スキルゼロ冒険者の俺、結婚して龍王の騎士となる(3)

第4話 予感

 それはある日の自警団の会合でのことだった。冬も近づき、各自の役割分担の見直しと、備蓄の確認をするはずだったのだが、最近森が騒がしいと猟師のカシムが報告してきた。

 「なんかよ、妙にざわついてるっていうか……」

 普段から森をよく知る彼の言葉に場がざわめく。異変は、たとえば獲物が罠にかかる頻度が下がっているとか、そもそも姿が見えないのはおかしい、といったものだった。

 「そういえば……最近ゴブリンとかの数が多い気もする」

 木の実や野草などを採取している村人からも報告があった。

 今のところ怪我人や死者といったような直接的な被害は出ていない。それでも目に見えない不安に、動揺は隠しきれない様子だった。

 もはや気のせいなどといった呑気な意見は出なかった。皆が、何かが起きているという共通の認識を持つに至った。

 「ふむ、用心にこしたことはないのう」

 ジーク爺さんが重苦しく口を開いた。元々しわだらけの老人だけど、眉間のしわが普段より深く刻まれている気がした。

 「ジークさん、どうします?」

 マークが話の先を促す。

 「うむ、まずは柵の補修を急ぐかの」

 「他に意見がある者は?」

 ジークさんの言葉にマークがかぶせて、意見を募る。

 そうすると皆口々に、各自が問題だと思うところを言い始めた。

 「アレク、君は?」

 「そうだな……武具の手入れをしておきましょう」

 武具という単語に多くの者がぎくりとした。普通の人は、冒険者でもなければ魔物と直接やりあうことはない。

 皆この話題から目をそらしたいというのが本音だろう。非難の視線を向ける者、むしろよく言ったという表情を浮かべる者など……反応は様々だった。

 しかし、最悪の事態を想定する必要がある。ゴブリンの群れと戦って負けはしないだろうが、戦い慣れていない者からすればやはり恐怖が先に立つ。

 ジークさんが再び重々しくうなずき、俺に問いかけてきた。

 「アレク、頼めるか?」

 「了解だ」

 もともと冒険者時代にやっていたことでもあるし、慣れている。洞窟に立て籠もるゴブリン討伐の時に死にかけた過去の経験を、ふと思い返す。

 こうして警戒を強化する方針が決まると、それぞれ与えられた役割をこなすために村の各所へ向かう。

 俺の役割は柵の強化と、櫓の建設チームへの参加だ。大工のトーマスの指示に従って作業を行い、さらに家に帰れば武具の手入れを行った。手入れは職人のガレフが手伝ってくれたので、思いのほか進みはよかった。

