不死の軍勢を率いるぼっち死霊術師、転職してSSSランク冒険者になる。(3)

 冒険者ギルド実力試験に参加する面々の表情は固い。

 アスカロンの前に集った冒険者たちの前には、一人の女性が壇上に立っていた。

 「今回の実力試験に立ち会うことになった、カルファ・シュネーヴルです。どうぞ、皆さんの日頃の研鑽を見せていただければと思います。今回は冒険者認定試験の受験者が一組、昇格試験の受験者が二組となっていますね」

 手元の資料に目を通したカルファは、ちらりとローグたちを見た。

 目を向けられたローグは、手をひらひらと振って答えると、カルファは会釈だけして続ける。

 「一組目、ローグ・クセル。二組目、ラグルド・サイフォン率いるCクラスチーム、ドレッド・ファイア。三組目、グラン・カルマ率いるBクラスチーム、獅子の心臓ですね。準備はよろしいでしょうか?」

 「おう、いつでもいいぜー」

 「は、はい! 頑張ります!」

 「……」

 ローグ、ラグルド、グランはそれぞれ壇上のカルファに返事を出す。

 ラグルドとグランの後ろにいる冒険者たちが、彼等のパーティーメンバーなのだろう。

 皆、硬い表情を崩そうとしていない。それほどの緊張がうかがえた。

 「では、Aランク昇格試験を受ける獅子の心臓の方々は、首都外れの中階位層ダンジョン、デラウェア渓谷の最深第十階層ボスであるオロチの討伐を。オロチの特徴として上げられるのは、頭部が八つあること。そして神経毒を吐き出すことです。これらを踏まえた上で、Aランクに位置づけられるオロチの頭部八つを納品すれば、Aランク昇格試験の合格となります」

 事務的に、書類を読み上げるカルファ。

 命令された獅子の心臓の面々の表情が一気に引き締まる。

 隣で、ラグルドが苦悶の表情を浮かべていた。

 「オ、オロチ。Aランクの中でも相当強い部類の魔物を昇格試験に持ってくるなんて、カルファ様は相変わらずだな……!」

 「鑑定士さんって、そんなに厳しいんですか?」

 ローグが問うと、ラグルドは強張りながらも頷く。

 「あぁ。カルファ様の行う試験では、合格者は少なくなるんだ。だがその代わり、成功したときにはカルファ様のお墨付きってことで、ギルド内ではちょっとした英雄になれるんだけどね」

 グランは、冷えた目つきでローグを睨み付ける。

 ローグはそれに対して反抗的な態度はとらないが、後方でじっと待機しているイネスの方が代わりに鋭い殺気を放っている。

 「ちなみに、ローグさんの最初の任務はデラウェア渓谷第一階層での清掃任務です。渓谷の第一階層は、魔物の死骸やマナーの悪い冒険者たちによるポイ捨てなどの影響で大きなゴミ屋敷と化していますからね。よろしくお願いします」

 なるほど、と。ローグはポンと手を打った。

 「人々の役に立つのが冒険者なんだから、当然だな。そういう任務を積み重ねていくことで、人の信頼を勝ち取っていくのか……! 冒険者という職業は、どこまでも深いな」

 「ローグ様、私たちも力の限りサポート致します!」

 『何か周りと温度差が激しいように思うが、我もできうる限りのことはしようぞ』

 ローグチームが互いに結束を固める中で、カルファは最後にラグルドチームのもとに行っていた。

 「えぇと、最後にドレッド・ファイアの皆さんですが、Bランク昇格試験とのことで第六階層の階層ボス、筋肉狼の群れの討伐ですね。ローグさんチームの清掃任務が二時間、獅子の心臓の階層攻略が一時間と考えれば、六階層の方にも少しは顔を見せられるかと思います」

