熱契ねっけつ破恢者デストロイヤ(2)

 遡ること八日前──コンラ辺境領にて。

 人里から一歩離れれば、魔獣が跳梁する領域。だが、今夜の男たちには闇に潜む脅威を警戒している余裕はなかった。

 「覚悟はいいな」

 五人の男が、岩山へ身を隠していた。全員が揃って、居住区で働き者と評判になりそうながっしりとした身体が、触れれば切れるほど殺気だっている。小はナイフから大は斧まで、目についた限りの得物を担いできたような出で立ちだ。

 居住区とは、荒廃した大地の上で、人間種が重装備なしに生きられる限られた地域のこと。ほとんどの場合、この世界の支配種たる〈麗起〉が現象変成で大気や大地を改造して造り出した土地だ。

 あらゆる現象の神秘を解き明かし、霊子と膨大な演算で実在しえない幻想を創造し、物理法則を無視する奇跡を実現するのが神の知恵。限りなく万能に近いその力は、環境を造り変えることさえ実現する。

 「ミゲル、本当にやるのか? 柩車を襲うなんて……」

 男たちはコンラ第八十八居住区の有志からなる自警団の面面だった。魔獣の襲撃を防ぐのが仕事だが、今夜この場所にいるのはのっぴきならない事情のせいだ。

 「バレれば縛り首、か? 俺だってやりたくねえさ」

 一団でもひと際大柄な、ミゲルと呼ばれたリーダー格の男が悲壮な目つきで見つめる先で、奇怪な物が移動していた。

 蟻の群れが角砂糖の塊を引っ張っているといえば分かり易い。ただし、運ばれているのは一辺が十メートル以上あるバカでかい柩じみた代物。〈麗起〉が大量の物資を移送させるのに使う機関、柩車である。

 機関とは一種の演算装置で、現象変成を、ある程度の才能があれば人間にも扱えるようにしたものだ。四十体近い人形と制御役である数人の錬成技師が、あの柩車を動かしている。

 ずずっと大地を重く震わせ、巨大な車輪による轍を刻みながら移動する。振動は男たちが隠れている岩山まで届いた。

 「あ、あんなの……本当に襲っていいのか」

 地を這うような居住区暮らしの男たちは、スケールだけで気圧されてしまう。その上なんというか、非効率も極まれりだった。

 〈麗起〉たちは、現象変成でもっと上等な手段をいくらでも用意できるのに、自立機関ではなく人間の召し使いをかしずかせ、巨大な柩車のような不合理や非効率をこそ好む。

 「馬鹿ども、今更弱気になるな! 備蓄はあと十日と持たない。俺たちがやらなけりゃあ、第八十八居住区の四百十八人は女子供に至るまで全滅だぞ」

 事の起こりは半月ほど前。何の前触れもなく突然、一言の事情説明すらないまま、領主から食料や水、必需物資の供給をしばらく止めるとの通達がなされたのだ。逆らうことのできない一方的なそれはもはや命令で、全住民にとっての死刑宣告に等しかった。

 「クソったれの〈麗起〉様め!!」

 この世界は〈麗起〉が支配している。彼らがもはや御伽噺でしかない『不死戦争』に勝利し、創造主である人間種から霊長の座を奪い取って、五百年余が経つ。

 かつて、人間種は現象変成を手にしたが、奇跡は手に入らなかった。単純に扱うだけの性能が足りていなかったのだ。

 それならと、今度は自分たちの代わりに扱える道具を造り出そうと考えた。こうして〈麗起〉は生み出され、必然として人間種の楽園時代は終わった。

 大半が荒野に変わった『枯れて終わった世界』では、水や食料といった生存に不可欠な物資すら、〈麗起〉が現象変成で造り出さなければ容易く枯渇してしまう。

 この赤い大地で、〈麗起〉は君臨するものであり、人間は従うもの。その形はおそらく未来永劫変わらない。〈麗起〉は勝者である以前に、環境に適応できなかった人間種にとって、唯一の生命線そのものだ。

 「でもミゲルよぉ、ご領主の物に手をつけたら先がねえよ。一ヶ月やそこいらを生き延びたって、物資の供給を再開してくれなけりゃあ、俺たちは干上がるだけだ。何とかご領主に慈悲をお願いして……」

