ガチャ運ゼロの最強勇者 第一章(1)

第一章 勇者はSSRの夢を見る

 この世界には『勇者』と呼ばれる存在がいる。

 魔物を生み出し、世界にあらゆる恐怖をまき散らす邪悪な存在『魔王』に唯一立ち向かえる者たちの総称だ。

 勇者は、一定期間ごとに地上に現れる神様が指名し、その対象は十代の少年少女に限られていた。

 選ばれた勇者には『ガチャ』の能力が授けられる。

 そして──村で平凡に暮らしていた十四歳の少年に過ぎなかった僕は、つい先ほど神様によって新たな勇者に選ばれたのだった。

 僕、ジークは村はずれの丘の上で興奮を抑えられずにいた。目の前には、数メートル四方の石板が浮かんでいる。中央に透明な画面が、下部にはもう少し小さな画面と、ボタンのようなレリーフがついていた。

 これが『ガチャ』。勇者に選ばれた者にしか動かせない神の宝具だ。

 一種の抽選器で、この中から様々な武具やアイテムが確率に応じて召喚される。石板の下部画面には、ガチャから出てくる武具の一部が表示されていた。色とりどりの剣や槍、盾、鎧──いずれも『当たり』といえる『SSR』の武具だ。

 といっても、ガチャを引けば必ずこれらが当たるわけじゃない。

 過去の勇者たちの人海戦術によって割り出されたSSRの当選確率は……おおよそ1%。百回に一回の割合と考えると、そう簡単には引き当てられない。それでも『当たるかもしれない』と思っただけで、テンションは自然と上がっていった

 「いくぞ、記念すべき最初のガチャだ」

 石版の中央にある、一メートル四方くらいのレリーフを軽くタップすることでガチャを引くことができるのだ。

 ああ、なんだか緊張してきた──

 ドキドキとワクワクが入り交じった気持ちで胸が高まる。

 ガチャから排出される武具やアイテムは、その威力や効力に応じてランク分けされている。

 最上級のからSSR、SR、R、Nまでの四段階である。

 特にSSR武具は、鍛えれば高位の魔族とも戦えるほど強力であり、すべての勇者の憧れとも言える。

 「あれ……?」

 ガチャを引こうとしたところで、僕はあることに気づいた。

 「クリスタルの残数が表示されてない……?」

 ガチャを引くには『クリスタル』というものが必要だ。

 これは、モンスターの素材や魔法のアイテムなどを掛け合わせて作る神への捧げ物だった。

 クリスタルを集めるには、たくさんのモンスターを討伐できるだけの力量が必要だし、魔法のアイテムなんかは高価だからお金もかかる。

 それなりの手間を経て、やっとクリスタルが手に入るため、無尽蔵にガチャを引くことはできない。

 ただし、僕みたいに最初の一回を引くときだけは、クリスタルなしで引くことができるそうだ。神様からの一種のサービスらしい。とはいえ、クリスタルの所持数自体が表示されていないのはおかしいな。

 よく分からないけど、とりあえず引いてみるか。

 「記念すべき初ガチャだ……!」

 僕の手がレリーフに触れる直前、石板がまぶしい光を発した。同時に、何かが飛び出してきた。

 それは武器でもアイテムでもなく、綺麗なピンクブロンドの女の子だった。

 「えっ……!?」

 「きゃあっ……!?」

 驚いた僕の声に、見知らぬ女の子の悲鳴が重なる。

 次の瞬間、唇の辺りに柔らかな何かが触れた。

 「ん……んんっ……?」

 目の前には女の子の顔。

 えっと、これは──

 僕と彼女の唇が、重なっていた。

 「ひ、ひあぁぁぁっ……!?」

 甲高い悲鳴を上げて、彼女は僕から離れた。

 「え、う、嘘……やだ、なんてこと……恥ずかしい……」

 顔を真っ赤にして唇を押さえている彼女。

 ど、どうしよう……!