 「カルファ様!? オレたちまさかのついでですか!?」

 「い、いえ、そんなことはありませんよ!? ひ、人手不足ですから……」

 しどろもどろになりながらカルファは目をそっぽに向けていた。

 そんなラグルドとカルファのやりとりを尻目に、グランは静かに自分たちのチームの下に戻っていったのだった。

 ***

 デラウェア渓谷第一階層。

 首都外れの洞窟に一行が足を踏み入れると、ねじ曲がったかのような巨大な空間が広がっていた。

 第一階層に見えるのは数々の回復薬の瓶、投げ捨てられた鎧や、パーティー用のキャンプで使用したであろう物品などなど、様々なものが至る所に散らばっていた。

 そんな様子に目もくれずに、チーム獅子の心臓はカルファに片膝をついた。

 代表のグランが、告げる。

 「獅子の心臓三名。第十階層ボスのオロチが八つの頭部納品任務を承りました」

 「くれぐれも、命だけは大切に。健闘を祈っています」

 カルファが祈りを捧げると、グランたちは第十階層まで続く階段を下っていく。

 第一階層は、おおよそ森一つ分の広さで、草原に囲まれている。

 そこに散乱するゴミは無数にあり、とてもではないが手ぶらで片付けられるような量ではない。

 「あの後、準備時間があったんだから市販の収納袋を買っておけばいいのに、ローグさん、結局何も買わずにきちゃったんですよね。本当に大丈夫かなぁ……?」

 そんなラグルドの言葉だったが、カルファは苦笑いを浮かべつつ、ローグたちを見た。

 ローグの後方にいたイネスとニーズヘッグが二手に分かれ、広大な草原をおおまかに一周してローグに何かを伝える。

 それに快く頷いたローグは、両手を大きく広げた。

 「龍属性魔法、大竜巻」

 ローグがそう宣言すると同時に、彼の手からは洞窟の天井まで届くほどの巨大な竜巻ができる。

 『む、我がかつて教えた魔法だな。主よ、随分と魔法力消費の効率が良くなったものだな』

 「ニーズヘッグの教え方が上手かっただけだよ」

 『くはははは。そう言ってもらえると、我とて鼻が高いな』

 上機嫌なニーズヘッグは、ローグの肩の上で高笑いをしながら竜巻の行方を目で追った。

 その竜巻は、ゆっくりと洞窟内を動き回って、落ちているゴミを全て拾い上げていく。

 「破壊魔法の魔王の一撃……っと、よし、終わり」

 拾い上げられたゴミは全て、ローグが自身の隣に生成した大きく黒い穴に吸い込まれていく。

 「完璧でございます、ローグ様」

 「イネスに教わったけど、こればっかりは習得に時間がかかったからな。でも、あると便利だよな。鑑定士さん。これで大丈夫かな? 多分、ゴミの取りこぼしはないと思うんだけど」