 「長老がコンラの都市まで陳情に行ったのは知ってるだろう」

 高い壁で環境や魔獣から守られた都市は、価値を認められた一握りの人間だけが住むことを許される。辺境区の中心であり、支配者である〈麗起〉がおわす政庁だ。お膝元として現象変成の恩恵を浴する都市の内側は天国と形容される。死と隣り合わせでどうにかやっていく居住区の地獄とはまったくの別物なのだろう。

 「それで、領主様はなんて?」

 「今朝、報せがきた。取り次いでもくれなかったそうだ」

 救いのない現実を突きつけられて、諦観に肩を落とす男たち。

 〈麗起〉は理不尽な神の如き支配者だ。領民に水や食料の恵みを与えて生かす慈悲深さと気紛れに何の意味もなく命を奪う残酷さを兼ね備えている。実のところ、ミゲルたちの居住区を襲った悲劇は、辺境では珍しいものではない。

 「どのみち、今夜死ぬか、明日死ぬかだ。それなら俺は、僅かでも前に進む方を選ぶ。水や食料が手に入れば、女子供だけでも他所へ逃がしてやれるかもしれない」

 「荒野を越えて……か?」

 「そうだ」

 人間種は〈麗起〉に見捨てられれば生きられないから、天災に怯えるように息を殺しているしかない。逃げ出したくても、居住区を離れたら、水も食料もなく十中八九野垂れ死ぬ。

 「生きて他の辺境領へ辿り着くなんて、千に一つだが……」

 退路のなくなった男たちは、恐れと諦めを乗り越えて、手に手に武器を取った。

 「やろう」「やってやろう」「ああ、そうだ」

 ミゲルは愛用の手槍を構え、頷いて命じた。

 「よし、やれ! 外すなよ」

 射手が立て続けの三射で、見張り台にいた人形三体を射落とした。魔獣との戦いで鍛えた見事な腕だ。

 「今の内だ!」

 柩車は都市と距離の離れた生産用の居住区を繋ぐ輸送船のようなものだ。危険な荒野を渡るので頑健な造りながら、まるで荘厳な神殿のように、全体に精緻な装飾が施されている。これに限らず〈麗起〉の使う物に古典的で退廃的なデザインが多いのは、彼ら独自の美意識のせいだろう。

 襲撃者の一団は餓えた野犬のように、巨大な車輪が轟々と地を揺るがせる灰色の柩車へ近づく。遠景ではゆるゆると這うように進んでいた柩車は、近くで見ると荷馬車ほどの速度が出ていて、取りつくのも一苦労だ。

 襲撃者たちは互いに手を貸しながら、人形が居た華麗な装飾の施されたバルコニー風の見張り台からよじ登った。最後に登った男が、足下に転がっている矢で射抜かれた人形を気味悪がって蹴り落とす。落下し、巨大車輪に踏み潰されて砕け散る人形。

 「縁起でもねえな……」

 ミゲルから思わず呟きが漏れる。一団は誰もが暗い表情のまま、目的地まで封印されている鉄扉の前に集まって身構えた。

 「……これを破ったら叛逆者だ。引き返せないぞ」

 「もうとっくにだ。やれ!」

 一番大柄な男に命じ、勇気を振り絞ったハンマーで閉ざされた扉を打ち破った。

 「なんてこった! こんなすげえの、今まで見たことねえよ……」

 勢いよく侵入した柩車内部には、大量の水や食料、嗜好品の数々が唸るほど積み上げられていた。居住区育ちの彼らが生まれて初めて目にする富と豊かさに打ちのめされ、全員の思考が停止する。

 「……見入ってる場合か。さっさブツを集めろ。管理用の機関獣に気づかれる前に逃げるぞ」

 真っ先に我に返ったミゲルが、陶然としている仲間たちの尻を叩いた。

 〈麗起〉の警備は基本的にザルだ。人間の反抗はそもそもあり得ない。ここにいる人形の役目は運航の管理や魔獣対策である。

 大量の物資に感極まって、半泣きで物資を掻き集める男たち。緊張に震えるその手が、棚からパック入りの食糧を落としてしまった。

 「もったいな……うぎゃああぁ!!」

 「いけないなあ、ひとの所有物に手を出すなんて」

 慌てて拾おうとした手が踏みつけられた。骨まで軋む痛みで狂ったように暴れても、軽く置かれたようにしか見えない足は微動だにしない。

 しなやかな足の持ち主は、神像を思わせる完璧に整った容貌と体型の男であった。緑と白の混じった髪は、人のものではあり得ない。細身の身体には一片の贅肉もなく、肉体の作る完璧な機能美を備えていた。その正体は明らかだ。自然の生物としてあり得ないほどの完璧左右対称が、男が何者か雄弁に語っていた。