 ***

 収穫を終えたこれからの季節は寒くなっていく。ティルの村は大陸の北にあり、冬場は雪に覆われる。

 「雪だ!」

 窓の外では、子供たちが空から降り始めた雪を見て歓声を上げていた。元気いっぱいに走り回っている。

 俺は、村を囲う柵の修理が終わっていることに安堵の吐息を漏らす。雪が降る中で柵の修理とか考えたくもなかった。

 「ふふ、アレクも昔はあんなふうだったね」

 「さすがにもうあそこまでは、はしゃいだりはしないなあ」

 「まあ、何はともあれお疲れ様」

 「うん、っとそろそろ見張りの当番の時間だ」

 村の入口に櫓を建てて、これにより異変を少しでも早く察知しようという試みだが、この雪では視界がかなり遮られる。

 だが、何かあってはいけないと気を引き締め直し、冷え防止の皮手袋を装着し、冒険者時代のマントを羽織って出かけた。

 「行ってらっしゃい、気を付けてね!」

 「ああ、ありがとう。行ってくる」

 俺は、ナージャの見送りを受けて櫓に向かう。櫓のそばには小屋が建てられており、自警団が数名そこで監視することになっていた。

 何かあれば木づちで、ぶら下げてある木の板を叩く。これを聞きつけた自警団が村中に異変を伝えるという段取りだ。

 俺は雪のカーテンで覆われた村の外の風景を目を細めて眺めていた。その日は問題なく見張りを終え、そして次の日もまた次の日も、平穏に過ぎてゆく。

 無事なのはいいことだけど、なぜか俺の胸騒ぎがどんどん増していった。

 ***

 そしてある日、夢を見た。冒険者をしていた頃を思い出す夢だ。

 真剣な顔をしてゴンザレスさんが俺に話しかけてきた。

 「アレク、クエストの時な。お前がやばいと思ったらすぐ俺に言え」

 「へ? ゴンザレスさん、いったいどうしたの?」

 「いいから、お前の勘はなんか鋭いんだ。判断がつかないこともあるだろうが、何かを感じたらすぐに言ってくれ。空振りしても気にしなくていい」

 「わかりました……俺の勘でいいんですか?」

 「ああ、お前に任せる」

 ゴンザレスさんは、すごく真剣な表情で重々しくうなずいた。俺はその顔をずっと忘れられなかった。

 ……半分眠っている意識の中で思い返す。

 以前のことだが、森での採取クエストで、新米冒険者でも安全に帰ってこれるクエストだったが、なぜか胸騒ぎがして、引き返したことがあった。

 次の日、この辺にいないはずの魔物が出たって話になった。そして駆け出しの冒険者が一人、魔物に食われるという被害が出たそうだ。

 その魔物はゴンザレスさんと、別のパーティが協力して倒したが、魔物退治の打ち上げのときに、ふと胸騒ぎのこと思い出して、ゴンザレスさんに伝えたんだった。

 その後、重要なクエストに、なぜか同行することが多くなった。ゴンザレスさんが言うには、俺の勘はとても鋭いらしく、特に危険については予知レベルだとのことだった。

 俺の嫌な予感で引き返したため、その先にどんな危険があったかは実際にはわからない。結果的には何も起きてないからだ。俺の感を怪しむ者もいたが、俺はみんなが無事であればいいとそう思っていた。

 そんな俺の胸騒ぎがどんどん増してくる。何か、悪いことがこの村に迫っている気がしてならない。だから次の日、俺は意を決して、ジーク爺さんに相談してみることにしたのだった。

第5話 ある日森の中

 ジーク爺さんに相談したところ、実はすでにギルドに手を回しているとのことだった。その結果、何人かの冒険者が村に向かっているらしい。

 「ゴンザレスという人を知っているかね?」

 ジーク爺さんから聞いた時は、本当に驚いた。

 「ええ、よく知っています。俺が冒険者をやっていた時にお世話になった人です」

 「うむ、この村の財政は、まあ知っての通りでのう。精いっぱいの報酬じゃったが……応じてくれる人がいないと言われておったのじゃ」

 「ですよねえ……」

 「それでもいいと応じてくださったのが、かの御仁と言うわけじゃな」

 ありがたさで胸がいっぱいになる。

 確かに、困ったときには相談しろって言われていた。けれど、駅馬車でひと月もかかる距離だ。まさか助けてと気軽に言えるものでもない。しかも、安い報酬でも受けてくれたことに、俺の視界はぼやけた。

