熱契ねっけつ破恢者デストロイヤ(4)

  かつて人間種に挑んだ〈麗起〉が、創造主を打ち破った力が『軌装転概』だ。

  この鎧甲──軌装は現象変成の一つの究極として具現化したもの。鋼に身を包んだ時、〈麗起〉の力は何倍にも跳ね上がり、奇跡を行使する最適の機関として駆動する。

 「〈麗起〉ならぬ者が、軌装転概を……」

  究極である軌装は例外なく美しい。だが、赤い軌装はそうではなかった。醜い左右非対称の、所々に赤い包帯を巻きつけたような不気味な造形だ。顔を覆う面甲には、怒りとも慟哭ともつかない表情が刻みつけられている。

 「……あり得ない……あり得ない! あり得ないあり得ないありえないぃいいぃいぃぃ! 現象変成の究極完成たる軌装が、このように醜くこのように荒々しく具現してはならないのですよーーー!!」

  ベノワはドミナを投げ捨て、怒りに任せてデイへ突進した。眼前の赤い鋼は、この世界の秩序にとってあり得てはいけない矛盾だ。

 「どうやって軌装を盗んだかは知りませんが、現象変成も使えない劣等種が、それを扱えると本気で思っているのですか。身に余る武器を持ち上げることもできない、哀れな虫螻にすぎません! その身で真の〈麗起〉の力を──」

 「戦術破恢────」

  猛き咆哮を轟かせ、赤い軌装が両腕を広げる。ガードをまったく考慮していない、構えと呼ぶにはあまりに無防備なその型は、持てる力の全てを敵の破壊に費やす男にとっての不退転の決意。心を捨てた人鬼が長き戦いで磨き上げた、死せぬモノに死を下すための技と呼ぶにはあまりに無骨な技術だ。

 「────強装拳」

  荒々しい構えから発射された拳が通常を大きく上回り、倍速に届いた。〈麗起〉の力さえ上回る速度で、口上も途中のベノワを振り上げた拳ごとぶち砕いて吹き飛ばす。

  軌装は単なる鎧ではない。それぞれが独自の現象変成による驚天の力を操るのだ。赤い軌装は、手首や肘といった複雑な鎧甲の接合部から炎を噴き出し、その火力で拳を加速させたのである。

  ベノワは水切り石のように何度も地面を跳ねながら、居住区の外壁をぶち抜いて、後方に数十メートル吹き飛ばされた。

 「おの、お……おのれぇ……っ!」

  蹌踉めきながら立ち上がった目の前に、赤い鋼が瞬間移動のように現れた。

 「────六連装」

  左右の拳で繰り出す高速の連撃が、不死の肉体に走る六つの拳型の痕を刻みつける。弁務官の身体は拳痕に沿って裂けて、上下に分かれて地面に落ちた。

 「な、なんだ……〈麗起〉ではない……だがこの力、人間でもない……何故? どうやって……お前はいったい……」

  上半身だけのベノワを赤い鋼が見下ろしていた。面甲の奥で爛々と怪物の目が輝く。まるで憎悪と怨念の塊。赤い鋼の醜悪な感情は、目の前の敵ではなく、世界全てへ向けられている。

 「い、いやああ、こないでぇええ」

  ベノワは、創造されて百五十年余り。人間種との大戦を経験していない、若い世代の〈麗起〉だが、それ故に外敵や脅威を知らなかった。躙り寄る赤い悪鬼を目の当たりにして、生まれて初めて真の恐怖を知った。

 「〈麗起〉は……全て殺す」

  左腕で、ベノワの上半身をドミナがされたように高く掲げ、破壊箇所からぶら下がっていた心臓を赤い鋼の右手が掴んだ。

 「エメはどこだ」

 「し、知りません、信じて……」

 「答えなければ、殺す」

  デイの右腕が爆発するように炎を噴いて燃え上がり、その炎が燃え移る。現象変成の力で生み出される炎だ。全身の神経に焼き鏝を押しつけられていくようなあり得ない苦痛に襲われて、単純な痛みともっと根源的な恐怖でベノワは泣き叫ぶ。

 「エメはどこだ!」

 「知らない、本当に……あ、あがががが……は、廃棄城! 東の廃棄城だ! 誰も近寄ってはならないと……何かあるとしたらアソコしか……が、がが、が、いや、こんなの……し、死にたくない! 教えたでしょう、あ、案内もする、だから助けて……!」

