不死の軍勢を率いるぼっち死霊術師、転職してSSSランク冒険者になる。(4)

 ***

 デラウェア渓谷の第十階層では、グランたちによるオロチ討伐が完了していた。

 神経毒に侵されながらもオロチの八つ頭を斬り落としたグランだったが、その表情は暗い。

 幻の第十一階層から再び十階層へと、グランの垂らしたロープで這い上がったローグも、回収した一部の装備品を見て小さく息を吐く。

 グランは、様々な装備品を手に持って言う。

 「カルファ様が来てみないと状況は断定ができないが、確かにこれは行方不明になっていたアーセナル、デスペラードのものだろう」

 「グランさん、サルディア皇国ってのは、そんなに人死にが多いものなんですかね?」

 「冒険者稼業をやっていれば、少なからず人死には出るさ。だがそれでも半年以内に、二つのパーティーのメンバー全てが行方不明というのは、いささか不可解だ」

 グランの言葉に、魔法術師も続く。

 「いい例えじゃないが、俺たちがさっき死にかけた時でも、回復術師だけは逃がそうとしてた

 からな。パーティーメンバー全滅を避けるってのと、近くのパーティーに応援を求めるって意味でもね。だから、パーティーが崩壊しても、一人か二人くらいはギルドに戻って報告するのがほとんどなんだよ」

 二人の話を聞いて、ローグも「なるほど」と納得する。

 「少し前までは、ゴブリンが現れるとしても局地的に五、六体を一つのまとまりとしたものばかりだったのだがな。最近は、森の中をゴブリンの一群が自由に歩いている姿を見ることもなかったし──」

 グランは訝しむように首を傾げる。

 すると、慌てた様子で駆け下りてくる女性が一人。

 「グ、グランさん! ご無事ですか!?」

 カルファ・シュネーヴルはロングストレートの金髪を左右に振りながら、階段を下りてくる。

 パタパタと漆黒の翼をはためかせながら、ローグの肩という定位置に降り立ったニーズヘッグに、「ローグ様ぁぁぁぁぁ!!」とカルファよりも先に十階層に下りてローグの腕に擦り寄るイネス。

 ──と、もう一組。

 「あぁぁぁぁ……ダメだった……最後の最後で回復薬がなくなった……」

 「しゃーねぇ。大体、今は回復薬単価が異常に高すぎんだよな。なんつったって平時の五倍だ……」

 心底落胆するラグルドとシノン。

 イネスが、周りに配慮してぼそりとローグに耳打ちをする。

 「彼らは、回復薬切れを起こして任務をリタイアしたのです。リタイア後の処置としては、残った筋肉狼を直接カルファ・シュネーヴルが倒したくらいですが」

 「なかなかに原始的な審査方法なんだな。ラグルドさんの落ち込みようも理解できたよ」

 グランのもとに辿り着いたカルファは、付近に置かれている装備品と、階下に積み上げられたゴブリンの死体を見て、ごくりと喉を鳴らした。

 「これは──」

 「サルディア皇国の紋章入り銀鎧は、あんたたち皇国兵のものだろう。あくまで俺たち冒険者と皇国兵士の間にゃ大きな関わりを持つべからずの精神は守られてはいるが、それも今回のような件が続けば、いつまでもつだろうな」

 グランの言葉にカルファは、遺品と思われるものを一つ一つチェックした後に、全体を見渡して言う。

 「調査するしかありません。十一階層の先に道があるというのなら、確かめざるを得ないでしょう。現時点でデラウェア渓谷の最深十階層はAランクの実力があれば踏破できるとされています──が、この先は未知数です」

 カルファは続ける。

 「この先は後日、改めて調査致します。そろそろ日も落ちてきますし、これ以上は危険です。そして……同時にこのことについての口外は調査が終わるまで強く禁止させてください。この度は、私たち試験官の監督不行き届です。獅子の心臓の皆さん、そしてローグさん。本当に、申し訳ありませんでした」