 「領主!? まさか、同乗してたのか!?」

 ────〈麗起〉。彼らこそ、世界と人間に君臨する〈支配種〉だ。人間が足下にも及ばない性能と、人間では決して手の届かない現象変成という奇跡を操る、真の超越者。

 見つかったというだけで、猫を前にした鼠のようにミゲルは絶望し、無意識に膝が踊り出した。

 「領主……ではなく、親しみを込めてロイーズ様と呼んでいいのだよ。この柩車は私のものだ。いていけない理由があるかなあ、ん〜?」

 コンラ辺境領の領主・ロイーズのぬめりとした冷笑は、美しく巨大な蛇のようだ。まさに蛇に睨まれたカエル同然に身動きできない男たちを嘲笑し、無造作に足を踏み下ろす。踵の下にあった男の手が無惨な音を立てて潰れた。人の声帯がこんな声を出せるのかと目を剥くような絶叫を、至上の音楽のように聴いて悦に入る。

 「エクセレント! 君たちは素晴らしい。実に期待通りだよ!」

 「な、なん……だと……どういう意味だ……」

 絶望に竦んでいたミゲルを暗い感情が立ち上がらせた。

 領主は、顔面蒼白の男たちにウキウキと語りかける。

 「ふむ、わからないとは、やはり人間は阿呆なのかね。私が物資の配給を止めたのは、君たちの叛逆を期待してなのだよ」

 「どうして……そんな真似を……」

 「もちろん、退屈だからだよ。私たち〈麗起〉はね!」

 完成された生命種として造られた〈麗起〉には、『死』というものがなかった。寿命が尽きることも病に倒れることもなく、それ故に永遠の怠惰を生き、だからこそ永遠の退屈を持て余すのだとすれば、それは何とも皮肉めいている。

 「たまには素晴らしい娯楽が必要だろう? 己ではなく同胞のために立ち上がる。美しい、それでこそ! それでこそ、命を貪る甲斐がある! 哀しいかな、追いつめても実際に蛮勇を奮うのはごく一部でね。今回は嬉しい成功だ!」

 信じたくないが、疑う余地はなかった。〈麗起〉は嘘をつくことがない。強者であり装置である彼らは、誰かを偽る必要がない。偽り、欺き、他者から何かを搾取するのは、いつも人間だ。

 「うわああああ」

 領主のテンションの高さと笑顔のキメ具合が、男たちの精神の糸を切った。恐怖に囚われた男たちは我先にと逃げ惑う。ミゲルは歯を食いしばり、必死の形相でロイーズへ飛びかかる。

 「お前たちは逃げろ!」

 全力で突き出した手槍はロイーズの肌に跳ね返された。戦闘時の〈麗起〉の表皮は絹の柔らかさと鋼に勝る強度を持つ。

 「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」

 傷一つ入っていないことが、ミゲルを更に絶望させた。悔し泣きしながら、何度も槍を振り回す。最初に柩車を襲撃しようと言い出した者として、せめて最後まで踏み留まらなければ。

 「おお、同胞を逃がそうというのか。実に、実にぃすばらしーーーいいい!!」

 高笑いし、領主が空気を撫でるように腕を振った。

 「あー!」

 掌から生き物のように不可解にうねる銀色の鞭が伸び、ミゲルを避けて、逃げる男たちを切断した。瞬く間に一人が魚の開きよろしく惨殺される。

 一瞬前まで、ロイーズは寸鉄帯びていなかった。構えたのではなく、現象変成で創出されたのだ。

 「んー……久々のお楽しみだというのに。殺すのは簡単だが、殺さないのは難しいな」

 「や、やめろぉ!!」

 狂ったように槍を振り回すミゲルを、ロイーズはニヤニヤと笑って好きにさせた。

 「さあ、次はもう少し上手くやるぞ」

 一人、また一人と涙ぐましい試行錯誤は続き、あっという間にミゲル以外は皆殺しにされる。

 「あ、あああ……」

 「残りは一人……もう失敗はできないな!」

 わなわなと震えるミゲルに銀色の鞭が巻きついた。ようやく要領を得たのか、絞め殺す寸前で上手くキャッチ!

