ガチャ運ゼロの最強勇者 第一章(3)

 勇者に選ばれてから一年が過ぎた。

 僕はガチャを引いては雑用──いや、エピソードをクリアし、またガチャを引き、そして家事を──という毎日の繰り返し。

 簡単なエピソードなら一時間足らずでクリアできるから、とにかく数だけはこなすことができるようになった。

 ちなみに、その間に引いた主な武具やアイテムを羅列する。

【武具】

 ひのきの棒(N)…………………… 534本

 銭湯のデッキブラシ(N)………… 207本

 革のグローブ(N)………………… 371個

 鉄の鍋蓋(N)……………………… 160個

 ハンドタオル(N)………………… 159枚

 Lサイズの団扇(N)……………… 103本

 鋼の長剣(R)……………………… 2本

 十字槍(R)………………………… 1本

【アイテム】

 薬草(N)…………………………… 390本

 毒消し草(N)……………………… 222本

 天使の加護(R)………………… 4個

 ……SSRドコー?

「はい、お待たせ」

 僕は出来上がった料理をトレイに乗せて持っていった。テーブルにはサラサと近所の奥様方が数人座っている。

 「わー、すごい! お弁当美味しい!」

 「えへへ、どういたしまして」

 「すごいですね。やっぱり勇者様の手料理は最高です」

 サラサがはしゃぐ。

 「『料理を作って振る舞う』っていうのは、割と定番クエストだからね」

 僕はにっこりと笑った。

 さすがに一年もガチャを回し続けていると、もう手慣れたものだ。

 今や僕の家事スキルレベルは70を超えている。料理なんてプロも顔負けのレベル。もちろん掃除や洗濯など、他の家事も軒並み達人クラスだ。

 すごいぞ、僕!

 ……うん、勇者のスキルとはなんの関係もないよね。

 「これでクエストクリア、っと。さあ、次のガチャを回すぞ」

 石板を召喚して、タップ。現れた武器は、

 「……ひのきの棒ですね」

 「そのうちカンストするんじゃないかな……」

 もしかしたら、僕は世界で一番たくさん『ひのきの棒』を所持している勇者になれるかもしれないな。っていうか、もうなっているかもしれない。

 ……全然、嬉しくなかった。

    * * *

 今日一発目のガチャで出たのは『使いこまれた鉄鍋(R)』。そのクエストは、近所の食堂で料理を振る舞うこと。

 「うん、鍋シリーズはだいたい料理絡みなんだよね。僕知ってる」

 で、得意の家事スキルを生かして、三品ほど作ってみた。

 ありふれた食材にしてはなかなかの出来栄えだったと思う。ちょっとした豪華ランチだね。我ながら見た目も美味しそうだし、香りもいい。満足の出来栄えだ。

 「ごちそうさまでした、ジークくん」

 「ありがとう、美味しかったわ」

 お勘定を済ませ、満足げに去っていく奥さま方。まあ、憧れていた勇者とは違うけど、こういうのも悪くないかもしれない。

 人には天分というものがある。……僕に向いているのは、魔物退治とかじゃなくて、こういうことなのかな?

