スキルゼロ冒険者の俺、結婚して龍王の騎士となる(4)

第6話 魔物の軍団

 村はざわめいていた。ひとまず広場にみんなが集まってくる。

 「俺が様子を見てくる! 誰か一緒に来てくれないか?」

 マークの呼びかけに、村人は顔を見合わせるだけだ。冒険者が瀕死になってたどり着いたという事実はそれほど重くのしかかっていた。

 だから、というわけではないけど、思わず俺は手を上げていた。

 「アレク、ありがとう」

 「いいさ。それに死ぬ気はない」

 「そう、だな。新婚さんを死なせたら俺がナージャに恨まれる」

 「後釜に座ろうなんて思ってないだろうな?」

 「ないない。それにナージャが絶対にうんって言わないから!」

 ふと気づくとナージャは真っ赤になって俺を見ていた。とりあえず表情をキリッと引き締めて頷いておく。

 そのやり取りに、村人の間からも少し笑いが漏れた。

 ***

 最終的に、自警団から三人が見回りに参加した。カシムを先頭として、駆け込んできた冒険者の来た方向──南の街道を走る。

 無言で歩を進めるが、やはり不安が大きい。皆、言葉がないのも、口を開けば弱音を吐きかねないからだ。

 しばらく進むとわずかに声が聞こえてきた。カシムが手を横に伸ばし止まれと合図する。俺たちは街道の脇に身を隠した。

 「隠れながら進むぞ。俺が先行してくる。いざってなったら合図を送るから、頼む」

 カシムの指示にマークも無言で従い、身を隠す。カシムはあえて草の生い茂る街道脇を進んでいく。俺たちは、実に器用に平地を歩くかのような足取りのカシムの後に続いて行く。

