このダンジョンの設計者は元勇者です(5)

第二章 見習い設計士奮闘す

 「いやぁ。こっちに来るのも久しぶりだなぁ」

 空が高くなったある日の午後。

 ディオンはメイアに連れられて、街の中心部を歩いていた。

 いつまでも店の掃除とケルベロスの餌やりばかりでは肩身が狭い。何か仕事をさせてくれとメイアに言ったところ、「それなら一緒に来てくれますか?」と誘われたので飛びついたのだ。

 「今日は営業に行きます。ディオンは、わたしのうしろで見ていてください」

 やがてメイアが立ち止まったのは、居酒屋ぽっぽ亭の前だった。

 「よりによってここかよ!?」

 ポルコにクビにされた記憶が蘇る。

 「さ、行きましょう。あ、でもその前に」

 メイアはひとつ大きく息を吸うと、目をつぶり、両手をぎゅっと握りしめ、いきなり街中で大声を上げた。

 「気合い入れていくぞー! ダンジョン屋、ファイトォ!」

 「メ、メイア?」

 道を歩いていた人たちがぎょっとしたように立ち止まる。

 「おい、みんなこっちを見てるぞ」

 ディオンは慌ててメイアの袖を引きながら耳元で囁く。

 しかし、メイアはディオンの声が耳に入らないのか、自分に気合いを入れ続けてる。

 「ひとつ、ダンジョン屋は誠心誠意仕事をすべし! ひとつ、ダンジョン屋は街の皆さんのお役に立つべし! ひとつ……」

 メイアが社訓をいちいち叫ぶごとに、ふたりを取り巻く人垣が増えていく。こんな注目のされ方に慣れていないディオンは恥ずかしくってたまらなかった。思わず自分は無関係なただの通行人ですとまわりにアピールしたくなる。

 やがてメイアは満足したのか、額に浮かんだ汗を拭いながら目を開けた。すると人々は拍手をし、「頑張れよ」と口々に声をかけながら散っていく。みんなメイアに好意的で、町中で叫びだしたことにさほど驚いてはいないようだ。

 どうやら街の人にとっては見慣れた光景らしいが、ディオンにとっては胃の負担になる時間だった。メイアは時々思いもかけない行動をする。本人にとってはそれが素なのがすごい。

 「お待たせしました。さあ行きましょう」

 メイアは息を弾ませながら、何事もなかったかのようにけろっとディオンに話しかける。

 「今のは、いったいなんだったんだ?」

 「わたし、あがり症なうえに口下手だから、商談の時うまく喋れないと困るので、その前に発声練習を兼ねて気合いを入れてるんですよ。これをするとうまくいく気がするんです。おまじないみたいなものですね」

 「あがり症の気配なんてこれまでなかったぞ」

 「そんなことないですよ。わたし、こう見えて超緊張しぃなんですから。そうだ。今度はディオンも一緒にどうですか? 大声を出すとスッキリするし、細かいことなんてどうでもよくなりますよ」

 「どうでもよくなっちゃまずいだろ。とにかく俺は遠慮しておく」

 きっぱりと断る。いくらメイアの頼みでも、それだけは嫌だ。ただでさえ迷宮を壊した男として不本意ながら有名になってしまったのに、それ以上注目は浴びたくない。

 「そうですか……」

 メイアは残念そうな顔をしたが、すぐに気を取り直すとディオンの手を引き、『閉店』の札の掛かった店へと入っていった。

 「こんにちは」

 「やあ。嬢ちゃんか」

 テーブルクロスを掛けていた居酒屋ぽっぽ亭の主人・ポルコが顔を上げる。時間が早いため他には誰もおらず、夜は喧噪が途切れることのない店内も今はがらんと静まりかえっていた。