 カルファは、腰を直角に折ってローグたちに謝った。

 ローグは、ちらりと確かめるようにグランを見る。

 「正直、今この国に何が起こっているのか、俺たち末端には何も説明されていないのが現状だ」

 グランは、冷静に言う。

 「え、むしろこの国で何が起こってるの? え?」と、不思議そうに空気を読まないラグルドがシノンに頭を叩かれる中で、グランは続ける。

 「短期間にパーティー二つが壊滅、そしてゴブリンをはじめとする魔物討伐依頼数の減少。にもかかわらず局所的に大量発生している。それを追うかのように回復薬のような回復支援薬の急速な値上がり。どれもこれも自然に起こりうることではなかろう。このままでは、冒険者たちの生活に重大な支障が出続ける。これ以上危害が広がるとなると、冒険者連合とて黙って見過ごすことはできないが、よろしいでしょうな、カルファ・シュネーヴル様」

 凍てつくようなグランの瞳に、カルファは「はい……」と力なく答えた。

 「サルディア皇国の皇帝の名にかけて、全容解明に尽力致します」

 そう言ってしばらく、冒険者パーティードレッド・ファイアと獅子の心臓は地上へと帰投した。

 一方、第十一階層に降りたローグたち一行とカルファ。

 「すみません、わざわざローグさんにまで付き合っていただいて……」

 「このままだと鑑定士さんが一人で突っ走っていきそうだし、何より俺も気になるから構わないけどね」

 カルファは、ゴブリンたちの死体が握っている皇国兵士のものと思われる銀鎧を一つ一つ回収していた、その瞬間だった。

 「こ、皇帝様の使いの方でしょうか……! はぁっ、はぁ……っ!!」

 十一階層の暗い道を、ふらふらと走りながらやってくる一人の少女がいた。

 カルファは、疲れた目でふとその少女を見つめる。

 土と埃で汚れきった一枚の布地。

 ボロボロながらも、華奢で美しさが垣間見える手足。だが、その少女が裸足で走ってきた後ろには紅い血の跡が見える。

 肩まで伸びた翡翠の髪に、最も特徴的なのは尖った両耳だ。

 「……エルフか?」

 ローグが不思議そうに呟く。

 少女は、涙ながらに走ってきて、カルファの姿を見るや否や倒れ込むように彼女の腕の中に身体を委ねた。

 「皇国の方に、やっと声が届いたんですね……。良かった、本当に、良かった──」

 その瞳からは、幾粒もの涙がこぼれ出ている。

 「本当にどうなってるんだ、この国は」

 苦笑い気味に言うローグに、ついにはカルファまでもが弱音を口にした。

 「私にも、分かりません……」

 翡翠色の髪の毛すらも、ろくに手入れがされていない──いや、できていないようだった。

 そんな少女を見ながら、イネスは呟く。

 「エルフ族、主に回復魔術に長けた種族ですね。過去には、その可憐さで慰み者に、そして回復魔術の技術に目をつけられ奴隷として売買され続け、絶滅寸前に追いやられた者たちです」

 イネスの言葉に、むっとした様子でカルファが反論する。

 「前時代の、非人道的な話を持ち込まないでください。サルディア皇国は、村を一つの単位としてエルフ族と契約を交わしています。もともと放浪の民だったエルフ族の一部にもきちんと皇国民としての市民権、土地、主食の種を与えるなど、衣食住は保証済みです」

 エルフ族の一部は、もともとは放浪の民として知られている。

 定住はせず、彼らにとっての森の神、精霊と言われる類いの言葉に従って各地を転々としながら暮らす種族である。

 そんなエルフ族の中でも定住を望む者が現れ始めたことから、サルディア皇国はエルフ族に村を一つの纏まりとして定住権や土地を与えているのだった。

 そのことを聞いたローグは、納得したように頷いた。

 カルファは、ぶつぶつと必死に頭を巡らせている。

 「回復魔術の技術を借りるべく、エルフ族には皇国の回復薬作製のおおよそ七割を担ってもらっている状態ですし、ここ最近、皇国全体での回復薬不足の件は知っていましたが、まさか冒険者の消費が急増しているのでなく、生産ラインから支障が生じていたとでも……? それならば、私が今まで知らなかったというのも有り得る……」