 「そんな約束はしていない」

  不死であるからこそ、永遠のはずの命が尽きる恐怖に、ベノワは支配者の矜持も理性もなくして悲鳴をあげた。自分が何故こんな理不尽な目に遭うのか、心底わからなかった。

  力があれば何もかも許されるのが、この世界のルールであるはずなのに。

  そして、まさにそのルールによって、

 「お前は死に追いつかれた」

  最後まで気づくこともなく、恐怖と絶望に泣き叫ぶ〈麗起〉の心臓を、デイは何の感慨もなく握り潰した。

 「そんな……人間が、〈麗起〉を倒せる、わけがな、い、ぎいあああああああああああ──────」

  鎧の接合部から噴き出す炎が、最後の悲鳴を無慈悲に焼き払った。

         * * *

  壊された外壁まで追ってきて、ドミナは様子を窺っていた。

  デイと弁務官の戦いは、居住区の外へ飛び出した。それはドミナの知るどんな戦いとも違う。亜音速の速度域での交戦は、人間の目にはそもそも追いきれない。ここまで届いていた激しい爆音もしばらく前に途絶えていた。

 「終わったのか? あのヤロー、勝ったのか……」

  馬鹿な考えに笑ってしまった。人間が〈麗起〉に立ち向かえるはずがない。誰でも知っている常識なのに、不思議とデイが負けている姿は想像できなかった。

 「もっと近づけば様子がわかるかも……」

  だが、何が起きているのかもよくわからない状況で、外壁を越えていく気になれなかった。背後には、いつの間にか、戦々恐々の面持ちで住人が集まっている。

 「あ、あれは……!」

  砂塵の向こうからデイが戻ってきたのだ。赤い鋼の姿ではない、元通りのボロの外套を纏った、傷だらけの恰好で。

 「デイだけ……一人かよ。弁務官はどうなったんだ?」 

  駆け寄ることはできなかった。あまりに得体が知れなかった。荒野に踏み込む命知らずのドミナでさえ二の足を踏むのだから、住人たちの恐慌のほどは推して知るべしだ。

 「ひ、ひいぃ……弁務官様……!」

  誰かが絞め殺されるような悲鳴を漏らしたので、ドミナも気づいた。デイは右手に、ベノワ弁務官……だったものの上半身を掴んでいたのだ。

 「う……ひでぇ……」

  表皮が黒く焼け爛れ、四肢をちぎられ、こんな顔が人の形でできるのかと思える絶望と恐怖が刻まれている。相手は大勢を殺した〈麗起〉なのに、酷すぎて目を覆ってしまった。

  ドミナとは別の男が、恐怖で足を震わせながら、勇気を振り絞って追求した。

 「あ、あんた……弁務官様を……こ、殺したのか」

 「そうだ」

  デイは、ようやく思い出したというように残骸を投げ捨てる。

 「東はどっちだ?」

  デイが呟くなり、先の住人たちは見えない手で分けられるように逃げ出した。

  虐殺から救われたはずだ。デイがいなければ、この場のおそらくは全員が遊び半分で殺されかねなかったのに、生き延びたことを喜ぶ者はいない。

 「あ、あんた……なんて真似をしてくれたんだ……っ」

  一人残っている住人がいた。恐怖に耐えて踏み留まっている男は、ドミナもよく知った顔で、先ほど殺された長の息子だ。長亡き今、この居住区を領主から引き継ぐ立場だから、デイを黙って行かせられない。他の住人の手前もあった。

 「そ、そうだそうだ、酷いことしやがる……!」

 「領主様の耳に入ったら、この居住区は……俺たちは終わりだ……」

  デイの蛮行に呑まれていた住人たちから賛同する声があがったが、疎らだった。殺戮者だった〈麗起〉よりも、〈麗起〉を殺した叛逆者を恐れて、成り行きに身を任せている者がほとんどだ。

 「──コイツが助けてくれなきゃ、俺たちは皆殺しになってたんだぞ!」

  呪詛を遮った自分の言葉に、ドミナはビックリした。最初は、他の住人と同じように黙っているつもりだった。この場でデイの肩を持つのは、頭がおかしい奴だけだ。

 「助けたって……何を言ってるんだ? 領主様の怒りをかうかもしれないんだぞ!」

  心底意外そうな跡継ぎの気持ちが、ドミナにはよくわかった。人間種は〈麗起〉がいなければ生きていけない。〈麗起〉とは、この世界の正義であり秩序だ。気紛れに人を殺すこともあるが、それは嵐や地震のような天災と同じだった。

