スキルゼロ冒険者の俺、結婚して龍王の騎士となる(5)

 ***

 そこは真っ暗な空間だった。上下左右すべてが真っ暗で、それでも自分のことは見えている。そんな不思議な場所に一人の男がいた。

 「ふむ、久々にお目にかかる」

 なぜかどこかで見たことのある顔だった。黒髪をオールバックに撫でつけ、紅い瞳をこちらに向けている。視線は一つ。片方の目は眼帯に覆われていた。

 「えっと、どちら様でしょうか?」

 「ふん、覚えておらぬか。それも仕方あるまい」

 「……すいません」

 「まあ、よい。アレクと言ったか。貴様に問う」

 「なんでしょう?」

 「ふん、気の抜けた返事だ。そんなことでナージャを守り切れるのかね?」

 ナージャを呼び捨てにするこの人は何者だろうか?

 「当たり前だ! ナージャは俺が守る!」

 「その細腕でかね? せいぜいゴブリンを数体倒せたらいい方だろうが?」

 「それでもだ! 俺は誓ったんだ!」

 「それは、誰に対してだね?」

 「……え?」

 ……わからない。それでも俺が、ナージャを守ると誓ったのは確かだった。けれどそれは誰に対してだ?

 「ふん、契約は果たさねばならん。我に対してあれだけの啖呵を切ったのだからな」

 何が何だかわからなかった。けれど、この人からはなぜか懐かしさも感じた。

 目の前の男が指を打ち鳴らすと、パキッと乾いた音が響く。

 すると男が黒い靄に包まれ、その靄が晴れた瞬間、目の前には巨大な龍がいた。

 不思議と恐怖は感じない。先ほど感じた懐かしさと、ナージャと一緒にいるときのような安堵を感じる。

 龍が口を開くと、予想通りと言うべきか、その声は先ほどの男と同じ声だった。

 「封印を解く。できれば、こうならないことを娘は望んでいたのだがな」

 「ナージャを守るためならなんだって差し出す」

 「誓いゆえにか?」

 「違う。ナージャは俺のすべてだ。愛しているんだ!」

 「……よかろう。我が左眼を対価として差し出した時よりこの定めは決まっていたのだろうよ」

 龍の顔が微笑んだように見えた。口元をゆがめただけだったのかもしれないが。それでも、普通に見れば恐怖の対象でしかないはずなのに、なぜか温かさも感じた。

 「……娘を頼むぞ、婿殿」

 「え?」

 龍の眼が光り、俺の体内で何かが脈打ち始め、そのまま俺は再び意識を失った。

第8話 アレク無双

 スーッと意識が浮かび上がる。それは夢から目覚める時の感覚に似ていた。気絶してたんだから当たり前か。

 体に痛みはない。というか、トロールが投げた石に当たったわけだから普通は重傷を負っているはずだ。けれど、今までにないくらいに身体の調子の良さを感じる。

 「アレク、大丈夫か!?」

 村人の問いかけに、俺は無言でうなずき、周りを見渡すと…‥ナージャがいないことに気付いた。

 「ナージャは?」

 いつもの俺なら取り乱していたはずだが、今の心は不思議と平静だった。

 「あ、ああ……アレクの仇をとるって言って、飛び出していった! すまん!」

 ナージャらしいと笑みが浮かぶのと同時に、俺は目を閉じ意識を広げる。

 いくつかの場面が瞼の裏に浮かぶ。そこにはゴンザレスさんと並んでトロールを迎撃しているナージャの姿があった。

 今までほとんど感じ取ることができなかった魔力の流れを感じる。ああ、魔法を使うというのはこういう感覚なのかと唐突に理解した。

 魔力を操作して風を体に纏うと、俺の身体は空中へと飛び上がった。同時に魔力を糸のように放出して周囲を探る。見つけた! 魔力をたどってナージャのもとへと駆けつけ、掌に魔力を集める。