 カルファはぶつぶつと呟き終えた後、少女の走ってきた奥の道に目を向ける。

 「ローグさん、今は引き返しましょう。翌朝すぐに、カルムら皇国兵士団を集めてデラウェア渓谷第十一階層の調査に乗り出します。エルフ族の少女は大聖堂にて保護します。事情もそこで聞くほかないでしょうし、夜になればなるほど、魔物の活動も激しくなります」

 カルファの言葉を受け、エルフ族の少女は、息も絶え絶えにローグの服をぎゅっと握る。

 「皇帝様の使いの方じゃ、ないんですか……?」

 ローグは、その少女の縋るような瞳に首を振るしかなかった。

 「悪いな、皇国兵士さんじゃなくて、新人冒険者でしかないんだ」

 カタカタと唇を震わせ、今にも泣きそうになりながらも、少女は我慢していた。

 「村を助けて……! 皇帝様の使いの方だと思って、頑張って逃げてきたのに……!」

 エルフ族の少女は、第十一階層に降り立ったローグたちを、皇国兵士だと思っていたらしかった。

 必死に助けを乞うていたのが、ようやく届いたのだと、確信していた。

 気力が尽きかけた少女は、それでも自分の役目を果たすかのようにしっかりと告げる。

 カルファは、哀れみの表情を浮かべてそれに答えようとする。

 「ええ、もちろんです。必ず助けます。しかし、あなたが今最も必要なことは休むこと──」

 「あぁ、もちろんだ。だから、今すぐ君の村の場所に案内してくれ。イネス、ニーズヘッグ。すぐに戦闘に入れるようにしておけ」

 ──そんなカルファの言葉を遮るように、ローグは少女を背負った。

 ニーズヘッグは宙に浮いて首をまわし、イネスは左目にオーラを迸らせた。

 その様子を見たカルファは驚いた様子で三人の前に立ちはだかる。

 「む、無茶なこと言わないでください! この先には何がいるのか分からないんですよ!? いくらSSSランクの実力があると言ったって、無謀すぎます! 夜になれば、魔物の数も格段に増えますし、彼女を背負ったまま戦うのは、負担になります!」

