアの肩越しにディオンを見つめてきた。しばらく目を細めて考え込んでいたが、ふと何かに思い当たったようにうなずく。

 「ははーん。どこかで見たことがある顔だと思っていたが、キミはあのディオン君だな。噂はボクの耳にも入っているよ」

 あの、を強調するところに悪意を感じる。

 「冒険者をクビになったと思ったら、今度はダンジョン屋に潜り込んだってわけかい? 悪いけど、この業界はキミがやっていけるほど甘くはないよ」

 「そんなのわからねえだろ」

 最初は単なるいけ好かない男だったが、今となっては出会った中で最悪の人間にランキングされている。

 「はっきり言うが、俺はお前とは合わない気がする」

 「奇遇だね。ボクもキミと同意見だよ」

 ふたりの間で火花が散る。

 「……まあいい。それではメイア君、いずれまた」

 薄笑いを貼り付かせたエルゼンが去った後も、口を利く者はいなかった。