  自分と跡継ぎ、どちらが正しいのかは、考えるまでもない。それでも──ここで起きたことを見なかったフリはしたくなかった。住人全てを敵に回すかもしれなくても、だ。

 「んな心配ができるのは、まだ両足が地面についてるからだろ!」

 「弁務官様は叛逆者を捜していた。この男が居たから、ここへ来たんじゃないのか!?」

 「それは……っ」

  言葉に詰まる。幸か不幸か、ドミナがデイを拾ってきたことを知る者はこの場にいなかったから、矛先こそ向かなかったが。

 「──助けては、いない」

  感情の剥離した剥き出しの鉄みたいな声。

 「何を、いってるんだ?」

  跡継ぎにはデイの言わんとすることが理解できなかった。

 「えっと、だからこれは……俺たちを助けるつもりじゃなかった……って、テメー……俺が取り成してやってんのに、もうちょい言い方あるだろう……イテッ」

  ドミナの額に小さな石が当たった。勇敢な野次馬の誰かが拾って投げつけたのだ。一つでは終わらなかった。最初の一つに怯えた住人が次々に乗っかる。野次馬集団のそこここから、ろくすっぽ狙いもつけていない石が飛んできた。

 「いて、やめろ……やめろって!」

  ドミナにも石が飛んでくる。叛逆者に味方した馬鹿への制裁なのか。デイを案じて目をやると、額に、身体に、何発も命中しているのに、男は顔色一つ変えていなかった。

 「さ、さっさと出ていってくれ!」

  跡継ぎの引き攣った叫びは、全員の密かな想いの代弁だ。

 「廃棄城は……どこだ?」

 「し、知らない。知ってたって、叛逆者に誰が教えるか!」

 「わかった」

  最後の蛮勇を掻き集めて罵った男に小さく頷き、何事もなかったかのように歩き出す。

  住人たちはデイが立ち去るに任せた。〈麗起〉を殺す男を取り押さえる術なんてない。それに、出ていってくれた方がまだ領主への言い訳が立つからだ。

 「お、おいおい……」

  ドミナは、去っていくデイの背中に何か言いたかった。

  でも、何を言えばいいんだろう。感謝の礼? お前のせいで被害が出たと恨み言?

  ふと目を転じれば、黒焦げの元弁務官が道端に転がっていた。

 「そっか……死んじまったのか」

  ドミナの人生に落ちる影は、いつだって始まりも終わりも唐突で、何一つ手を触れられないところで身勝手に過ぎ去ってしまう。

  あの弁務官の奴を、いつかどうにかしてやると……ハッキリいえば、ぶち殺してやろうと夢を見ていた。烏滸がましい。人間が〈麗起〉に何かをすることなどないのだから。どうしたって叶うあてのない夢は、日々の辛さを慰めるただの空想だ。

  それなのに。

 〈麗起〉に勝てるのだ……と知った瞬間、ドミナの全身を突き抜けた痺れは、歓喜よりも恐怖に近い。

 「目が覚めた気分だぜ」

  最後の決断まではほんの一瞬だった。そうだ──今度こそ自分の手で変えてやる。

  ドミナは騒然としている住人たちの足下を這って抜け出した。しかし、さっきの今で子供一人の行動に気を回せる奴はいるはずない、と油断するのは早すぎた。

 「どこへ行くつもりだい!?」

 「お、オバちゃん……」

  機関獣が暴れたのに巻き込まれたのか、擦り傷だらけで痛々しかった。オバちゃんは自分の怪我を気に留める様子もなく、咎める目を向けた。

 「また危ない真似をするんじゃないのかい? ただでもあんたは命知らずだ。これ以上ヤバいことに首ツッコんじゃ駄目だよ!」

 「……そうもいかねーよ。デカい儲け話の匂いがするんだ」

 「まさか、あの男を追いかけるつもりなんじゃ……悪い冗談はやめな! あんたは錬成技師だ、真っ当にやってりゃあいくらでも暮らしは立つだろ。だいたいそこまでしてお金集めたって、使い道なんてありゃしないよ!」