 「冒険者は、民の依頼に応えるためにいるんだってよ。俺も、ギルドに来て初めて知ったんだけどな。それに……」

 ローグは、指をパチンと鳴らす。

 瞬間、カルファの持っていた蝋燭灯の光が掻き消える。

 と同時に、暗闇からカチャカチャと、金属が擦れる音と独特の腐敗臭が場に広がっていく。

 「す、スケルトンに、ゾンビの大群……!」

 「勘違いしてもらっちゃ困るね、鑑定士さん。夜は奴等のものじゃない」

 ローグの周りに再び集結した不死の軍勢。

 「──俺たちの土俵だよ」

 冒険者として身分を偽ったとて、今でも死霊術師であることに変わりはない。

 局所的に発生させた不死の軍勢を見て、カルファはぐっと生唾を飲み込んだ。

 「い、いいんですか、ローグさん。もしも、このことがバレたら、それこそ隠蔽の意味がなくなってしまいます」

 「俺は、冒険者としての本分を果たすだけだ」

 ローグが淡泊に答える。

 『主よ。前方よりいくつか魔物がこちらに向かっているようだ』

 「ローグ様。何なりとご命令を」

 エルフ族の少女を背に負ったローグは、ポンポンと頭を叩く。

 「君、名前は?」

 「ミカエラ・シークレット……」

 「ミカエラか。よし、分かった。ミカエラ、君の村はどこにある?」

 するとミカエラは、第十一階層の奥まで続く道を指さした。

 「……っ! 私とて、サルディア皇国の誇りにかけて、無視するわけにはいきません! ローグさん、私も付いて行かせてください!」

 「確かに、鑑定士さんには来てもらわないと困るな」

 「ローグ様。前方より先ほどと同数のゴブリンの存在を確認しました」

 イネスとニーズヘッグが臨戦態勢に入る。

 「ひぅ……っ!」と、引きつったように目を瞑るのはミカエラ。

 「大丈夫だ、ミカエラ。君はしっかり前だけ見て案内してくれればいい」

 暗い第十一階層を駆け抜けながら、ローグは辺りを見回した。

 前へ進むだけの余裕しかないカルファとは裏腹に、ローグはぽつ、ぽつと呟くミカエラの言葉を聞き逃さなかった。

 やってくるゴブリンたちの攻撃を最小の動きで避け、踏み潰して前へと走る。

 後方から追いかけてくるゴブリンたちを、地中の闇から出現させた不死の軍勢に対処させる。

 ローグは、ミカエラから聞いたおおよその経緯をカルファに伝えた。

 「鑑定士さん、どうやらミカエラの村は随分前から何者かの占領下に置かれてるらしい。回復薬作製も皇国分への納入が減って、その何者かの方に流れてるみたいだしな」

 「……そうですか」

 「それから、監視の目を盗んでサルディアの皇帝のもとに三度使者を派遣したらしいが、一向に返事が来なかった。だが、俺たちが十一階層を発見したことを知ったミカエラが抜け出してきた。俺のことを帝国の使者だと思ってたってのが大まかな流れみたいだ。何か心当たりはないか?」

 カルファは頭を抱えるようにして、「三度!?」と恨むような目で洞窟の天井を見つめた。

 「ナッド様に謁見する度に、側に侍らせていた女性エルフ族が増えていました。その数も、最終的には三人です……ッ! あのエルフ族たちはそういうことだったんですね! 私たちには、軍人風情がとばかりに、国政に関わらせなかったくせに、この国はもはや内からボロボロになってたんじゃないですか……!」

 カルファは、もはやどうとでもなれとでも言うように自嘲気味に「ふふふ……ふふふ……」と壊れたように笑い始める。

 「何というか、鑑定士さんも大変だな」

 カルファの心労に、心から同情したローグだった。

 ミカエラたちエルフの村は本来、サルディア皇国最東端にあったと言う。

 サルディア皇国最東端は、大部分を森林に囲まれたのどかな地帯だった。

 もともと、前時代的な人間の支配によって大幅に数を減らしていたエルフ族にとって、市民権が与えられ、衣食住が保証されたということは、エルフ族史における大きな出来事だった。

