妹のついでに異世界召喚された俺、勇者と魔王のお父さんになる!? ノベル祭り参加記念SS

『キャットパニック』

 この異世界では、自分が生まれ育った世界では想像もつかないトラブルが起こることがある。それは理解していたつもりだった。

 「だけど……こ、これは……想定外すぎる」

 目の前の光景に、幸太はただ頭を抱えるしかなかった。

 「……ごろごろ……♪」

 うずくまり、喉を鳴らしながらうっとりと幸太の足に身体をすりつけてきているセシル。

 「……にゃーっ」

 少し離れた床で、お腹を見せるようにごろんと仰向けに転がったまま、なにか言いたげにじっと視線を向けてきているラヴィ。

 甘えん坊なのはいつものことだが、明らかにいつもと違うやり方――はっきり言ってしまえば猫のような態度を取っているふたりの頭に、ぴょこんと可愛らしい三角形の耳が生えてしまっている。

 「あははっ、人気者だねぇ、おにぃは♪」

 「笑ってる場合か! どうしてこうなった? どうして!!」

 少し離れた場所でごまかし笑いを浮かべる莉茉へ、幸太は軽い頭痛を感じながら突っ込まざるを得なかった。

 『最近は平和でちょっと暇だし、たまには冒険がしたい! せっかく異世界にきたのに、引きこもり生活ばっかりじゃつまらない!!』

 そんなことを言い出した莉茉の提案で、町からさほど遠くない場所にあるダンジョンの探検へ出かけようという話が持ち上がったのが昨日。

 せっかく平和になったのだから、自分から危険に飛び込むような真似をする必要はないだろうと止めた幸太だが、『冒険』という言葉に惹かれたラヴィも乗り気になり、彼女の強い誘いにセシルも断り切れなくなった。

 そうなるとメーリスも心配でついていくと言いだし、結局、食堂での仕事を休めなかった幸太以外の女子勢四人で出かけていき――結果がこの有様だ。

 「まさか宝箱に仕込まれていた罠が、化け猫の呪いだったなんてびっくり……とにかく、あとはよろしくね、おにぃ!」

 「解呪の魔法を使えるセシルさまがその有様ですし……その……呪いは、とりついた猫の魂を宥めれば自然と解けるはずです。つまり、その……思う存分、ふたりを甘やかしてあげればいいかと……」

 悪びれなく説明する莉茉と、頭を抱えて申し訳なさそうにいうメーリスは、それだけ言うと幸太の返事も待たずに小屋を飛び出していった。

 「こ、こら、待て、ふたりとも! 俺に押しつけて逃げるなっ!!」

 甘やかせとはどういうことだ。

 そもそも、聖女なら解呪の魔法くらいどうにか使えないのか。

 突っ込みを入れたいことが山ほど幸太の脳裏に浮かび、連れ戻そうと立ち上がりかけたそのときだった。

 「……ニャー、ニャーゴ!」

 いつまでも撫でてもらえないことに業を煮やしたのだろうか。

 お腹を見せて転がっていたラヴィが、四つん這いでぴょんと跳び上がると、幸太の膝に乗ってきたのだ。

 「お、おいおい、ラヴィ!? ちょっと降りてくれ!」

 立ち上がれなくなった幸太は、猫耳が生えた愛らしい魔王に訴える。

 しかし、ラヴィは幸太の膝の上で手足を曲げ、いわゆる香箱座りの姿勢で落ち着くと、幸せそうに目を細めてしまう。

 よほど気持ちいいのか、猫耳はもちろん、背中の翼までひょこひょこ揺れている。

 「……本当に猫みたいだな。はぁ……しかし、魔王と勇者が揃ってかかっちゃう呪いって……相当強いんじゃないか?」

 そう考えると、ただ猫になるだけで、しかも満足させてあげれば解けるという程度なら不幸中の幸いだったのかもしれないと幸太は前向きに考える。

 (甘やかすって言われても……撫でればいいのか?)