 「ポルコさん、先日は求人広告を貼らせていただき、ありがとうございました」

 メイアは丁寧にお辞儀をする。

 「なーに。お安いご用だよ」

 ポルコは笑顔で応じる。ディオンに対する時とは別人のように愛想がいい。

 「それで、いい新人は入ったのかい?」

 「はい。先日入社したばかりのディオンです」

 うしろにいたディオンを紹介すると、ポルコの笑顔がひきつる。

 「おいおい。ダンジョン屋はまだ無事かい? 言ってくれれば、もっと役に立つ人間をいくらでも紹介してやるのに。嬢ちゃんの親父さんには世話になったからな」

 「ありがとうございます。でも、ディオンなら大丈夫ですから」

 「そこまで言うなら、ワシが口を挟むことじゃないがね。で、今日はどうしたんだい?」

 「ダンジョン建設のご提案です」

 「やっぱりか。店の外で嬢ちゃんの元気な声が聞こえたんで、商談じゃないかと思ってたよ」

 ポルコに指摘されると、メイアはたちまち真っ赤になった。まさか聞かれているとは思わなかったのだろう。急に恥ずかしくなったのか、おどおどと視線をさまよわせる。

 「メイア、落ち着けって」

 見かねて、ディオンは背中を軽く叩いてやる。

 「あああ、ありがとうございます。あの、ここよろしいですか?」

 大きく深呼吸をしたメイアは、テーブルに持参した巻物を広げる。それには細かい見取り図が描かれていた。

 「お店に来たお客さんの娯楽用として、誰でも簡単に楽しめるダンジョンはいかがですか?」

 メイアは、ポルコに営業トークを始める。

 「このお店の裏手に大きな庭がありますよね。そこにテントを張るんです。中に仕切りを作って、そこに宝物やトラップを用意する。見つけた宝物は賞品として持ち帰れるようにして、入場料は一人五百ギルダー……」

 「ちょっと待ってくれ。ウチに来るのはそこらの常連がほとんどだ。誰も冒険者免許なんて持ってないし、ダンジョンに潜ったこともない素人連中だよ」

 「王国に認可されたダンジョンに入るには冒険者免許が必要ですが、これは個人の私有施設なので免許は不要です。それにダンジョンといっても危険はまったくありません。普通の人がちょっぴり探検気分を味わえる、一種のアトラクションとお考えください」

 初めのうちこそぎこちない説明だったが、おまじないの効果が出てきたのか、メイアの話は次第に流暢になってきた。スイッチが入ったメイアの話を聞くうちに、最初は乗り気でなさそうだったポルコの態度も変わっていく。身を乗り出して図面に目を通しながら質問をする。

 「面白そうだが、費用はどれくらいかかるんだい? ウチもなかなか余裕がなくてね」

 「こちらが見積書です。通常のダンジョンだとそれなりの初期投資が必要になりますが、今回ご提案するのは外枠がサーカスのテントタイプのダンジョンです。これにより資材コストがかなり抑えられます。計画の試算は、ぽっぽ亭を訪れる一日あたりのお客さんの数を元に算出しました」

 メイアは事前に用意していた書類を見せつつ、具体的かつ明確な返答をする。施設の保守管理コストの計算や、収益予想グラフ、ダンジョンを設置した場合の宣伝効果についてなど、てきぱきと話を進めていった。

