このダンジョンの設計者は元勇者です(6)

 メイアに連れていかれた現場は大混乱になっていた。

 人だかりの中、ぽっぽ亭の前でポルコが頭を抱え込んでいる。

 「どうしたんですか?」

 ディオンたちが駆けつけると、ポルコは顔を真っ赤にして食ってかかる。

 「おいおい、どうしてくれるんだ!」

 メイアではなく、ディオンに向かって文句を言う。

 興奮しすぎて要領を得ない話を整理すると、迷宮テント用の木材を運んできた木こりたちが、ぽっぽ亭の前に山積みにしたまま帰ってしまったらしい。

 おかげで通行の妨げにはなるし、店は開けられないしで、大騒ぎになっていたのだ。

 「こんなところに置きっ放しにされたら迷惑だ。早くなんとかしてくれ」

 「俺が?」

 「当たり前だろ。おまえんとこの丸太じゃないか」

 「そんなこと言われても」

 ポルコに迫られたディオンは、どうしていいのかわからない。

 「困るんだよな。さっさと片付けてくれ」

 「せかさないでくれよ。どうすればいいんだ……」

 なんとかしなくてはと焦れば焦るほど、何も思いつかなくなる。

 すると、代わりにメイアがすぐに手を打った。

 「荷車を用意して裏庭の方に移動させます。ディオン、手配をお願いできますか?」

 「なんだ。そういうことなら任せてくれ」

 解決策を提示されれば自分にもできる。そう思ったディオンは腕まくりをすると、頬を叩いて気合いを入れる。

 「おっしゃー!」

 軽々と丸太を持ち上げ、両肩に二本まとめて担ぐ。

 「荷車なんかより、俺が運んだ方がよっぽど早いよ」

 毎日剣の稽古をしていたおかげで、筋力と体力には自信があった。手際よく店の前と裏庭を往復して、あっという間に丸太の山を片付けてしまう。

 「これでいいか?」

 「あ、ああ」

 ポルコはあっけに取られている。

 「すごいです! おかげで助かりました」

 火照った全身から湯気を出していると、メイアが水筒を渡してくれた。

 庭石に腰掛け、水筒の中身を一気に飲み干す。さらにその背中を、メイアがうちわで扇いでくれた。

 「くぅー、生き返った。最高だぜ!」

 サンディのマッサージよりも、絶対にこっちの方がいいと確信する。

 「ディオンは力持ちなんですね。一人であんな重たい丸太を運ぶなんて、びっくりしました」

 「これくらい楽勝さ。だてに冒険者はやってないぜ」

 ダンジョン屋に来て初めて役に立てた気がする。こんな仕事ならお茶の子さいさいだ。

 それにメイアに尊敬のまなざしで見られて悪い気はしない。少しはいいところを見せられただろうか。

 「だけど、この程度じゃまだまだだな」

 エルゼンに、荷物運びくらいしかできないやつだと言われたことを思いだしたのだ。今のところは実際その通りなので、ものすごく悔しい。

 もっとメイアとダンジョン屋の役に立ちたい。そしてエルゼンの高慢ちきな鼻を明かしてやる。そんなことを考えながら、ディオンは水筒を返して立ち上がる。

 「用が片付いたんなら帰るか」

 一仕事終わっていい気分でダンジョン屋に戻ろうとしたが、メイアは首を横に振る。

 「いえ。まだやらなきゃいけないことが残ってます。ディオンだけ先に帰っていてください」

 「そうなのか。だったらつきあうよ」

 なんの用か見当もつかなかったが、ほんの軽い気持ちでうなずいた。せいぜい寄り道程度の用件だろうと。

 しかし、ディオンの考えは浅かった。

 メイアはまず、改めてポルコに謝罪した。今後は木こりたちとの連絡を徹底すると約束する。

 「もういいって。そんなに頭を下げられたらこっちが困っちまう。そもそも木材の置き場所を間違えたのは木こりたちで、嬢ちゃんのせいじゃないんだからさ」

 「工事責任者はわたしです。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 さらに近所の家を一軒一軒まわり、迷惑をかけたことを詫びる。それから郊外の森にある木こりの親方の家に行っていきさつを話し、今後同じミスが起こらないように確認しあった。