 だが、数ヶ月前にゴブリンら下級魔物の集団が襲来すると共に、エルフの村は焼失。

 それに続いての火襲と、謎の勢力による拉致によって地下に幽閉されているのが現状だ。

 広い空間に出ると、周りには木造の簡易的な住宅が建ち並んでいた。

 壁には申し訳程度の灯りが、魔法によって灯されている状態だ。

 家々と地下空間中央には、一つ大きな噴水広場がある。

 そこに集められた数十人は皆耳が尖っていることが特徴の、老若男女問わず病的なまでに白い肌のエルフ族。

 全員が全員、ミカエラのようにみすぼらしく黄土色の布地を羽織っている。

 「あ、あそこです!」

 びくり、怯えるようにローグの背の影に隠れたミカエラ。

 なるほど、耳を澄ませば何やら騒動が起きているようだ。

 「あの女のガキをどこにやった! 言え! 言わんとこのまま貴様等まとめて叩き斬るぞ!」

 「私たちは、何も知りません……ッ!」

 「Sランクの古龍の力で、貴様等の村ごと完全に燃やし尽くしてもいいのだな……! おい、今すぐあの古龍の封印を解け!」

 「──分かりました! 出でよ、アースガルズ!」

 『ッッッッ!!』

 不穏なほどに極大な魔法力が、瞬間的にその場を支配する。

 『ヴォォォォォォォォッッ!!』

 空間を裂いて、一頭のドラゴンが姿を現そうとしていた。

 『ほう』

 ローグの上をぶらぶらと飛翔するニーズヘッグが珍しく興味を示した。

 「ぁんだ、貴様等は」

 跪くエルフ族の前に立ちはだかる人物は、ローグたちの存在に気付いたらしく、睨みを飛ばす。

 魔物とは違う、至って普通の人間だった。

 ローグでさえうまく掴みきれない状況に、カルファは毅然として前へ出る。

 「……ッ! サルディア皇国皇帝代理、カルファ・シュネーヴルです。この地とエルフ族たちは、サルディア皇国の管轄のはずです。あなた方の所属を名乗りなさい」

 煌びやかに鈍く光る銀の鎧と、首元に描かれたドラゴンの紋章を見せつけて名乗りを上げるカルファ。

 「ちっ、世界七賢人の《鑑定士》か。退路を塞げ、雑魚共!」

 エルフ族の先頭に立って、直剣を携えた一人の男は、ローグたちの後方を一瞥した。

 薄緑色の帽子と軍服で身を纏った小太りの男は、にやりと笑みを浮かべる。

 『ンギャィ!!』

 勢いよく、ローグたちの後ろを塞いだのは新たなゴブリンたちだった。

 「魔物たちが、人間の指示に従っている……!?」

 戦慄しつつも、カルファはすぐさま魔法力を練り始めた。

 「みんな……!」

 ローグの肩から、集められているエルフ族の中に向かって手を振るミカエラ。

 その様子を見たローグたち一行は、瞬時に動き始めた。

 「貴様等が何者かなど知ったことではない! こちらにはあの、Sランク級『龍神伝説』の子孫・アースガルズがいるのだからな! ここでぶちのめせば関係あるまい。アースガルズよ、侵入者を踏み潰すのだ!」

 男の声に呼応したかのように、巨大な空間に十メートル級のドラゴンが現れた。

 一対の黒い翼に、額に生えた一本の渦巻く角。

 その姿は、どこかニーズヘッグに似たような面持ちだった。

 『主よ、向こうの古龍は我に任せてはくれまいか』

 「おう、精一杯暴れてこい。《誓約》解除だ」

 『くはははははは!! 相手が我の子孫とは、面白きこともあるものだな。どこで何をしているのかと思っていれば、人間ごときの傀儡か。情けのない奴だ、くはははは!!』

 ローグの頭上を、巨大な影が通過した。

 漆黒の翼と、複数の紅く鋭い角。

 そしてその大きな体躯を微塵も感じさせない俊敏な動きで、元来の姿を取り戻したニーズヘッグは一直線に古龍アースガルズの下へと飛翔していく。

 ニーズヘッグの飛翔を見届けたローグは、ミカエラを背から下ろしながら言う。

 「イネス、後ろのと二人は任せた。絶対に怪我させるなよ」

 「承知致しました。我が身に代えましても、お二方は死守してみせましょう……ふふふふッ!!」

 イネスに生えた三対の翼が躍動する。

 紅の瞳だったうちの左目からは、漏れた魔力によって紅のオーラが迸る。

 「な、な、何が起こっているのかは分からぬが、私はAランク魔法術師だぞ! Sランクの古龍も手懐け、負けるわけがない! クソガキ一人にこの楽園を取られてなるものかぁぁっ!!」