 ガチャを引こうとしたら、飛び出してきた女の子とぶつかり、キスしてしまうなんて。

 しかも僕にとってはファーストキス。唇が、そして体中が熱く火照っていた

 「キス……こ、これがキス……」

 反応からすると、彼女の方も初めてかもしれない。

 ──なんてことを頭の片隅で考えつつ、僕は少女を見つめた。

 肩までの桃色の髪が、かわいらしい顔立ちによく似合っている。

 均整のとれた体つきに、白い衣と金色の装身具を身に付けていた。

 この子は一体……?

 「き、君って、何かのアイテム……のわけない、よね?」

 僕はおそるおそるたずねた。

 「あわわ……く、くくくくく口づけをしてしまいました……生まれて、初めて……」

 彼女はまだ顔を真っ赤にして呆然とした状態だ。

 そんな態度に、さっきキスしてしまった記憶がぶり返す。

 柔らかな唇の感触。

 艶めいた吐息。

 花のような香り。

 胸が甘く高鳴るような、それでいて心の芯から癒されるような、不思議な気持ち──そんなことを考えていると、

 「はっ、す、すみません、勇者様に自己紹介もできずにっ。これでは失格です」

 彼女はようやく正気を取り戻したらしく、僕に頭を下げた。

 「ナビゲーター……?」

 「私、勇者様のナビゲーター役として天界から派遣されましたサラサと申します。以後、末永くよろしくお願いいたします」

 地面に正座し、三つ指をついて頭を下げる彼女──サラサ。

 「あ……どうも。僕はジーク。その、こちらこそよろしくお願いします」

 サラサに合わせ、僕も地面に正座して一礼する。

 「勇者にはナビゲーターなんているんだね」

 「普通の勇者にはいないのですが、あなたのようにユニークスキル持ちにはナビゲーターがつくことになってるんです」

 「ユニークスキル……?」

 「今、勇者様のステータスをお見せしますね。ナビゲーションオン!」

 サラサが呪文らしきものを唱えると、空中に文字が浮かび上がった。

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ジーク

 クラス:勇者

 レベル:1

 体力:15

 魔力:20

 攻撃力:7

 防御力:9

 敏捷性:12

ユニークスキル:無料ガチャ(レベル1)

 勇者の所持スキル『ガチャ』をクリスタルの消費なしで引くことができる。代償として『クエストエピソード』をクリアする必要がある。

 :?????(レベル1)

 :?????(レベル1)