 カシムほどの速度は出ないが俺たちも彼の後を追うように歩を進める。しばらく進むと、剣戟と雄たけび、そして悲鳴が聞こえてきた。

 舌打ちのような音が聞こえ、ふと上を見ると、カシムが木の上から弓を構えている。彼の視線の先では、冒険者の小隊がゴブリンやオークと戦いを繰り広げている。

 円陣を組んだパーティは、真ん中に後衛職や負傷者をかばっているようだ。魔物たちはそれを取り囲むように攻め立てている。

 そして、円陣の中央にいる見慣れた顔を見て、俺の頭に血が上った。

 カシムが矢を放つと同時に俺も剣を構えて走り出す。背後からマークの呪文を唱える声が聞こえてきた。

 俺は無我夢中で剣を振るい、ゴブリンを斬り倒す。カシムの正確無比な狙撃により、すでに数体のゴブリンが頭に矢を受けて倒れていた。

 さらに、自警団のメンバーのグレイが槍を振り回してオークと渡り合う。ガレスも両手持ちの斧を振り回し、雄たけびを上げる。

 そして俺は喉が張り裂けんばかりに大声をあげた。

 「ゴンザレスさん!」

 こちらを向いた瞬間、彼は驚愕して目を見開いた。

 それはそうだろう。俺は冒険者時代、魔物と切り結ぶことなんてほとんどなかった。いつも後方支援に徹し、弓を放つだけだった。

 けれど今、俺はゴブリンにためらいなく刃を振り下ろし、斬り捨てている。そんな姿に驚いたのだろうか。

 「援軍だ! てめえら気合い入れろ!」

 ゴンザレスさんの雄たけびに周囲の冒険者たちが歓声で応える。

 俺たちは一点に戦力を集めて、一気に敵の囲いを突破しようとする。

 俺は夢中で剣を振るう。火事場のバカ力というやつか。全く恐怖を覚えることもなくゴブリンたちを倒してゆく。

 「今だ、全員続け!」

 剣を持った比較的身軽な冒険者が、俺たちの攻撃で囲みが手薄になったところに斬り込む。さらに、その両脇に弓や魔法を俺たちが打ち込み、包囲を破ることに成功する。

 俺たちは、この機会を逃さず、村に向けて駆け出した。

 そして追撃しようとする魔物の群れに対して、マークが大技を叩き込み、時間稼ぎをする。

 「逆巻け風の刃よ! 螺旋の理、暴風となりて敵を切り裂け! サイクロン!」

 つむじ風が巻き起こり、それに触れたものは容赦なく両断される。一日一回しか使えないマークの切り札の魔法だ。

 「GURURAAAAAAAAAAAAAAN!」

 勝利を確信したその刹那、必死で逃げる背後から大きな声を聞いた。

 それはただ聞いているだけで怖気が走るような、全てを支配するような声。その声をきっかけに魔物の追撃は止んだ。

 「な、なんだこの声は……?」

 いつの間にか俺の隣を走っていたゴンザレスさんがぽつりと言った。

 「ゴンザレスさん……」

 「まあいい。話は後だ。負傷者もいるからな。すまんが村への案内、よろしく頼むぜ」

 「はい!」

 こうして、ゴンザレスさん率いる冒険者パーティは、無事とは言い難いが村にたどり着くことに成功した。

 しかし謎の声は、魔物の軍勢とのさらなる戦いの始まりを告げることを意味していたのだ。

 ***

 村に着いた俺たちは、回復魔法とポーションなどで傷を癒し、昼に狩ったイノシシで、冒険者たちの腹を満たす。

 「GYAOOOOOOONN!!」

 そこに村の外から全てを支配するような亜人の叫び声が上がる。同時にゴブリン、オークなどの亜人種の魔物の軍勢が村に迫ってきていた。

 それに対して柵の中から矢を射かけて敵を倒すが、逃れた敵が柵に取りつく。

 打ち漏らした敵は、槍や斧を振るって柵ごしに倒す。冒険者たちもここを破られたら後がないと思い、悲壮な表情を浮かべながらも、次々とゴブリンたちを倒してゆく。

 俺は櫓から矢を放っていた。カシムほどの腕はないが、それでも弓の腕は自警団の中でも上の方だった。

 高いところから見ていると敵の動きがよくわかる。敵を倒しながらも、俺は気づいてしまった。亜人種の中にひときわ大型の魔物がいることに。

 「トロールがいるぞー!」

 さっきの声の主はトロールだったのか? わずかな違和感を抱いたが、目の前にいる敵に対処することにした。

 トロールの強靭な肉体から繰り出す攻撃は、まともに受ければ重戦士でもひとたまりもない。そんな強敵の出現は味方に動揺を生んでしまうが、いきなり現れて柵を破られたらその場で総崩れになるだろう。

 であるならば出現をあらかじめ知ってもらった方がいい。そう思った。

 魔物の群れは村の南側から迫っていた。それならば、北に行けばまだ逃げられる。そう考えた一部の者はさらなる絶望に出会うことになった。

 すでに魔物の群れは村を囲み切り、そこにもトロールが先頭に立って柵に迫っていた。

 「もう、ダメだ」

 冒険者数名がその知らせを聞いてへたり込んだ。

第7話 覚醒

 トロールが現れたという知らせは、冒険者をはじめ、俺たちの士気をへし折りかけた。

 「くそ! なんでこんなことに……」

 それでも俺は矢を放つことをやめなかった。俺が諦めたらだれがナージャを守る? 約束したんだ。何があっても守るって。

 「うろたえるな! トロールの弱点は火だ! 火炎魔法を使えるやつを前に出せ!」

 ゴンザレスさんの指揮に従って、魔法使いが前に出てくる。

 「「集え、焦熱の光よ! 貫け紅蓮の矢よ! フレアアロー!!」」

 タイミングを合わせて詠唱し、弾幕のように炎の矢が飛んでゆく。それはトロールの顔面を中心に着弾し、ひるませることに成功した。

 合図とともに門を開き、冒険者の一隊が出撃した。

 「ぬおおおおおおおおおおおおおりゃああああああああ!!!」

 ゴンザレスさんが大剣を振りかざし、トロールに叩きつける。そしてそのまま体を横にスライドさせる。後続の槍使いが五月雨のように刺突を叩き込み、さらにダメージを重ねる。