 洞窟内の全てのゴミが発生した竜巻によって集積され、SSランクの世界七賢人でも使えないとされる伝説上の魔法に全て吸い込まれていく。

 「……し、試験合格です……。一応確認してみますが……どうやら、全てのゴミが取り除かれています……。冒険者認定試験、合格。記録五秒は、世界最速です……」

 カルファが、震えながら言うとラグルドは白目を剥いて地面に突っ伏した。

 「SSSランクって、もはや何でもありなんだね!?」

 ラグルドの虚しい叫びが、綺麗ピカピカになった第一階層に響き渡ったのだった。

 ***

 第一階層とは打って変わって、第六階層の地面は数々の白骨で埋め尽くされている。

 おおよそ二五メートルほどの円形の部屋の壁には、数々の黒い穴が空けられていた。

 ここの階層ボスである筋肉狼の巣窟である。

 「でぇぇやぁぁぁぁっ!!」

 ラグルドは、迫り来る筋肉狼の爪攻撃を直剣の腹で受け止める。

 「シノン、援護!」

 「あぁ、分かってる! 衝撃魔法大地の雄叫び!」

 ドレッド・ファイアの唯一の構成メンバーでもある、槍使いシノン。

 短く切り揃えられた紫髪に、胸に巻いたサラシ。首から提げた碧色のペンダントがきらりと光る。

 「うらぁぁぁッ!!」

 女ながらに雄々しい声を上げて、シノンは穂先を、筋肉狼の最も皮膚の薄い顔面に突き立てる。

 動かなくなったBランクの魔物に、「よし!」と拳を掲げるが、そんな悠長な時間はなかった。

 「ラグルド! 五時の方向から追加で四頭来るよ! 十二時の方からも新たに三頭追加!」

 お互いが背を任せ合う形で、密に連携を取り合いながら忙しなく動く。

 「あぁ、もう! シノンさー、ヘルプで魔法術師と近接職業持ちを連れてきておけばよかったね!」

 「そんな奴等を雇う金、このパーティーには、ない!!」

 「知ってるよ!!」

 筋肉狼は、全身が固く太い筋肉で盛り上がっている。

 バネのような筋肉から繰り出される跳躍力。そして強靱な顎はこれまで数々の魔物や冒険者たちを屠ってきた。

 壁に空いた黒い穴は、奥の空間で繋がっているためにどこから出てくるか分からない。

 少しでも二人が連携を怠ると、隠れている筋肉狼は、大挙して押し寄せてくるだろう。

 「ラグルド! 回復薬渡しとくからさっさと回復しな!」

 「助かる! 残りはいくらだ?」

 「二つだ。お互い一回ずつ使ってなくなる! 最近は回復薬も値段が張ってるからな!」

 そんなドレッド・ファイアの戦い振りを、階層階段付近で見守る三人と一頭がいる。

 「これが、冒険者の戦い方か……! カッコいい、これはカッコいいな!!」

 カルファは、手持ちの書類に目を通しながら、晴れて新人冒険者となったローグに苦笑いを浮かべる。

 「ふふふ、ローグさんは大げさですね。みんなこうして戦っているのですよ」

 「そんなことはないぞ、鑑定士さん! 背中を合わせて互いが互いをサポートしあう。そして密に連携を取り合って強大な敵に立ち向かう。これぞ冒険者、これぞ仲間の本当の姿ってもんなんだからな!」

 「で、ですがローグさんもあの強大な兵力とイネスさん、ニーズヘッグさんという信頼できるお仲間をお持ちではないですか」

 おずおずと、ローグの腕にぴっとりと寄りつくイネスと、ローグの肩ですやすやと寝息を立てるミニマムニーズヘッグを見てカルファは言う。

 そーっと、カルファがニーズヘッグのぷにぷに肌を触ろうとするが、触れようとした瞬間に、敏感にも気付いたニーズヘッグがきらりと白い牙を見せつけている。

 「そうだなぁ……」

 ローグが、ニーズヘッグの頭をなでなでとさすると、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らすのを見てカルファは心底落胆していた。

 『くはははは。仲間か、いいではないか。主に徒なす者を燃やし尽くし、切り刻み尽くし、国もろとも消し炭にする役割を担う者のことだろう?』

 「良いことを言うではないですか、ニーズヘッグ。ローグ様のお友達にならない者を全て滅ぼすことが我々の使命です。ローグ様の悲願は、全世界の方とお友達になられることなのですから」

 「ってことだ、見たか鑑定士さん。距離感だけは間違えずに首輪をしっかりとつけておかないと大変なことになるだろう?」

 「ローグさんも、大変ですね……」

 「それに、俺は死霊術師だからって、むやみに人を傷つけたこともないし、蘇生させたこいつらが人を傷つけることを断じて許すつもりもないからな。……もちろんだけど、友達にならないやつ皆殺しなんて過激なことは思ってないからね? そんなこと言ってるのこいつらだけだからね!?」