 とはいえ、本来の勇者──つまり魔と戦い、人々を守る存在というものへの憧れが消えたわけじゃない。

 諦めたわけでも、ない。

    * * *

 村はずれの山の中腹で、僕らは小休止を取っていた。

 「今日もおつかれさまです、勇者様」

 「ありがとう、サラサ」

 寝そべった僕の背中を、サラサがマッサージしてくれている。

 この一年で家事スキルは飛躍的にレベルアップしたけれど、戦闘経験がほぼゼロのせいで基礎ステータスはほとんど横ばいだ。

 今日も、料理自体はともかく、その素材を集めに山の中を駆け回っているから、全身筋肉痛になりそうだった。

 「今度は僕がやるよ」

 「あ、お願いします〜」

 選手交代で、僕が寝そべったサラサをマッサージ。ひのきの棒を使って的確にツボを押す。

 「あ……ひあぁんっ」

 サラサが小さく声を上げた。

 「ごめん、くすぐったかった?」

 「え、ええ、少し」

 「もうちょっと強く押した方がいいかな」

 「ん……気持ちいい、です……ふぁ……」

 喘ぐサラサの声が妙に艶っぽい。思わずドキッとしてしまった。

 「? 勇者様、どうかしました?」

 「い、いや、なんでもないんだ……」

 僕はドキドキしつつ、マッサージを続行する。

 「すっかりこういう生活も慣れましたね」

 寝そべったままサラサが言った。

 「勇者っていうより家事代行業だね、僕ら」

 「私は楽しいです。色々な人たちの笑顔を見ることができて。この村の人たちは温かくて、好きです」

 「うん、僕も好きだ」

 魔王の軍勢と戦い、世界を救う勇者──そんな華々しい存在に憧れていたけれど。今の生活も、決して悪いものじゃない。

 このままN武器やアイテムばっかり引いて、その度にちょっとした仕事をして、笑顔になったり感謝されたり……そんな生活もいいかもしれないな。

 「……いつもありがとう」

 「えっ?」

 礼を言った僕に、サラサがキョトンとした顔をする。

 「僕、勇者らしいことは全然できてないし、サラサもナビゲーターとして張り合いがないだろうに、文句ひとつ言わずに付き合ってくれて」

 「もう、何を言うんですか」

 サラサが体を起こした。

 「私、あなたの元に召喚されてよかったと思っています。戦うだけが勇者の仕事じゃありません。人々を笑顔にすることも大切な使命」

 「人々を、笑顔に……」

 「今日もあなたのおかげで、何人もの人が喜んでいました。勇者様ががんばったからですよ」

 「そっか……」

 なんだかサラサの言葉を聞いていると、勇気づけられる。

 「ありがとう、サラサ」

 「何度もお礼を言わないでください。照れちゃいます」

 ふふ、と彼女がはにかむ。

 「あ、それと『僕が』がんばったからじゃないよ。『僕らが』だろ」

 僕は補足しておいた。

 「勇者様……」

 サラサの笑みが深まった。嬉しそうに目を細めている。

 「よし、マッサージ終わり」

 「ありがとうございました。やっぱり勇者様のツボ押しは絶品ですね。これ専門でも食べていけますよ、絶対」

 ツボ押し専門の勇者……世界初かもしれない。

 「それと、先ほどの『使いこまれた鉄鍋』が勇者様の所有物として正式に認定されてますね。渡すのを忘れてました、えへ」

 と、舌を出すサラサ。

 「ここのところ毎日ひのきの棒だったからね。忘れるのも無理ないよ」

 苦笑交じりに受け取る僕。

 「ついでに合成しておくよ」

 と、アイテムボックスから、ひのきの棒を取り出す。こっちは今までのものを『合成』したやつだ。最近、色が微妙に黒く変色してるのは、たくさん合成した影響か何かだろうか?