 「とどめだあああああああ!!」

 全身の筋肉をたわめ、ひねる。そこで溜めた力を一気に遠心力に変えて一閃した剣先が、トロールの首を深く切り裂いた。

 断末魔の叫びを上げてトロールが倒れる。

 その光景にこちらの士気が大いに盛り上がる。

 それが気にくわなかったのか、背後に控えていたひときわ大きな亜人──ゴブリンともオークともいえない、変異種というやつ……が雄たけびを上げた。

 「なんてこった⁉ やっぱりいやがった」

 「ゴブリンキングだ!」

 周囲の冒険者に再び動揺が広がる。

 キング種とはゴブリンのような亜人種のなかで稀に現れる強大な個体のことで、その力で何千もの配下を操り、時には大きな都市が滅ぼされることもあったらしい。

 「うろたえるな! 何とか戦えているってことは、キングだとしてもなり立てだ! 俺が必ずぶった切る!」

 「うおおおおおおおおおお!!」

 ゴンザレスさんが気勢を上げ、皆が無理やりでも声を絞り出して応える。

 魔法使いたちがキングに向けて一斉に攻撃呪文を叩きつけるが、キングの周囲にいたゴブリンから進化したとみられるオーガたちが立ちふさがった。

 爆風と砂塵が舞い、それが風によって散らされた後、見えたものは無傷のオーガたちだった。

 キングが手を振ると、新たなゴブリンたちが前に出てくる。そいつらは棍棒や剣ではなく、杖を持っていた。

 ここまで柵に頼って優位に戦えていたのは、相手が飛び道具を持っていなかったからだ。柵に取りついて動きが止まったところを、矢を射込み、槍で突いて一方的に攻撃してきた。

 だが、再び風向きが変わった。ゴブリンメイジの一団が現れ、柵に向けて火球を放ってきたのだ。

 火球が燃え移り、柵の一部が壊れはじめた。こうなってはここで敵を食い止めるにも限界がある。

 「まずい!」

 俺は慌てて櫓から駆け下りた。

 矢が尽きかけていたこともあるが、柵が破られたら守りが崩壊する。

 「下がれ! 館まで下がるんじゃ!」

 ジーク爺さんの呼び声に、戦っていた村人と冒険者たちは一斉にありったけの矢を放つと、後ろも見ずに退却を始めた。

 「きゃあっ!」

 そのとき俺は、聞き慣れた声の悲鳴を耳にした。反射的に声の方を振り向くと、そこには愛しの妻がいた。

 なんでだ。なんでナージャがここにいる? そう思ったが、その疑問はすぐに氷解した。逃げ遅れた子供をかばっていたのだ。

 棍棒を振り回すゴブリンに襲われても、きっちりと蹴り飛ばしていた。その姿に安堵するも、それは一瞬のことで、背後からオークが現れたのだ。

 「危ない!」

 俺はとっさにナージャの前に割って入る。

 「アレク!」

 オークは槍を振り下ろしてきたが、俺はとっさに剣で横に打ち払う。

 オークのバカ力で地面に叩きつけられた槍は鈍い音を立てて穂先が折れた。俺は剣をオークの手元にめがけて振り下ろす。

 狙い通り剣先がオークの指を断ち切った。痛みにオークがひるんだところで、剣先を顔面目掛けて突き出す。運よく目を貫くとオークは、見当違いの方向を向いて暴れ出した。

 俺はそのままナージャをかばいつつ、村長の館を目指して走る。

 「ナージャ、無茶だ!」

 「ごめん、だけど……」

 ナージャは気を失った近所の子供を抱きかかえていた。

 周囲からは魔物の咆哮が聞こえてきたが俺は、ナージャの手を引いて走った。

 「見えた!」

 「もう少しね!」

 村長の館の周囲には冒険者が集まり、防戦の態勢を整えている。安心したのも束の間、俺はまずいものも同時に見つけた。トロールとオークが、冒険者の死角から迫っていたのだ。

 「後ろだ! トロールとオークがいる!」

 その一瞬、注意がそれたのがまずかった。トロールの投げた大きな石が、こっちに飛んできていた。

 無意識にナージャをかばったが、肩から側頭部にかけて衝撃が走り、俺は意識を失ってしまった……