 「ふふふ、分かっていますよ」

 焦るように言うローグに、カルファは面白そうに笑っていた。

 そんな中でもドレッド・ファイアは着実に、一頭ずつ筋肉狼を片付けてゆき、それを見続ける三人。

 「ラストだ! シノン、気張ってくれよ!」

 「回復薬も切れた! ここで怪我しても戻るまでは治せないから、覚悟してかかるんだね!」

 試験も大詰めを迎えようとしていた。

 ドレッド・ファイアの足下に転がる筋肉狼の死体は十一つ。

 足音からして、生き残りはあと三頭あたりだろう。

 今の状況からしても、余力が残されている。

 「こちらの方も、どうやらクリアになりそうですね」

 カルファが、パーティーメンバーそれぞれの書類にチェックを入れていく。

 と、その瞬間だった。

 『主よ』

 肩の上でうたた寝していたニーズヘッグがぴくりと跳ねるようにして宙に浮かぶ。

 「ローグ様。第十階層にて何か不穏な空気を感じます。いかが致しましょう」

 ニーズヘッグとイネスの進言に、ローグは「あぁ、俺も今感じたところだ」と即答する。

 「え、え? 第十階層? 何が……何が起こってるんですか……?」

 状況を判断できていないカルファは、心配そうに言う。

 「はっきりとは分からない。だけど、下の方で異常が起こってる」

 「十階層というと、グランさんですか? 試験中に、何か異変があればすぐさま中止して帰投するのがルールです。試験に落ちることもありませんし、危機管理の優秀なグランさんが、それを怠るとは思えませんが──」

 そんなカルファの焦りように、ローグはすぐさま下の階層へと続く階段に向かっていった。

 「イネス、ニーズヘッグ。お前たちはここで待機しててくれ。デラウェア渓谷は、何かおかしい」

 「ちょ、ちょっと、ローグさん!? どこに──!」

 「悪いね、鑑定士さん! ウチのは優秀だから、何かあったら頼ってくれ! 俺は十階層に行ってくる!」

 あっという間に姿を消したローグに、カルファは目を丸くする。

 「さ、最深階層に突っ走っていく新人冒険者なんて、聞いたことがありませんよ……」

 ***

 デラウェア渓谷最深第十階層。

 ダンジョンは、階層が下になればなるほど、階層自体も狭まっていく傾向がある。

 この渓谷もその例に漏れず、おおよそ二十メートル四方の暗く小さな空間が、階層ボスのオロチの巣窟だった。

 そんな中で、グラン・カルマ率いる冒険者パーティー、獅子の心臓は窮地に追いやられていた。

 前方には八つ頭の大蛇にして、最深第十階層のボス、オロチ。

 神経毒入りの強力な牙を持つオロチの猛攻をいなす熟練冒険者グランだが、本来後方支援するはずの魔法術師、回復術師は全く別の方向を向いて、突如現れた新敵への対処を余儀なくされていた。