 そうして再び街に戻ってきた頃には日はとっくに沈んでいて、銀色の月光がふたりの影法師を長く伸ばしていた。

 森の中の親方の家を出てから、ふたりはずっと無言で歩き続けていたが、ダンジョン屋の灯りが見えてきたところでメイアが立ち止まる。

 「今日はお疲れさまでした。たくさん歩いて大変でしたよね。今夜はもうあがってください」

 「いや、俺は全然大丈夫。大変だったのはメイアの方だろ」

 ぽっぽ亭の隣の住人に苦情を言われたり、ポルコと口論して機嫌を損ねていた木こりの親父をなだめたり、神経をすり減らすような事案をメイアは愚痴ひとつこぼさずに誠実に対応した。

 それだけでなく、相手に何を言われても卑屈になることなく、毅然とした態度を崩さない。もしディオンひとりだったら、頭に血が上ったあげく、騒ぎに輪を掛けて収拾がつかなくなっていたことだろう。

 今日のメイアはかっこよかったし、疲れているはずなのにまずこちらを気遣う思いやりも、自分には真似できないとディオンは思った。

 ひょっとしたら彼女は、思っていたよりもずっと芯が強いのかもしれない。

 「メイアこそ、もう休んだらどうだ。朝から働きづめだろう?」

 「わたしはまだ仕事が残っていますから。『誰かについてきてほしければ、自分で率先して動くんだ』って、父もよく言ってましたし」

 「メイアの親父さんって、立派な人なんだな」

 「はい。自慢の父でした。だからこそ、父の遺してくれたダンジョン屋を継いでいかなきゃだめなんです。わたしについてきてくれたシローネやサンディのためにも頑張らないと」

 自分に言い聞かせるように何度もうなずくメイアを見て、ディオンは頭を掻きむしった。

 「ああ、もうっ!」

 「ど、どうしたんですか、いきなり?」

 「俺は自分が恥ずかしい。丸太を運んだくらいでかっこいいところを見せられたなんてうぬぼれて。メイアの苦労に比べれば、俺なんて何もしてないのと同じじゃないか」

 「そんなことないですよ。ディオンのおかげで助かってます」

 「俺はメイアのうしろに突っ立ってただけだ。それに俺が転がり込んできて、本当は迷惑してるんじゃないか?」

 「え?」

 「今日、メイアとずっと一緒にいて思い知ったんだ。ダンジョンを造るってのは大変なことなんだって」

 頭の中では理解した気になっていたが、実際に現場を見るまでは本当にはわかっていなかったのだと思い知る。

 「テント小屋をひとつ建てるだけでもこんなに苦労するんだ。でかいダンジョンを造るにはいったいどれだけの人間の汗が流されるのか、考えただけでも気が遠くなる。なのに俺は、そのダンジョンを壊しちまった」

 手のひらに拳を打ちつける。

 黒龍を倒したとか言っていい気になっていたが、ダンジョン建設に携わった者にとってはたまったものではないだろう。努力の結晶が、文字通り一瞬で粉々にされてしまったのだから。

 少なくとも、自分が当事者だったら怒る。これまではみんなを助けるために仕方なかったのだと自分に言い聞かせてきたが、もっといい解決策があったのではないだろうか。そう思うといたたまれない。

 「シローネが俺に厳しく当たるのも無理はないよな」

 「シローネは、口で言うほどディオンを嫌いじゃないですよ」

 「え! そうかな?」

 「ですです。人見知りだけど、本当はとっても優しい子ですから」

 ディオンはシローネの笑顔を思い浮かべようとしたが、背中を逆立てる子猫のイメージしか浮かんでこない。

 「それにしても、シローネもサンディもすごいよな。シローネの計算速度は尋常じゃないし、サンディはモンスターを飼い慣らすんだもんなぁ」

 「ダンジョン屋は精鋭揃いなんですよ」

 「一番すごいのはメイアだけどな」

 対人折衝能力もスケジュール管理能力も抜きんでている。今日一緒に行動していて、それを思い知らされた。何より驚かされたのは、ミスを直ちに修正する力だ。自分では絶対ああはできない。

