スキルゼロ冒険者の俺、結婚して龍王の騎士となる(2)

第2話 結婚しました

 俺は両親の墓標の前に佇んでいた。両親は俺が旅立つ一年前、冒険中に行方不明になってしまい、死亡扱いになっていた。その後、形だけでもと、村の人々が墓を建ててくれたのだ。

 「アレク、ご挨拶は終わった?」

 「うん、ありがとう。こんなに綺麗にしてくれて」

 「いや、だって、ねえ。ほら、わたしにとっても両親だし?」

 ナージャの肉親はいない。爺ちゃんが引き取ってきてうちの家族になった。

 そういえばナージャがうちに来たのって何だったけと思ったが、目の前の笑顔を見ていたらどうでもよくなった。ナージャは、ナージャだから。

 「それで、約束、覚えてる?」

 「え?」

 即答しなかった瞬間、彼女の雰囲気が変わった。なんか黒いオーラみたいなものが見えた気がする。

 「そう……そうなのね? 手紙書くって約束も忘れているし、うふ、うふふふふ」

 笑顔だが目が笑ってない。ヤバイ、ヤバイ。冒険者時代に培った危険察知の警鐘がガンガン鳴り響く。

 「いや、ごめん。手紙出すのもなかなか大変で」

 「へー、その程度の思いだったのね?」

 ジト目で見てくるが、ここで見栄を張っても仕方ない。

 「凄腕の冒険者になりたかったんだけど、だめだった」

 「出て行くときは、ゴールドランクになるまで帰らないとか言ってたのに、ねえ」

 「う……そうだね。結局俺には才能がなかったんだと思う」

 「いいよ。ここで一緒に暮らそう? 約束、守ってくれるんだよね?」

 少ししんみりとした雰囲気を笑い飛ばずように明るい声でナージャが言ってくる。

 ナージャの言葉で脳裏に浮かぶ光景があった。

 ***

 夕焼けに包まれた村の裏手にある小高い丘。同年代の子供たちと一緒に遊んでいたある日、みんなが帰った後も俺とナージャはそこに佇んでいた。

 将来何になりたいとかの話をしていて、その時俺は「冒険者になって世界を旅したい!」と言った。

 ナージャは、俺の質問にあいまいな笑みを浮かべつつ、なぜか俺の方をじっと見ていた。

 「アレクは、冒険者になりたいんだよね?」

 「ああ、そうさ。伝説の竜騎士アクセル爺ちゃんみたいになりたいんだ!」

 竜騎士アクセルは、俺の祖父で今から三十年ほど前に活躍した冒険者だった。ドラゴンと心を通わせて、その槍は弱者を助けるためのみに振るわれたという。そして龍王ニーズヘッグを打ち倒した勇者として慕われていた。

 「へえ、そうなんだ。冒険者になってどうしたいの?」

 「うん、強くなって、この村のみんなを守りたい!」

 「それは……いいことだね」

 「うん、だからお前も俺が守ってやるからな!」

 子供の言葉だからそれほど深い意味はないはずだったが、その一言からナージャの雰囲気が少し変わった。

 「ねえ、アレク。お願いがあるんだけど」

 彼女の顔が赤かった気がしたのは夕焼けのせいか、普段の姿からは信じられないほどしおらしい態度で俺の目を見つめている。

 「え、どうしたの? 改まって」

 「うん、わたしを……お嫁さんにしてくれる?」

 思わず息をのんだ。夕陽を背に微笑むナージャの姿が儚くて、今にも消えてしまいそうで、だから俺は思わず彼女の手を取って、つべこべ考える暇もなく答えていた。

 「もちろんだ。お前は俺が守る!」

 「うん、ありがとう!」

 約束の証として小指をからませ、お互いに宣言した。

 「わたし、ナージャはアレクのお嫁さんになって、ずっと一緒に暮らします」

 「俺、アレクはナージャを嫁さんにしてずっと守っていく!」

 その言葉を交わした後、ナージャが俺にしがみついてきたかと思うと、頬に柔らかくて温かい感触があった。俺も彼女を抱き返す。お互い夕日に照らされなくても顔は真っ赤だっただろう。そんな二人を夕日だけが見守っていた──