 「くっそ、こいつら次から次へと! 水・土混合魔法──土石流!」

 魔法術師が放った土石流が、新敵を次々と屠っていく。

 だが、際限なく部屋の奥から出てくるそいつらに、魔法術師の顔も大きく引きつった。

 「グラン、ここは一旦退いて態勢立て直すしかねぇんじゃねぇか?」

 「……」

 グランは、何も言わなかった。

 ただ一人、回復薬一つ持たずにオロチとの攻防を続けている。

 神経毒が肌に触れないようにしながらも、オロチの体躯に備わる鋭い鱗で身体が次々と傷ついていく。

 それでも、苦い顔一つ浮かべずに剣をオロチに突き立てていく。

 「どー見ても緊急事態だぞ、リーダー。今退いても試験の合否にゃ関係ねぇだろ。ったくよぉ」

 無精髭をぼりぼりと掻き毟りながら、魔法術師は深々とため息をつく。

 「──なんでこんなところに魔物どもが出てくんだぁ?」

 苦虫を噛みつぶしたように言う魔法術師の眼前には、数体のゴブリンの姿があった。

 全身を薄緑で覆われた醜悪な面容のそれは、一体あたりはそれほどの脅威ではない。だが、群れるとすこぶる厄介だ。

 彼らのリーダーであるゴブリンキングがいないまでも、ダンジョンのような閉鎖空間では俊敏なゴブリンは厄介さが倍化する。

 「ゲグァヤァギャァァァッ!!」

 軽い身体と、俊敏な身体能力でゴブリンの一体が壁を蹴って、魔法術師との間を詰める。

 魔法術師は、後ろで子羊のように怯える女回復術師の盾になるかのように、大急ぎで魔法の詠唱に取りかかる。

 「風属性魔法、鎌鼬」

 決して威力が強い魔法ではないが、後方には本命ボスのオロチがいるために、下手に全力を出すことができない。

 かといって、急な新敵にグランまで人員を割いてしまうと、オロチの神経毒がいつやってくるかも分からなくなる。

 「グラン、このままじゃジリ貧だぞ。やっぱ一旦退いて応援を呼ぼう。第六階層にはDクラスのゴブリンくらいなら多少戦えるドレッド・ファイアがいるし、皇国最強のカルファ様だっているだろ。いざとなりゃ噂のSSSランクにも応援を頼めば……なっ!」

 魔法発動が間に合わないと悟った魔法術師は、自らの足でゴブリンの脇腹を蹴り上げた。

 「試験の邪魔をするなと言っておいて、我々が邪魔をしたとなると一生の笑いものだ」

 「んなこと言ってる場合かよ……! なぁ、グラン。死んだら元も子もないんだぜ?」

 必死にリーダーを説得しようとする魔法術師だが、グランは苦しい表情でオロチの頭の一つを叩き斬る。

 「ンヴァアァァァァッ!!」

 頭部一つを失ったオロチの断末魔が閉鎖空間に響き渡る。

 音を通じて大地が揺れ、呼応するかのようにゴブリンたちも吠える。

 「うへぇ……埒があかねぇぞこれ……」

 ゴブリンたちが、オロチの巣窟からわらわらと湧き出てくる。

 だが、その出所は分からない。

 こんな小さな空間のどこに、これだけのゴブリンたちを収容できる空間があるというのだ。

 グランは、自身の真横に現れたゴブリンを一体斬殺してから、魔法術師に顔を向ける。

 「俺はオロチをやる。お前たちは、第六階層に応援を頼んでくれ。第一階層の新人は、清掃任務だ。後一時間はかかるだろうからな……」

 「了解! リーダー! 応援呼ぶまで、死ぬんじゃねーぞ!」

 魔法術師がようやく笑みを浮かべた。

 だが、先ほど蹴りを入れたゴブリンが視界の外でピクリと跳ねた。

 蹴りの入りが悪かったのか、すぐさま立ち上がって、回復術師との間を詰める。

 獅子の心臓の回復術師は女性で、さらには戦闘能力をほとんど持っていない。

 ここで回復術師が真っ先に潰されてしまえば、この量のゴブリンたちを討伐することはほとんど不可能になってしまう。

 「……チィッ!」

 魔法術師は、回復術師を庇うように両手を広げた。

 ゴブリンは手に持っていた短刀をスパッと横に薙いだ。

 「──!?」

 その様子を見たグランに戦慄が走った。

 魔法術師の左腕は、ナイフで切られて血がドクドクと流れ出ている。

 魔法術師は苦悶の表情を浮かべながら「こっちも毒かよ……ッ!」と吐き捨てながら、魔法を撃ったが、威力が弱かったのか、ゴブリンにそれは通じなかった。

 「ぬぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 グランは、力任せに剣を振り抜いて、二人に迫るゴブリンの身体を二つに割った。