 「お前が正しい行いをしてきたということじゃな」

 「そう、ですかね?」

 「そうに決まっとる」

 そう言って、ジーク爺さんはにっこりと笑みを浮かべた。

 ***

 翌日、ゴンザレスさんのパーティを迎えるため、少しでも御馳走を用意しようという話になった。

 「やはり肉だろう!」

 カシムが満面の笑みを浮かべてそう宣言する。

 異変を感じてから、森へ狩りに入るのは最小限にとどめられていたが、最近は目立った異変はなかった。だから、最低二人組という条件で森に入り、獲物を探すことになった。

 俺はナージャと森に入ることになり、準備はナージャも手伝ってくれた。

 普段村にいるとき村人は、村からの割り当てられた仕事を各々しているため、ナージャは一日中俺といられる理由ができて喜んでいる。何この可愛い生き物。

 「アレク、いい獲物がいるといいね」

 「ああ、ハーブとかの採集は任せたよ?」

 「うん、まかせなさーい!」

 そう言ってにっこりとした顔を見せるナージャを見て、俺は思わず抱きしめそうになった。

 だが、それほど離れていないところに、カシムのほかにも村の人間がいるはず……俺は煩悩を消して仕事に戻ることにした。

 しばらく森を進んだが、やはり以前のような動物の気配がない。俺は周囲を警戒しつつ歩き、ついに動物の足跡を見つけた。

 「これは……イノシシか」

 「たぶん、そうだね。追跡できそう?」

 ナージャが目をキラキラさせて聞いてくる。お肉は久しぶりと目で訴えてくる。それはもう、今にもよだれをたらしそうな顔だ。

 嫁さんに期待されてしまったら張り切るしかない! と思っていたら、ナージャがポーっとした顔で俺を見ている。

 「えっとね、アレク。声に出てた……よ?」

 「はうあっ⁉」

 森のど真ん中で顔を真っ赤にしている二人はさぞかしおかしな姿であっただろう。

 そんなことを思っていたら、俺たちにツッコミを入れるかのように草むらが揺れた。俺は慌てて矢筒から矢を引っこ抜く。

 すると出てきたのは、正体不明のモフモフした、謎の生き物だった。大きさは子犬くらいだが、なぜか角が生えている。真っ白な毛並みをしていて四つ足で立っている。頭からしっぽの先まで癒し系だった。

 腹を空かせているのか、元気がない。すがるような目つきに、俺はあっさりと敗北した。

 とりあえず水筒から手に水を受け止め差し出すと、ぴちゃぴちゃと舐め始めた。ナージャは目を見開いて「ふわあああああああぁぁ」と目を輝かせている。

 「食べるか?」

 干し肉を謎の生物に差し出すと、「キューン」とよくわからない声を上げてかぶりついた。

 食べ終わると俺の手にすりすりとすり寄ってその毛並みを堪能させてくれる。というあたりで背後から再びがさがさと音がした。

 「アレク、あっち!」

 ナージャの指さす先には木々の間を歩いているイノシシがいた。

 もふもふの謎の生物はナージャの肩の上にいる。俺はナージャの頬っぺたと、もふもふの間に手を突っ込んだらいい感触に違いないと思ったが、煩悩を追い出し、矢をつがえイノシシに狙いを付ける。

 ここでいきなり胴体を狙っても逃げられる可能性が高いため、俺はやつの後ろ脚を狙う。

 矢を放つと、狙い通りの場所に矢が突き立ち、イノシシは悲鳴を上げ、突進してくる。だが、後ろ脚が傷ついたため突進に力がなく、数度避けているとだんだん勢いも衰えていく。そろそろ仕留められるか、そう思った時だった。やつは標的を急に変え、突然ナージャに向かって突進し始めたのだ。

 「キャァアアアアアアアア!」

 悲鳴を上げつつナージャはガシッと足幅を広げ、背後にモフモフをかばい仁王立ちする。そして腰を落とし、足を肩幅の広さに開いて膝を少し曲げ、右手を腰だめに構え、呼気を整えた。

 イノシシの接近に合わせてズダンと踏みしめた力を足首、ひざ、股関節、腰、背骨と順に伝え、肩から肘、手首そして掌で炸裂させる。

 見事極まりない、あまりに滑らかな動作から放たれる掌打だった。

 カウンターで眉間を撃ち抜かれたイノシシは、断末魔の叫びを上げる間もなく絶命する。

 その姿を唖然として見る俺に対して、ナージャはてへぺろとこちらを見ていた。

 「というか俺、嫁さんより弱いのか?」という疑問を必死でかき消すため、俺はイノシシの血抜きを始める。

 その後、俺とナージャは血抜きをしたイノシシを引きずって村に戻ることにした。村の入口にいた見張りの者に手を振ると、応援を呼んできてくれた。

 久しぶりの大物に歓声が上がる。

 そして村のみんなは口々にナージャをほめたたえていた。

 子供のころから身体能力が高く、爺ちゃんから手ほどきを受けていたこともあったが、まさかこれほどまでに強くなっているとは……俺より冒険者に向いているんじゃないだろうか?

 「火事場のバカ力じゃないかな、あははー」

 とナージャは苦笑いしていた。とりあえず怪我がなくてよかったと伝えると、いつものふんわりした笑みを俺に向けてくる。ナージャは、ナージャだ。俺の大事な人ということは変わりない。

 ***

 そんなこんなでゴンザレスさんたちの歓迎の準備が整ったその晩、事件が発生した。

 血塗れになり、息も絶え絶えの冒険者の一人が、村にたどり着いたのだ。

 「ゴンザレスさんが危ない、助けてくれ!」

 そう叫ぶと彼はガクッと意識を失った。