  そんなことはない。地獄の沙汰も金次第だと、外界に出てからイヤというほど思い知らされた。〈麗起〉に金など通用しないが、人間同士なら役に立つ。

  金があれば世界が変わる。都市から物資や機関を手に入れることができる。薬があれば簡単に治る病気で、子供が死ぬのを見なくたってよくなる。本物の家畜だって育てられるかもしれない。

 「今、行かなくちゃいけないんだ。暮らすだけなら何とでもなるさ。でも、ここで何もかも仕方ないってやってたら……」

  いつかは、そんな時間に慣れてしまうから。 

 「ま、二、三日で戻るから。何も見なかったことにしておいて。それこそ、余計なことに巻き込まれるかもしれねーからさ!」

 「ドミナ!」

  一方的に捲し立てると、振り返らずに走り出した。

         * * *

 「おーい、待ちやがれって!」

  魔獣除けと居住区の区切りとして建てられている壁を、勢いよく飛び出したところで追いついた。

 「……」

  そのまま行ってしまうかと思ったが、男は足を止めてくれた。一旦ねぐらに戻って必要なものを掻き集めてきたドミナは、背中に大荷物を背負っていた。

 「まだ何か用か」

 「アリアリだっつーの。さっきは言えなかったけど、行き倒れてたくせに、身体はもういいのかよ?」

 「問題はない」

 「そりゃいいや。じゃあ、助けた礼を寄越しな」

  鼻を鳴らすドミナは、どこをとっても少女らしいところはなかった。

 「……そうか」

  男が黙って考え込む。無表情すぎて反応が掴みきれない。

 「何を考え込んでんだよ?」

 「礼は言った」

 「あ? あー……アレか、まあ、確かにな」

 「足りないのなら、何をすればいい?」

  返事が予想外すぎた。この傷貌の叛逆者は見かけによらず生真面目らしい。

 「……とことんバカなんだな、テメーは。常識ってもんがなさ過ぎ。いやまあ、常識のあるヤツが〈麗起〉に逆らったりしねーか」

  思わず笑ってしまった。居住区に来てから、声をあげて笑った記憶なんてなかったのに。

  景気づけするようにパンパンとデイの身体を叩く。肩を叩きたかったのだが、背が低くて腰にしか届かない。ちょっぴり悔しい。

 「それよか……テメーは何者だ? 機関獣や〈麗起〉をぶっ倒せるなんて、まともな人間とは思えねー。だいたい、さっきのアレ……赤い鎧は軌装だろ?」

  表情の少ない男の目が少し細められた。コイツなりの驚きかもしれない。

 「……軌装を知っているのか」

 「これでも苦労人なんだぜ」

 「わかった」

 「おいおい……物知りな理由には興味なしかよ。拍子抜けだけど、いいさ。それよりもテメーの話だ。〈麗起〉をブチのめすような力をどこで手に入れた?」

 「わからない」

 「ま、そうだな。そんなデカいネタ、昨日今日の相手には簡単に教えられねーよな」

 「……本当にわからない」

  今度は少しも笑えなかった。追及を避ける言い訳にしても程度が低いが、本気で言っていることがわかってしまった。

 「俺は一度死んだ……はずだ。目が覚めると、こうなっていた」

 「いやいや……そんな都合のいい話がどこに転がってるんだよ。それこそ御伽噺じゃねーか」

  常識知らずの叛逆者が、暗く沈んだ目で睨んでいたのは東の地平だ。

  そこが自分の向かうべき場所で、それ以外のことはどうでもいいのだと言わんばかりに。

 「〈麗起〉を殺せる。充分だ」

 「……そこまで恨んでるって、何があったんだよ」

  ドミナが思い描いたのは、同情でも恐れでもなく、熱さだ。

  怒りでも、恨みでも、この際何でもいい。こんな時代に、荒野しかない枯れた世界で、近づくものすら破滅させてしまいそうな量の感情を抱えていられる男を初めて見た。

 「さっき、廃棄城の場所を聞いてたな。行きたいのか?」

 「そうだ」

 「テメーこそ、あそこがどんな場所か知ってんのか? 〈麗起〉の城だぜ。中がどうなってるのかは俺も知らねーけど、きっとロクでもねー場所だ。どうしてわざわざ?」

 「『エメ』と呼ばれるものを捜している。廃棄城に手がかりが、あるかもしれん」

  これまでと違う、酷く切実な響きがあった。