 その隙を、後方のオロチは見逃さない。

 神経毒のたっぷり詰まった牙が、グランの片腕に突き刺さる。

 身体に激しい電流が走ったかのような痛みが巡ると共に、意識が混濁していく。

 片目が潰れ、ただでさえ狭いグランの視界が、もっと狭くなる。

 魔法術師も、グランも神経毒でやられている中で回復術師が怯えるように右往左往する。

 ギルド掲示板にて、臨時で雇った言葉を話せない回復術師を、この場で失うことはできない。

 本来のパーティーメンバーで無い者を殉職させることは、冒険者にとっては自らの死よりも恥が残る。それにただでさえ、回復薬不足で引く手あまたの回復術師だ。

 「……不甲斐ないパーティーリーダーですまない。回復術師、お前だけでも逃げてくれ」

 最後の力を振り絞って、回復術師の逃げ場を作るグラン。

 こく、こくと震えながら頷く回復術師はすぐさま階層階段を上っていく。

 「らしくねぇじゃねぇかよ、グラン」

 ゴブリンの神経毒にやられて身動きの取れなくなった魔法術師が、苦笑いでグランに言う。

 グランの前にもオロチが今か今かと互いの頭部同士で、意思疎通を図っている。

 「年甲斐にもなく、新人に八つ当たりした手前引けなくなった」

 「相変わらず、プライドだけは高いおっさんだな……。付いてくこっちの身にもなってくれよなぁ」

 「返す言葉もない」

 「ま、充分楽しめたし、満足だったけどな。欲を言うなら、もーちょいあんたと上の景色見てみたかったが……」

 魔法術師が、死を覚悟した。

 狭い巣窟の中で次々とゴブリンが現れ出した。

 オロチの牙がゆっくりと迫ろうとしていた。

 ──その時だった。

 「龍属性魔法、龍王の吐息」

 大質量の黒い炎が、第十階の深層をまとめて包み込んだ。

 ゴブリンたちは、襲い来る巨大な炎に骨ごと焼かれて消滅していった。

 呆気に取られて首を竦めるのはオロチだ。

 「何とか間に合いましたね、グランさん、無事ですか!」

 その声の主が、回復術師と共に現れた。

 「……新人、なぜ、ここに……?」

 グランは驚くようにその人物を見た。

 それは、今まさに第一階層で冒険者になるべく試験を受けていたはずの、ローグ・クセルだった。

 「グォァァァァァッギャォァァァッ!!??」

 ゴブリンたちの断末魔。

 その隙に、ローグは傷ついたグランと魔法術師を階層階段まで運んでいった。

 献身的に女性の回復術師が回復魔法を放つが、傷の治りは少し遅い。

 単純な切り傷や噛み傷以外にも、状態異常の神経毒が混ざっていることも原因だろう。

 「何で新人がこんな所にいるんだ……?」

 グランが、苦痛と汗で顔を歪ませながらも強気で言う。

 「第一階層の清掃任務が終わって、ドレッド・ファイアの任務の様子を見学していたんですよ。そうしたら、下の方に異変を感じ走ってきた次第です。何とか間に合ってよかったです!」

 グランは、ふぅと深く息を吐いた。

 ローグは悔しそうに患部を見つめる。

 「すみません、俺、回復魔法は結構疎くて力になれそうにありません……!」

 事実、ローグはそこまで回復術に精通しているわけではない。

 本職が死霊術師というのもあり、主となるのは回復術よりも、死霊術や蘇生術の方になる。

 不死の軍勢を率いるとなると、回復術がほとんど必要なかったことに加えて、ローグ自身が戦闘によって傷を負うことが全くと言っていいほどなかったために、回復すること自体、機会に恵まれなかったこともある。