 「俺は、メイアみたいにはなれないな」

 「そんなことないですよ。誰だって最初は新人なんですから」

 「新人どころか、ただの見習いだよ。免許だって持ってないし」

 首を振ると、メイアが両手でディオンの手を取った。

 「あの、もしディオンがその気なら、わたしが迷宮設計士の資格が取れるようにサポートします。一緒に頑張りませんか?」

 「迷宮設計士か……」

 ディオンは空を見上げる。まぶしすぎる月に目を細める。

 長い沈黙がふたりを包んだ。

 ずっと冒険者として生きてきた。それ以外の生き方は知らないし、覚えようともしなかった。今はダンジョン屋で働いて、メイアの役に立ちたいとは思う。

 しかし、いつかは冒険者に戻りたいという気持ちも捨てられない。二足のわらじを履けるほど器用ではないことくらい、自分でもよくわかっている。

 「あ、いいんです。気にしないでください」

 ディオンの迷いを察したのか、メイアはそっと手を離す。手のぬくもりが冷えていくのを感じて、慌ててディオンは言いつのった。

 「でも俺、みんなの役に立ちたいんだ。なんでもやるから、がんがん仕事を教えてくれ!」

 冒険者に戻りたいという気持ちも本当なら、ダンジョン屋で働きたい気持ちも本当だった。

 「わかりました」

 メイアは優しくうなずいた。

 「シローネたちが心配してます。早く帰りましょう」

 ダンジョン屋に戻ると、すかさずケルベロスが飛びかかってきた。

 はむはむはむ。

 押し倒されたディオンは、お約束のように甘噛みされる。ケルベロスはじゃれているだけなのだろうが、三つの口が開いて鋭い牙が剥き出しになっているのを見て落ち着いていられるほど人間ができてはいない。

 「うぎゃ─────っ!」

 情けない悲鳴が事務所に響き渡る。

 「あら楽しそう。この子たちもすっかり懐いちゃったわね」

 「それは光栄だ。けど、とりあえずなんとかしてくれ。腹が重い。潰れる!」

 「ケル、ベル、ロス、戻ってらっしゃい」

 サンディがケルベロスを引き離すと、今度はシローネが怖い顔をして立ちふさがった。

 「こんな時間まで、どこをほっつき歩いてたんですの!」

 「ごめんシローネ。遅くなっちゃった」

 メイアが謝ると、シローネは背伸びをして彼女の頭を撫でる。

 「メイアに言ったのではないのです。お仕事、お疲れさまですわ」

 「もうくったくたー」

 きりっとしていたメイアも、シローネとサンディの前では年相応の表情を見せる。

 「疲れを癒やす、特別マッサージをしてあげよっか?」

 鞭を片手に、ここぞとばかりにサンディが声をかける。

 「嬉しい。お願いできますか?」

 「え? それは止めた方がいいんじゃないか?」

 ディオンは思わず声をかけたが、メイアはサンディに手を引かれて奥の部屋へと行ってしまった。

 ほどなくして、扉の向こう側から微かにメイアの声が聞こえてくる。

 「ああっ、気持ちいい。全身がとろけそうです」

 「ここをこうすればもっとよくなるわよ。ほれほれ」

 「はぁー、幸せ~~~。もうどうにかなっちゃいます~~~」

 「メイアったら、かわいい。そんな風に言われたら、もっとサービスしたくなっちゃうわ」

 いったい何をしてるんだ?

 ディオンは、甘美な声に思わず耳をそばだてた。特別マッサージなんて言うから、てっきりサンディの鞭がうなるのかと思ったら、どうもそうではないらしい。

 それとも、まさかとは思うがメイアにそっち方面の性癖があるのか。メイアとサンディ、ふたりの間にどんなマッサージが繰り広げられているのか。妄想が広がるままに、ふらふらと奥の扉へと歩み寄ろうとしたディオンは、シローネに耳を引っ張られた。

 「何してるのです?」

 「いや、俺もちょっとめくるめく向こうの世界に行こうと思って」

 「馬鹿なこと言ってないで、アンタには他にやるべきことが残っていますわ!」

 シローネは、書類の束をハリセンのようにディオンの頬に叩きつける。

 スパーン!

 事務所に気持ちがいいくらい派手な音が鳴り響いた。

 「何するんだよ!」

 「帰ってきたらやるっていう約束でしたわね。きっちり終わるまで寝かせませんわ。わたくしは有言実行の女なのですから!」

 白紙の書類が、ディオンの机に積み上げられていた。

 結局、ディオンはサンディの特別マッサージは受けられず、その夜、ダンジョン屋の事務室の灯りが消えることはなかった。