 とりあえずは膝に乗ったラヴィの頭をそっと撫でてやると、心なしか揺れる猫耳と翼の動きがゆっくりになってきた。

 「ニャー♪」

 「これでいいみたい……かな? よしよし……って、いた!」

 幸太がとりあえずホッとした直後、すねを引っかかれた軽い痛みに声を上げる。

 足下にすり寄ってきていたセシルが、『私も撫でて』と抗議するように、幸太のすねで爪を研ぎ始めたのだ。

 「そんなところに爪を立てちゃダメだって、セシル! ごめん、ごめん!!」

 空いていたもう片方の手で、幸太が慌ててセシルの銀髪を撫でてやると、ようやく満足してくれたのか、再び頬を足にすり寄せて小さく喉を鳴らしてくれた。

 「本当に猫の面倒見てるみたいだな……はぁ、やれやれ」

 どれくらいこうしていればいいのかわからないが、ひとまずこのまま続けていれば事態も解決に向かっていくだろう。

 幸太はそう考えていたのだが、それは甘かったとすぐに思い直す。

 「ニャーッ!」

 「フーッ、ニャー、ニャー!」

 まるで幸太を取り合うかのように、ラヴィとセシルは三角形の猫耳をピンッと逆立てて低いうなり声を上げ始めたのだ。

 ともに『父』として慕う幸太を巡る軽い口論は日常茶飯事だが、今はこれ以上ややこしくしないでほしい。

 そう願う幸太が仲裁しようとした――が。

 「ニャーッ!」

 「ニャ、ニャー!!」

 「うわっ、ちょ、お、おい!?」

 ふたり――否、二匹は背を伸ばし、『自分のモノだ』とマーキングするかのように幸太の頬へ顔を近づけてそこを執拗に舐め回し始めた。

 温かい感触がほっぺはもちろん、唇や鼻先まで這い回ってくるのはくすぐったくも心地いいものだが、このままではいられない。

 「さすがにまずいって、こんな……ストップ、ストーップ!」

 幸太は自分を押し倒しそうな勢いで身を乗り出してくるふたりを抱き留め、必死になって訴える。

 「ニャ……ニャー……! セシル、邪魔ニャ……もうちょっとずれて……」

 「ニャー……ラヴィこそ……おとーさんのほっぺは私の縄張り……ニャ」

 少し呪いが軽くなってきたのか、意味のある言葉を紡ぎ始めたふたりだが、それでも競い合うように幸太の顔を舐め回すのを止めようとしない。

 おまけに縄張りを主張しようとしているのか、揃って幸太に身体をすり寄せてきているせいで、それぞれの甘い香り、柔らかな感触に包まれてしまい、さすがに落ち着かない気分になってきてしまう。

 「ちょ……洒落にならないからストップ、本気でストップだー!」

 さすがに我慢できず幸太が必死に訴えた直後。

 「おにぃ! あのね、町で商人さんから解呪の秘薬売ってたんで買ってきた……」

 意気揚々と小屋へ駆け戻ってきた莉茉が、じゃれ合う三人を見て目を丸くし、そこで言葉を止めてしまう。

 「……うわ……事案ね」

 一歩遅れて戻ってきたメーリスは、その光景を見るなり切り捨てるように冷たく呟き、また小屋を出ていってしまう。

 「おにぃってば、猫耳少女フェチだったなんて……長年一緒に暮らしてきた、莉茉さんの目でも見抜けなかったわ……うわぁ……そっかー……」

 「そっかーじゃない! というか、どう見ても俺が襲われている状況だろ、これ! いいから、解呪の薬持ってきたなら早く使ってくれーっ!!」

 「えーっ、今のケダモノなおにぃに近づくの、ちょっと怖いし……」

 「いいから、早くっ!」

 もう事情は察しているのだろう。わざと焦らして遊んでいる妹へ、幸太はすっかり猫が板についたセシルとラヴィのじゃれつき攻撃に悶えつつ、必死に訴えるのだった。

 その後、無事に呪いは解けたのだが、その間の記憶はしっかりと残ったままで……羞恥に悶えるふたりのフォローに、幸太はまたひと苦労する羽目になったのだった。