 「貫け! エナジーボルト!」

 魔法が発動し、放たれた魔力弾は魔物たちの頭上で弾け、十を超えるゴブリンやオークが倒れ伏した。

 「アレク……」

 ナージャが目を見開いて俺を見る。心なしかその目は少し悲しげに潤んでいたが、頭を振ると、いつもの笑顔を浮かべて俺のところに飛びついてきた。

 「アレク、アレク! 無事だったのね!」

 「ああ、おかげさまでね。あの時と同じだな」

 「……アレク、ごめんなさい。わたしのせいで」

 「これは俺の意思だよ。それにだ、嫁さんを守るのは旦那の役割、だよな」

 ナージャは耳まで真っ赤になり、俺は彼女の背に回した手に力を籠める。

 「おいおい、戦場でいちゃついてんじゃねえぞ!」

 ゴンザレスさんに茶化されたが、今はそれがありがたかった。ぱっとナージャが俺から離れると、

 「うー……」

 ジト目でゴンザレスさんを睨んでいた。おいおい。

 「ナージャ、今からあいつらを片付ける。だから安全な場所にいてくれないか?」

 「……わかった。お願いね、わたしの騎士様」

 「ああ、龍王に誓う。必ず君を守り抜くと」

 置いてけぼりにされたゴンザレスさんがポカーンとしていた。

 「おいおい、というかアレク。お前呪文使えたっけか?」

 「使えるようになりました」

 「なりましたって、お前あっさりと……」

 「まあ、事情は後で話します。すいませんが館の中に立て籠もってください」

 「……わかった。アレク!」

 「はい?」

 「お前が何者だろうとな、お前は俺の息子みたいなもんだ。それを忘れるなよ!」

 「……はい、ありがとうございます」

 俺は再び上空に舞い上がり、真下を見下ろす。魔物の配置を確認すると、エナジーボルトの魔法を多重発動した。

 「多重発動! 疾く奔れ魔力の矢よ! エナジーボルト・レイン!」

 雨あられと降り注ぐ魔力の矢は、魔物の軍勢を駆逐してゆく。

 後に残ったのは王であるゴブリンキングと、ゴブリンから進化を遂げたオーガが五体だった。

 「来いよ。虫けらたち」

 俺はゴブリンキングの前に降り立つと、挑発するように口元をゆがめて言い放つ。

 「ギギギ、ムシケラハキサマダ!」

 咆哮を上げてオーガが迫ってきたが、俺はオーガの拳を片手で受け止めそのまま腕をねじ切る。そのもぎ取った腕に魔力を込めて、別のオーガに投擲すると、胴体が爆発して四散した。

 身体が軽い。そして敵の攻撃に対してどうすればいいのかが直感的に分かる。近接戦闘系のスキルに目覚めたらこんな感じなんだろうか?

 続けざまに俺は無詠唱で魔力弾をばらまく。

 ゴブリンキングは拙いながらも魔力障壁で防いだが、力押ししかできないオーガは顔面や胴を貫かれ、そのまま倒れ伏した。

 「さて、残るは貴様だけだな。プチっと潰されろ!」

 俺が言い終わると同時に、魔力で身体能力を強化したゴブリンキングは、隠し持っていた剣を抜き放って刺突を仕掛けてきた。

 俺は剣の腹に掌を当てて、切っ先をそらし、そのままカウンターで裏拳を腹に叩き込んだ。

 「GUGYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 並みの魔物ならこの一撃で胴体が四散しているのだろうが、骨を折る音が聞こえただけで原形は保っている。

 「へえ、大した耐久力だ」

 その後も諦めが悪く襲い掛かってきたが、俺は手加減した攻撃でどんどんダメージを蓄積させてゆく。

 ゴブリンキングの無駄のない斬撃は一線級の剣士に匹敵するが、その攻撃は全て空を切り、その都度俺は反撃を与える。もはや何度目かわからない攻防が繰り返され、身動きもできないほどにゴブリンキングは疲弊していた。

 「GAGAGA……」

 言葉を発することもままならないようだ。次に飛び掛かってきたら一気に頭を消し飛ばそうと身構えていると、予想外の行動に出た。

 「KISYAAAAA!」

 雄たけびというか、悲鳴のような声を上げたゴブリンキングは魔力を弾けさせる。閃光が俺の目を焼き、一瞬にして視界を奪われる。

 魔力を探知すると、ゴブリンキングは村に背を向けて、逃走を図っていた。

 能力に目覚めた俺は、第三の目ともいえる能力があることを知っていた。魔力の網と知覚を同期して、感覚を大きく広げることができる目だ。

 俺は、第三の目の網に引っかかったゴブリンキングに向けて、魔力弾を放った。

 赤く熱した弾丸がゴブリンキングに襲い掛かり、着弾した瞬間火柱が上がり、やつを焼き払った。焼け跡には塵一つ残らなかった。

 終わったと感じた瞬間、俺の全身から力が抜けてゆく。慣れない力を振るった代償として、意識を失ってしまったのだった──