 小太りの男は懐から魔方陣の描かれた紙を数枚取り出し、宙に投げた。

 「火属性魔法、陽炎の熱波!」

 男が唱えると同時に、魔方陣に大量の魔法力が注がれる。

 どこからともなく、小太りの男と同じような服を着た屈強な男たちが一斉に走り寄る。

 魔方陣が燃え尽きてなくなり、灼熱の炎がローグたちに襲いかかっていた。

 「なるほど、これは確かに並大抵の魔法術師の力ではないな」

 ローグは襲いかかる炎と多数の男たちを前に、くるりと手に持っていた短刀を遊ばせた。

 「だからこそ、もらい受ける価値がある。火属性魔法力付与」

 ローグが唱えると、炎は吸い込まれるようにしてローグの持つ短刀に纏われる。

 「ま、魔法力付与……!? SSランクの魔法術師スキルではないか!?」

 小太りの男は驚きのあまり、直剣を投げ出して逃げだそうとするのだが、

 「ひぃ!?」

 男の首に宛がわれたのは、魔法力付与によって、炎を纏った短刀だった。

 見れば、先ほどまでローグたちに襲いかかっていた兵士は全員まとめて倒されていた。

 冷や汗をダラダラかきつつ小太りの魔法術師は、恐る恐るローグの方を振り返る。

 「小さい女の子相手に何やってたのか、説明してもらおうじゃないか。な、魔法術師さん」

 ローグが短刀の柄の部分で首の後ろを打つと、魔法術師は泡を吹いてその場に倒れ伏した。

 その言葉と共に、カルファが前へと出る。

 カルファの姿を見たエルフ族の民はほっとしたように胸をなで下ろしていた。

 「ひとまずエルフ族の皆さんは自由にしてくださって構いません。私たちに助けを求めに来てくれた勇敢な少女に感謝の意を示すと共に、サルディア皇国の不行き届きでこのような事態を招いてしまい、誠に申し訳ありませんでした」

 カルファは、誠心誠意頭を下げる。

 渋々ながらも、簡易住宅の中に入っていってくれたエルフ族を見つつ、カルファは視線を移動させた。

 その先には、縄で縛られている小太りの魔法術師。

 いつの間にか定位置であるローグの隣にいたイネスとニーズヘッグ。

 イネスの後方には溜まりに溜まったゴブリンたちの遺骸。そしてニーズヘッグの後方には、おおよそ十メートルほどの巨体を誇るアースガルズが横たわっている。

 絶望の表情を見せる魔法術師に、カルファは告げる。

 「その服の国章からして、おおかたの予想はつきますが……。どこの所属か、何の目的でここにいるのかを教えてもらえないでしょうか。私たちとて、手荒な真似はしたくありません」

 カルファの諭すような物言いに、小太りの魔法術師はガンを飛ばす。

 「殺したければ殺せばいい。私とて軍人の端くれだ。敵に情報を売るような愚かな真似はせん」

 縛られながらも意地を張る魔法術師に、カルファは「はぁ」とため息をついた。

 「そうですか。一度、忠告はしましたよ」

 小太りの魔法術師は、ぐっと瞳を閉じる。

 これから、どれだけ酷い拷問をされるのかを覚悟した。

 と同時に、どんな拷問をされたとて絶対に口を開くまいと、そう固く決意した矢先のことだった。

 「──鑑定。《強制開示》」

 カルファはぼそりと呟いた。

 ─────────────────────

 【名前】 ジェラート・ファルル

 【種族】 人間族

 【性別】 男

 【年齢】 42

 【職業】 魔法術師

 【所属】 バルラ帝国第八魔法大隊兵長

 【クラス】A

 【レベル】48/100

 【経験値】68,097

 【体力】 C

 【筋力】 C

 【防御力】C

 【魔法力】A+

 【俊敏性】E

 【知力】 E

 ─────────────────────

 瞬間、魔法術師ジェラートのステータス画面が赤裸々に公開される。

 ジェラートの隣には、本来自らが申告して他者に示すもの以外に、レベルや経験値、各ランクなどが公開されている。

 「────なっ!?」

 ジェラートは、冷や汗をだらだらかきながら、自分の隣に示された全てのステータス画面に目を落とす。

 「一応、これでも《鑑定士》ですからね。少々手荒な真似をしましたが、あなたの全てを覗かせていただきました」

 何の驚きもなく、カルファは淡々とステータスを確認する。

 所属を含め、何も語るつもりのなかった覚悟が自分の意図せぬことで崩れさって、ジェラートは涙まじりにわめく。

 「そ、そこまでしなくてもいいだろう!? 鑑定士といえど、特定人物の了承を得てからでないとステータスは見られないはずではないのか!?」

 「私の鑑定能力は、強制的に任意の人物のステータスを表示させることができます。鑑定士の最高到達スキル、《強制開示》です。それはさておき、バルラ帝国ですか。我々と同盟を組んでいたはずですが、裏でこんなことをやっているとは……驚きですね」