 「おお、やった!」

 「ふざけるな……俺たちが……どんな思いで……」

 「人間が生きているのは〈麗起〉のおかげだ。つまり、君たちの命は私のもの、好きに使う権利があるのだよ!」

 歓喜の笑みを浮かべたロイーズの左掌から、金属の棘が伸びた。それは金属ではなく、現象変成で創造された、水銀色に輝く流体金属だ。自在に形状を変える特性を利用して触手状にしたものが、先ほどの鞭なのだ。

 「人間は弱い。死にやすいし、数も限られている。毎日殺してしまうとあっという間にいなくなる。こういう機会にこそ愉しまないとね!」

 矢じりのように伸ばしたその切っ先を、男の身体に突き刺す。ロイーズは男が即死しないよう、丹念に急所を避けた。

 「う、うぅうぅぅ、うぅうぅぅ、ぐぅ……………っ、ちく、しょ……」

 「素晴らしい! こんなになっても生きているなんて!」

 ミゲルは虫の息だった。悲鳴をあげる気力もない。最後に残った、同胞と自分が虫螻のように殺されていく怒りさえ消え、力尽きようとした。

 その時──突如、柩車全体が地震のように激しく揺れ、灯りが消えた。

 「何事だ!」

 怒りの罵声、であるはずだった。〈麗起〉には、この世界で意に染まぬことはあり得ない。その傲慢が吐かせた一言は、意識下にさえない驚愕に濡れていた。驚きと恐怖は似ている。どちらも理解できない、という感情に根差しているからだ。

 〈麗起〉である領主は、人間と違い、闇を苦もなく見通せる。だからこそ、見つけてしまった。

 「どうして外殻が………」

 柩車の外殻が破られていた。隕石でも衝突したような無惨極まる破壊痕。大型の魔獣が体当たりしてきても、こんな様にはなるまい。

 「いったい何が──がぁあああ!?」

 反応するよりも速く、赤い腕が闇の中から突き出された。ミゲルを鞭で縛り上げたロイーズの右腕を掴み、藁束のように容易く握り潰す。

 「あが!?」

 釣り上げられていたミゲルとロイーズの右腕が床に落ちた。狩られる者からではなく、狩る者からの悲鳴があがる。先ほどまでのものよりも、より陰惨でより甘美な音色。

 穴の空いた外壁から轟と吹き込む強風の唸りと金属の擦れ合う鋼の重苦しい交響曲を背に居た。

 ──赤い鋼だった。

 「ぶ、無礼者! 貴様、どこの〈麗起〉なのだ! 戦争を挑むなら、作法に乗っ取り……」

 人間は〈麗起〉に勝てない。だから、自分の腕を落とすという暴挙をしでかした相手の正体は一つしかあり得ない。

 だが、ロイーズの知覚が捉えたのは、眼前の赤い鋼が〈麗起〉ではないという確たる反応だ。

 「なん、だと?」

 ロイーズは正しく〈麗起〉だった。自分たちが、唯一の世界の支配者であるという揺るがぬ理を知るからこそ、予想外の反応に思考停止に近い衝撃を受けた。

 それでも──領主よ、お前は思い知るだろう。

 古来よりこの地上には、理を打ち砕くものがあることを。

 「く、くらえい!」

 〈麗起〉でないなら相手は一つだ。ロイーズは動揺を振り切って傲慢な嘲笑を浮かべると、左手から鞭を射出する。人間には避ける術のない超音速の一撃が、予想通り赤い鋼を縦横に斬り裂く。赤い表面を火花が舐めた。

 「火花……だと……」

 流体金属と男を包む赤い鎧がぶつかり合って火花が散っているのだ。あり得ない。流体金属はあらゆる名剣を凌ぐ刃でもある。敵を鎧ごとスライスして余りあるはず。怒りよりも得体の知れない恐怖に放った二撃目の鞭。空中で軌道を操作し、相手の死角を縫って後頭部を斬り飛ばす。