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「これ……もしかして、僕の能力値なの?」

 「ええ、私はすべての人間のステータスを数値化して表示するを持ってるんです」

 えっへんと胸を張ったサラサは、もう一度ステータスを見て首をかしげた。

 「……あれ、なんでしょうこれ? 表示が『?????』になっているスキルがありますね。こんなこと、養成学校では習わなかったのですが……」

 ナビゲーターである彼女にも分からない項目があるのは気になるけど、とにかくこれが僕の能力なのか。

 レベルが1になっているのは、勇者になったばかりだからかな。

 「ん、無料ガチャ……?」

 僕はユニークスキルの項目を見て、首をかしげた。

 「その名の通りのスキルです」

 と、サラサ。

 「あなたの場合はユニークスキルによって無料でガチャを回せます」

 「つまり、僕はガチャを回し放題ってこと?」

 「はい」

 サラサがこくんとうなずく。

        * * *

 無料ガチャ。

 それが僕が授かったユニークスキルらしい。

 クリスタル消費がいらないってことは、いくらでもガチャを回せるってこと。

 確率1%のSSRだろうと、無限に回し続ければいずれ引き当てられるはず。つまり、強い武具を手に入れ放題ってことだ。

 「うおおお、めちゃくちゃ高ぶってきた!」

 僕は興奮の叫び声を上げた。

 「ガンガン引いちゃいましょう!」

 サラサも声を弾ませる。

 「では、あらためて──ガチャを引くぞ!」

 勇者になって生まれて初めてのガチャ。

 しかも無限に引けるという話を聞いて、僕のテンションは最高潮だった。

 「どきどきしますね〜」

 隣でサラサも嬉しそうな顔をしてくれている。

 「ここに触れればいいんだよね?」

 「ええ、軽くタップすれば、ガチャを一回引くことができます」

 僕は言われた通り、石板の中央にあるレリーフをタップした。

 ギィィィ……。

 軋むような音がして、石板の中央部がまるで扉のように開く。

 奥には漆黒の異空間が広がっていた。

 と、その空間の中央に輝く宝珠が出現した。パキィン……と甲高い音を立てて、宝珠が粉々に割れる。

 その中から──現れた。僕が初めてのガチャで引いたアイテムが。

 手にしっくりと馴染むグリップ。

 打撃に特化し、威力を倍加させるために太くなった先端部。

 重すぎず、軽すぎず、持ち主の力をそのまま破壊力に変換できる絶妙のバランス配分。

 そして、ほのかに香るひのきの芳香──

 「……って、【ひのきの棒】だね。これ」

 「……【ひのきの棒】、ですね」

 僕とサラサは顔を見合わせた。

 ひのきの棒──

 Nランクに分類される武具である。

 レアリティはN、R、SR、SSRというランク付けがされているが、要は最低ランクの武具ということだ。

 「うーん……」

 ひのきの棒を手にして僕はうなった。見れば見るほど頼りない。さすがにこれで魔王軍と戦うのは厳しい。

 「でもクリスタルを使わずに、無料でガチャを引き放題なんだよね。次いってみよう」

 僕はウキウキ気分で次のガチャを引こうとタップした。

 「次こそはSSRが当たるといいな」

 「ですね」

 僕とサラサはにっこりと顔を見合わせる。

 一回や二回、N武器が出ようとどうってことはない。なにせ、僕は無料でガチャを引けるんだから。

 ……しーん。

「あれ?」

 石板は無反応だった。

 「あ、もしかしてタップする角度が悪いのかもしれません」

 と、サラサ。

 「じゃあ、もう一回……」

 僕は手首の角度を変えて、再度タップした。

 やっぱり無反応。

 「うーん、接触が悪いのかもですね」

 サラサが首をかしげる。

 「えいっ」

 全力で叩いてみたけど、反応なし。

 「おかしいですね……天界の学校でガチャの操作方法は一通り習ったんですが……?」

 天界? サラサってそういう場所の住人なの? そういえば、さっき『天界から派遣された』って言っていた気がするな……。

 「あ、待ってください。追加情報があるようです!」

 サラサが声を上げた。

 「えっ?」

 「マニュアルダウンロード!」

 サラサの呪文とともに、ぽんと煙が上がった。空中から冊子が現れる。

 それをパラパラと読みながら、サラサはふんふんとうなずいていた。

 「何それ?」

 「ガチャの取扱説明書です」

 と、サラサ。

 「ええと……『無料ガチャ』を引くには、まずこれを……ふむふむ……」

 一通り読み終わったらしく、サラサは表紙に『図解で分かる! 勇者ガチャのすべて! 〜ナビゲーター用教科書〜』と書かれた本をパタンと閉じた。

 「なるほど、分かりました!」

 「それ、教科書って書いてあるんだけど……?」

 「ナビゲーターですから! 私の知識はばっちりです!」

 ドヤ顔で叫ぶサラサ。

 ……本当に分かってるんだろうか。

 「無料ガチャを引くためには、『クエスト』をこなす必要があるようです」

 「くえすと……なんだって?」

 あ、そういえば、さっきのユニークスキルの説明にそんな言葉があった気がするぞ。

 「ガチャは引けますが、それと引き換えにアイテムについている『持ち主の願い』を叶えないといけません!」

 「クリアするとどうなるの?」

 「次のガチャが引けます」

 「クリアしなかったら?」

 「引けません」

 え、そうなの? じゃあ『無料』っていっても、クリスタルを消費しないだけで、ガチャを引くためにはクエストを達成しなくちゃいけないってことか。

 無制限にいくらでも引けるんだと思ってたので、ちょっと肩すかしだ。ガチャのたびにクエストをこなさなきゃいけないなら、連続で引きまくるっていうのは難しいな。

 それでも普通の勇者みたいに、血の滲むような労力をかけてクリスタルを集めて、ガチャを回すよりはよっぽどマシだろうけど……。

 「がんばってクエストクリアしましょうね、勇者様」

 サラサがにっこりと笑った。

 「私、全力でお手伝いしますからっ」

 まあ、ものは考えようか。少なくとも、他の勇者よりはずっと易しい条件でガチャを引けるんだ。

 ……たぶん。