不死の軍勢を率いるぼっち死霊術師、転職してSSSランク冒険者になる。(5)

第二章 新人冒険者(Gランク)、龍殺しになる?

 アスカロンの前に戻ったローグたち一行は、その異様さに思わず目を細めていた。

 『ふむ、物の見事に人っ子一人おらんな。ラグルドの呼び出しとやらは、誤報だったということか?』

 消灯してしまったアスカロンの出窓を見て呟くのはニーズヘッグ。

 「人の気配はあるようです。隠密魔法をかけているので、罠の可能性も考えられますが……」

 イネスは、夜風に揺れる銀のポニーテールを不機嫌そうに手でいじっていた。

 「それに、不自然な流れで何らかの香りが上空に舞っています。いかが致しましょう?」

 「イネス、ニーズヘッグ。俺はもう、冒険者なんだ。先輩の命令は、絶対遵守がマナーだぞ」

 ローグは、少しも迷わずにアスカロンの重い木造扉を開いた。

 暗闇に包まれた店内。

 昼間の喧噪が嘘のように静まりかえっている。

 改めて店の内部を見渡してみると、築年数は相当のものなのだろうが、きちんと手入れが行き届いていて清潔さは保たれている。

 『主よ、これはもしかすると──』

 ニーズヘッグが苦笑いを浮かべ、イネスが臨戦態勢に入った、その瞬間だった。

 パパパパパパパパンッ!!

 店内の至る所からクラッカーが鳴り響く。

 「ローグさん、冒険者試験合格おめでとうございまぁぁぁぁす!!」

 昼間の受付嬢が先陣を切って、ギルド内に入ってきたローグたちに祝福の言葉を投げかけ、クラッカーを鳴らした。

 店の手前から、火属性魔法による照明が点灯して一気にアスカロンに光が戻る。

 店の中央に置かれたテーブルには、豪華な食事の数々が並んでいた。

 後ろには、ラグルドをはじめとするドレッド・ファイアや、グラン率いる獅子の心臓、その他昼間に少しだけ顔を合わせた冒険者の面々も一様にローグの下に駆け寄り、手荒い祝福の渦にローグは巻き込まれる。

 両手にビンを持った屈強な男たちが、荒波の中心にいるローグにエールを浴びせかける。

 イネスはその様子についていけずに口をぽかんと開け、ニーズヘッグは『くはははは!』と大笑いをかましていた。

 ラグルドは空になったビンを片手に、イネスの耳元で囁いた。

 「びっくりさせて悪かったね、でも安心してくれ! アスカロン名物、新人歓迎会だ。ローグさんは、サルディア皇国アスカロンの冒険者メンバーの一員になったんだから、これくらいの祝福くらいは許してくれると嬉しいかな、っははは!」

 エール掛けに戻ったラグルド。

 ニーズヘッグは、イネスの肩に止まって言う。

 『もう少しで、主の顔に泥を塗るところだったな。主のために祝福してくれるとは、なかなかに良い輩ではないか。主のあんなに嬉しそうな姿は、久しぶりやもしれんな』

 「……えぇ。少し、寂しくはありますが。ローグ様があのように喜んでいるので、素直に感謝しなくてはなりませんね」

 イネスが、ほっと胸をなで下ろしていると、白髪交じりの黒髭と筋骨隆々とした太い腕でローグの肩を掴んだグランは、自らの座るテーブルの横にローグを置いた。

 ニーズヘッグは受付嬢に差し出されたペット用の皿に乗っている肉に素早くかぶりつく。

 受付嬢から見ても、ニーズヘッグのふんわりぷにぷにした肌の質感は魅力的に思えるようで、触ろうとしても何度も何度も威嚇されては防がれている。

 業を煮やした受付嬢は、頬をぷくっと膨らませてからニーズヘッグを指さした。

 「なーんで触らせてくれないんですかー! 少しくらいいいじゃないですか! ぷにぷにさせてくださいよ!」

 『人間には邪の気が流れているのでな。それに、触れられても我を満足させられるかどうかは見ただけで分かるのだ。お主はその器ではない』

 「だ、だったらあなたにあげたこのお肉も没収ですからね!?」

 『…………………………っ…………!』

 「なんでそんなに可愛い顔しちゃうんですか! なんでそんな悲しそうな顔しちゃうんですかぁぁぁぁっ!! うわぁぁぁぁっ!! 存分に食べてくださいよぉぉぉぉ!!」

 エールを飲んで既に出来上がっている受付嬢とニーズヘッグの攻防戦が続いている。

 その傍らで、エールのジョッキをローグの手に持たせたグランは、ぺこりと頭を下げながら乾杯をした。

 「昼間はすまなかったな、お前の実力を見くびっていた」

 ローグは、グランからの乾杯を快く受けながら笑う。

 「いえ、こちらこそ。グランさんが無事で何よりです」

 コツンと、ジョッキを交わしあった二人は注がれたエールを一気飲みした。

 ミニマムニーズヘッグは、机に並べられた数々の肉を、受付嬢にうっとりと見つめられながら貪る。

 イネスは、毅然とした様子でローグの隣で、少々警戒しながらエールを口に付ける。

 当のローグは、ここまでの歓迎はほとんど初めてだったようで、酒に酔って気分が暴走し始めているラグルドとグランに両肩を掴まれて、緊張しつつエールをぐびりと飲み干していた。