 口をパクパク動かして「そんな、馬鹿な……嘘だ……」と絶望気味に空を見上げるジェラート。

 「何て言うか、エグいな……鑑定士さん」

 「私としても、鑑定士のこの能力には少々軽蔑するものがありますね」

 『敵方の将ながら、哀れみを禁じ得ないな』

 「私だって好きでこうなったわけじゃありませんからね!?」

 ローグ、イネス、ニーズヘッグがカルファと距離を取るようにして後ずさりするのを見て、カルファは涙目で叫んだのだった。

 「そ、そういえば、バルラ帝国ってのは、確か魔法大国だったな。近年急速に魔法技術が発達して国家として魔法力増強に力を注いだ結果、全国民の魔法水準がかなり高まっているとか。あれだけ国民全体に魔法使用がいき渡っているのも珍しいよ」

 ローグが思い出したように呟く。

 元々、居住地を一つにしなかったローグは、これまで各国を転々と放浪しながら生活していた。

 それに伴い、浅い程度ながらもいろいろなお国事情が耳に入ることも多かった。

 カルファは、首を傾げながら言う。

 「世界七賢人が一人。SSランクの《魔法術師》が実権を握り始めた国でもあります。彼が国のトップに立ったからこそ、国民全体の魔法技術水準が向上したのでしょう」

 「世界七賢人、ですか。ローグ様をその中に入れていない時点で信憑性など皆無ですが、巷ではよくその名を聞きますね」

 イネスがつまらなさそうに口を尖らせる。

 カルファは、深刻そうな表情で呟いた。

 「恐怖の魔王として世界を震撼させてきたイネスさんに言うのも憚られるのですが……。世界七賢人はもともと、世界最高峰の実力を持った者が集まってできた冒険者パーティーのことを言います。前衛の《剣士》《獣戦士》、中衛の《狙撃手》《魔法術師》、後衛の《回復術師》《龍騎士》、そして非戦闘員の私《鑑定士》。各国が精鋭を集めてチームを作り、再興した魔族を打ち倒したことからこのような大仰な呼ばれ方をされるようになりました。元々、何かの理由で魔族が弱体化されていたことと、数も勢力も不自然に少なくなっていたおかげで、何とか勝利することはできましたが──」