 ちなみに、ガチャから引き当てた武具やアイテムは、同じ種類のものと合成することで少しだけ性能がアップする。

 といっても、N武器を十個や二十個くらい合成しても、SSR武器なんかには遠く遠く及ばない。

 ある程度の数を合成した武器はクリスタルに変換できるため、ほとんどの勇者は交換を選んでいる。

 ただ僕の場合、無料ガチャの能力のおかげでクリスタルを必要としない。

 かといって、せっかく引いたものを捨てるのも忍びないので、いちおうこうやって合成しているわけだ。

 まあ、たとえ百や二百合成したところで、N武器は大した強さにはならないだろうけど──

    * * *

 そして──さらに二年が経った。

 僕は十七歳になっていた。

 勇者になってから三年、あれから背も少し伸び、体力もついたように思う。確実に大人の体格に近づいている。

 ……相変わらず家事代行を延々とやっているせいで、自然と鍛えられたのかもしれない。荷物運びなんかは、けっこういい鍛錬になるしね。

 サラサも僕と一緒にそういった仕事を手伝ってくれる毎日だ。文句ひとつ言わず、毎日楽しそうに。

 本当に、彼女には頭が上がらない。感謝の気持ちしかない。

 「どうかしましたか、勇者様?」

 「いや、いつも感謝してるよ、サラサ」

 「っ……!? も、もうっ、急にあらたまって、なんですか」

 サラサが頬を赤らめた。

 「……私の方こそ。あなたと一緒に入られて、いつも幸せです」

 「えっ?」

 「い、いえ、なんでもありませんっ」

 ますます赤くなるサラサ。もしかして風邪でも引いたんだろうか。

 「そういえば、今日はエプロン姿なんだね」

 サラサはいつもの白い衣にオレンジ色のエプロンをつけている。

 「似合うね」

 三年も彼女と一緒にいるせいか、そういう台詞が自然と口を突いて出る。

 「あ、え、えっと、ありがとうございます」

 サラサが顔を赤くした。

 「えへへ、最近は食器洗いが続いたので作ってみたんです」

 「そろそろ子守り関係のクエストが来るんじゃないかな」

 僕は自分の予測を述べ立てる。

 「あら、今の流れだとしばらくは洗い物か料理系だと思いますよ?」

 一度ガチャを引くと、その武器やアイテムに付随したクエストを達成しないと、次のガチャを引くことができない。

 今までほとんどN武器やアイテムしか引いてないし、今後もSSRなんてとても引ける気がしない。なので、僕は半ば諦めモードだ。

 こうやってガチャを引いた後のクエスト内容をサラサと二人で予想して、楽しむような境地に至っていた。

 「さあ、今日のガチャは何が出るかな?」

 ガチャ石板を召喚し、中央をタップ。

 「がんばりましょうね、勇者様」

 もはや定例になったセリフにうなずく僕。

 次の瞬間、前方から虹色の光があふれた。

 「なんだ──!?」

 いつもとはエフェクトがまったく違う。

 爆発するような閃光。弾け散る、無数の派手なスパーク。

 その中心部に──巨大な剣が浮かび上がる。

 紅蓮の炎をまとった美しい剣が。

 「まさか……!?」

 僕の声はカラカラに乾いていた。

 とっくに諦めていたのに。ありえない、って思っていたのに。

 「この神々しさ……荘厳さ……間違いありません……!」

 サラサも呆然とした面持ちだ。

 「SSR武器『レーヴァテイン』──ですね」

 告げるサラサ。

 「これが──SSR武器」

 胸が熱く高鳴る。

 苦節三年。ついに僕もSSRを引き当てたんだ。

 思えば、長い苦闘の日々だった。クエストをこなしてはN武器を引き、またクエストをこなしてはN武器を引き、さらにN武器を引いてはN武器を引き──って、N武器を引いた記憶ばっかりだ!!

 ……まあ、実際にほとんどがN武器だったんだけどさ。うう、なんか泣けてきた。

 「長かったなぁ」

 「長かったですね」

 サラサも涙ぐんでいる。

 僕らは自然と抱き合い、歓喜の声を上げた。すると、

 キュイィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!

 甲高い音とともに、まばゆい白光があふれた。

 「これは──『仲間』の召喚!?」

 声を上げるサラサ。

 「えっ、それって──」 たずねようとしたとき、前方の空間が大きく歪み、そこから人影が現れた。

 美しい金色の髪をツインテールにした、勝ち気そうな少女。

 小柄な体に、動きやすそうな赤い衣装。

 「あたしの国を救って、勇者様!」

 彼女は僕をまっすぐに見据え、叫んだ。

 苦節三年、いよいよ僕の冒険が始まろうとしていた──