 「エメ……聞いたことねえなあ」

 「ずっと捜してきた。仇を……この手で殺す」

  デイが低く唸る。手負いの獣に似た、憎悪と怒りの声にドミナの背筋が凍る。

 「それなら……どうして、居住区の連中を締め上げなかったんだ? 場所を知ってるヤツだって居たかもしれないのに」

 「この先は俺の事情だ」

  真面目さ、それともクソ律儀さというべきか。

  いちいち返事があるのは助かるが、バラバラの残骸の一部を放り投げたように取り留めない。よっぽど長い間、まともに他人と話さない暮らしでもしてきたのかもしれない。

 「……もしかして、気を遣ったつもりなのか?」

 〈麗起〉にとって人間は家畜か、それ以下だ。叛逆者に情報を漏らした者がどう扱われるかは推して知るべしだろう。だから、なのかもしれないが。そんなものは気遣いでも優しさでもないし、正気の沙汰ではない。他人を巻き込むのを望まないなら、世界の秩序に拳を振り上げる前提そのものが間違いだ。

  この男は〈麗起〉を殺した。ばかりか、さっき聞いたことが事実なら、この先もまだ殺すつもりでいる。

  まるで矛盾の塊だ。矛盾を力で押し通っていくような生き方だった。でも、だからこそ、

 「よし。乗ってやるぜ、その駄法螺にさ」

  ドミナは男を値踏みしながら、唇の片方を悪い大人が笑うみたいに持ち上げた。コイツの力なら、万に一つがあるかもしれない。

 「何がだ?」

 「たくもー。会話できねーんだな! この俺が、さっき命を拾った礼をしてやるって言ってんの!」

 「俺では?」

 「それはそれ、これはこれだ。貸しは必ず取り立てるし、借りは絶対に返すのがうちの家訓なんだ。そういうのが大事なんだ、こんなどこにもいけない世の中でも」

  デイの鼻先に指を立てて突きつける。難癖同然なのは自覚していた。

  そんなドミナの態度に、デイは僅かに唇を歪めただけだった。

 「借りなど……」

 「わかってねーな。廃棄城に案内してやるって言ってんだぜ」

  満を持して手札を切った。交渉の本質は、カードの集め方と切り方だ。予想通り、デイの目の色が変わった。

 「できるのか」

 「これでも荒野を彷徨く命知らずだからな。テメーだって拾ってやっただろ」

  これで決まりだと思ったのに、デイは飛びついてこなかった。さっきまでとは違う、打ち捨てられた死骸のように淀んだ瞳が見下ろしていた。

 「────俺は叛逆者だ」

  まるで、御伽噺に出てくる悪魔との契約だ。同行するならお前も同類に落ちぶれるという忠告を、わざわざ言葉にする神経がわからなかった。

 「俺も連れていかなきゃ、場所は教えねーぞ。無理やり聞き出すつもりなら……」 

 「お前は……〈麗起〉じゃない」 

 「何それ……もしかして、ぶっ殺すのは〈麗起〉だけとか……マジで……?」 

  意外すぎて開いた口が塞がらなかった。この死神みたいな男は、こともあろうに人間に手をあげたくないと寝言をいって、詰め寄ってくる小娘を扱いかねて困っているのだ。

 (コイツ、面白れーな) 

  愛想のない陰気な顔で黙り込んだデイに、ドミナはニヤリと嗤った。

 「叛逆者だろうと構わねーよ。それと、サービスで教えといてやるけど……ニムラには、まだ〈麗起〉が三人いる。どいつも化け物揃いだ。弁務官をぶっ殺した以上、連中は草の根分けてもテメーを捕まえようとするはずだぜ」

  分の悪い賭けだった。だが、ドミナはやろうとしたことを最後まで、もう無理だと思える瞬間まで続けようと思った。それが──この妙な叛逆者を欺く結果になるとしても、だ。

 「〈麗起〉は殺す」

 「その意気だぜ、相棒。食い残しなんてないように、よろしく頼むぜ」

 「……警告はした」

  ドミナは思い出したようにポンと手を叩いた。

 「そういやー、もう一つだけあったな。手、出せよ」

  黙って差し出された男の右手を握って、ブンブンと振り回す。

 「だから、相棒だっていっただろ。今日から、しばらくは仲間ってワケだ」

  デイは握られた手を不可解なものかのように見つめていたが、

 「俺に、仲間は……いない」

  どうにも連れない返事を寄越した。