 赤い鋼は棚の上の物を取るようにひょいと手を伸ばし、空中の鞭を掴み取った。

 「へ?」

 ぐんと鞭ごと引っ張られた。ロイーズは綱引きを踏み留まろうとしたが、男の力は圧倒的だ。流体金属の形状を変えて逃れる暇もなく、相手の目の前にたぐり寄せられた。

 赤い鋼が視界の中で大きくなる、ほんの一瞬だが永劫のように長い時間。見る見る表情が変わるロイーズ。先ほど鞭で殺された者たちのそれよりも、濃い色の恐慌だ。

 「────強装拳」

 赤い拳が爆発した。ロイーズには、そう見えた。否、爆発したのはロイーズの顔面だ。発射された倍速の必殺の右直打は、領主の美しい顔を粉砕しながら身体にめり込ませ、壁まで吹き飛ばす。

 「ぐびゅ」

 引きちぎった流体金属の鞭──槍状に固まったそれを、赤い鋼が投てきする。ロイーズの眉間を貫き、標本のように壁へ縫いつけた。

 「あぐあががががあ!!」

 領主が醜く無惨な姿を晒しても終わりではなかった。赤い鋼の右拳が瀕死のロイーズの胸を貫き、手首まで埋まる。

 傷痕から溢れ出すのは、人とは異なる被造られた機関の証である──青い血だ。

 「そんな、まさか、軌装だと……馬鹿なぁ、人間が扱えるはずが……」

 だから、これはあり得ない情景だ。

 「……〈麗起〉は、殺す」

 赤い鋼の鬼がいた。燃えるような憎悪と怨念の篭もった目が睨んでいる。

 「『エメ』は……どこだ……」

 領主の胸から抜き取られた鋼の右手は、鋼でできた『心臓』を鷲掴みにしていた。

 「し、知らない……本当に知らない……」

 「知らなければ殺す」

 「ば、馬鹿め……どうやったのかは知らないが、軌装の力を盗んだ程度でいい気になるとは……」

 ロイーズには余裕があった。

 「〈麗起〉に死はない! 永遠の命と時間を与えられた、不死の支配種たる我々は、お前たち劣等種とは尺度が違うのだ! 腕? 足? たとえ跡形なく破壊されようと、それが何だ。身体は作り直せばよい。『鋼の心臓』は、人間如きが破壊するのは不可能だ」

 「俺は、死だ。お前たちが忘れようとした呪いだ」

 赤い鋼が、熱された炭のように赤く輝く。輝きは全身から左腕へ移動する。

 「馬鹿め──心臓ある限り、〈麗起〉に死はないぃぃ!!!」

 一瞬、放電のような激しい光で領主が包まれる。

 「そんな、まさか──やめて、そんな、どうして……何も悪いこと、してないのに、にに、にあああああ────────!!!」

 赤い鋼の指が、不壊の『鋼の心臓』に食い込んでいく。鋼色の外装が裂け、内側から眩い光と泣き声じみた音が溢れ出す。青い血を無惨に飛び散らせながら、生命そのものが握り潰された。

 かつてない恐怖と苦痛を味わいながら、不死の〈麗起〉は完全に息絶えた。多くの人間を斬り裂き串刺しにしたコンラの領主は、自ら壁に縫われて黒焦げの骸を晒すことになった。

 「心臓ある限り、〈麗起〉に死はないか。ならば、これがお前の死だ」

 瀕死のミゲルは床の上でまだ生きていた。赤い鋼が同胞たちをなぶり殺しにした領主を殺すのを見た。

 最後まで見届けようと閉じかけた瞼を開くと、赤い鋼が目の前で見下ろしていた。

 「ああ……わかってる。助けてくれたわけじゃないんだろ。あんたの目を見りゃわかる。だが、礼をさせて欲しい」

 赤い鋼の男は無言のまま。

 「エメってのを捜してるんだろ……東にあるニムラへ行け。以前、都市へ行った時、そこから来た〈麗起〉がその名を口にしてた」

 怒りを抑えきれないかのように、赤い鋼の身体の各部から吐き出したのは熱風だ。柩車内の可燃物が、全て一瞬で燃え上がった。

 瀕死の男の周囲も炎に包まれるが、もはや熱いと感じるだけの感覚もない。

 赤い影が見下ろしている。瞳はまるでぽっかりと空いた虚のよう。だから、思ってしまった。こいつは本当に人間だろうか。

 掠れた視界の中で、赤い鋼が無造作に拳を振り下ろした。