 「こんなことだったら、回復術についてもっと学んでおけば……!」

 ローグの言葉に、魔法術師は「あっはっは」と快活に笑う。

 「何言ってんだ。あの窮地救ってもらっただけで大助かりだってんだ。なぁ、グラン!」

 「あぁ、そうだな。新人、いや、ローグよ。助かった。礼を言う」

 回復術師の治療が続き、患部には温かい緑の光が宛がわれる。

 しゅぅぅ、と煙を上げて少しずつ回復してきたグランは、魔法術師と共に再び立ち上がった。

 「グルルルル? ルルル……?」

 喉をごろごろと鳴らしながら辺りをたむろっているのは七つ頭のオロチ。

 「このことは、俺からも包み隠さずカルファ様の方にお伝えしよう。残るはオロチ、奴のみだ。イレギュラー対応ができなかった俺にはもう昇格の目はないだろうが、せめて後悔のないように最後までやらせてもらいたい」

 グランの言葉に、魔法術師や回復術師も決意を固めた

 「ローグさん、ありがとうよ。ゴブリンたちがいなくなったのも、ローグさんのおかげだ。ギルドに帰ったら死ぬほどエール奢らせてくれよ」

 魔法術師がにこりと笑い、三人は再びオロチに立ち向かおうとする。

 「──いえ、まだです」

 そんな中で、違和感を覚えたのは、ローグだけだった。

 「グランさん、ここをお願いします」

 意味深なローグの言葉を、不思議に思いながらもグランは「任せてくれるならば本望だ」とだけ呟いて、剣の柄を握った。

 「ありがとうございます」

 直後、ローグは右手に魔法力を溜める。

 「破壊魔法、地盤沈下」

 ローグが短い魔法詠唱を終えると、ぐにゃりとローグの周りだけ地面が下降していく。

 グランが、オロチに向き合いながらも後方のローグの姿に首を傾げる。

 「何をするかと思えば……ここは渓谷最深の第十階層だぞ。その下には何も──」

 言いかけて、事の顛末を見守っていたグランが「うっ……!」と悲鳴にも似た声を上げる。

 落ち着き払いつつも、ローグは階下を見て呟いた。

 「やはり、思った通りです。第一一階層の存在を確認しました。ゴブリン、オークが大量発生していますね」

 「──何!?」

 「第十一階層!? 聞いたことねぇぞ、そんなの!」

 グランと魔法術師も驚きの声を上げる。

 魔法術師は、オロチを牽制しつつチラリと十一階層を見つめる。

 そこには刃こぼれを起こした直剣や、皇国の銀鎧などが散乱していた。

 「サルディア皇国兵の銀鎧に、武器一式と……アスカロンで捜索願が出されている最中のDランクパーティー・アーセナル、Cランクパーティー・デスペラードの持ち物だ。これは、一体……!」

 ローグは、地面ごと階下に落下しつつ、グランたちに向けて叫んだ。

 「オロチがこの場に落ちてこないようにしっかり留めておいてください! こいつらの持ってる遺品は回収しましょう!」

 軽やかな動きと共にダンッと、ローグが第十一階層の地面に足を付ける。

 「グギ……?」

 「グキキ?」

 十一階層にいるゴブリンたちが、ローグの存在に気付いて小さく声を上げた。

 第十階層の狭さとは打って変わって、十一階層には広々とした空間が広がっている。

 高さはおおよそ三メートルほどと高くはないが、奥に続いた暗い道はどこまで繋がっているかが分からない。

 「この空間、自然にできるものじゃないよな。明らかに人工的に作られた空間だ。一体この国はどうなってるんだ……?」

 ローグを見るや否や襲い掛かってくるゴブリンたちだが、以前のようにその長であるゴブリンキングの姿はない。

 ここにいるのはおそらく組織の中でも末端の末端だろう。

 「これで全部か。何の目的があってこんなとこに巣食ってるのかは分からないけど、先輩の邪魔をしたのはいただけないな」

 それでも、およそ数十体いるゴブリンたちの群れを相手に少しも怯むことなくローグは呟いた。

 「ひとまず、ここのは全部回収させてもらうとするか」

 ローグは全てのゴブリンたちを屠るまで、一度も止まることなく剣を振り続けたのだった。