 ***

 「約束、守ってくれるんだ。嬉しい」

 あの時のことを再現するようにナージャが俺の胸に飛び込んでくる。

 満面の笑みを浮かべるナージャを見て、俺は幸せな気分になった。幼馴染のひいき目がなくても、都会であるレンオアムでもナージャ以上の美人はいなかった。

 そんな彼女が俺のことをずっと想っていてくれた、それだけで俺は胸がいっぱいだった。

 ***

 「かんぱーい!」

 村長の音頭で、乾杯の宣言がされ、俺とナージャは宴の真ん中で笑みを浮かべた。

 宴会が急遽結婚式となってしまったが、とにかく帰ってくる日に合わせて宴会が準備がされていたあたり、準備がよいというかなんというか。あとで聞いたら、ナージャがせっせと準備してくれていたらしい。

 近所のおばさんが言うには、俺がいない時、ナージャに言いよる男どもも多かったそうだが、本人は頑として頷かなかったそうだ。

 隣村の村長の息子とか、金持ちでイケメンなんだけどな。少なくとも天秤にかけると、俺が吹っ飛ばされて皿から落ちる程度に。

 「だからね、あんたナージャちゃんを幸せにしないとだめだからね!」

 「はい、絶対に守ります!」

 村の男どもからのやっかみもひどかったが、俺の隣で幸せそうに微笑むナージャを前にして撃沈していった。最後にはしょうがねぇなぁくらいの感じで、オバさんたちと同じようなことを言い残して乾杯して去っていく。

 ひとまずみんなに祝福された俺は、ナージャが守ってくれていた実家で眠りについたのだった。

第3話 村の生活

 朝日が昇り、窓から光が差し込む。隣を見るとナージャは起きているようで、もういなかった。

 「あ、おはよう、アレク」

 キッチンに立ち、エプロンを付けたナージャはすごく可愛かった。思わず見とれていると少し頬を赤らめてもじもじし始める。

 「おはよう、今日もかわいいよ、ナージャ」

 ボムっと顔が赤くなる。すげえ、耳とか顔まで真っ赤だ。

 「かかかかか、かわ……いい?」

 「嫁さんが可愛くないわけがないだろ?」

 「はわっ⁉」

 「これからもよろしく。奥さん」

 いろいろ吹っ切れたのだろう。俺は普段こんなことをするキャラじゃないんだが、うん、ナージャが可愛すぎるからだ。そういうことにしておこう。

 くるっと振り向いたナージャがこっちを向いて目を閉じる。俺もそのまま顔を近づけて……ってあたりで唐突にドアがノックされた。

 「キャッ!」

 真っ赤な顔をしてナージャがドアを睨みつける。

 「おーい、アレク。起きてるかー?」

 ドアの外からのんきな声がかかる。

 「はーい」

 ナージャがくるっと表情を変えてドアに向かう。

 「お、おはよ……ってそっか。お前ら結婚したんだよな」

 「あら、マーク。おはよ。新婚の家に朝早くから来るとか、そんなんだからお嫁さんが来ないのよ」

 ナージャの毒舌はとどまるところをしらない。

 マークは俺たちの幼馴染の一人だ。彼は以前村に立ち寄った魔法使いから簡単な魔法を教わったことで魔法のスキルが発動した。ちょっとした魔物なら一人で何とかできてしまう腕が買われて、今では自警団に入り、団長補佐になっていた。

 「おいおい、それくらいにしてやってくれ。で、何の用?」

 「ああ、今日なんだけどさ。村周辺の巡回を頼みたいんだ」

 「俺に?」

 「元冒険者だろ? そういうクエストやったことないか?」

 「まあ、あるっていえばあるけど」

 「うん、頼りにしてるよ。実はさ、ジークの爺さんがそろそろ引退したいって言ってるんだ」

 「そっか、もういい歳だしな」

 ジーク爺さんは元は国の兵士で、剣と槍を村の男たちに教えていた。しかし最近は、腰が痛いからとあまり動き回らなくなっていたらしい。以前はよく陣頭指揮を執っていたが、最近はマークのバックアップに回っているという話だ。