 魔族の再興、という単語に耳をぴくりと動かしたイネスだったが、「あぁ」と興味なさそうにローグを見つめた。

 「数年前ほど、力の弱い魔族たちが大暴れしていた頃がありましたね、ローグ様」

 「そうだっけ?」

 「よく分からない出の中級魔族が魔王の名を騙っていたので、多少懲らしめてやったではありませんか」

 『あぁ、思い出したぞ。確か……フェニックス、という魔族の分家の一門だったか。奴等性懲りもなく別の国で暴れていたというわけだな』

 イネスは、とろんとした目つきでローグの腕に身を寄せていた。

 そんな、異次元三人組の会話を聞いたカルファの頭からは、「え? え……?」と、ぷすぷす白い煙が上がっていた。

 「と、言うことは私たち……おこぼれを……」

 そう言いかけて、カルファはパン! と、両手で頬を叩いた。

 先ほど聞いた話を、なかったことにするようにして。

 「……と、ともかくですね」

 異次元三人組による懐かし話を無理矢理頭の隅に投げ置いたカルファは、金髪のロングストレートをふわりと風に揺らしてジェラートに向く。

 「バルラ帝国第八魔法大隊兵長、ジェラート・ファルルの身柄は大聖堂にて預かります。ローグさん、よろしいですか?」

 「あぁ、俺は特に異論はないよ。でも、ここまで来たんだから、どうなってるのかだけは知りたいかな」

 「もちろんです。バルラ帝国の手がサルディア皇国に入ろうとしているのなら、ますます存続の危機ですからね」

 ジェラートに聞かれないように、カルファはローグに「それに、陛下の崩御の件もありますから」と苦い顔で耳打ちする。

 現在、ローグの知る範疇だけでもサルディア皇国の問題は山積みだ。

 魔物の急襲で皇国正規兵が四割減ったことに加え、皇帝の死去。民を見捨てて逃げた挙げ句、逃亡先で死亡が確認されたことなど、国辱ですらある。

 今まで政治を把握できていなかったとはいえ、これまでの悪政の皺寄せを一身に受けているカルファの背に、どっと新たな重荷が追加されたようだった。

 事が終わるのを家の影から見守っていたエルフ族たちに、カルファは言う。

 「皆さん、この度はサルディア皇国皇帝代理として深くお詫び致します。翌朝には改めて皆さんの衣食住を今度こそ保証させてください」

 深々と何度も頭を下げるカルファを、エルフ族たちは奇異の目で見続けていたのだった。

 ***

 「……ふんごぉぉぉ! ふんごっ……ふんごぉぉぉぉっ!!」

 轡を嵌められて言葉も話せないバルラ帝国の魔法術師、ジェラートを抱えたローグは、デラウェア渓谷の第一階層まで戻っていた。

 「そういえば、ローグ様。ラグルドという人間から、ローグ様に言伝を預かっております」

 「ラグルドさんから……?」

 「はい。読み上げますと、『カルファ・シュネーヴル様との会合が終わり次第、冒険者ギルドに顔を出せ。これは、先輩命令だ!』とのことですね。ローグ様に命令を出している不届き者ということで処分致しましょうか?」

 眉間に皺を寄せて羊皮紙を眺めるイネスに、ローグは目を輝かせる。

 「先輩冒険者からの命令……! なんって、なんって尊い言葉か……ッ!」

 そう呟きながら星の輝く夜空に手を上げた。

 『主も、今日から冒険者とやらになったのだから良かったではないか。これで心置きなく「トモダチ」とやらが作れるのではないか?』

 「そうだぞニーズヘッグ! 冒険者ってのは、友達百人作れて、皆と助け合いを繰り返しながら、互いの結束と友情を深めていく素晴らしい職業なんだからな!」

 『くはははは。上手くいくといいがな』

 「まぁ、そうは言ってもまだ清掃任務しかやってない駆け出しなのには変わりないけどな。もしかしたら、生意気な後輩だってシメられるかもしれないし、パシリに使われるかもしれない。先輩の荷物持ちしたりするかもだけど、それこそが仲間の醍醐味! 上下関係の真髄だからな!」

 「ローグさんの冒険者像に、多少の歪みが感じられますね……」

 苦い顔で呟くカルファだったが、イネスから差し出された羊皮紙を受け取ったローグは、言伝の書かれたそれを大切そうに見つめて、にんまりとだらしない笑みを浮かべた。

 デラウェア渓谷の、ピカピカの第一階層を横切って地上に戻ったローグは、来たる冒険者生活への期待に大きく胸を膨らませていた。

 鼻唄交じりにアスカロンへと帰還していくローグ。そしてその後ろで、主の喜び以上に嬉しそうにしているニーズヘッグと、少しばかり複雑そうな表情を見せるイネス。

 「カルファ様、獅子の心臓からの連絡で駆けつけましたが、ご無事で……?」

 「えぇ、大丈夫です」

 カルファはようやく合流した皇国兵士カルムらと目を合わせた。

 「それよりも、私たちもそろそろ覚悟を決めねばならない時が来たようです」

 「……はぁ?」

 要領を得ないカルファの言葉に、カルムは頭に疑問符を浮かべる。

 「世界七賢人として共に戦った仲間と、敵対しなければならないかもしれないということですよ」

 そう夜空を見上げて呟くカルファは、少しばかり、寂しそうだった。