 順調に出来上がったラグルドは、空のジョッキを受付嬢に渡しながらローグの後ろを見る。

 「そういえばローグさん、さっきからローグさんたちの後ろにいる子って、誰だい? 随分と可愛い子みたいだけど」

 「へ?」

 「……なっ?」

 『む』

 エール片手にほろ酔い気分になっていたローグも、男冒険者たちに口説かれて、実力行使で気絶の山を築き上げていたイネスも、ペット用の皿に出された肉を夢中でかっ喰らっていたニーズヘッグですら気付かなかった、その一人の少女。

 「先ほど、この方々に助けていただきました。エルフ族のミカエラと言います」

 肩まで伸びた翡翠の髪の毛。

 先ほどとは違い、透き通るほどに美しいものだった。尖った耳や顔は驚くほどに白く、華奢な手足は触れれば壊れてしまいそうなほどだ。

 そんな少女が、ローグと、イネスと、ニーズヘッグにぺこりと頭を下げた。

 「荷物持ちでも、雑用係でも何でもします! さっきの戦い、すごくカッコよかったです……! 私を、冒険者パーティーに入れてください!」

 小さな女の子の、大きな決意の声が男ばかりの冒険者ギルド内に響き渡った。

 ミカエラはキラキラと輝く瞳で、尊敬の面持ちと共にローグを見ていた。

 「ホネホネした人たちや、くさーい人た──ふぇっ!?」

 そんなミカエラが、いかにローグがカッコいいか弁舌しようとしているところを、ローグは冷や汗混じりにすぐさま口に蓋をした。

 「ホネホネ……? って何でしょう、グランさん」

 「さぁな。幼女の戯言やもしれんが、ローグなら何やってももう驚かねぇさ」

 「それもそうですね」

 ラグルドとグランがほろ酔い気分でエールを飲み交わしているのが唯一の救いだ。

 「ふほはっはんへふ! あんあほほへひふひほ、ひはほほは──!」

 「よし、分かった。ひとまず外に行こう、話はそれからだ」

 「お手伝い致します」

 『なんだかいつも以上に綱渡りしている状況になってきたな、主よ』

 興奮するミカエラを小脇に抱えたイネス、骨付き肉をバリボリ骨ごと噛み砕いたニーズヘッグがすぐさまギルドを飛び出す。

 パーティーの主賓ローグは、ラグルドやグランに小さく一礼して自身もすぐさまギルドを飛び出した。

 ***

 冷たい夜風に揺れる首都は、静けさを増していた。

 アスカロンにて飲めや騒げやをしている冒険者たちだけが、この首都を支配しているような、そんな気分になった。

 ギルドの裏の森にミカエラを連れて行ったローグは、「はぁ」と小さくため息を付いた。

 「……どこから付いてきてたんだ?」

 ミカエラは、昼間とは違って小さい子供用のボロい銀鎧を纏っていた。

 子供にとって、強いモンスターに立ち向かったり、未知のダンジョンに挑んで輝かしい功績を残す冒険者は夢の職業でもある。

 放浪時代、いくつもの国を転々としたローグでも、冒険者ごっこと称して勇者側と、モンスター側に分かれて戦いを繰り広げる子供たちの姿を何度も見てきた。

 ミカエラは身長的にも十二、三歳ほどで、その中でも小柄な方だろう。

 綺麗に澄んだ翡翠の瞳からは、並々ならぬ決意のようなものが感じられる。

 それは単に、冒険者ごっこに興じる遊び盛りの子供とは一線を画すものであることは、ローグたちもそれなりには感じ取っていた。

 ミカエラは、震えるようにして呟く。

 「第十一階層から、戻ってくるまでの間です! ホネホネってした人も、死んじゃった人たちも、みんなローグさんのために戦ってて、人望も、力も強いのも当然だなって、思ったんです」