 引退したら他の町に住んでいる孫が、引き取りにくるという話も聞いたことがある。

 「でも、ジーク爺さんが引退したら、次は誰が団長をやるんだ?」

 「俺、かもしれない」

 ぽつりと漏らす言葉には若干の不安と、やる気が見て取れた。

 「そうか、応援してるよ」

 「っていうかだ、お前も参加してくれって」

 「え? 俺? 聞いてるかもしれないけどさ……」

 「あ、スキルがないってやつか? 珍しいけど、お前何年も冒険者やって五体満足で帰ってきてるじゃん。ってことは、スキル以外の力がお前にあるってことじゃね?」

 「そんな力あるわけないない。でもまあ、いろいろと教わったよ。魔物の追跡の仕方とか、罠の仕掛け方とか」

 「すげえ! 頼りになるじゃん!」

 俺が褒められているのが嬉しいのか、ナージャもニコニコしている。

 「アレク、頑張ってみない?」

 「そう、だな。マーク団長、よろしくお願いします」

 少しおどけて言うとマークの硬い表情が少しほぐれる。

 「っておいおい、気が早いよ。まだ引き継ぎもしてないんだって」

 そう言いながら少し照れ気味に鼻の頭をポリポリとかいていた。

 俺はマークとナージャと一緒に、村共同の麦畑に向かった。

 ***

 今日は小麦の収穫だ。麦畑の管理は持ち回りでやっていたが、大規模な作業は今回のように総出になる。俺はマークの巡回ではなく、もともとの予定だった収穫を手伝っていた。

 「今年は天気が良かったからね!」

 「そっか、いっぱい採れるといいなあ!」

 黄金の穂波が風に吹かれて揺れる。実際問題として、この麦の収穫が村の生命線だ。今年は幸いにして豊作で、税を支払っても十分な備蓄が残るらしい。

 村人たちの顔も晴れ晴れとしている。

 「空龍王様のご加護があったんだな」

 「そうじゃなあ。天気に恵まれたのは空龍王リンドブルム様がご機嫌だったからじゃろ」

 空龍王リンドブルム、海龍王レヴィアタン、地龍王ベフィモスは三龍と呼ばれ、世界中にそれぞれの神殿が建てられて祭られているが、この村ではリンドブルムを祭っている。

 ほかにも神話上の存在として様々な龍がいる。復讐の龍ニーズヘッグや、財宝を守る龍ファフニルなどは有名なところだ。

 そして、龍と交わり、子を成したとされる人々もいた。各地にいる王家や貴族がそれにあたる。彼らは龍の血を引く者と言われ、一般の人々とは一線を画した存在とされて崇められていた。そんなことを考えていると、隣にいるナージャは俺が刈り取った麦を受け取り、かごに入れてゆく。

 「うふふ、今年はいい天気が続いたからねえ」

 「リンドブルム様のご加護ってやつ?」

 「だねっ」

 ナージャの表情も明るい。その笑顔に見とれてしまった。

 「どうしたの?」

 「いや、何でもない」

 照れ隠しも兼ねて、慌てて手を動かす。早く収穫を終わらせないといつ雨が降るかわからないしな。

 ***

 「お疲れ様、アレク」

 「うん、何とか終わったなあ」

 「そうだね。あとは乾燥させて、粉にひいて、だね」

 「そうだ、小麦粉が貰えたらパンを作ろう。冒険者時代に教わったレシピがあるんだ!」

 「へーそうなんだ。そういえばさ。アレクは冒険者の頃ってどんな仕事してたの?」

 「ああ……知ってると思うけど、俺にはスキルが発現しなかったんだ。だからいろいろと雑用をやってたよ。荷物持ちとか武具の手入れとか。料理も、だな」

 「そう、なんだ。村に来た冒険者から、華々しい活躍とかよく聞いたんだけど」

 「そういう人たちもいるよ。けどね、冒険者になってから、一年たって生きてるやつは半分もいないんだぜ?」

 「え……?」

 「だからさ、俺は本当に運がよかったんだ。魔物に手足を食いちぎられたやつもいたし……捜索に行って遺髪だけを持ち帰ったこともある」

 「そっか……」

 「いいうわさだけは流れるんだよなあ」

 「そうね。そういうものだと思う」

 「けどさ、武勇伝を聞いて俺もってなって、無謀なことやるやつがいるんだ」

 「そうなんだ」

 「俺は面倒見のいい人のパーティにいたからよかったけど、ひどいところだと新米を危険なところに送り込んで囮にするようなやつらもいるらしい」

 「何それ!」

 「まあ、冒険者って言ってもいろいろいるんだよ」

 少ししんみりしてしまった。

 ナージャは優しく微笑むと、俺の頭を抱え込むようにして抱きしめてくる。ほんのりと甘い香りがして、俺の心までも優しく包んでくれるようだった。