 数字の苦手なディオンは、正直半分も理解できなかったが、しばらくすると話は前向きな方向でまとまっていた。

 「それじゃ、試しに頼んでみるかな」

 「ありがとうございます! 誠心誠意取り組ませていただきます」

 メイアが深々と礼をする。ディオンも慌ててそれに倣った。

 「そうだ。おまえに渡すものがある」

 ポルコはいったん席を外すと、革袋を持って戻ってくる。

 「就職祝いだ。持っていきな」

 ディオンの手のひらで、革袋はずっしりと沈み込む。

 「こんなにもらっていいのか?」

 「ガキの頃はダンジョン屋の先代に世話になってな。そこで働くってんなら応援しないわけにもいかん。しっかりやれよ。嬢ちゃんに迷惑かけるんじゃないぞ」

 ポルコに乱暴に背中を叩かれたが、ディオンにとってそれは何よりの激励だった。

 「はいっ!」

 こうして、ディオンの初仕事は始まった。

 『居酒屋ぽっぽ亭の迷宮テント建設』。それがダンジョン屋の請け負った仕事内容だ。

 具体的にはテントを張るための木材の調達から始まって、室内を飾る調度品の用意、トラップ(安全性を保つため、客が怪我をしないように十分な配慮がなされねばならない)の設置、さらには客を呼ぶためのチラシの作成まで、ありとあらゆる仕事が湧いてくる。

 それらを全てダンジョン屋が仕切らなければならない。当然、見習いのディオンにも容赦なく仕事が割り当てられる。

 「銀細工師に頼む宝飾品の作業工数の見積がまだなんだけど、どうなってますの?」

 「今やってる」

 シローネにせっつかれて、ディオンは必死に書類を作成していた。ソロバンは苦手だし、慣れない計算に頭が爆発しそうになる。

 「あー、また間違えた!」

 書き損じた紙を丸めてゴミ箱に捨て、頭を抱えて机に突っ伏す。

 「疲れた……目が痛い。頭も痛い」

 普段使うことのない脳の一部を酷使しているせいか、体の節々まで痛くなってきた。

 「口を動かす暇があったら手を動かしなさい!」

 「もう丸三日ろくに眠ってないんだぞ」

 「そんなの自慢にもなりませんし、アンタだけではないですわ」

 尖った声で言い返すシローネの目にも隈ができていた。ディオンの仕事が遅いせいで自分の事務作業も滞り、不機嫌の塊といった感じになっている。

 ディオンに対する言葉遣いも、気がつくと「あなた」から「アンタ」に変わっていた。

 「疲れてるのなら、マッサージしてあげよっか?」

 サンディが声をかけてくる。

 お、頼むよ。と言いかけてディオンは言葉を飲み込んだ。サンディの手に、なぜか鞭が握られていたからだ。

 「さあ背中を向けて。気持ちよくしてあげるから」

 微笑むサンディだが、目は笑っていないようにディオンには思えた。

 「あ、いや、今日のところは遠慮しておく。いや、遠慮させてください」

 「そう。残念」

 サンディは、ピシッと鞭で床を派手に鳴らしてから自分の仕事に戻っていった。

 間違いなく命拾いした気がする。サンディにだけはマッサージを頼むまいと心に決めた。

 「それにしても、ダンジョン作りって、こんなに大変だったのか」

 「今さら何を言ってるのやら」

 ディオンにとってダンジョンとは、モンスターを倒し、お宝を手に入れるための場所でしかなかった。自分の知らないところで、こんなにも苦労している人たちがいたなんて驚きだ。

 この次ダンジョンに潜る時は、メイアたちのような人々に感謝しながら手を合わせて入ろう。

 とはいうものの、免許は失ったままなのだが。

 「すみません。誰か一緒に来てくれませんか? 現場でトラブルがあったみたいなんです」

 ぽっぽ亭の使いの者と話をしていたメイアが声をかけてくる。

 「俺が行くよ」

 すぐさまディオンは手を上げる。席を立った拍子に、書類がはらはらと床に舞い落ちた。

 「ちょっと! まだ書類の作成が終わってないですわよ」

 シローネに背中をつねられる。

 「いててて……気分転換も必要だろ。戻ってきたらやるからさ」

 シローネを振り払い、ディオンはさっさと事務所を出ることにする。

 「じゃ、留守番頼んだぜ」

 「んもう! 仕事を途中で投げ出すなんてサイテーですわ。だからわたくしはアイツを雇うのに反対だったのです。帰ってきたらただじゃおかないですわ! いーだ!」

 子供っぽく舌を出すシローネの意見に同意するように、ケルベロスがワンと鳴いた。