 「あれは人望とかじゃないんだけどな……」

 「ローグ様、すみません。私やニーズヘッグがいながら、後ろの気配に気付くことができなかったとは──」

 『いや、そうではないぞイネス。この小娘は、意図的に我らの存在感知から逃れていたのだ。それも、それなりの高等スキルでな』

 「あぁ、俺も気付かなかったよ。ミカエラ、君のそのスキルは回復術師職の高等スキル《気配遮断》かな?」

 ローグの言葉に驚きながらも、ミカエラはこくりと頷いた。

 むしろ、驚きを隠せないのはイネスの方だ。

 「け、《気配遮断》は回復術師の中でも、いわゆるAランクほどの実力がないと使えないはずではないですか! それを、こんな小さな少女が……?」

 『思い出してもみろ、イネス。我らが主は、既に十三の時には我らを屈服せしめたではないか』

 「それは、そうですが……」

 腑に落ちない様子のイネスは、もう一度まじまじとミカエラを見た。

 《気配遮断》は、回復術師の高等スキルの中でも取得必須のものである。

 後衛の回復術師はパーティーの要であると同時に、パーティーを、崩壊させるのに最も容易い職業でもある。

 基本戦闘力は皆無に近い者も多く、ステータスの多くを回復術に特化した回復術師にとっては、いかに狙われないかが重要な立ち回りとなってくる。

 そんな中で《気配遮断》は、狙われにくくなると共に存在感知が困難になるため、パーティーメンバーが常に回復術師の動向を見守りつつ動く必要がなくなる上、適切に回復術を付与できるので、このスキルを持つ回復術師の需要は高い。

 『高等スキルがあったとしても、肝心の回復術が平凡以下ならば、話になるまい』

 「か、回復も、ちゃんとできます! ドラゴンさん、少しいいですか?」

 『む?』

 「ドラゴンさんの翼の付け根、少しばかり傷が残っているようなので!」

 『ほう、アースガルズとの戦闘の時のものだな。だが、無駄だ。我々龍族同士の喧嘩でついた傷など、並の回復薬をつけるだけでは意味が無いのだからな』

 ミカエラは、小さい身体でニーズヘッグに近付いていく。

 ローグの肩にぴたりと止まっていたニーズヘッグは、試しにと、ミカエラの指先で光る淡い翡翠の光に鼻を近付けた。

 「回復術、第一位階の治療」

 ミカエラが、ニーズヘッグの肩に指先を触れる。

 シュゥゥゥゥゥ……。

 『……ほう、これは驚いた。仮にもS級のドラゴンがつけた傷を、こうも一瞬で治すとは』

 ニーズヘッグの肩から手を離したミカエラは、にこりと屈託のない笑みを浮かべた。

 「これで、痛くないはずです! 回復術も、国にいた時にそれなりに教わったんです」

 「国? あなたたちエルフ族はここが故郷ではなかったのですか?」

 イネスが訝しむように問うと、ミカエラは「いいえ」と少し残念そうに言う。

 「もともと、この大陸のずっと、ずっとずっと遠くにあるエルフだけの国が私の故郷です。村のみんなに合流したのは、怖い人たちに連れてこられてからなんです。それまでは、独りぼっちでしたから……」

 「独りぼっち……ね」

 ローグは、放浪時代のことを思い出すように夜空を見上げて呟いた。

 死霊術師という職業柄、どこの派閥にも属すことができなかった自分に、少しだけミカエラが重なって見えた。

 「エルフだけの国家ですか。噂には聞いたことがありますね……。ですが、確か……?」

 腑に落ちない様子でイネスは首を傾げる。

 ミカエラは、悲しそうな笑みを浮かべてニーズヘッグの頬に触れようとする。

 ニーズヘッグは、珍しくそれを拒否しなかった。

 カルファや、受付嬢にすら触れさせなかったのにもかかわらず、『ほう』とむしろ興味を示して、のそのそとミカエラの両腕の中に進んでいく。

 漆黒の翼とその小さな身体を、すっぽりとミカエラの腕の中に埋めたニーズヘッグは、『くぁあ』と大きく欠伸をする。

 『ミカエラとやら。お主は邪の気が感じられん。良いことだ』

 「──ふぇっ!?」

 『くはははは。痛みが引いたら途端、急に眠くなってしまった。我は先に失礼するぞ、主よ……』

 目を開いて、閉じてを繰り返していたニーズヘッグが静かに目を閉じる。

 「この小さな回復術師の醸し出す癒やしの魔法力には、さすがの龍王さまもお手上げのようでございます。とはいえ、これほどの戦力を持つ回復術師です。手放す理由もないかと」

 イネスがからかうようにローグに顔を向ける。

 答えが決まりきっていたローグは、ミカエラの目線まで腰を落として、手を差し伸べた。

 「そうだな。ミカエラ、独りぼっち同士、仲良くやろう」

 「──はいっ! ありがとうございます、ししょー!」

 「……師匠?」

 「はい! ローグさんは、私よりもずっとずっと強いので、ししょーです!」

 ニーズヘッグを腕に抱いたその少女は、再び屈託のない笑顔を浮かべてローグを見つめていた。

 新人冒険者となったローグの波乱の一日が、ようやく終わりを告げようとしていたのだった。